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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
エピローグ この世界で生きていく
72/72

最終話 異世界の孤児園

 暖かな風が病室に入り込む。

 外を見ると、病院の庭に桜の木が見えた。もう少しで満開になるらしい。その頃には、普通に歩けるようになっているといいけど。

 ベッドに座ったまま、ぼくは壁の方に視線を動かした。

 カレンダー。今日は、四月二十日。

 ぼくが歩道橋から落ちてからもう二ヶ月が過ぎようとしていた。

 目を覚ましてからはちょっと大変だった。

 まずは身体の検査。幸いなことに特に異常はなかった。脳にも支障はなく、怪我もそんなに大きくはない。脳がショックから回復するまでに時間がかかったと判断された。

 ただ、一つあるとしたら左肩。落ちた時にぶつけてたのか腫れていたんだ。けれど、今はだいぶ治ってきている。夢の世界で水無月さんに剣で刺された場所と同じだったのが少し気になるけど。

 それから、ぼくじゃなくてお兄ちゃんの方だけど、お兄ちゃんはここでは大量の睡眠薬を飲んで自殺を図ったとされていた。調べた結果、その影響は身体や脳には来てなくて。それは本当によかったんだけど……何故か、お兄ちゃんにはぼくと夢の中で過ごした記憶がなかった。孤児園での話をしても、首を傾げてしまう。そのせいか、自殺を図ったことも否定しなくて。蒼空と話せないなんて耐えられなかった。本当に目覚めてよかった。なんていう始末だ。それが何だか少し寂しかった。

 でも、忙しくなったのはそれからだった。ぼくの目が覚めたと知った途端、警察が事情聴取に来て、マスコミもインタビューしに病院に押しかけた。ぼくが寝ている間にもお母さんやお父さんの元に来てたらしい。

 まだ療養中だからと、マスコミ達にはお父さんが断ってくれて、ぼくは警察の人だけに覚えてることを話した。

 夢の中で何年も過ごしていたからもう覚えてないものかと思ってたけど、不思議なことにあの時のことはスラスラと話すことが出来た。

 そうして話してみてびっくりしたことがある。今の記憶によると、ぼくは自殺をしてはいなかったんだ。自殺しようと歩道橋に登って柵に身を乗りだしたものの、やっぱり怖くて出来なかったんだよね。それで帰ろうとした時、後ろから突き飛ばされた。振り向くと水無月さんで。そのままぼくは下に落ちてしまった。  けどぼくはその時、死んでもいいと思っていた。だから、自殺したと思い込んでいたのかもしれない。

 いじめのことも全部話すと、警察の人はようやく去って行った。そのあと、水無月さんがどうなったのかはわからない。知りたいとも思わないし、もう会うこともないだろう。退院したら今の家から引っ越すつもりだから。

 そうして今はリハビリ中。一ヶ月以上も寝たきりの状態だったから筋肉が衰えて立てなくなってたんだよね。

 歩く練習は家に帰ってからも出来るけど……長時間寝たきりの状態だったから後から異常が出る可能性もあると、少しの間リハビリも兼ねて入院している状態だ。

 で、今はお昼食べ終わって自由時間。

 こうもあったかいと眠くなってくるよね、少し寝ちゃおうかな。

 ベッドに横になるとすぐに睡魔は襲って来た。ぼくはそのまま夢の中に引き込まれて行く。


 ……懐かしい感覚がした。優しいものに包まれているかのような心地よさ。

 まただ、と思う。

 この世界に戻って来てから、ぼくは何度もこの感覚を味わっていた。

 多分、あの夢の世界……孤児園にいた頃と同じ感覚。

 これをぼくは余韻のようなものだと思っている。

 夢の中だけど、何も見ることは出来なかった。ただ、孤児園にいた頃の記憶が蘇って、ひどく胸を締め付ける。

 安心する暖かさ。だけど不意に寂しくなって……涙が溢れてくる。

 会いたい。

 そう感じた時にいつも目が覚める。今回も同様に。

 しばらくの間はこの不思議な夢を見続けるだろう。けど、それでいいと思っている。孤児園のみんなにはいっぱい勇気付けられたから、忘れたくない。忘れないまま、ぼくはこの世界を生きて行くんだ。あの場所は、生きる勇気をくれたから。かけがえのない空間だったから。ずっと、覚えたままでいたい。

 ツーっと、涙が目の横に流れ落ちるのがわかった。

 その時、ふと誰かの気配を感じた。足音も聞こえてくる。

 誰……? 今日はお父さんもお母さんも仕事で、お兄ちゃんも大学だから来られないはず……。

 目を開けると、病室を出て行く誰かの後ろ姿。

 男性だった。お父さんでもお兄ちゃんでも、学校の先生でもない。

 じゃあ、いったい誰? 何のためにここに……。

 ふと右に目を向けると、机の上に見覚えのないものが置いてあるのが目に入った。

 これは……本?

 何気なく手を取る。

 革製の赤い本。大きさは新書と同じ。そして、表紙にはこう書かれていた。


『異世界の孤児園』


「え……!?」


 孤児園って……!

 パッと廊下を見る。もうあの人の姿はない。

 今度は窓の外を見た。庭の手前、病院の入り口に視線を走らせる。

 あ、いた……! さっきの男の人!

 黒髪に眼鏡をかけたその人は、こちらに背を向け、庭を横切って病院の敷地から出て行こうとしていた。

 あの人が、この本を……じゃあ、もしかして……。

 でも、そんなわけ……だってあれはぼくの夢で……。

 手元の本に目を戻す。そのタイトルは、ぼくの鼓動を早めた。

 深呼吸をして、ぼくはそっと本を開いた。


『プロローグ

 赤レンガの壁が目立つ小さな家の中で、三人の男の子が向かい合っていた――』


 その一文から始まったこの物語は、まさしくぼくの夢の中の出来事が綴られていて。

 手が震える。

 信じられなかった。なんで、という思いが浮かんでくる。

 窓の外を見ても、もうあの人の姿はない。

 不可解な出来事。だけど、怖いというよりもすごい、という感想が出てきていて。

 ぼくは本の続きに目を通した。

 時間も忘れて読みふける。

 気づけばもう夕飯の時間に迫っていて、だけどそんなことはどうでもよくなるくらいぼくは驚いていた。

 完全に、本に書かれていることはぼくが経験していたことと一致していたんだ。夢の中で過ごした、ぼくの物語……。

 シン君の事件から、水無月さんを倒すところまで……孤児園での出来事がまざまざと思い出される。

 最後の別れの瞬間までしっかり書かれたその本は、だけどまだ続きが綴られていた。


「まだ、終わってない……?」


 ぼくの物語はここで終わったはずだ。けれど、次のページがあるってことは……みんなのその後……?

 ページを捲る。そこには、ぼくの知らない物語。ぼくの友達の物語が紡がれていた――


  ✳︎  ✳︎  ✳︎


 ソラとラギ君が消えた後、残されたみんなはしばらくの間二人が去った跡を見上げていた。

 少しすると、空も地面も白く染まったその空間は、徐々に色を取り戻していく。気づけば元の町の広場へと戻っていた。

 顔を下げ、最初に口を開いたのはルークだった。


「行っちまったな。ソラも、ラギも……ソートも」


 ポツリと言葉にする。

 みんなも視線を下げる。その顔は安堵と喜び、そしてどうにもできない寂しさが混じったような、複雑な表情をしていた。泣くのを我慢している者もいる。

 園長先生はそんなみんなを見てふっと笑みを零した。優しげな瞳を細めると、少しの間だけ目を閉じ、それから声を発する。


「みんな、お疲れ様。ソラちゃんとラギ君は無事に元の世界に帰ったよ。本当に、ありがとう」

「先生……」


 園長先生の珍しい姿に、ピンクちゃんが目を瞬かせる。

 それに気づいていないのか、先生は周りを見渡した。


「さて、ここからが大変だよ。ソラちゃんを送り出せたから、次は自分達のことを考えないと。まずは町を戻す。君たちの住むところを作らないとね」

「え、先生、おれたちは消えるんじゃないのか?」


 泣き止んだカイ君が疑問を口にする。

 すると先生は困ったように笑った。


「消えるっていうのはソラちゃんにとってだけなんだ。私達には、自分たちが消えてるのかどうかはわからない。でもまあ、私たちの世界は間違いなくここにあるから、君達は難しいことは考えずに今のこの人生をこのまま生きていけばいいよ」


 先生の言葉を聞き、無意識に肩に力を入れていたみんなはホッと胸を撫で下ろした。

 誰だって自分や周りが消えていくところは見たくない。どんな風に消えるかはわからなかったけど、多少は恐怖を感じ、覚悟をしていたんだろう。

 先生が続ける。


「じゃあ、最初に町を元に戻そう。結構派手に壊されてしまったからね。これが私の最後の魔法になるかな」

「最後の魔法……? もう魔法、使えないのか?」


 問いかけたのはロイ君。先生は頷く。


「うん。さっきも言ったかもしれないけど、私は実は神なんだ。けれど、この場所に降りてきてしまった。だから罰として、徐々に力が失われてきてるんだよね」

「力が完全になくなると、どうなるんですか……?」

「……消滅する」

「……!」


 ピンクちゃんが息を飲む。カイ君、ピクちゃんも驚きに目を見開く。

 先生はそっと視線を落とした。その水色の瞳が揺れる。それは申し訳なさのためか寂しさのためか、それとも……恐怖のためか。


「最初は人間になると思っていた。神の力が失われても、ただ人間としてこの場所で生きられると。だが、そうではなかった」


 自分の手を見る。その手からはチラチラと光が生まれていた。

 死が近い。先生はそう感じているのかもしれない。その目には諦めが混じっていた。


「神でいるか、それとも消滅するか……私には二つしか選択肢がないらしい」


 今の自分は神でも人間でもない、その間にいる。と彼は説明した。今までずっとその状態を保ってきたが、それは許されない、とも。

 拳が握り締められる。初めて、みんなの前で先生の顔が歪められた。


「だったら私は、神に戻ってまた独りになるより、ここで消滅した方がいい……。ごめんね、みんな。私が消えるのを許してほしい」


 みんな何も言えなかった。本音を言えば、消えて欲しくはなかった。けれど、今の先生の想いを聞いたら、安易にそんなことは言えない。

 しかし、彼女だけは違った。


「先生。もし魔法を使わなかったら、どうなるんですか?」

「え……と、この世界にいたら徐々に魔法を失うから、どっちにしろ消えるだろうね」

「じゃあ、神の世界に戻ったら?」

「……神として生き続けることになる」

「じゃあ神に戻れば、消えなくてすむんですね?」

「そうだけど……ピンクちゃん、私は……」

「さっきの答えですけど、あたしは許しません。先生が消えるなんて、絶対に」


 真っ直ぐ先生を見つめ、そう言い切ったピンクちゃんは息を深く吸うと、次にこう言い放った。


「神の世界に戻ってください。そこで生き続けてください。町は、人間達でまた作り直せばいい」

「ピンクちゃん! 私に独りになれと」

「違いますっ!」


 普段は見せない先生の慌てた声。だけど、ピンクちゃんは声を張り上げて相手の言葉を防ぐ。

 そして彼女は、その桃色な瞳に先生を映し、ゆっくりとした口調で告げた。


「先生を独りにはしません。あたしが……あたしが迎えに行きます」

「え……」

「先生が神から人間になり、行きられる方法を考えます。絶対に見つけ出しますから、だからそれまで、神の世界で待っていてください」

「ピンクちゃん……」

「消えたらっ! そこで終わりなんですよ……? もう会えなくなるのは……話せなくなるのは嫌なんです!」


 きっぱりと言い切ったピンクちゃんの目からは涙が溢れ落ちていた。

 頰を伝って流れ落ちるその雫は、とても綺麗に見えて。

 先生が長く息を吐く。その目は少しだけ潤んでいた。

 やがて彼はそっとピンクちゃんの手を取った。顔を上げるピンクちゃん。二人の視線が絡み合う。

 先生はふっと微笑んだ。


「ありがとう、ピンクちゃん。……わかった。私は、もう少し生きることにするよ」

「よかった……」


 安堵を息をつくピンクちゃん。そんなピンクちゃんを眩しそうに見つめて、また先生は口を開く。


「じゃあ、神の世界に帰るけど、その前にピンクちゃんに伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」


 うん、と頷いた先生はそっと目を伏せた。笑みを浮かべたまま、言葉を紡ぐ。


「私は地上に降りてから様々な感情を知った。嬉しさ、楽しさ、寂しさ、喜び、悲しみ、怒り……だけど、ひとつだけわからなかった感情があったんだ。それは少し前から心の中にあって、でもなんなのかは判断することは出来なくてずっとモヤモヤしてた。けれど、今わかったよ」


 先生が長身を曲げ、ピンクちゃんと視線を合わせる。至近距離で、彼は照れたように言った。


「これは恋。私はどうやら、君が……ピンクちゃんが好きみたいだ」

「……え……?」

「だから、ずっと待ってる。君が迎えに来てくれるのを。そうしてまた出会えたらその時は……結婚しよう」

「けっ、こん……!?」

「うん、約束だよ?」


 そう、先生はピンクちゃんの指に自分の小指を絡ませた。さっきのアト君、カイル君を真似たように。

 同時に、彼の身体が淡い光に包まれる。

 顔を赤くして呆然としてたピンクちゃんは慌てて先生の手を握った。


「先生っ」


 ありがとう。

 そんな風に口を動かして、彼は神の世界へと戻って行った。

 空を掴んでいた手を、ピンクちゃんはそっと下ろす。まだ頰を赤らめながら小さく呟く。


「先生はずるいですね……でも、必ず迎えに行きますから……」


 その声は冷えた空気に溶けていった。

 俯いたピンクちゃんをピクちゃんが下から覗き込む。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「いや〜、でもキュンと来ちゃったね。先生、ピンクちゃんのこと好きだったんだね」


 驚いたように、だけど嬉しそうにそんな声をあげたのはエミちゃんで。つられるようにルミちゃんも頷く。


「先生も恋したんだね。なんだか嬉しいね」

「そうだな」


 ロイ君がルミちゃん引き寄せ、二人は笑い合う。

 ミニちゃんも喜びの声をあげ、カイ君は惚けたようにピンクちゃんを見つめていた。

 そんな皆の視線に気づき、ピンクちゃんはひとつ咳払いをした。


「えっと、先生も無事に帰らせたことだし、あたし達は町の復興に協力しよう? あたし達の家も作らないと」

「ああ。そうだな。オレも早く孤児園を元に戻したい」


 最初にルークが返事する。

 みんなもそうだろ? と問いかけるように振り返る。しかし、その目に映ったカイ君は少し気まずそうにしていた。


「カイ?」

「あのさ、ルーク……おれ、少ししたら……おれが生まれた村に帰ろうと思うんだ」


 ルークが固まる。その様子を見て、カイ君は慌てて言葉を続けた。


「もちろん、町の復興には協力する! けど、おれはみんなと一緒には住まない。おれ、なりたいものが出来たんだ」


 顔を上げる。その青い瞳には強い光が宿っていて。前を見据えながら、彼は自分の想いを口にした。


「おれ、医者になりたいんだ」

「医者に……!?」

「ああ。おれが住んでた村は医者がいなくてさ。お金もないから他の村の病院にも行けなくて。それで、たくさんの人が病気や怪我で死んでいった。だからおれ、その人たちを助けたい」


 カイ君は言う。自分が住んでいた村の近くに、医療系の学校があると。そこで勉強をし、自分の村、そして他の村の人々を助けたい、とも。


「今から、か?」

「ああ。今だからこそ、なりたいって思えたんだ。おれ、何も出来なかった。ソラが帰るまで色々あったけど、何も出来てない。だから、先生みたいに誰かを助けたい。ソラみたいに、自分の道に進んで行きたいって思ったんだ」


 突然の事にルークは驚いた。だが、カイらしい、とも思った。計画もなく、思ったことを言葉にして行動に移す。それはもう、誰にも止められない。

 だから彼は笑った。わかった、と。


「じゃあ、ピクも行く」

「え……?」


 次に声をあげたのはピクちゃんだった。カイ君の隣に来る。


「だってカイ君、べんきょー出来ないからピクが教えてあげなくちゃ! それにピクも、医療にきょーみあるし!」

「いいのか? ピンクやミニと離れる事になるんだぞ?」

「いーの! だって、ずっと帰ってこないわけじゃないでしょ?」


 それに。とピクちゃんぽつりと呟く。


「まだピク、カイ君に返事してないもん」


 その声は誰にも届かず、風に攫われていく。

 ぽん、とカイ君はピンクちゃんの頭に手を乗せた。


「サンキュー! ピク!」

「……!」


 その姿は想っていた彼と似ていて、だけど纏っている雰囲気は違うもので。

 この胸の鼓動は、どちらに反応してるんだろう。なんて考えながら、彼女ははにかんだ。

 そして、二人に続くようにして今度はエミちゃんが声を発した。


「あたしもここから出ていくかな。世界中を回ってみようと思ってる。それで、親がいない子や捨てられた子を助けてあげたい。モエカみたいな暴走した奴も止めたいしね。世界中には、先生でも助けられなかった子供達、いっぱいいると思うから」


 とても大きな、責任感も伴う役割。だけどエミちゃんの目にも迷いはない。


「じゃあエミちゃんにはミニが付いてくー!」


 パッと手をあげたのはミニちゃんで。エミちゃんは苦笑する。


「そんな簡単なものじゃないよ」

「いーの! 何かあったらエミちゃんに守ってもらうもん! それにミニはね、世界中を旅して、世界にはこんな人たちがいるよっていうのをみんなに知ってもらいたいんだ! それでたくさんの人が困ってる人を助けられたらさいこーじゃない?」


 満面の笑みでミニちゃんが夢とも思えてしまうようなことを言う。だけどそれは、他のみんなも感じていた事で。

 だったら、とロイ君が前に出る。


「俺はミニが集めてきた情報や他の町や国の出来事を世界中に発信出来るものを作ろうかな。音声や映像なんかでな」

「じゃあじゃあ、アタシはカイ君達のお手伝いする! 今まで直せなかった病気の薬とか作るよ!」

「それなら、何か欲しいものがあったらあたし達が世界中から取って来るよ。薬作るのに必要な植物とかあるでしょ?」


 エミちゃんがルミちゃんから必要なものを聞き始める。

 そんななか、カイ君がルークに歩み寄った。


「んで、ルークはどうするんだ? ここに残るのか?」

「ああ。オレは孤児園があった場所に家を建ててそこで暮らす。そう決めていた」

「そっか。じゃあ次の園長はルークだな!」

「は……?」


 何を言われたかわからない。そんなふうにルークが声を漏らす。

 けれど、その話を聞いたのかエミちゃんが乗っかってしまった。


「いいじゃん! あ、じゃあさ、あたしが拾ってきた孤児の子、代わりの親が見つかるまでそこで預かってよ!」

「は!? なんでオレが! お前が保護しろよ」

「あたしは旅してる身だし。すぐ親見つかるようにするからさ、少しの間だけ!」

「いいんじゃない? あたしも、先生を人間にする方法を探しなが手伝うよ?」


 ピンクちゃんも同意する。

 ルークはしばらく渋い顔して考え込んでいたが、やがて大きく息を吐いた。不満げな顔しながらも、首を縦に振る。


「わかったよ。やるよ。やればいんだろ」

「さすがルーク!」

「だが、お前らも帰って来いよ。あの場所は、みんなの家……帰る場所だ。オレが守ってるから、顔出せよ」

「ルーク君……」

「もちろんだ! お前の園長姿、見に来るぜ!」

「いやお前はいいや。帰ってくんな」

「なっ、なんでだよー!? おれも帰らせてくれよー!」


 騒ぎ出す二人。笑う周り。その様子は孤児園内の頃に戻りつつあって。

 ピンクちゃんはホッと肩の力を抜いた。その視線がすぐ横に動く。

 そこにはアト君がいた。アト君は、カイルが消えた場所から動かずに、カイルが出てきたロケットを握りしめていた。

 ピンクちゃんの視線に気づくと、アト君は少し迷った表情をしたのち、そっと彼女に問いかける。


「ねえ、先生。ぼくも、みんなの仲間に入ってもいいですか……?」

「うん、いいよ。大丈夫だよ。アト君は、これから何をしたいの?」

「ぼくは、記録を残す人になりたい。今日あったことや、前にシンお兄ちゃんがしたこと……それから、シンお兄ちゃんが死んじゃう前の出来事。それを書いて残しておきたいんだ」

「うん、いいと思う。わたしも、過去のことを調べたり、孤児園内であったことを話すよ。一緒に書いてみよう?」

「……! うん……!」


 そうして、ここに集った子供達はそれぞれ自分の行き先を決め、町が元に戻ると同時に旅立って行った。さよならは言わず、また会おうと約束して。

 今回あった出来事は子供達の背中を押すものとなり、そして自分の道を突き進む子供達のその背中は、他のものを勇気付けるものとなった。


 そして月日は流れ……十年後。

 季節は春。太陽は暖かな日差しを地上へと降り注ぎ、穏やかな風は薄紅色の花びらを空へと舞い上がらせていた。

 その日、ルークは待っていた。久しぶりにこの場所を訪れる人を。

 昼食の下準備をすませ、掃除も終わらせた彼は誰もいない部屋で一人、小さなファイルを開いていた。その耳に、インターフォンの音が入る。

 家の扉を開けると、そこには青い髪を短く切った青年と、桃色の髪を耳の下でツインテールにした赤い眼鏡の女性の姿があった。

 十年前と背丈も見た目も変わっていた。けれど、ルークにはすぐに誰だかわかった。懐かしげに目を細め、微笑む。


「久しぶりだな。カイ、ピク」

「おう、元気にしてたか、ルーク」

「ルーくん、久しぶり!」


 続くようにして、ロイ君とルミちゃんが訪ねてきた。ルミちゃんの腕には、クリーム色の髪の女の子が抱かれている。二人の娘だ。

 遠慮なく入ってきたのはエミちゃんとミニちゃん。髪をポニーテールに結わいた二人は、お酒を片手に席に着く。

 家の外から来る最後のお客はアト君で。彼は三人の男の子を連れていた。彼の息子達だ。

 この家を訪れる予定の人たちが揃い、昼食の準備も整うと、ルークは二階に向かって呼びかけた。


「ピンクー! みんな来たぞー」

「はーい」


 トントンと階段を降りて来る足音は三つ。

 最初にリビングに顔を出したのはピンクちゃんだった。その後について来た人物に、みんなはハッと息を飲む。

 銀髪に水色の目。眼鏡をかけたその男性は、十年前と全く変わらない。

 彼は、柔らかい微笑を浮かべた。


「やあみんな、久しぶり。大きくなったねぇ」

「先生……!」


 そこにいたのは紛れもなく園長先生その人で。その事実は、彼が人間になったということを証明していた。

 そして二人の足元にもう一人やって来る。幼い男の子。先生とピンクちゃんの息子だった。

 十年前のメンバー全員が揃うと、みんなは席に着き、それぞれの顔を眺めあった。

 もう全員が二十歳を過ぎた大人になっていた。顔つきも声も変わり、思わず感嘆してしまうほど。だけど、その雰囲気や口調は昔とさほど変わってなくて。全員が懐かしさを感じていた。

 そんな中、ルークが口を開く。


「今日は集まってくれてありがとう。久しぶりに全員揃うことが出来て、嬉しく思う」

「なんだよルーク。緊張してんのか?」

「んなことねーよ。じゃあ、まずは乾杯しよう」


 ルークの掛け声でグラスを鳴らす。それからみんなはこの町のこと、過去のこと、そして自分の今の状況など、会話に華を咲かせ始めた。

 カイ君は無事に医者になれ、生まれた村を居場所に周りの貧しい人々の怪我や病気を治しているらしい。ピクちゃんはその助手をしていた。

 エミちゃんは世界中を旅し、悪さする輩を逮捕しながら居場所ない子供を助け、ルークに預けていた。ルークはその子供の親になれる人をすぐに探してあげている。

 エミちゃんについて行ったミニちゃんはロイ君が作ったカメラでたくさんの町の様子を写真に撮ったり録画をし、ロイ君に届けていた。その他に、薬になりそうな植物の回収をしっかりと行っているらしい。

 そして、その情報をロイ君が世界中に流し、植物はルミちゃんが薬にする。ロイ君が作ったテレビは、映像で様々な町の様子を見られるようになっており、ルミちゃんの薬もたくさんの人の病気を助けていた。

 町に残り、先生を人間に戻すことに成功したピンクちゃんは、今はアト君と共に書きものをしている。アト君は過去起こったこと、ミニちゃんが集めてきた世界中の出来事を記事にし、ピンクちゃんは本にして残しているのだ。

 そんな風に見たこと聞いたこと、愚痴のようなものを話していた一同だったが、その途中、アト君が自分の話をしながら膝と両隣に座らせた子供達を見た。


「――それで結婚して、三人息子が出来たんだ」

「名前はなんていうんだ?」

「この、一番上の子が……カイル」


 過去、孤児園に暮らしていたメンバーが目を見開く。名前もそうだが、アト君が紹介した男の子……カイル君は、緑色の髪と蒼い瞳を持っていたのだ。その姿は、完全に彼そのもので。

 カイ君が視線で問いかけると、アト君は頷いた。みんな、嬉しそうに笑みを零す。

 彼は……カイルは転生していたのだ。この世界に。

しかも、アト君の息子として。

 次にカイル君の弟達を紹介する。次男の名前はシン君。カイル君の双子の弟らしい。そして、二歳下の末っ子がマオ君。二人の名前は、アト君が思い入れがあってつけたものだった。


「じゃああたし達はアト君と同じことを考えてたんだね」


 そう言ってルミちゃんが膝の上に乗せた女の子の頭を撫でた。


「この子の名前は、ハート。ハートちゃん、だよ」


 ふるりと、ピンクちゃんのまつ毛が震えた。彼女はルミちゃんを凝視して、それから泣きそうな顔を見せる。

 その肩を抱きながら、今度は先生が自分の息子を膝の上に立たせた。茶髪に黒目の男の子。


「その子……!」


 ルークが声を上げる。

 先生はゆっくりと頷いた。


「そう、この子はスター。スター君の、生まれ変わりだ」


 そうなんだ。スターは……ボク(・・)は、生まれ変わったんだ。先生の子供として。

 先生の膝を踏みながらボクはルークに笑いかける。

 もう、ボクは心を読むことが出来なかった。だからルークが今何を考えてるのかはわからない。けど……ボクの以前の弟は泣き笑いをしていた。だから、喜んではいるんだと……思う。

 生まれ変わるまで、みんなを天から見守っている間はまだ読むことが出来た。だけど、生まれ変わった瞬間、心の声が聞こえなくなったんだ。今もまだ慣れることは出来ないけど、いずれ、ね……。

 子供達の紹介も終わると、大人達はまた自分達の話に夢中になった。久しぶりの再会だから、話したいことがたくさんあるんだろう。

 特にピンクちゃんが先生を人間にした話とかね。とある魔法を生み出したんだ。だけど、その魔法は膨大な魔力を使う。彼女は代償に、魔法を使えなくなってしまうだけでなく、寿命も短くなってしまった。それでも、ピンクちゃんは笑う。隣に、先生が戻ってきたからね。

 そういえば、先生また無意識に魔法使ってたんだよ? ピンクちゃんの成長を止めてたんだ。自分が人間になった時、おばあちゃんになってないようにね。ほんと、先生はピンクちゃん大好きだよね〜。

 あ、そうだ。あとね、もう一人子供がいるんだよ。まだ生まれていないんだけど、ピンクちゃん……ボクの今のお母さんのお腹の中に、女の子がいるんだ。名前はボクが決めていいみたい。そうお母さんから言われた。その時、ボクはすぐに思いついたよ。


 この子の名前は……ソラだ。


 ねえ、ソラ。聞こえているかな。ボク達は今、幸せな日々を生きている。幸せがこれなのか、今のボクにはまだわからないけど、でもみんな笑顔だ。

 ここが、君の第二の帰る場所になっているといいな。

 もしそう思ってくれているなら、さ。

 そっちの世界で悔いのないよう、おばあちゃんになるまで精一杯生きて、それで自分の人生に満足したら……こっちにおいでよ。帰っておいで。君が転生してボクの妹になるのを、待ってる。

 でも、途中で死んで来るのはもうダメだよ? 絶対に、最後まで生き抜いてから来ること。そしたら、その時は歓迎するからさ。そっちの世界での話を聞かせてよ。君の話を聞きたいから。


 蒼空。どうか笑顔で。幸せな日々を過ごせますように――


 ✳︎  ✳︎  ✳︎


 ポロポロと涙が溢れ出す。止まらない。拭うことも出来ない。ただただぼくは、涙を流し続けていた。

 みんな、幸せになれたんだ。ぼくがいなくなった後も、あの町で暮らしていたり、他のところで人助けをしたり、それぞれの人生を生きていてくれてたんだ。

 そして今みんなは大人になってる。子供も出来て、カイルさんだけじゃなくて、スターも転生する方が出来てる……!

 それがなによりも嬉しかった。彼は、ずっと不幸な人生を歩み続けていたんだ。前世も、そのまえの人生も。けれど今、先生の子供となって、幸せを掴んでくれていた……!


「ふ……っ……!」


 ああ……ぼくも生きていかなきゃ。みんなのように、立派な大人にならなきゃ。それが今の、この世界のぼくがやるべきこと。出来ること。生かしてもらった命。大事にして。この世界の誰よりも幸せになる……!

 赤い本を胸に抱き、暖かい涙を流しながら、ぼくはそっとこの本のタイトルを口にした。


「異世界の孤児園」


 その文字は、星色に輝いていた。

fin


これにて、異世界の孤児園完結です!!

ここまで来るのに三年半かかりましたが、ようやく完結させることができました!嬉しい限りです!

これも、読んでくれる方がいたおかげです

ブックマークが増えたり、ツイッターで感想が呟かれるたびに嬉しくて、続き書こう!書かなきゃ!と思いました

一回飽きかけて辞めてしまおうかと思った時があったのですが、ある人に怒られまして……続けることができました

ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます!

少し期間を置いたら、また新しい物語を書き始めたいと思いますので、そちらも読んでくださると嬉しいです

最後まで本当にありがとうございました!!

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