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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第三章 消滅する世界
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第三十七話 涙

文字数が一万文字近くになった……!

今回長めです

 目に焼き付いた、瓦礫を取り込んだ赤い炎の竜巻。

 完全に死を意味したそれは、ぼくの思考を停止させて。

 空から、ぼく達を押し潰した。


 ――はずだった。


 ギュッと固く目を瞑って死を覚悟したぼくは、ふと違和感に気づいた。

 痛みも衝撃も、何も襲って来ない。それどころか、身体にかかってた圧も消えていて。

 ぼく、どうなったの……? 痛みを感じる暇もないまま、死んだ、のかな……。

 ゆっくりと目を開ける。

 視界は薄暗い。だけど、足元には魔法陣があって。

 顔を上げる。

 そこには、誰かの足。

 ゆっくりと視線を上を移動させると、遠ざかって行く魔法の塊が見えた。

 そして、その手前には……。


「……!!」


 目を、疑った。

 輝くような銀髪が目に入って。

 声が出ない。

 その後ろ姿は、求めていた人のもので。

 ぎゅっと胸が苦しくなる。

 振り返り、こちらを見つめる眼鏡の奥の瞳は優しい水色。

 視界が、歪む。

 彼は、変わらぬ口調で言った。


「よく頑張ったね、ソラちゃん」


「園長、先生っ……!」


 声が、涙が、感情が、溢れ出す。

 そこには、紛れもなく、ずっと探していた、待っていた人物……園長先生が立っていたんだ。


「えんちょーせんせー!!」

「先生っ!」

「園長!?」

「っ……せん、せい……」


 みんなも驚きの声を上げる。嬉しさも混じった、歓喜の声。

 そんな中、ぼくの口からは嗚咽が漏れていた。

 次から次へと涙が溢れ出してくる。抑えようとしても、喉の奥から声が漏れて、締め付けられているかのように胸がぎゅっとなる。でもそれは、先生が来てくれたことへの安堵で。

 だって、だって……ずっと心細かったんだもん……いつも先生がいてくれて、何かあってもぼく達のを守ってくれていて。先生がいるから、ぼくはいつも笑って過ごせてた。

 なのに、その先生が突然いなくなって。不安だった。これからどうしようって、泣きたくなった。でも、ここで泣いちゃいけないから。泣いたってどうにもならないから。だから泣くのを我慢して、不安でどうしようもなくなっても、涙を堪えて強くなろうと立ち向かってた。

 それが今、解放され、て……。


「ふ……っ……う、ぅ……!」


 我慢してた気持ちが溢れて止まらないよ……! 悲しさ、苦しさ、寂しさ、嬉しさ……いっぱいの感情が涙となって……抑えられない……!


「あ、あぁ……っ……」


 拳を握る。

 嬉しいのに、胸が苦しい。それを、少しでも和らげようとして……。

 その時、ポンっと、頭に重さを感じた。

 見上げると、先生の姿。先生はぼくの頭に手を乗せてそっと微笑んだ。


「心配かけたね。遅くなってごめん。もう、大丈夫だから」


 そのまま引き寄せられる。

 抱きしめられたぼくは、もう声を抑えることなんか出来なくて。


「っ……う、あ、ああああああ!!」


 全部吐き出すかのように泣き叫んだ。

 子供のように。先生にしがみついて。

 暖かかった。先生の胸も、みんなの視線も、何もかも……。

 そうしてずっと泣き続けていられたらどんなによかっただろう。先生が帰って来たことを喜ぶだけでいられたならよかったのに。

 けれど、現実は違う。今は、水無月さんを止めている途中なんだ。

 頭上で舌打ちがした。


「……なんでここに来られたの。ユテイルはどうしたのよ」

「あいつは今、こっちと向こうを繋げているところじゃないかな」


 微笑みを浮かべたまま、先生が意味深なことを言う。ぼくから腕を離し、立ち上がる。

 水無月さんは憎々しげに彼を見つめた後、大きく息を吐き、不敵な笑みを作った。


「まあいいわ。あなたも始末すればいいだけのこと。今度は……殺すわ」


 突然、シュッと何かが風を切りこちらに向かって来た。


「園長っ!」


 カイルさんの切迫した声。それだけで、先生に危険が迫ったことがわかる。

 思わず立ち上がろうとすると、素早く手で制された。

 え、と彼を見上げたとき、その身体を銀色に光る物が貫いた。

 サクッという何かが刺さる音。見ると、水無月さんが持っていたナイフが先生の背後、地面に刺さっていて。

 今度は先生に目をやる。が、彼は涼しい顔でそこに立ったまま水無月さんを見上げていた。その身体には傷一つない。

 すり、抜けた……?


「な……どういうことよ……」


 初めて見る、水無月さんの驚いた表情。

 先生が声を発する。


「私は神、だからね。前は油断したけど、もう君の攻撃は当たらないよ」


 え、先生それ言っていいの……?

 思わずみんなの方に目をやる。と、みんな先生を見て固まっていた。けど、徐々にその表情が納得したものに変わる。

 まあ、ぼくも聞いた時は驚いたけど、すぐ信じちゃったからね。今までの先生の行動から、なんか妙に納得出来るっていうか……。

 水無月さんだけが、不満げな様子で先生を見下ろしていた。


「それって不公平じゃないかしら? ゲームにならないわ」


 ゲームって……ぼくはゲームしてるつもりなんか……!

 しかし、その言葉を聞いて先生は首を横に振る。


「君が不公平だったら、こちら側としてはどんなによかっただろうね。けれど、君がわたしに触れないのと同じように」


 突如、先生の姿がブレた。気がついた時には彼は水無月さんの間近に迫っていて。

 彼女の表情が凍る。

 先生の拳が、水無月さんのお腹へと吸い込まれるように突き出される。が……その拳は相手をすり抜けて空を切ってしまった。

 そのまま地面に着地すると、先生は振り返って困ったかのように笑う。


「……私も、君に触れることは出来ないんだよ。魔法を使っても、ね」

「っ……ふぅん、なるほどね……じゃあ、さっきはどうしてあたしの魔法を跳ね返せたのかしら?」

「ああ、あれは防御魔法だよ。魔法同士だったら触れることが出来るからね」

「へえ……じゃああたしが魔法を使わなければ、あなたは防御すら出来なくなるわけね」

「そういうことになるね。けれど、この子達に助言することは出来る」

「いいわ。続けましょう。一人一人、ゆっくり殺していってあげるわ!」


 語尾と共に滑降してくる水無月さん。右手のナイフを振るう。

 これに反応したのは、同じくナイフを持ったエミちゃんだった。水無月さんよりも短いナイフを構え、相手の攻撃を受け止める。

 金属音。二人の長い髪がたなびく。


「あんた、調子に乗り過ぎだよ。あたしが相手になる」

「ふふっ、じゃあまずはあなたからね!」


 水無月さんは地面に降り立つと、二本の得物でエミちゃんを攻め始めた。それをエミちゃんは一本のナイフで器用に受け流し、相手の隙を伺う。

 その時、エミちゃんがこっちに視線を向けてきた。しかし一瞬のことで、すぐに水無月さんと剣をぶつけ合う。

 今のは……アイコンタクト……?


「彼女は勘がいいね。助かるよ」


 不意に後ろから先生の声が聞こえて振り返る。

 先生はエミちゃんからぼく達へと視線を移した。


「今エミちゃんが時間稼ぎをしてくれている。この間に作戦を立てる。いいかな?」


 みんなが頷くのを確認し、先生はまずカイルさんに目を向けた。


「一旦はあの子……萌香の魔法を防げたわけだけど、今度は何してくるかわからない。私も、全ての魔法を防げるわけではないし、使える数が限られてるんだ。それに、彼女も回復魔法が使える。傷つけても、逃げられて回復されてしまえばまた同じことの繰り返し。だから、さっきの作戦通り彼女の魔法を封じるのが一番だと思う」

「わかった」

「君の魔法に、私の魔力も注ぎ込もう」


 すぐさまカイルさんが水無月さんの方向を見て詠唱を始める。

 今度はぼく達一人一人の足元に小さい魔法陣が生み出された。溢れ出る淡い光が身体を包み込み、発光させる。

 直後、金属音がやむ。見ると、水無月さんが詠唱に気付いてしまったようで。


「させないわ!」


 こちらへと走って来た。

 同時に、先生が指示を飛ばす。


「ラギ君、彼女を」

「ああ!わかってる!」


 お兄ちゃんがカイルさんの前に飛び出し、相手の行く先を封じる。

 舌打ち。水無月さんがお兄ちゃんに剣を向ける。

 その後ろからはエミちゃんが攻め、挟み撃ちにする。

 詠唱の声と剣のぶつかり合う音。そこに、先生の声が混じった。


「ルーク君、ロイ君。二人はカイル君に魔力を渡すことに集中」

「ああ」

「ルミちゃん、君はカイル君が萌香の魔法を封じた瞬間、そのうちわで萌香を吹き飛ばしてくれるかい? その間に、少しでも魔力を回復させる」

「うん!」

「それから、ピクちゃんミニちゃん。魔法を封じた後、二人には萌香のナイフを回収してもらいたい。ラギ君、エミちゃんに萌香の手からナイフを離すよう伝えるから」

「りょーかい!」

「そしてピンクちゃん。君はカイル君に魔力を渡さなくていい。私が代わりをする。だから、皆の回復に専念して欲しい」

「わかりました」

「最後に、ソラちゃん」


 先生がぼくの目を見る。真剣な表情。肩に力が入ってしまう。


「こうやってみんなが萌香の攻撃手段を無くしていく。相手が丸腰になった時、君が終わらせるんだ」

「どうやって……」

「その剣で、彼女を。そうすれば彼女は元の世界に戻る。……大丈夫、死にはしない。私がソラちゃんに殺しはさせない」

「……わかり、ました」


 返事をしながらも思わず剣を見つめて俯くと、スッと先生がそばでしゃがんでくれたのがわかった。

 耳元で囁かれる。


「もし無理そうなら剣を首に突きつけて、萌香から元の世界に戻るよう説得してもいい。が、かなり難しい。そこはソラちゃんに任せるよ。けど、必ず成功させること。いいね?」 


 身体を離し、先生が優しく微笑む。

 説得……最初はそう思ってた。水無月さんならわかってくれるって。

 でも、それは不可能だって相手の目を見たらわかったから……。

 剣を持ち上げる。これで、水無月さんを斬る。

 正直言うと怖い。人を斬った感覚はずっと忘れることが出来ないんだ。そういう状況になるとフラッシュバックする。水無月さんと戦った時も脳裏に蘇って……。

 あ……そうだ、さっきぼくは水無月さんの首を斬ろうとしたんだ……じゃあ、あれをもう一回……? もしあの時斬っていたら、水無月さんを元の世界に戻せてた……?

 ぼくの心を読んでいるのか、先生が曖昧な笑みを作る。


「うん、そうだね。あの時首を斬れていたら、萌香は元の世界に戻ってた。まあ、彼女は、ソラちゃんには斬れないって思っていようだけど……」

「あ、だからあんな余裕な顔だったんだ……」

「けど、もう失敗は出来ない。これ以上時間がかかればこの世界が危ういんだ。世界自体がなくなれば、君達もどうなるか……わたしにもわからない」

「……ここで、ぼくが……終わらせる」


 ぼくが、やらなきゃいけないんだ。この世界を作り上げってしまったぼくが……責任を取らなくちゃ。

 その時、急に魔法陣の光が強まった。ハッとして見ると、カイルさんが詠唱を終わらせていた。その身体は、ぼんやりとした白い光を纏っている。

 封印魔法の準備が出来たんだ……!

 横に、一旦水無月さんから離れたエミちゃんが来る。


「どうすればいいの?」

「あいつの隙を作って欲しい。あいつに触れると、封印魔法は発動する」

「わかった」

「……悪いな」


 その言葉にエミちゃんは何も返さず、水無月さんに向かっていった。その途中でお兄ちゃんに耳打ちする。

 ゆっくりと、カイルさんが戦う三人に歩み寄る。目つきを鋭くして、隙を狙いながら。

 その間に、ぼく達は先生の指示でしゃがみこんだ。魔力を与えた後、倒れないように。

 そうしてカイルさんのことを見守っていると、不意に剣を交じらせながら水無月さんが喋り始めた。


「ねえ、ラギ君。どうしてあたしが蒼空ちゃんをいじめ始めたか知ってる?」

「なんだ、いきなり……!」

「最初は嫉妬と羨ましさからだったの……あなたという兄を持ってることのね。勇輝さん」

「な……!?」


 水無月さん……突然何を言うの……?

 彼女がにたりと笑みを深める。


「あたしはあなたが好きだった。だから、蒼空ちゃんに嫉妬したのよ?」

「俺の、せい……?」

「違うっ!」


 思わず叫ぶ。

 違うよ、お兄ちゃんのせいなんかじゃない! だって水無月さんは、お兄ちゃんのことを一言も喋らなかった。ぼくで楽しんでただけ……だからお兄ちゃん、やめないで!

 しかし、お兄ちゃんの動きは鈍ってしまい、その手に握られた剣を水無月さんは素早く跳ね上げた。

 剣はお兄ちゃんの手を離れ、後方へと吹っ飛ぶ。


「あ……っ」


 振り返ったお兄ちゃんの首に剣が突きつけられる。

 三人の動きが止まった。

 水無月さんが言い放つ。


「終わりよ」

「やめて……!」


 やだ、お兄ちゃん、逃げて……死なないで……!

 そう呼びかけようとした。が、そこで。


「そうか、俺のせいか」


 そう、お兄ちゃんはふっと笑みを零した。

 お兄、ちゃん……?


「ええ、そうよ」


 それに気が付かなかったのか、水無月さんの手が動く。


「だが!」

「……!」


 直後、水無月さんの剣が止められた。

 顔と声を上げたお兄ちゃんが素手でナイフを掴んでいたからだ。ナイフの刃が手に食い込み、ポタポタと血が垂れる。

 皆が驚きに目を見張る中、お兄ちゃんが続ける。


「それがどうした。俺のせいだと言うなら、俺がお前を止めるまでだ。それに、どんな原因があろうが人を虐めていい理由にはならない。……大切な妹を傷つけたお前を、俺は許さない」

「……あら、残念だわ。まあ、途中から蒼空ちゃんで遊ぶのが楽しくなって、もう貴方のことなんて頭になかったけれどね」


 そう言って水無月さんは身を引こうとした。が、その身体がクイッと戻される。

 お兄ちゃんが、血を流しながらも強い力でナイフを握りしめてたからだ。


「……っ」

「悪いが、このナイフは手放してもらうぞ」


 グッとナイフを引き寄せるお兄ちゃん。

 水無月さんは舌打ちしながらナイフを手から離し、お兄ちゃんとの距離を置いた。


「ピク!」


 お兄ちゃんが奪ったナイフを投げる。

 受け取ったピクちゃんは刃を下に向けて抱えると、心配そうに声を掛けた。


「ラギ! 血が……!」

「大丈夫だ、これくらい。エミ、剣を」

「ええ」


 エミちゃんが、取りに行った剣をお兄ちゃんに渡す。

 受け取り、彼は鋭い目線を水無月さんにやった。


「いくぞ!」


 そうしてまた、二人は剣を交じり合わせる。

 ナイフが一本になった水無月さんを、お兄ちゃんはものすごい勢いで攻めた。

 ぼくは祈るような気持ちでそれを見つめる。

 胸がすごく痛い。お兄ちゃんがぼくを大切にしてくれてるのが伝わって。そのお兄ちゃんがぼくのために怪我をしてまで戦ってくれていて。

 そんなにぼくのことを気にしなくていいのに。もっと自分を大切にして欲しいのに。

 でも、お兄ちゃんは一度決めたら引かない人。だからぼくは祈る。これ以上怪我しないように。水無月さんなんかに負けないように。

 十合、二十合。金属音が続く。

 二人の動きがだんだんと鈍くなってきた。

 その時だった。

 上へと剣を弾かれたお兄ちゃんの胸がガラ空きになった。ハッとしたと同時に、水無月さんが迷うそぶりもなく左手を突き出す。

 危ない!

 思わずぼくは駆け出そうとした。が、次に目を見張ったのは水無月さんの方だった。

 お兄ちゃんを貫こうとした左手。そこには剣が握られてなかったのだ。

 そっか、癖で剣を握っているものかと思って……。

 その隙を、お兄ちゃんは見逃さない。振り上げてた剣を思い切り縦に振る。

 下がる水無月さん。が、一歩遅く。お兄ちゃんの剣は水無月さんのもう一本のナイフを叩き落とした。そして。


「カイル!」


 叫ぶ。


「ああ!」


 水無月さんのすぐ後ろからカイルさんが現れた。光に包まれながら、動けない彼女に手を伸ばす。

 これで、彼女の魔法を……!


 しかし。


「……うざい」


 小さく呟かれた、冷たい一言。

 それが聞こえた途端、突風が吹いた。水無月さんを中心として。

 お兄ちゃんが吹き飛ばされる。カイルさんの動きも、一瞬だけど止まってしまう。

 そしてそれを、彼女も逃さない。

 足元が光ったかと思えば、地面から鋭く尖った岩が飛び出してきたのだ。岩は、勢いを落とすことなく空に向かって伸び……。


「か……はっ……」


 カイルさんのお腹に突き刺さり、その身体を貫いた。


「シンお兄ちゃん!!」


 そんな……カイルさん……!

 血の気が引く。目眩がするようだった。身体中が冷えていくのが感じられる。

 ここで魔法が使われるなんて……!

 水無月さんが、貫かれて宙吊りになった彼を見上げる。


「甘いわね」


 しかし、そこでぼくは気づいた。カイルさんの口元が笑っていると。

 風に乗って、彼の声が聞こえた。


「油断、したな……モエ!」

「!?」


 瞬間、水無月さんの真下に魔法陣が出現した。まばゆい光を放ち、離れようとした彼女を閉じ込めるようにその身体を包み込む。

 封印魔法……!? 水無月さんに触れると発動するって言ってたけど、この短時間で遠距離魔法にしたんだ……!


「今だ! ルミちゃん!」


 先生の声。ロイ君に作ってもらったうちわを片手にルミちゃんが飛び出す。

 彼女は大きくうちわを振り上げると、光が収まっていく頃合いを見て思いっきり仰いだ。

 発射された強風は一直線に水無月さんに向かっていき、広場の端まで吹き飛ばす。

 飛んでいった彼女は建物に衝突して瓦礫に埋もれた。

 一安心したと同時に、ぼくはハッとカイルさんに視線を戻す。


「あ……カイル、さん……!」


 水無月さんの魔法が封印されたおかげか、カイルさんを貫いていた岩は消えていた。代わりに、彼は地面に力なく倒れていた。その腹部からは血がドクドクと流れ出ている。側にはアト君の姿。

 ぼくもすぐさま駆け寄ろうとした。が、身体に力が入らない。

 あ、そうか……! 魔力を差し出したから!

 ぼくは座った状態のまま叫ぶ。


「カイルさん! すぐに回復して! まだ魔力は残ってるでしょ!?」

「シンお兄ちゃんしっかりして! 死んじゃやだよ!」

「おいシン! ほんとにこのままだと死んじまうぞ!」

「……あ、ああ……いんだよ、これで。俺はもともと死んでる。遅かれ早かれ、俺は消える」


 え、何言って……。

 お兄ちゃんも、珍しく声を荒げる。


「おい……話が違うだろ! 回復しろよ……魔力、返してんじゃねえよ!」


 え……?

 ハッとして立ち上がってみる。ほんとだ、身体に力が入る。それどころか、どんどん暖かいものが入ってきていて。

 カイルさん、どうして……。


「最初から、こうするつもりだった……俺を長くいさせてくれるのはありがてぇが、そのせいでお前らが死んじまうのは嫌なんだよ……」

「死なねえよ、絶対!」

「そんなの、わかんねえだろ……俺はここでいなくなったって構わない。けどな、お前らには未来があるんだよ……!」

「おい、これ以上喋るな……!」


 ルークがカイルさんを制す。けれど、彼は首を振って言葉を発し続ける。


「それにな、俺、このままここにいたら願っちまいそうなんだよ、もっとここにいたいって……お前らと一緒に生きたいって……俺はもう、死んでる身なのに……」


 グッと拳が握られる。彼の口から出るのは、悲痛な声。


「なあ……なんで俺は死んでんだよ。なんで死ぬ前にお前らに会えなかったんだよ……なあ、なんでなんだよ……!」


 拳が叩きつけられる。声が荒く、大きくなる。


「俺だって生きてえよ! もっとお前らと一緒にいたい! 見ちまったんだ、希望を。思っちまったんだ、こんな未来もあったんじゃないかって。やり直したいって思っちまったんだ……!」

「カイル……」

「けど! 出来ねえだろ! 人は死んだらもう生き返らねえ。こうやってお前らといられてんのが奇跡なんだよ。だから……俺は感謝しなきゃいけねえんだ、こんな機会があったことに。そんで、戻んなきゃなんねえ。死人に」


 カイルさんが顔を上げる。その蒼色の瞳からは、ボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

 その状態で、彼は無理やり微笑むんだ。その苦しさと辛さを押し殺したような歪んだ笑みに、胸が締め付けられる。


「だから、さ。このまま戻してくれよ。お前らの役に立てた、ここでさ。これ以上、俺にわがままを言われないでくれ。お願いだ、お前らをこれ以上困らせないでくれよ……」


 カイルさん……どうして君はそんなに、ぼく達のことを考えてくれるの……? カイルさんが一番辛いのに。もっと言いたいこといっぱいあるはずなのに。無念とか恨みとか願いとか沢山で、ぼく達を羨んだり嫉妬したりしてもおかしくないはずなのに……!


「カイルさん、やだよ……いなくなって欲しくないよ……もっと、一緒にいたいよ……」


 気づけばぼくはそんなことを口に出していた。思わず、カイルさんの手を握りしめる。

 ほら、ぼくもう平気なんだよ、カイルさんに触れても。あんなに怖かったのに、さっきは振り払っちゃってたのに……だから、もっと一緒にいようよ。君の事、もっと教えてよ、聞きたいよ……。


「ソラ……それは、無理なんだよ……」

「いや、無理なんかじゃねーよ」


 唐突に、後ろから声がかかった。

 振り向くと、そこにはルークが立っていて。

 彼は驚くぼくとカイルさんを見下ろし、口を開く。


「確かに、今のカイルじゃ俺達と一緒にいるのは無理かもしれねえ。けど、だったら、生まれ変わればいいんだ」


 生まれ、変わる……?


「ああ。オレには前世の記憶がある。転生は存在するんだ。……オレ達は、この先も生き続ける。だからカイル。転生しろ。そしたら絶対に見つけ出す。そして、今度は一緒にいよう」

「……そんなことが、本当に……?」

「……うん、出来るよ! 強く願えば、きっと……!」


 ルークの言葉にぼくは頷いた。カイルさんの目を見て笑いかける。

 違う人生になっちゃうけど、そこで巡り会えばいいんだ! 転生した時、必ずしも前世の記憶があるとは限らない。生まれる場所もわからない。可能性はゼロに近いのかもしれない。それでも、ぼくは出会えると思う! この、一緒にいたいっていう強い気持ちがあれば……なんだって、出来るよ!

 カイルさんは目を見開き、ルークを見上げていた。その目からはまた涙が溢れ出してくる。だけど、その涙はさっきのとは違う。嬉しそうな、暖かい涙だった。

 彼はふっと笑みを零す。


「そう、か……俺にも未来があったのか……」


 目を閉じ、胸に染み込ませるようにそう言う。それから再び瞼を開いた彼の瞳には、希望の光が宿っていた。


「ありがとな、ルーク。絶対に、お前らに会いに行く。約束、しようぜ」


 カイルさんが小指を立てる。ルークもぼくも、そして他のみんなも同じように小指を出し、約束した。また会うことを。

 アト君も、泣きながらカイルさんの小指に自分の指を絡めた。


「ぼくも、約束する! また会おうね、シンお兄ちゃん……破ったら、ハリセンボンだよ……?」

「ああ……」


 カイルさんは柔らかく笑った。と同時に、金に似た光が彼の身体から放たれた。その小さな粒は天に向かって昇っていく。

 光の粒が多くなっていくにつれ、カイルさんの身体がどんどん透けていくのがわかった。

 もう、お別れの時間なんだ。

 だけど、別れの言葉は誰も口にしない。みんな笑って彼を見送る。また会おう、と。

 彼は最後に幸せそうに笑った。そして、消えていく。ありがとう、お前らに出会えてよかった。そんな言葉と共に。

 完全にカイルさんの姿が見えなくなった時、柔らかな風が吹いた。ぼくの耳元に、彼の息がかかる。


 ――ソラ、絶対に勝てよ。お前なら、大丈夫だ。


 その言葉は、ゆっくりとぼくの胸に浸透していった。

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