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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第一章 ニュービーキラー編
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1-4 回想「新入生いびり事件」

 入学式当日。

 数々の行事を終え、学園を去ったレンは悩んでいた。

 レアード学園の入学式は、名門でありながらそれほど格式ばったものではない。それどころか一般的な高等学校とそう大差なく、入学式は午前中に終了し、その他の行事も正午を少し過ぎたあたりで全て終了し、そこで解散となった。

 というわけで寮に帰って昼食を済ませたわけだが、さて問題はその後である。

 レンはこの島に来てまだ日が浅い。

 友人と呼べるような存在もおらず、唯一入学式で知り合った同学年の生徒であるケイスは学園の行事が終わるなりどこかへふらりと姿を眩ませてしまった。

 遊び相手もおらず、遊ぶ場所も知らない。それ以外の暇潰しができそうな何かもまだ見つけられていない。

 端的にいえば、レンは手持無沙汰な状態だった。

 そこでレンはとりあえず島を探索してみることにしたのだが、そこでまたもや事件に巻き込まれるわけである。


 「貴方達は恥というものを知らないのですか!?」


 なんとなく入った裏道でそんな声を聞いたレンは、そこでなんともテンプレートな展開に遭遇する。

 追い詰められた二人の少女と、その周りを取り囲む三人の男。

 両者とも学生服を纏っていたことから、レアードの学生だということがわかった。そして、レンは物陰から状況を観察していくつかのことに気付く。

 まず男達は二年生であるということ。

 レアードの制服は学年ごとに違いのある部分がある。男子生徒であればネクタイの色が、女子生徒であればリボンの色がそれぞれ違っている。今期であれば、一年生は赤、二年生は青である。そのことから、襲われている方の女学生達が一年生であり、襲っている側の男達は二年生であることが見てとれた。

 男達は下卑た笑いを浮かべ、その中の一人が女学生に歩み寄る。


 「そう警戒することもないだろう。僕達はこの島に来たばかりで右も左もわからない君達一年生に、この島を案内してやろうと言っているんだ」

 「必要ありませんと何度も断ったはずです」


 状況としては、一人の女生徒が男達に立ち向かっているようなものだろうか。もう一人の女生徒は完全に委縮してしまい、後ろで身を縮こませている。

 実質的に三体一。圧倒的に不利な状況でありながら、対峙する女生徒は一歩も退こうとはしていなかった。

 薄紫色の髪が特徴的なその女生徒は、近づいてきた男を警戒するようにきっと鋭い目つきで相手を睨んでいる。


 「おお、こわいこわい」


 睨まれた男は、まるで怖がっている様子もなく、歩調を緩めない。

 そのまま女生徒との距離を縮め、やがて手を伸ばして彼女に触れようとする。


 「触らないで」


 ガンッ、と鈍い音が鳴った。

 薄紫髪の女学生が、その手に持っていた大きなアタッシュケースで、伸ばしてきた男の手を弾いたのだ。

 軽く、というにはあまりにも鈍い音だったが、手を弾かれた男は数歩下がって手をさする程度で、大したダメージはなかったらしい。

 だが、表情は先程までと違っていた。明らかに苛立ちを覚えている。


 「ちっ、調子乗ってんじゃねぇぞ新米が」


 その苛立ちを代弁するかのように、脇に控えていた男が前に出る。

 歩調はそれなりに早く、薄紫髪の女生徒に掴みかかろうとする動きをしていたが。


 「ふっ!」


 一呼吸を入れる内に、男の天地は逆転していた。

 薄紫髪の女生徒は素早い動きで男の手を躱し、アタッシュケースを下から上に振り上げていた。それが男の顎にヒットし、数メートル吹き飛ばされたというわけだ。

 どさりと地面に倒れた男は、そのままぴくりとも動かない。その様子を見た後の二人は、一瞬呆けた後に明らかな憤慨を覚えていた。


 「ふざけやがって、そんなに痛い目に遭いたいのかよ!!」


 大声でそう怒鳴った男は、身に着けていた指輪を外すと、それを指で弾いて宙へと放る。

 数メートル上に飛んだ指輪は、光を放つと形状を変化し、一振りのレイピアとなって男の手に収まった。

 もう一人の男も同様に指輪を外すと、それが光を放ってレイピアとなる。

 武器を手にした二人は滑らかな動作で戦闘態勢へと移行する。直立の姿勢に片方の手を背中へ、剣は体と並行になるような上向きの構え。


 「帝国の宮廷剣術ですか」

 「ほう、よく知っているな。その通り、六大陸の中で最も武術に長けた帝国の伝統ある剣技だ。基本的な型でありながら達人であれば数十人を相手に立ち回ることもできると言われている」


 にやりと不敵な笑みを浮かべた男は、風切り音をさせて軽く剣を舞わせる。その動きはかなり洗練されたものであり、それなりの実力者であることを証明していた。


 「俺も多少は腕に自信があってね、先程の動きを拝見させてもらった限りそちらもなかなかやるようだが悪いことは言わない、諦めた方が身のためだぞ」

 「……」


 少女は黙り込む。

 今しがた剣舞を見せた男もそうだが、後ろに控えている男も相当腕が立つのか自信に満ちた表情をしている。さらに状況は二対一とあまり良くはない。

 だが、それにも動じず少女はただ小さく息を吸って吐いた。


 「ごめんなさい、少し下がっていてくれる?」


 そう言って後ろにいたもう一人の少女を下がらせると、薄紫髪の少女はアタッシュケースのロックを外した。

 ガン! という大きな音を立てて縦向きにそれを地面に置くと、ギィという音を立てて蓋が開く。

 中に入っていたのは、アタッシュケースの巨大さに見合う、少女の身の丈ほどもある紅い大剣だった。

 それを取り出すと、まるで重さを感じさせない動作で少女は剣を構える。


 「ふん、女の細腕でそのような大剣が振るえるものか!」


 言葉と共に男が前へと踏み出す。

 俊敏なその動きは明らかに戦い慣れをしている様子で、両者の間にあった距離はほぼ一瞬にして縮まっていた。細剣の間合いに入るや、男は鋭い突きを少女に向けて放つ。

 ガァン! という重い金属音は、少女がその突きを大剣で弾いたものだ。傍目から見ても男の突きはなかなかのものであったが、それを弾いた少女の技量も大したものだ。

 だが、それは一合目の話。剣での闘いというものは無論一合のみで決する場合もあるが、剣戟の数が増えれば増えるほどに実力差が明確に表れてくる。

 一合目を弾かれ舌打ちをした男だったが、すぐに二撃目を放つ。今度は突きではなく右から左へと薙ぎ払うかのような斬撃だったが、少女はそれも難なく弾いた。

 それが三合、四合と続き、五合目において剣を弾かれた男は、大きく体勢を崩した。しかし、その隙を埋めるかのように後ろに控えていた男が前に出て細剣による突きを放つ。

 どうにかそれも防いだ少女だったが、体勢を崩した男が立て直すには十分な時間を与えてしまい、その男が少女に向けて再び剣を繰り出してきた。

 こうして本格的に二対一となってしまった状況だが、それでも少女は二人の攻撃を完全に凌ぎ切っていた。おおよそその細腕で振るえるとは思えなかった大剣はまるで彼女の体の一部であるかのように素早く動き、全ての攻撃を弾き、受け止め、流していたのだ。

 それどころか。


 「―――ハァッ!」


 裂帛の一撃によって、後から出てきた男が吹き飛ばされる。

 大剣の重量を活かした一撃だ、そもそも細剣程度で受け止められるようなものではない。なんとか体勢を維持した男だったが、隙を見てもう一人の男の脇を通り抜けた少女が眼前にまで迫っていた。


 「クソが!」

 「遅い!!」


 既に大剣のリーチまで踏み込んでいた少女は、大振りの一撃を放つ。それを男はかろうじて細剣で受け止めるが、あまりにも重い一撃に弾き飛ばされて背後にあった壁に激突した。

 ずるずると地面に落ちた男は、そのままがくりと気を失ってしまった。

 その結果を見て喜ぶでもなく、少女は当然だと言わんばかりに一瞥し、もう一人の男の方へ向き直る。


 「まだ続けますか?」


 ガシャンと大剣を構えなおした少女は、大勢は決したと宣言するかのようにもう一人の男に問いかける。

 それを聞いた男は、最初は茫然としていたものの徐々に笑みを浮かべ始めた。


 「何がおかしいんですか?」

 「いや、新入生如きがたった一つのラッキー程度でそこまで図に乗っていることがおかしくてね」


 男の笑みに呼応するかのように周囲の空気が一変する。

 その空気と同町するようにして、男の持っている細剣が光を放ち始めた。


 「レアードで一年、過酷な修行を積んだ生徒の力を甞めるなよ子娘が!」


 男の細剣を中心に大きく風が吹き荒れ、少女は思わず防御姿勢を取る。それは反射から起きた行動だったが、この場において致命的な隙となってしまっていた。相手は必殺の一撃を放つために溜めの姿勢を取っているのだから、ここは攻めるべきだった。むしろ溜めた後の強力な一撃を防御しようとするなど、愚の骨頂である。

 その隙を突くように男が前に出る。その動きは先程に比べて明らかに俊敏で、少女に肉薄するのに一秒とかからなかっただろう。

 まずい、と少女が思った時には既に遅かった。防御姿勢であったために攻撃のガードは間に合うだろうが、男の細剣はおそらくそのガードの上から少女にダメージを与えるほどの威力を持っている。そう直感させるほどの威圧感があった。そして、その直感は間違っておらず、数瞬後には少女が先程吹き飛ばした男と同じ運命を辿るであろうことは容易に予想できた。

 だがそれは、この場に助けに入る第三者がいなければの話だ。


 「あ?」


 男の細剣は確かに激突した。だが、それは少女の大剣にではない。

 それは鞘だった。片手で握れる程度の細い鞘で、それを柄ではなく刀身を左手で握っている。

 驚くべきことに、乱入者は大剣ですら吹き飛ばされるであろう一撃をその細い武器で、しかもそれを片手で防いでいた。

 乱入者―――レンはそれでも平然とした顔をして、呆れたようにこう言った。


 「流石にそれはやりすぎじゃないですかね、先輩」


 それが入学式当日に起きた、レンが解決した数々の事件の内の一つだった。

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