1-6 呼び出し
つつがなく授業が終わり、放課後。
レンは呼び出しを受けて職員室を訪れていた。
「あまり目立たないでくださいと言ったはずですのに、まったくキミはどうしてこうも目立ってしまうのでしょうね」
嫌味というよりは困ったうえに呆れているという風にレンを責めるのは、彼の目の前に座っている教員だ。
ややボサボサの天然パーマがかかった茶髪に、開いているのかどうか判断のつきにくい細目。左目にかけられている片眼鏡は、その細目でつけている意味があるのかどうかと問いたくなるところだが、なんとなく聞いてはいけない雰囲気があるので、暗黙の了解で誰もがその片眼鏡については触れないようにしている。
レンのクラスの担任教師であるその男―――エイゼル マストウェイは、困ったように眉尻を下げたまま、片眼鏡をクイッと持ち上げた。
「もっとも、入学式までのキミの功績のおかげで、もはや目立つなと言っても仕方のないほどキミの知名度は上がっているわけですが」
「……すみません」
「構いませんよ。それにしても派手にやったものですね」
エイゼルは机に置いてあった一つのファイルを手に取ると、ページを開いて内容を見る。
「4月4日、キミが初めてこの島に訪れた際に起きた『共和国―リンクライン間大陸横断鉄道ジャック事件』にて、偶然乗り合わせていたキミがたった一人で犯人グループ7人を鎮圧し、事件を解決」
「相手は素人集団でしたから」
「一日空けて4月6日、夜に偶然街の散策をしていたキミは、ここ最近島を騒がせていた連続放火魔と偶然遭遇し、現行犯逮捕」
「隠行のようなものは体得していた犯人でしたが、気配を完全に殺せるほどの達人ではなかったようで」
「翌4月7日、畑荒らしの討伐指定魔獣『グレガロス』を暇潰しという理由で撃破」
「魔獣といえど、リンクライン島に生息する魔獣はそれほど手強くないものばかりですし」
「同日、手配魔獣の退治に名乗りを上げていた剣道部員達と遭遇、魔獣退治の功績を奪われたと抗議の声を上げた剣道部員達と決闘をすることになり、勝利」
「相手が自爆しただけだったんですけどね」
「さらに同日、剣道部員を近くの民家に預けた帰り道、レアード学園の貴族生徒集団に追われている女生徒二人を見かけ、それを救出した」
「さすがに見過ごすわけにはいかなかったので」
レンがリンクライン島に来てから起こった一連の事件を纏めたファイルを読み終え、それをパタムと閉じて机の上に放り捨てると、エイゼルは堪えきれなかった嘆息を漏らした。
「別に私としてはあなたの身元が割れようがどうなろうが構わないのですがね、そもそも身分を隠しているのはあなた自身の問題ですし」
「……」
「ですが、あまり深く探りを入れられるのだけは避けたいところです。そうなってくるとあなた個人ではなく、国家の問題になってきますからね」
「わかってます、でも、俺にもここに来た目的がありますから」
「目的、ですか」
ギィ、と音を立ててエイゼルは背もたれに体重を預ける。
「強くなりたい、それがあなたの目的でしたね?」
「はい、そのために父さんの推薦でこのレアードに入学しましたから」
「まったく、確かに今のあなたが強さを求めるならこの学園ほど適した場所はないでしょう。あなたの父君も見事な采配をされたものです」
それよりも、とエイゼルは職務机の上にあった手紙を一枚手に取ってレンに差し出す。
「そんなあなたに手紙が来ていますよ」
「手紙? 誰からですか」
「生徒会です。あなたが入学から今日に至るまで行ってきた様々な行為、その後処理を担当するのは生徒会ということになりました」
「どういうことですか?」
「ひとまずその手紙を読んでみてください」
言われて、レンは手紙の封を開く。
中身はハガキ程度の大きさの紙切れが一枚。
内容は「本日放課後、生徒会室まで来られたし」と至ってシンプルな一文のみだった。
たったこれだけならわざわざ手紙にする必要もないだろうに、今朝の果たし状といい、今はこういうのが流行っているのだろうかと本気で思案する。
それはともかく、つまりこの手紙の内容は―――
「俺は呼び出しを食らったってことなんでしょうか?」
「まぁ端的に言ってしまえばそういうことになるんじゃないですかね」
もう一度手紙に視線を戻したレンは、やがて諦めたように一つ息を吐く。
この島に来てから様々な事件に首を突っ込んでいたレンだが、それが一学生の模範的行動の領分を超えてしまっていることは理解していた。となれば、学園側からなんらかの処分が下されるのも予想ができたことだ。
しかしレンにとって問題はそこではない。
「ところでエイゼル教官、生徒会とは何でしょうか?」
あー、とエイゼルは呆れたような諦めたような、なんとも複雑な表情をした。
それも仕方がないことで、レンは「生徒会」というものをまったく知らないのだ。それこそ、一般常識レベルの知識から。
「そういえばあなたがこの学園に来た理由の一つが『社会勉強』でしたね」
「はい、父さんから世界を見てくるようにと言われたので」
「それはそうでしょう、あなたはいわゆる世間知らずというものに分類される人間ですからね。それも極度の」
そこまで言われるほどのものなのだろうか、とレンは若干疑問に思ったが、そういえば父が「世界を見てこい」とレンに言った時の様子は呆れかえってものも言えない―――いや、実際に世界を見てこいとものを言われたわけだが―――ような様子だった。それと今のエイゼルの反応を見る限り、相当なものなのだろう。
「生徒会というのはそうですね、一般的には生徒による自治的な組織になります。主な業務内容は学校生活において生徒の問題となるようなものを改善、あるいは解決することでしょうか。あとは生徒主体のイベントなどの実行も行ったりしますね」
「なるほど、そんな組織があるんですね。さすがは天下のレアード学園です」
「いえ、生徒会はレアードだけでなくほぼ全国の学校にあると思いますよ?」
そういうものなのか、と納得するレンだが、もちろん生徒会というものを具体的にイメージできたわけではない。
だからこそなぜ自分が生徒会なる組織に呼び出されたのかがわからないわけだが。
「とりあえず呼び出されたからには生徒会とやらに行ってみようと思います」
「ええ、そうしてください。きっとそれがあなたのためになりますから」
なにやら意味深な発言をしたエイゼルだったが、そこを追及するよりは実際に生徒会室に行った方が早いだろうと思い、レンは職員室を後にした。