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5-5女神にはもみじ饅頭がよく効くので(完)

「よく言ったわ」


 ……あれ、今誰がしゃべった?


「ちょっと借りるわね」


 そう告げているのは、まぎれもなく自分の口である。

 は? え? 勝手に口が動いてる!?

 私の意思と関係なく動き出すのは口だけではなかった。全身の主導権が何かに奪われており、指先一つ満足に動かせない。

 イッチさんは、信じられないといったようすで私を指さしている。


「お姉さま……!?」


 お姉さま……え、お姉さま!?

 私も一緒に驚いているのだけど、私の体は意思を反映せずフフンと鼻を鳴らしている。


「よくも閉じ込めてくれたわね、市杵島……」

「まさか憑依ですかぁ!? ウソウソ、相性よすぎません……? しかもそれ、まだすみれの意識がありますよね。よく本人が許しましたね?」


 許してはいないのですが!?

 どうもイッチさんの言葉から察するに、タゴさんが私の体を操っているらしい。景色や音が自動的に流れ込んでくる。布団の中でドラマや映画でも見ているみたいな感覚だ。


「ふん。すみれは私を信じてくれたからね」


 どういうことだろう……と疑問に思った瞬間、タゴさんが持っている情報が洪水のように入り込んでくる。

 憑依というのは、少しでも本体が拒否する気持ちを持っているとうまくいかないらしい。

 そういえば、この間スセリヒメさんが響さんに入ったときもすぐに消えてしまっていたっけ……。


「すみれがあつーい信仰心を持って島に上がってくれたおかげで、すっかり体の調子も回復したわ。さあ……覚悟はいいわね」

「キャー! 怒らないでよぅ、お姉さま!」

「怒るに決まってんでしょうが! アンタね、よりによって守護すべき人間を貶めるような……っだから、ちょこまかと逃げるなっての!」


 イッチさんの足は速い。結界の中を縦横無尽に逃げ回るイッチさんに対し、私の体が舌打ちをする。


「しょうがないわね……ちょっと我慢しなさい、すみれ」


 ……え、何を?

 タゴさんが呟いた直後、私の体に今までなかった変化が起こる。

 額がムズムズするのだ。そこから体の中心部まで、血管とは別の何かしらの管が1本通っていく。

 タゴさんが息を吸い込むと管の中に温かいものが流れていき、最終的に手の先に集まっていくのを感じた。


「ハァッ!」

「キャー!!」

 

 ビュン! と、私の手から細い光線らしき何かが照射され、イッチさんの体に当たった。

 だ、大丈夫なのこれぇ!?


「スーパー神様パワーの一部だから害はないわ」


 本当かなあ……。

 イッチさんはその場で転んでいた。辺りを覆っていた結界が崩れていく……どうやら勝負あったらしい。

 地面でさめざめと泣くイッチさんに、タゴさんはゆっくりと歩いて近づいた。


「お姉さま……」

「昔教えたわよね? きょうだいの中でアンタが一番力が強いんだから、道を誤ってはだめって……散々言って聞かせたのに!」

「お姉さまが甘々のド甘ちゃんだから仕方ないでしょう!? 私ばっかり責めないでくださいよ!」

「ハァ!? 誰が甘ちゃんよ!」

「分かってないくせに……私だってわざわざこんな役したくないですよ! 誰もしないから仕方なくやったんじゃないですかぁ! こういうのは長女がやるもんじゃないんですか?」

「私が今までどれだけアンタの自由行動の尻ぬぐいをしてきたと思ってるのっ」


 突然始まった喧嘩に、何だ何だと観光客が集まってきている。

 どうしたものかと考えていると、憤りのようなものがじわじわと流れてくるのを感じた。


 これは……タゴさんの感情?

 怒りというよりも、失望や悲しみの感情に近い。

 どうして自分を信じてくれなかったのかと、イッチさんが黙って行動したことを嘆いている。

 それから、どうして妹を止められなかったのかという自責の念も。

 ……私はつい最近、これと似た人たちを見てきた。


「大体いっつもアンタは……え!?」

「え、何です……?」

「体が動かない。すみれ?」


 ……あ、すごい。本当にできた!

 さっき本体が拒否すると憑依できないという話を聞いたので、試しにタゴさんの「ここは直してほしいベスト3」などを考えていたら、本当に体の操縦権を少し取り戻せた!


「……アンタ無礼じゃない?」


 いや、だって……。

 それに、お二人のことに口を出すのは野暮だと分かってますけど、この話し合いに必要な人物がもう一人いますよね?


「……! そうよ、湍津はどうしたの!?」

「結界が破れたときに一緒に解放されちゃったはずですが……」

「ああ、そうだね」


 びっくりして振り返ると、そこにはタギツ様のお姿が。長いおみ足をこれでもかと開いて腕を組んでいる。

 いつもさわやかな笑顔をたたえているご尊顔には、静かに怒りの炎が浮かんでいた。引きつるイッチさんの顔が見える。


「これでも急いできたんだけど、人間の体ではこれが限界だ。で? 姉上はどうしてすみれの体で暴れているのかな?」

「暴れてなんて!」

「ふむ、周りが案山子にでも見えてるのかな? ん?」

「……」

「それに市杵島」

「は、はい……」

「自分のやらかしは自分で片をつけるべきだよね。私たちの妹は、まさか誰かになすりつけたりしないね?」

「……」

「ほら、宮島に来られたお客様方が、二人の騒ぎを見て戸惑っておいでだよ。誰のせいかな? このまま騒ぎを続けて、彼らが帰って『宮島はうるさい場所だった』と話すようにしたいのかな? 二人がそういうマーケティングをしたいなら止めないよ。どうぞご自由に」


 あ、タゴさんの気持ちがどんどんしぼんでいくのが伝わってくる……。

 しまいには、私の体の中から出て行ってしまった。しばらくして、本体に戻ったいつものタゴさんが向こうのほうからトボトボと歩いてきた。顔がしおれている。

 イッチさんは言わずもがな。タゴさんが戻ってくるまでの間、タギツ様のちくちく攻撃を集中的に受け続け、タゴさんが戻ってきたことで救いの女神を得たような顔をしている。あなたたち、さっきまで喧嘩してましたよね……?

 ああ……この3姉妹のパワーバランスを誤解していたのかもしれない。

 タギツ様は、ひとしきり小言を言い終えて満足したようだった。気品のある笑みをたたえてこちらを振り返る。ああ、その笑顔は今日も麗しい……。


「すまないね、すみれ。身内が迷惑をかけた。君の名誉は今すぐに妹に取り戻させるから安心してくれ」

「えっ! お姉さま、ネットの情報操作って少し時間がかかる……」

「市杵島。もう少しお話がしたいかい?」

「……先に神社に戻って作業と留守番してきます……」


 すっかり枯れた花のようにしょぼしょぼしてしまったイッチさんに、思わず声を掛ける。


「イッチさん! あの……私、大丈夫ですからね。無理はしないでくださいね」


 イッチさんは目を潤ませ、特急列車のごとく私にぶつかってきた。ぎゅーっと引っ付いてきて、お花の香りがフワフワと散っている。


「はーーー可愛いがすぎる……ここで大丈夫とか言っちゃうんですから、すみれって子は本当に! よーしよしよし」

「わ、ぶ、ちょ、やめ」


 髪をわしゃわしゃにするのはやめてください。

 タギツ様が引きはがしてくれたが、すっかりぼさぼさになってしまっていた。

 イッチさんはそのまま厳島神社のほうへ走っていく。たしかに今って無人……いや、無神というべき? になっているもんね。


「ほら、姉上も。言うことがあるんじゃないかい」


 タギツ様に背中を押されて前に出てきたタゴさんは少しむすっとした顔をしていた。


「アンタねぇ、まあまあ無茶したでしょ」

「……それはお互い様じゃないですか?」

「ぐっ……」


 言葉に詰まった後、観念したようにタゴさんはため息をついて笑った。


「さっき、止めてくれてありがと」

「さっき?」

「あの子と喧嘩したとき」

「ああ……」


 あのままでは、タゴさんとイッチさんの喧嘩は平行線だったことだろう。お互いを思いやっている関係だからこそ絡まってねじれていくのだと学んだ。


「案外、他人だからできることもあるなって……」

「ふうん……アンタ、ちょっと成長したわよね」


 タゴさんは目を細めた。うねった髪を押さえるように優しく頭をなでてくれる。


「積もる話は別の場所でしましょ。土産屋の人間たちが心配しているわ」


 分厚く空を覆っていた雲が晴れ、タゴさんに日の光が降り注ぐ。

 不敵な笑みを浮かべて歩き始めた姿は、初めて厳島神社で出会ったときの姿にそっくりだった。

 一瞬立ち止まった私に「すみれ?」と声を掛けてくる。


「あ、はい! 今行きます」


 そうして、焼き牡蠣と穴子の香りが漂うにぎやかな商店街へと吸い込まれていった。


* * *


 蝉の声はいまだに健在。むしろ一番暑い時季を避けて地上に出てきた節すらあり、8月も終盤だというのにミンミン、ジージーと元気に合唱している。


「熱風じゃん……サウナじゃん……」


 フェリーの空調が壊れてしまったらしく、船内では扇風機が一生懸命に首を振っていた。

 甲板に出れば少しは涼しいかと思って出てきてみたが、焼け石に水であった。結衣ちゃんは持ってきた水を一気に飲む。


「結衣ちゃん、今日は来てくれてありがとう」

「ま、一度くらいはねぇ」


 誘ってみて良かった。夏休みが終わる前に結衣ちゃんと一緒に来たかったのだ。


「私も美人3姉妹を見てみたいなー」

「うーん」


 結衣ちゃんは残念そうにしているが、多分見えないほうがいいだろうな……何となくそりが合わなそうな気がする。特にタゴさんとは。

 甲板のベンチに腰掛け、波の揺れを何とはなしに見守る。


「バイトはどうすんの?」

「ん、ひとまず夏休みが終わったら辞めるよ」


 もともと夏休み期間だけの短期アルバイトだった。

 後任のアルバイトも決まっている。なんと、先日話に出ていた次の応募というのが響さんだったのだ。土産屋でエプロンをつけているところに出くわして驚いた。

 「英語はダメダメだが頑張る」とのこと。意気込みは十分だ。


「大学生になったら、またバイトしたいなあ」

「んー、てことは進学?」

「そうだね。結衣ちゃんは?」

「卒業したら本格的に修行。お母さんの伝手で紹介先に弟子入りかなー」

「そっかあ……」

「なに? 会えなくなるのが寂しいって?」

「うん」


 素直にうなずくと、結衣ちゃんは何かに耐えるように「あー」やら「うー」やらうなり声をあげた。


「ま……その前に学校だわ。もうあと2日だよ。だる」

「あはは……」

「……大丈夫なん?」


 SNSでの騒動は、イッチさんの対応によってあっという間に鎮火した。完全にデマだったということで決着し、私はむしろ中傷の被害者となった。

 とはいえ、皆の記憶に一度刻まれたことがなくなることはない。

 街中で好奇の目にさらされることはなくなったけれど、教室で同じようにはいかないだろう。


「でもなんか……思ったより不安がないんだよね。結衣ちゃんを見てたら大丈夫な気がして」

「いい意味? 悪い意味?」

「いい意味だよ。それより休み明けのテスト大丈夫?」

「今日は勉強のことは忘れよ?」


 結衣ちゃんはオエッと吐くようなしぐさをした。

 大げさな芝居に笑っていると、フェリーの隅っこに黒いもやがいるのを発見した。

 私が見ている方向に結衣ちゃんも目を向ける。


「そこそこ大きいね」

「うーん……」


 船に住み着いているようだ。島に上がれば自身が消えてしまうことを察知しているのかもしれない。

 放っておいてもいいんだけど、宮島から帰る人に憑りつく可能性がある。どうせなら宮島からはみんな気分よく帰ってほしい。

 私は脇の下から控えめに手のひらをかざす。額に意識を集中させて、手のひらまで川が流れるイメージを作って……。

 私の手からシュッと光線が走り、黒いもやは跡形もなく姿を消した。


「……何その技」

「なんか、できるようになっちゃった……」


 タゴさんは「全然影響はない」とか言っていたくせに、憑依した影響で少しだけコレの使い方が分かるようになっていた。やはりタゴさんの言葉はいまいち信用ならない。


「一般の人には見えないから大丈夫」

「……私と一緒に修行する?」


 それからは、半ば本気の結衣ちゃんにひたすら勧誘される羽目になったのだった。

 フェリーが到着するアナウンスが流れ、観光客が出口の方へ向かい始めた。私たちもそれに倣って席を立つ。


「神社行く前に土産屋に寄っていい?」

「いいよ。挨拶?」

「ううん、それは後でゆっくり。皆さんに差し入れ買っていかなきゃだから」

「ああ……でも神様たちってずっと宮島にいるんでしょ? よそから買ってきた土産の方がよかったんじゃない?」


 私は笑った。同じことを思って、試しにスーパーでよそのお土産を買ってみたことがあるのだが結果は全敗だった。

 船が接岸する。観光地の香りに、そわそわする人たちが列をなす。


「それがねえ、女神には――」


(完)

最後までお付き合いくださりありがとうございました!

読んでくださる方、ブックマークをしてくださる方がいらしてとても励みになりました。

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