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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第一章 ニュービーキラー編
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1-5 エファ・ヒルデブランドの果たし状

 「その節はどうも、ありがとうございました」

 「いや、礼を言われるほどのことはしてないさ」


 謙遜ではなく本心からそう口にしたレン。だが今はそれよりも気にかかることがあった。

 それは少女の声色だ。礼を言われたはずなのだが、明らかに声色に険悪な調子が混ざっている。おおよそ怒りに近い感情が混じったような感じだ。


 「失礼ながら個人的にあなたのことが気になったので、あの後あなたのことを調べさせてもらいました。わかったのは名前だけでしたが……」

 「あー、まぁその、俺にもいろいろあるんだ。あまり詮索はしないでもらえると助かる」

 「はい、この学園には貴族の子息のような訳ありの生徒が多く集まりますから、ファミリーネームを秘匿することができる制度が存在していることは承知しています。ですので、その点に関しては弁えているつもりです」

 「それは助かる。それじゃあ一体どういった用件なんだ? 単に礼を言いに来たって雰囲気じゃないみたいだけど」

 「はい、その通りです」


 そう言うと、彼女は懐から一枚の紙を取り出してみせた。

 そこには綺麗な墨で「果たし状」と書かれていた。


 「こりゃまた古典な……」


 ケイスが思わずそう呟く。

 なにやら思った以上にややこしい事態になってきたことに内心で頭を抱えながら、レンは果たし状からエファへと視線を戻した。


 「一体どういうことなんだ?」

 「文字通りです、私はあなたに決闘を申し込みます」


 ざわり、と周囲がどよめく。

 朝の校門前、通学中の生徒が多く集まる中、道のど真ん中で何故か険悪そうな雰囲気で話し合っていたら、嫌でも注目を集めるというものだろう。いつの間にか、校門前にはまばらな人だかりができていた。

 面倒なことになった、とレンは思った。

 島に来てからいろいろと目立つ行動をしてきたレンだが、それは結果的に目立っただけであって、行動理由に目立ちたいなどという項目は入っていない。レンとしてはできるだけ平穏に学園生活を送りたいとすら思っているほどだ。

 もはや手遅れかもしれないが、これ以上目立つような事は避けたいというのが、レンの感想だ。

 だが、それ以前に。


 「―――断る」


 一つため息を吐いてから、レンはそう応える。

 面倒が嫌だからとか、目立ちたくないからだとか、そういう理由からではない。

 それでも、レンは彼女と闘う気はなかった。

 その返事を聞いて、エファの表情が険しくなる。


 「武術家の端くれともあろう者が、決闘の申し出を断るのですか?」

 「正確には武術家の卵だ。それに、いかに武術家であろうとも、決闘を絶対に受けなくてはいけないなんて法律はない。そこは文化の違いってやつだろう」

 「それだけじゃ決闘を受けない理由にはならない。どうして断ったのか、ちゃんと聞かせてください」


 やれやれ、とレンは肩を落とす。

 なぜなら、そんなことは最初からわかりきっているからだ。


 「理由がないからさ」

 「理由?」

 「ああ、俺の方にはキミと戦う理由がない。というかなんで俺と決闘なんかしようと思ったんだ?」

 「……確かに、説明不足でしたね」


 コホンと一つ咳払いをし、彼女は果たし状をとりあえず懐へと戻す。


 「私があなたに決闘を挑む理由、それはあなたの本当の実力が知りたいからです」

 「本当の実力?」

 「はい、率直に言ってあなたはこの島に来てから今日まで本気を出したことは一度もないですね?」


 問われて、レンは少し考える。

 この島に来てから数々の事件を解決してきたが、それらの事件を解決するにあたって今の自分の全力を出し切ったかどうかと言われてみると確かに微妙なところである。

 とはいえ、事件の解決にある程度の全力を注いだのは事実であって。


 「いや、そんなことはないと思うけど?」

 「はい?」

 「キミの言う本気というのがどういったものかはわからないが、俺はこの島に来てから手を抜いたことは一度もない」


 それはレンの偽らざる本心だった。

 とはいえ、それでエファが納得するかどうかはまた別の問題であって。


 「嘘をつかないでください」

 「何を以て嘘だと思うんだ?」

 「だって、あなたは光月流剣術(こうげつりゅうけんじゅつ)の使い手なのでしょう?」


 光月流剣術という単語を聞いた観衆がどよめき始める。

 その単語を聞いて驚いたのは観衆だけではなく、レンの隣にいたケイスも目を見開いていた。


 「光月流剣術っていやぁ、世界三大剣術の一つじゃねぇか。しかも三大剣術の中じゃ最も使い手が少ないって言われてる、もはや伝説の類で実在すら疑われてるくらいのもんだ。レン、お前がそうだってのか?」

 「なんともテンプレートな驚きと解説をどうも、しかし光月流剣術って単語を聞いた人が取る反応は国を出ても同じなんだなぁ」


 もはやそういう反応を取られることに慣れているのか、レンはしみじみと肩を竦める。


 「ああ、キミの言う通り俺は光月流剣術の使い手だ。でも、それが俺の全力とどう関わっているっていうんだ?」

 「光月流剣術の使い手は皆達人の領域にいる者と聞きます。あなたも例外でないのなら、それなりの実力者のはず」


 なるほど、とレンは納得する。

 光月流剣術はとある剣術家が編み出した流派で、レンはその人物の弟子にあたる。

 師匠はもちろんのこと、エファの言う通り兄弟子達の実力はそれはもう凄まじいもので、流派を修めている者は全員何らかの武勲がある。

 だが、それは兄弟子達の話である。


 「残念ながら、俺は他の門下生と違って不出来なんだ。だから俺はキミが思い描いている光月流剣術の使い手ほどの実力があるわけじゃない」

 「嘘ですね」

 「嘘じゃないさ、だから俺の全力は今はこの程度なんだ」

 「……到底、信じられません」


 困ったな、とレンは心の中で呟く。

 どうも彼女の中で光月流剣術というものはかなりの存在感があるものらしい。それらは全て師匠や兄弟子達のせいなのだろうが、レンの言葉には一切偽りがなく、他の光月流剣術の門下生と比べられると非常に困る。

 なにせレンは光月流剣術の門下生の中では一番最後の担い手になるのだ。歳もまだ若く、経験も浅い。兄弟子達と比べれば若輩者どころかひよっこもいいところのレベルである。


 「参ったな、一体どうすれば信じてもらえるんだ?」

 「それなら簡単なことです、私と決闘をしてください」


 そこに戻ってくるか、とレンは片手を頭にやった。


 「だからそれは断ると言っただろう」

 「あなたの実力を証明するにはそれが一番だと思いますが?」


 確かにその通りなのだが、先程も言った通りレンには彼女と戦う理由が一切ない。

 そもそもレンの実力が本物であるかどうかなど、このさき学園で生活をしていく内に明らかになっていくことだろう。ここで急いで実力の有無を証明する必要はない。そもそも彼女の言う通りに実力を証明する必要性を感じない。

 仕方ない、とレンはため息を一つ吐いた。


 「悪いが、やっぱりその決闘を受けることはできない」

 「それはどうしてですか?」

 「ここで俺がキミに俺の実力を明かす理由はないし、俺がキミと闘いたいとも思わない。つまり、こちら側に決闘を受けるメリットが一つもない」

 

 それは冷めた回答だったかもしれない。だが、レンにとってはなんでもない当たり前のことだった。

 レンとて自分の力に自信がないわけではない。しかし、決闘をするまでもなくレンは彼女には勝てないだろうと思っていた。そして勝敗がわかっているのであれば、決闘など受ける意味はない。

 エファはそんなレンを見て、それでも諦めきれないといった風により強い光を瞳に宿す。


 「端くれといえど武術家ともあろう者が、逃げるんですか?」

 「武術家だからこそ、闘うに値しない者との戦闘は避けるんだ」

 「なっ―――」


 それは、エファにとって侮辱であった。

 エファだけではないだろう。このレアードにいて、武術家を目指す若者達なら、このような言葉を投げつけられて憤慨しない者などいない。


 「おいレン、流石に言いすぎだろ」


 見かねたケイスがレンに寄って小さな声で言う。

 だが、時既に遅しである。

 当のエファは顔を俯かせ、肩をぷるぷると震わせている。それは誰が見てもわかる怒りの動作だった。

 圧力を感じ取った観衆が、一斉に一歩後ずさる。当事者達の一番近くにいたケイスは、ゆっくりとした動作で観衆の中に身を隠した。

 直後、ガンッ!! という派手な音と共に、エファはその手に持っていたアタッシュケースを縦向きにして地面に置く。

 

 「私と闘うに値しないとは、どういう意味ですか?」

 「言った通りの意味だ、キミとは闘わない」

 

 バチン、バチン、とエファはアタッシュケースの封を外す。

 開かれて現れたのは、全長1メートルはあろうという紅い大剣だった。それをエファは軽々と片手で持つと、剣を構える。

 真っ当な構えだった。右足を前に、左足を後ろ。身体は真っ直ぐ正面に向けて、両手で持った大剣をその身体の前に構える。いわゆる正眼の構えという、剣道においてごくごく一般的な構えだ。

 明らかな戦闘態勢だった。それはエファがレンに向けて放つ挑発でもある。


 「なら、強引にでも剣を抜かせるまでです」


 ここで武器を抜かなければ、レンは一方的にやられるだけだ。なら、自衛のためにレンは剣を抜かざるを得ない。そう踏んでのものだった。

 しかし、レンの体勢は変わらない。

 彼はただただ先程と変わらない立ち方で、姿勢で、じっとエファを見据えている。それはレンが絶対に闘わないという意思表明だった。それを、エファは挑発と受け取った。

 

 「死にますよ?」

 「やってみろ」


 ついに、エファの怒りのゲージがマックスに到達する。

 ここまでコケにされて剣を引くなど、武術家としての恥だ。いや、それ以前に、エファはこのような人間が端くれであれ武術家を名乗っているのが許せなかった。

 彼女の足が地を蹴る。

 レンはまだ動かなかった。

 一瞬だった。エファはほぼ一足でレンの元に到達すると、その時にはもう剣を振りかぶっていた。

 上段から斜めに振り下ろす構え。単純ではあるがこの速さ、尋常なものではないことは目に見えて明らかだった。

 レンは動じなかった。

 観衆の中には目を瞑る者もいた。もはや避けようがないと、誰もが悟った。

 この先に広がるのは惨状。全ての者がレンが血にまみれて倒れ伏す姿を想像したことだろう。

 だが、それでもレンは何もしなかった。

 そして。


 何も起きなかった。


 ピタリ、と空中で静止した剣は、しかしその衝撃によって豪風を巻き起こす。

 これには流石にレンも顔を顰めた。だが、それ以外の彼の佇まいは平然としたものである。

 エファはその状態のまま数秒、レンのことを睨んでいた。

 レンも同様、エファから決して視線を外そうとはせず、しかし圧倒的な無防備さを晒したままの状態を維持している。

 やがてすっと目を閉じて剣を下げたエファは、慣れた手つきで大剣をケースにしまうと、踵を返す。


 「放課後、第三体育館にてお待ちしています」


 とだけ言い残して校舎の方へと去っていく。

 後に残されたのは唖然とする観衆と、参ったなという風に頬を掻くレン。

 無論、彼はエファの申し出に応じるつもりなどさらさらなかった。

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