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信じること

「太郎君、急に呼び出してどうしたのかしら?」


太郎が乙姫の家で相談をしてから、3日後。太郎は乙姫を仁志家に呼び出した。


「カグヤさん、大丈夫ですか?」


カグヤはいつも綺麗に手入れされている髪が少し乱れて、目の下にややクマがある。


余裕たっぷりの表情にも疲れが明らかに見えていて、彼女を始めてみる人でも疲れているのが分かるほどである。


「ええ、私は大丈夫よ……、それよりもお母様が……、もう限界かもしれない……」


「落ち着いてください。俺に任せてくださいって言って、それでカグヤさんを呼んだんですよ。つまりいい案ができたってことです」


「え、ほんと! 私は明日にでも適当な財閥との婚約を受けようと思っていたのに」

沈んでいた瞳に力が戻り、太郎の腕をつかむ。


「ええ、とは言っても、解決するのは俺じゃありませんけど。おじいさん、お願いします」


太郎が呼ぶと、重雄が奥の部屋から大きなカバンを持ってきた。


「会うのははじめてかね? 私は乙姫ちゃんの祖父で仁志重雄だ。乙姫ちゃんとも仲良くしてくれていると聞いているよ」


「は、はい。始めまして、喜多カグヤです」


「さて、今日は君が困っていると聞いて、これを渡そうと思って太郎君に頼んできてもらったんだ。是非使ってくれたまえ」


そして重雄はカバンを差し出す。


「これは?」


「中を見てくれたまえ」


「こ、これは!」


カグヤがカバンを開けて驚く。そこには大金が入っていたからだ。


「ちょうど一千万円ある。太郎君に聞いて、すぐさま大金が必要と聞いたからな」


「で、ですが、こんな大金をどうして……」


「確か君は知っていたと思うが、うちの1人娘である小町は既に亡くなっていて、その生命保険でおりたお金がこのお金だ」


「そ、そんなお金はいただけません! だって、私はあなたたちとはそこまでしていただけるほどの関係はないんです!」


さすがに急にお金をもらって、ありがとうございます! ともらっていくわけにはいかないのか、カグヤは断る。


「先日太郎君のおかげで、私は息子と和解することができた。そのことに、君も関わっていてくれたことは太郎君から聞いている。だから恩返しをしたいのだ」


「で、ですが、それでも頑張ったのは太郎です。私は何も……」


「仮にそうだとしても、私……、いや私の妻も、息子も太郎君を信用している。その太郎君が助けたいと思っている相手なら、私は信用できる。私は太郎君が信じているから、君のことも信用できると信じているよ。お金も今無いだけだろう? いずれ君の実力なら一千万円くらい問題にしないだろう?」


「そ、それはもちろんですが……」


「だったら使ってくれたまえ。私たちはこのお金を使うつもりは全く無かったから、このお金が無くても、全く生活には困らない。家族のことは絶対にお金に変えちゃいけない。だから急ぎなさい」


「は、はい! ありがとうございます……。必ず……、必ず何があっても、何年たってもお返しします……」


カグヤは涙を流しながら、お金を持って仁志家を出て行った。


太郎はカグヤが徒歩で来たなら見送っていこうと思ったが、幸いカグヤの体調を心配してか、使用人が車で迎えに来ていたので、そのまま任せた。


「ありがとうございます、重雄さん。俺の無茶なことを聞いてくれて」


「何を言っておる、君はもはや家族のような存在だ。水臭いことを言うんじゃない。だが、良かったのかい?」


「何がですか?」


「小町の生命保険のお金は500万円しかなかったのだ。残りの500万円は君が出したのだろう? それはあの子に伝えなくていいのかい?」


「いいんですよ。このほうがお互いのためになります。俺とカグヤさんの間には余計なしがらみはいらないんですよ」


今回太郎は、重雄にお金のことを頼むだけではなく、ちょっとした芝居を売ってもらったのである。



「太郎君、このお金を使ってくれて構わない」


重雄に相談に行った太郎は、重雄から500万円の援助をもらうことに成功していた。


「いいんですか? 俺結構だめもとなつもりでしたけど」


「亀吉の件については、正直感謝をしても仕切れない。500万円では返せないほどだ」


「でも大事なお金ですよね。乙姫先輩のお母さんの生命保険のお金なんて……」


「いいんだ。どちらにしても、このお金は簡単には使えない。ならば、君のために使いたい」


「ありがとうございます。これでお金がそろいました」


「なんと、君は500万円を準備できるのかい?」


「俺は200万円が限界です。残りの300万は兄貴から借りました」


俊介は太郎に300万円を渡していたのである。唯一彼が今信用できる太郎の頼みを、俊介は受けたのである。


「君のお兄さんか。いずれ会ってみたいものだな」


「時間はかかるかもしれませんが、いつかお願いします」


「あとは、重雄さん、この一千万円をカグヤさんに渡すんですけど、もちろん500万については、絶対そんなことは無いと思いますが、カグヤさんがもし返せなければ、俺が責任を持ってお返しします」


「そんなことは心配しておらん。君は本当にすばらしいな。我が家のこともそうだし、そのカグヤさんのためにも身を削って頑張っておる。そんな君を私は無条件で信用しているよ」


「だけど、そこまで太郎ちゃんが頑張るカグヤちゃんというのはどういう子なのかね? 名前からして女の子だと思うんだけど、乙姫ちゃんのお友達かい?」


鶴の言葉に、太郎はやや返答を戸惑った。だが、自分を信用してくれている相手に嘘やごまかしをしたくないので、全て正直に話した。



「はあ~。お嬢様も大変ね~」


「太郎君も気苦労が耐えないだろう。私でよければいつでも相談にのるぞ」


正直とがめられてもおかしくないと太郎思ったが、重雄と鶴の反応はとても優しかった。


「あのー、こんな話信用してくれてるんですか?」


「大丈夫だ。この話を乙姫ちゃんも知っているなら、それは当人同士の問題でしかない。それによくこれだけの話を正直に話してくれた。私はもちろん乙姫ちゃんの味方ではあるが、君の味方をやめないことだけは誓おう」


「あ、ありがとうございます。では、この件についてなんですが、この一千万円を、重雄さんが全部出したことにして、カグヤさんに渡してもらえないでしょうか?」


「? どうしてだ? むしろ今回のことについて、1番頑張っているのは君だろう」


「俺とカグヤさんの間には、余計なしがらみや恩があってはいけないんです。俺は乙姫先輩を愛しています。カグヤさんは俺にたいして何の感情も持ってはいませんが、今回の件のカグヤさんはかなり弱っています。そのタイミングで俺が助けてしまうと、あまり俺と乙姫先輩にとっていい展開にならないかのうせいがあるからです」


「ああ、なるほどな……。君の言いたいことは分かった。いわゆるフラグを立てたくないというやつだな」


「重雄さん、フラグとか分かるんですか」


「私も本屋のはしくれだ。それくらいのことはわかるさ。いいだろう、君の気持ちは私にとっても、乙姫ちゃんにとってもありがたい。君の作戦に乗っかろうじゃないか」


「ありがとうございます。これで万事解決です」


そんなやりとりがあって、重雄は全てのお金を自分が出したようにカグヤに見せた。


これによってカグヤの感謝の対象は重雄に大きく傾き、太郎とカグヤの間にはフラグが立たないという作戦である。


決して太郎にとっても安い出費ではないが、そこまで長い付き合いではないとはいえ、カグヤがお金を貸しっぱなしにするとは考えづらく、今すぐ必要なお金というわけでもない。だから、太郎としてはそこまでリスクを背負った行動ではなかったということになる。



「しかしすげーな。お人よしもほどほどにしたほうがいいんじゃないか?」


その話を士彦と話すと、苦笑いでそういわれた。


「まぁいいんだよ。お金ってのは、必要なときに必要な場所に必要な額があればそれで幸せなんだ。今お金が必要なのがカグヤさんならそれでいいんだって」


「相変わらず金持ちな感じがないんだからな。まぁいいけど。別に俺も金は今欲しいとは思わないし」


「つーても今回はありがとな。案いろいろくれたり、本気かどうか知らんが、保証人になってくれる話までしてくれてよ」


「長い付き合いなんだから、水臭いこと言うな。せめて相談くらいには乗らせてくれよ。それで、お嬢はどうなりそうなんだ?」


「まだ結果は聞いてない。3日くらい休んでるから、多分アメリカにはいるんだと思うが、こっちから聞くのもどうかと思うし」


太郎はカグヤとあの日から会っていない。お金を渡した日は土曜日で、今日は木曜日なので、5日間あっていないことになる。


その間、乙姫からも様子を聞かれたが、まったく太郎にも情報が無い。


「ん? メールだ」


その時、太郎の携帯にメールが入った。


「お、お嬢か?」


「ああ、お母さんの手術無事成功したらしい。経過も良好らしい」


「そっか、じゃあ良かったな」


「乙姫先輩にも伝えとかなくちゃな」


まだ顔を知らないカグヤの母だが、身近な人の親族が無事になって、喜ばない人はいない。




この後カグヤが1番感謝したのは、もちろん太郎ではなかった。


だが、このフラグは大きすぎて回避できなかったのである。



「太郎君」


そのあとしばらくたって、カグヤは太郎を呼び出した。


「どうかしましたか?」


「悲しいけど、私はあなたとの約束を守れなくなりそうだから、姿を消すことにするわ」


「何のことです?」


「あなた私に嘘をついたわね。この前のお金は半分はあなたが出してくれたんでしょう」


「……どこからお聞きになったんですか」


「これだけの大きな噂を隠せるとでも思ってたの? 一応名誉のために言っておくけど、乙姫さんや乙姫さんの家族じゃないから」


「……、なるほど」


どれだけ隠しても、完璧に噂を隠すのは難しい。それが大きければ大きいほどだ。


「行動してくれただけでもあなたには感謝しているのよ。それなのに、お金でも力を貸してくれて……。そう思ったら、今まであなたが私に付き合っていろいろやってくれたり、乙姫さんにやさしくしてるのが、素敵に見えて……、あなたを好きになっちゃったのよ……」


「……」


太郎はこうなるのを避けて、できる限りのフラグを避けていた。太郎が好きなのはあくまでも乙姫である。

だが、頑張り屋のカグヤを手助けしたい気持ちは本当であり、それにできる限り尽力したかったのであった。


「だから、あなたのそばにはもういられない。一緒にいるのは私もつらいし、乙姫さんにも申し訳ないわ」


「別に友人関係ではいけないのですか」


「少なくとも今はダメ。私は1番になれないのは嫌だけど、約束を破るのはもっと嫌なの。私の中でけじめをつける意味もあるし、アメリカのお母様のそばに私がいたいの」


「お母さんはもういいんですか」


「ええ、でもちょうどいいきっかけよ。私はさらに成長して日本に帰ってくるわ。お金は私が返さなきゃいけないからね」


「そうですか。じゃあまた会えますね」


「ええ、その時に心変わりをしてることを期待してるわ」


「あきらめるわけではないんですね」


「ええ、今のあなたたちの関係は壊さないけど、私が関係しないところで、チャンスがあるなら狙うわ」


「さすがですね」


「ええ、短い間だったけど、本当にありがとう」


そしてカグヤは太郎と乙姫に見送られて、アメリカに旅立っていった。



数年後、太郎とカグヤは再会することになる。それがどのような形でどのような関係での再会になるのかはまだ別の話である。



作品を読んでいただきありがとうございます。


今年書いた作品の中で連載に至れなかったものでしたが、文字数はかなりあったので、編集して投稿いたしました。


短編投稿するには文字数が多めだったので、分けて投稿いたしました。



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