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戦国クラス転生  作者: 月本 一
22/285

22 土佐清水へ

(1527 春 4歳)

弟恒持が周防へ旅立ち、いろいろなイベントが終わると

安並以外の家老格である土居、為松、羽生から

春に向けて新しい米づくり研修の人員が集まり始めた。


塩水選、苗代づくり、正条田植えの一連の流れを

座学で説明し、その後、昨年実施した安並の所領で実地研修を行う。

植えるのは寺田屋から入手させた北の産地の米を中心にした早場米。

堆肥づくりが途上なので二期作や二毛作はしばらく手を出せない。

昨年、何か所かで二期作を実施してみたが収量が想定より下で、

まずは早く植えた田で収穫後に、全体的に田が四角になるように

区画整理に取り掛かることを優先し、土壌改良後にしないと

二期作は難しいと感じたのだ。二毛作となるとさらに厳しいだろう。


研修を行った後、中村およびその周辺でも

新しい手法での米作りを進める。

研修を行った安並の所領の面子を集めて

中村(四万十市エリア)から南にある土佐清水でも

新しい手法での米作りを伝えることになった。

土佐清水は曾祖父教房の側室の実家にあたる加久見氏の所領だ。


山越えとなるので船で移動するのでなければ1日では無理な距離。

土佐清水の先にある38番札所金剛福寺へは四国88霊場の行程で

最大の難所と言われているほどの道のりなのだ。

その足摺岬をまわりこむ海路は使わずにその手前から上陸して

そこから先は陸路で移動する。

早馬ならそこまでかからないだろうが、

なにせこちらは4歳児。陸路の馬に2人乗りをさせてもらう。

この時代の馬は現代のサラブレットのような大きな馬ではなくて

ちょっと大きいポニーみたいな感じだ。

内モモははれるし、さんざんな旅だった。

それでも、船にも馬にも酔うことなく移動できたのでたいそう驚かれた。

たぶん転生する際に精神と肉体を強化された影響だろう。


新しい米づくりを2番目に土佐清水で始めることにしたのには3つの理由がある。

1つ目は清酒を作る拠点の分散化だ。

大石屋は難色を示したが、1カ所に集中した際のリスクへの回避を説いた。

万が一中村が攻撃された際の保険だ。

昨秋に新米を仕込む時に、土佐清水と宿毛の酒蔵に声をかけ

清酒の工程を秘伝として、それぞれの家長にのみ伝授した。

遅かれ早かれ、転生者によって各地で広まる可能性があるのだから

今作れる時になるべくたくさん作って売りさばく体制を作りたかったのだ。

今秋には増産された米をなるべく清酒にまわしたい。


2つ目は塩の生産の適地を探したかったからだ。

塩もまた戦略物資である。例えば甲斐や信濃のような内陸部は

輸入に頼るしかないわけで、重要な資源なのである。


兵糧は米だけでなく塩や大豆も含まれる。

なかでも塩は味噌をつくるにも、醤油をつくるにも大量に必要となる。

工業的に作れないので人力での生産となる。

釜で煮詰めてつくるから大量の木材も必要になる。

塩は人件費も燃料費もかかる高価な商品なのだ。

その点、山ばかりの土佐は燃料となる木材だけはたくさんあるし、

夏場の気温が高く日照も多いから塩づくりに向いている。


天日製塩には揚浜式、入浜式、流下式などがあるが、

入浜式や流下式は江戸時代以降に発展したはずなので

これが導入できそうな浜を探したかったことと

なるべく秘密裡につくるために領地の奥での導入を考えていた。


3つ目は海産物の確保

貝灰とよばれる石灰をつくるために大量の貝殻が欲しい。

石灰は石灰岩を使うにしても、貝灰は肥料用途を考えている。

それに土佐高知といえば鰹節。これもまた日持ちがするので

軍事物資としての扱いになる。

ただ、土佐清水に来て知ったのだが

私の知っている前世の鰹節はまだつくられていなくて

干しカツオとでもいうレベルだった。

これは私の断片的な知識を元にトライ&エラーで

研究してもらうしかないみたいだ。


塩づくりや、鰹節づくりには大量の薪が必要となるため

環境に配慮して木材を切り出すエリアを限定し、

中村同様にこちらでも牧場開発と竹林整備を行う段取りをつける。

牧場→肥料→土壌改良→牛馬での田畑の耕作→裏作で飼料生産

という流れを地産地消で循環させていくことになればよい。


土佐清水でしばらく滞在し、実地研修をしながら田植えを終えた。

新しい米作りの指導も一段落だ。

塩田や鰹節の話は触れないまま、一旦、中村へ戻ることにする。

まずは一つずつ結果を出して、信用を積み上げていくしかない。

いきなり、新式塩田をつくろう、とか、

鰹節を改良するためにカビをつけましょう、というわけにはいかない。

それでも、塩田に使えそうな場所だけは見当をつけておいた。

紀貫之の土佐日記にも書かれた桜浜と大岐。

入浜と流下を取り入れた塩田のおおまかな設計をした上で

機会を探ることにする。中村の西にある宿毛港でよい場所があれば

そちらが先でもよいかもしれない。


土佐清水で世話になった加久見氏には

手動扇風機を中村から取り寄せて贈った。

まだ土佐一条家内でも数台しかないので

特別扱いしてもらって好感度急上昇だ。

家臣たちへ下げ渡せるように大量の団扇もあわせて贈った。

団扇は夏を前にしてこれから喜ばれる品になるだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知識の宝庫です。作者の非の打ちどころのない見識は多分かなりのご高齢の経験から裏打ちされたものではないでしょうか。勉強に毎度、毎度なります。 [気になる点] 戦国大名家の嫡男とは言え、邪な大…
[良い点] 今のところほぼほぼテンプレだけど今後の展開に期待したい。 [気になる点] 土佐で製塩?海が有るから出来るけど、降水量(台風)が多過ぎる気がする。 早く讃岐を征服して、本物の小雨地域での製塩…
[気になる点] 一条房基より先に生まれた転生者って誰かいるのでしょうか?
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