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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第三章 消滅する世界
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第三十二話 開戦

 テントの戻り、主にぼくとピンクちゃんがソートさんにこの町の状況、これからのことを説明した。

 そして、ルークに改めてカイルさんを紹介する。

 その話の途中、案の定ピクちゃんがみんなとカイルさんが握手したことを伝えた。すると……。


「ん」


 ルークは食べ終えたお皿を床に起き、ぶっきらぼうに手を差し出した。

 ルーク……。


「いいのか?」


 これにはカイルさんも驚く。

 ルークは目を逸らしたまま声を発する。


「ああ。前はお前のこと怖かったけど、今はカイ達を失う方が怖い。だから、協力する」

「そうか。わかった、もう、誰も死なせねえよ」


 カイルさんが差し出された手を握り返す。そうして、嬉しそうな声を出した。


「久しぶりだな。ルークとこうして触れんの」

「……小さい頃は、お前のこと友達だと思ってたからな」

「あ……悪い。あの時は……」

「フッ、冗談だ」


 ルークが笑う。その笑みに、カイルさんは瞠目したのち、ちょっとだけ泣きそうになったのか笑いながらも顔を歪めた。

 うん……なんかいいな、こういうの。

 一度は関係が壊れてしまった二人だけど、それを修復しようとしている。すごく時間がかかったけど、その瞬間が訪れて本当によかった。

 それも、アト君のおかげだね。カイルさんを呼び出すよう言ってくれなかったら、こうなってなかったもん。

 あれ、そういえば、カイルさんはいつまでこの世界にいられるんだろう?


「カイルさんって、今の姿は幽霊……なんですよね?」

「ん、あぁ、そうだな。でも、魔法具の影響で人間と同じ姿になれてるから、こうして見ることも物を持つことも出来るぞ」

「それって、いつまでですか?」

「……」


 カイルさんの目が、隣に座るアト君に移る。アト君も、不安げな目でカイルさんを見上げた。でも、すぐに微笑みを向けて小さく頷く。

 カイルさんの口が動く。小さく、何かをアト君に言って彼の頭に手を置くと、ぼくの方に顔を戻した。


「一日だけだ。俺がこの姿でここにいられるのは」

「たった一日、だけ……」

「ああ。明日の十時前には、俺は幽霊に戻ってこの世から消える」

「また魔法具戻ることは?」

「出来ないと思うぞ。園長は一度だけ呼び出せると言ったんだろ?」

「うん。そう言ってた」

「なら、そういうことだな」


 そっ、か。一日だけ。

 なら、なんとしてでも明日の十時までに水無月さんを捕まえないと……!

 みんなと頷き合う。

 じゃあ、本格的にどうやって水無月さんを探して彼女を説得するか話し合わないとね。カイルさんを呼んだけど、ぼく的には出来れば戦うことなく円満に解決させたい。

 そう思って身を乗り出した。

 その刹那――


「きゃあああああああ!!」


「っ……なに!?」


 甲高い悲鳴。同時に聞こえてきたのは。


「銃声っ!?」


 お兄ちゃんが立ち上がる。

 みんなも驚き顔を見合わせ、テントの外に飛び出した。

 そうしている間にも、様々な音が耳に飛び込んでくる。

 何かが崩れる音、人々の絶叫、泣き声。そして――


「っ!?」


 テントから出た途端、身体すれすれを何かが飛んでいくのを視界に捕らえる。それが通過した直後、聞こえてくる甲高い音。

 振り向くと、曲がった朝礼台。落ちているのは。


「弾丸……!」

「みんな! こっちだ!」


 カイルさんの声。顔を向けると、手を前に翳す彼の姿が。


「何をするの!?」

「シールドを張るっ! 誰かが銃を撃ってるんだ! 避難する時間はねえ!」


 銃を!?

 広場を見渡そうとすると、誰かに腕を引っ張られた。


「蒼空! 今はシールドに入る方が先だ!」

「う、うん!」


 お兄ちゃんに引っ張られ、カイルさんの方に走る。走りながらも、ぼくは銃を撃つ人物を捜した。

 だって、そんな事する人物はあいつしか考えられないもの!


「いくぞ……はあっ!」


 カイルさんの声とともにぶわっと風が舞い上がる。白い光を放ち、ぼく達の周りに透明の壁が発生した。この広場を囲むシールドよりは小さいが分厚い。

 これが、カイルさんの魔法!


「ここなら大丈夫だ。……どうやら、向こうの方から襲ってきたらしいな」


 シールドを張り終え、朝礼台を背にした方向を見てカイルさんがそう言う。ぼくは頷くと、改めて広場に視線を向ける。

 広場には避難民たちの姿がある。立っている人やテントの影に隠れている人もいるが、それ以上に倒れている人、血を流している人、泣き叫ぶ人の姿もある。思わず目を覆いたくなる光景だ。

 けれど、その中に不審な人物を見つけることは出来なかった。

 水無月さんの姿も。


「誰だ……? 銃を撃ったのは……」

「うわああん! お母さんを助けてぇ!」


 お兄ちゃんの呟きをかき消すように、そんな子供の声が響いた。

 見ると、一人の男の子がこっちに駆けてくる。まだぼく達よりも小さい、小学一年生ぐらいの男の子。泣きながら、助けを求めてくる。

 その男の子が駆けてきた方向には、倒れてる女性がいて……。


「あ! 助けないと……!」

「ソラちゃん、待って」

「え……ピンクちゃん?」


 肩に手をかけてきた彼女を見上げる。ピンクちゃんは男の子を緊張した面持ちで見ていた。そしてそれは、お兄ちゃんやカイルさんも同じで……。


「おい! 何で助けねえんだよ!」

「待て、カイ!」


 動かない二人を見て、今度はカイ君が走り出す。そのカイ君がシールドから出ようとした、その時だった。

 男の子の目が変わる。そして、その子の手がカイ君の方に伸ばされたかと思うと……。


「死んじゃえ!」

「な……!?」


 ダァンッ!!

 言葉と共に弾丸が飛び出してきた。


「カイッ!!」

「カイ君!」


 ルークが抱きつくようにしてカイ君をシールドの方に引き戻す。

 間一髪間に合い、飛び出した銃はシールドに当たって床に転がった。


「カイ、大丈夫か!?」

「な……なん、で……」


 カイ君の声が震える。その目は信じられないように銃を持った男の子を凝視している。

 男の子はというと、にやりと不気味な笑みを浮かべていた。手には、小さな銃。

 こんな小さい子が、どうして……。

 その時、男の子の後ろでゆらりと揺れる人影が見えた。視線をそちらに移動させると、さっきまで倒れていた女性が立ち上がっていた。その目に生気はない。ぼんやりとぼく達を見つめ、突然手を前に翳した。

 さっきのカイルさんと同じポーズ……ってことは、まさか!


「魔法!?」


 ピクちゃんが叫ぶ。

 思った通り、女性の手のひらに光が溜まっていく。

 不意に、その女性の前に現れる緑の髪。

 あっ、カイルさん!

 カイルさんはものすごい早さでシールドから飛び出ると、その女性の後ろ側に回って首に手刀を叩き込んだ。

 力なく倒れる女性。


「お母さんっ!」


 男の子が銃を向ける。


「ごめん!」


 こちらに背を向けた男の子の首に、今度はお兄ちゃんが手刀を打った。

 男の子もうつぶせに倒れ伏せ、銃が地面を転がる。

 ふぅ、と安心したのも束の間。


「シンッ! 後ろ!」


 今度はルークの声が飛ぶ。

 目を走らせるとカイルさんの後ろに忍び寄る影があって。

 そのがたいのいい男性は大剣を振り上げて今にも襲いかかろうとしていた。


「くっ!」


 カイルさんが振り向きざまに蹴りを放つ。


「がぁっ!」


 鋭く持ち上げられた足は男性のあごに命中した。大剣を振り上げた状態のまま仰向けに倒れる男性。カイルさんは息つくこともなく大剣を奪うと、それを構えた。

 ぼく達に背を向けたまま、言葉を発する。


「おい、話し合ってる時間はねえみてーだぞ! こっちも反撃しないとやられるぜ!」

「……ああ、みたいだな」


 お兄ちゃんがシールドから出る。

 続くようにして、ルークとカイ君も構えた。

 ……やっぱり、話し合いは無理、か……。

 なら、戦って勝つしかない!

 ぼくもシールドから出ようとすると、カイルさんが振り向いた。


「ソラ! この広場のどこか、それか町のどこかにモエがいるはずだ! お前は俺と一緒にあいつを探すぞ!」

「っ……わかった!」

「ラギ、カイ、ルークはここで襲ってくる奴らを迎え撃つ! 多分、モエの奴が操ってるんだ! 何かあったらシールドの中に入れよ」

「だろうな。ああ、俺はそれでいい!」


 ルークとカイ君も頷く。

 そこで、エミちゃんがシールドから飛び出した。


「アタシも! アタシも戦うよ」

「エミりん!? エミりんも戦えるの!?」

「うん。これがあるからね」


 ナイフ!

 エミちゃんはウエストポーチから取り出したナイフを右手に持って構えると、自信ありげに笑って見せた。


「心配いらないよ。女だからって甘く見てたら痛い目見るからね!」


 シュッと、ナイフを突き出す。

 うわあ、頼もしいなあ! ナイフ見たときはびっくりしたけど、そっか。それなら安心かも。


「ねねー! ピク達は!? カイるん! ピク達は何すればいーい?」

「ピク達は、他の者のサポートを頼む」


 そういって、カイルさんは手を上に向けた。手のひらが白く光る。

 光と共に現れたのは、ピストルにも似た銃だった。

 ピンクちゃんの表情が強ばる。


「……ねえ、それをピクに使わせるつもり?」

「大丈夫だ。これは人を殺す銃じゃない。睡眠効果がある弾が詰められている」


 カイルさんが銃を構える。そして、話している間に駆けてきた少年に打ち込んだ。

 弾はそれほど速くないスピードで飛んでいき、少年のおでこに当たった。パチン! という音と共に白い煙が上がり、ばたりと少年が倒れる。

 えっと……死んでないんだよね?

 よく見ると、少年はスースーと寝息を立てていて。

 ふう、と安堵の息をつく。


「これなら安心だろ? ピクは命中力はよさそうだし、カイ達に当てることはないだろ」

「うんっ! ピクやってみるよ!」


 カイルさんはシールドの方に戻ってくると、ピクちゃんに銃を手渡した。

 そして、ピンクちゃんの方に手を伸ばす。


「ピンクには回復魔法を授ける。もしラギ達が怪我したら、この魔法で回復してやってくれ」

「……わかった」


 ピンクちゃんがカイルさんの手を握ると、重なった手から緑色の光が生まれた。

 目を見開くピンクちゃん。彼女の髪がふわりと風に揺すられ、ゆっくりと光が収まる。

 二人は黙ったまま頷き合うと、カイルさんの方がぼくを見た。


「よし、ソラ。行くぞ!」

「あっ、うん!」

「ソラ! 気をつけてな!」

「うん、お兄ちゃんも!」


 ぼくは広場に向かっていく四人に手を振り、走り出したカイルさんを追った。

 カイルさんは朝礼台の方に走っていくと、その裏側にあるボタンを押した。

 広場を囲っていたシールドが消える。


「今はもうこれは必要ねえな。逆に邪魔になる」

「通り抜けできないからね……」

「ああ。なあソラ、この朝礼台、壊しても大丈夫か? モエカに悪用されたら困るんだが」

「あ、確かに。うん、いいと思う」


 なら、とカイルさんは大剣を振り下ろした。

 バアン! とものすごい音を立てて粉々になる朝礼台。

 う、うわあ……思いっきりやったね。そうだよね、カイルさんそのくらい腕力あるもんね。


「よし、こんなもんか。ソラ、どこかモエカがいそうな場所とかわかるか?」

「え、えぇと……」


 孤児園を出てからは見てないし、心当たりって言われてもぼくあの人のことあんまり知らないしなあ。

 でも、広場の人たちを操ってるんだから、そんな遠くに入ってないんだよね。なら、広場の周りとか探してみるとか?

 んー、と考えていると、カイルさんが苦笑した。


「わりい、そりゃわかんねえよな。なら、ちょっとこの辺探索してみるとすっか」

「あ、それならさ、孤児園があったところ行っていい? あるかわからないけど、自分の剣取りに行きたいんだ」

「ああ、わかった」


 周りに警戒しながら、ぼく達はまず孤児園に向かった。

 孤児園は、ぼくの想像以上に崩れ、跡形もなくなっていた。

 思わず声を失う。

 瓦礫となりはてたぼく達の家は、もう、どこにリビングがあったのか、どこにぼくの部屋があったのか、探すのが難しいほど。

 これにはカイルさんも掠れた声を漏らす。


「マジか……」


 ぼく達の思い出が全部詰まってた家なのにな……。

 感傷的になりそうになる脳を何とか奮い立たせ、ぼくは瓦礫に足をかけた。その山を登り、ぼくの部屋があったであろう場所を予想する。

 えっと、多分あそこが玄関で、この辺に階段があったと思うから……。

 頭の中に元の孤児園を思い浮かべ、ぼくは自分の部屋があったと思わしき場所の瓦礫を持ち上げた。

 その時、カイルさんがぼくを見上げてきた。


「ソラ。ちょっと離れてな」

「え?」

「瓦礫邪魔だろ。吹き飛ばすぞ」


 吹き飛ばす!?

 ちょ、ちょっと待って! 今離れるから!

 慌てて瓦礫から降りると、カイル君は勢いよく大剣を薙ぐ。

 その後の光景は言葉に表せなかった。なんというか、現実離れしているというか……。

 大剣が横に振られたのと同時に、瓦礫が宙に浮いたんだ。ぶわあってすごい風が吹いて、あんなに大きな重い瓦礫が、数メートル先に文字通り吹っ飛んでって……。

 絶句。あんぐりと口を開けたまま固まってしまう。


「ふう……」


 カイルさんは何でもないという風に息を吐き出すと、その大剣を肩に乗せた。瓦礫のあった場所に歩み寄り、ばらばらになった机と思わしき物の下から何かを引っ張り出す。


「お! ソラすげーな。あったぜ、お前の剣」

「あ、うん、ありがと……」


 ぼく、この人の役に立てるかな……!?

 剣を見つけたものの、そんな不安が襲いかかってきてしまう。

 あー、だめだめ! 比べちゃ! ぼくはぼく、カイルさんはカイルさん。きっと、ぼくにしかできないこともあるはず!

 ぼくは深呼吸をして目を瞑り、剣を両手で握りしめて構えた。

 ……うん、大丈夫。まだ感覚は忘れてないし、不思議と手に馴染んでくる。ぼくにも戦えるはずだ。


「ソラッ……!」


 唐突に、そんな説破詰まったようなカイルさんの声が耳に入る。

 瞬間。

 感じる殺気。不自然な風の音。目の前が陰ったのが、目を瞑っててもわかって。


「っ!!」


 ぼくは振り返りながら剣を頭の上で平行に構えた。


 キィンッ!!


 金属がぶつかる音が鼓膜を震わす。

 目を開けると、そこには水色の髪をサイドで結んだ、彼女の姿。

 足を踏み出し、腕に力を込めて剣を薙ぐ。

 弾かれるようにして後ろに飛んだ彼女は、宙返りをして着地すると、両手に持ったナイフを構えたまま涼しい顔に笑みを浮かべた。

 不気味な、見開かれた水色の目がぼく達を捕らえる。


 水無月萌香。彼女が、目の前に現れた。

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