近づく
キエリを乗せた魔獣は森の中をひたすら走っていた。
「ぜぇ‥‥ぜぇ‥‥」
魔獣の矢傷から血がぼたぼたと流れる。
(弓矢を引き抜かないと魔法で癒せない、いったん止まって治療しないと、血のせいで後を追われてしまう)
『一旦とまって! 先に傷を治しましょう』
キエリの心配する声を聞いて、魔獣は大人しくとまった。
キエリが魔獣から降りて、傷口を見る。
『引き抜くときに痛いけど我慢してね』
キエリは、昨日の見習い騎士の木を抜き取るときの様に、矢を魔獣から抜き取った。
(傷は深いけど、集中すれば、大丈夫‥‥)
キエリは、傷口近くに手を添え、目を閉じ深呼吸をして集中する。
魔力をこめて、魔獣の傷口を治療した。
キエリは、汗がどっとでて、よろめいて魔獣に寄り掛かった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
(魔力を使いすぎた、意識が‥‥)
『ダイジョウブ?』
魔獣が人間が使う言葉とは異なる言葉話し、心配そうにキエリに鼻をよせた。
キエリは、魔獣の頭を優しく撫でる。
『ありがとう、優しいのね、こんなことしたくなかったよね、もうすぐだから』
キエリは、再び魔獣の背に乗り、森の中を進んだ。
『ここだ』
キエリたちがたどり着いたのは、ゼノが張った罠の一つだ。
目には見えないが、魔獣がこの近くを通ると発動するようになっている。
キエリは、魔獣から降りて、魔獣の頭を撫でる。
その顔は魔力の使い過ぎで疲れて青くなっている。
『ここに進んで行けば魔法が発動して、あっちの世界に帰れるよ』
『アナタ ハ カエラナイ?』
『わたし? わたしの居場所はこっちの世界だもの、こっちには新しい家族がいるの。だから、気にせず行って』
『じゃあね』
キエリの言葉を聞いた魔獣は、キエリから離れ、歩みを進めた。
すると、魔獣の目の前に真っ暗な大きな穴が空中に開かれ、魔獣はその穴の中に吸い込まれていった。
そして、その穴は魔獣を飲み込んだ後、すっと静かに消えていった。
(無事に帰れたみたい)
「はやく逃げよう、きっと騎士団の人たちはわたしのこと探してる」
キエリは、暗く重い不安が心にのしかかる。
(逃げる? 逃げるって、どこに?)
考えを払うように首を横に振る。
「とにかく、どこでもいいから逃げないと、最悪殺される‥‥」
不安も恐怖も消えることがなく、そのせいで、手も足も震えたが、とにかく歩き出すことにした。
(家に、荷物を取りに行きたいしゼノに書置きも残したい。それに、いろいろ処分しないと)
キエリは、辺りの気配を探りながら、家を目指すことにした。
今の手持ちは、お礼として貰ったお金があるだけで、これから長くなるであろう旅には心もとなかった。
(!‥‥足音が近づいてくる)
急いで、森の中を走ろうとする。
しかし、魔力を使いきって疲労しているキエリの足取りは重かった。
(はやくっ、逃げないといけないのに!)
複数人の走る足音がどんどん近づいてくる。
(あそこに段差がある、隠れよう!)
キエリは、大きな段差を降り、段差がえぐられて窪みになってる部分に身を隠した。
息をひそめて、騎士団員たちが通り過ぎるのを待った。
ちょうど隠れている段差の上の方から騎士団員たちが走っていく振動が伝わってきた。
そして、そのまま、通り過ぎていった。
(いった?)
キエリが様子を確かめようと窪みの外に顔を出した瞬間、何者かが段差を滑り降りてきた。
「!!」
「キエリさん、ここにいたのか」
フェリクスだった。
フェリクスは、ゆっくりキエリに近づいてくる。
キエリはもう逃げ場がないが、狭い窪みの奥へと後ずさってフェリクスと何とか距離をとろうとした。
「キエリさん、無事でよかった。怯えなくていい、悪いようにはしないから」
フェリクスは、キエリを本当に心配しているような面持ちで、ゆっくり落ち着いた声で話す。
「こないでっ! どうせ、わたしを拘束するのでしょう? そんな心配しているような顔しないでっ」
キエリの肩は恐怖で震え、顔を背けている。
「キエリさん、俺は、キエリさんが秘密のある人だが、悪人ではないと思っている。おそらく、ソールもルナもそうだ」
「なんでそんなことが言えるの? 見たでしょ? わたしが魔獣に何かしているところを‥‥」
フェリクスは、少し微笑む。
「ははっ、こればかりは勘なのだが、あなたは危険な人じゃない。あなたが傷つくことがないように、俺があなたを守るから、頼む、一緒に来てくれないか?」
フェリクスが優しい笑顔を向けて、手をキエリに差し伸べる。
(この人はどうして、わたしに優しい顔を向けてくれるの? それに、この人といると安心する、懐かしい匂いがする‥‥どうして?)
キエリは迷った末、この場から逃亡することを諦めた。
フェリクスに伸ばしたキエリの手は震えていたが、フェリクスがしっかりと大きな手で包み込んだ。




