第三十話 信じる
広場に戻ると、ぼく達は与えられたテントを朝寝てた場所に作った。
人数が多いから、二つ作って男子、女子に分かれる。
みんな、無言。
屋外での生活、友達を失った悲しみ、こんな状況を作り上げた水無月さんへの怒り……様々な感情が混ざり合って、心身ともに疲れているんだ。
だけど、みんな弱音は吐かない。愚痴もこぼさない。少しでも口にすれば、動けなくなってしまいそうだから。この状況に、負けてしまいそうだから……。
テントに入ると、雨に濡れた服を着替える。そうしていると、町役場の人が朝食を配りに来た。
暖かいスープと小さなパン。
受け取り、スープを口にする。
あ……美味しい……。
決して、野菜が多いわけでも、味が濃いわけでもなかった。どちらかというと貧しい食事。それでも、この町の人たちが避難して来たみんなのために作ったからか、美味しく感じた。なんか、疲れた身体に染み渡るっていうか……。
ぼくは食べ終えると、すぐに寝っ転がった。
眠い……。
暖かくなったからかな……すぅっと意識が遠ざかってくる。
ぼくは、ぐちゃぐちゃになった頭を整理するかのように、深い眠りについた……。
目が覚めたときには、もう雨は止んでいた。
テントの入り口から、太陽の光が差し込んでくる。
眩しい……それに、寒い。
あれ、なんか太陽の位置低くない?
身体を起こし、テントから顔を出す。
「え……朝……?」
濡れた地面が太陽光を反射させてキラキラしている。
肌を撫でる冷たい風は、朝の匂い。
……ぼく、ずっと眠ってたんだ……。
でも、そのおかげか頭はスッキリとしていて。あんなに重かった身体からは疲れが取れていた。
しばらく呆然と太陽を仰ぎ見ていると、右から声が聞こえた。
「あ、ソラたん!」
顔を向けると、駆け寄ってくるピクちゃん。
ピクちゃんはぼくを見上げると、安心したような笑みを浮かべた。
「よかった~、起きてくれて!」
「起きてくれて……?」
「うん! だってソラたん、昨日の朝から死んじゃったみたいに寝てるんだもん! ご飯に起こしても起きないし……」
「そう、だったんだ……ごめん、心配かけちゃって」
「だいじょーぶ! もうすぐ朝ごはん出来るよ! みんなぁー! ソラたんが起きたよー!」
ピクちゃんが叫びながら走っていく。
付いていくと、ぼく達のよりも大きなテントの前にみんなの姿があった。
ふわっと、味噌汁の匂いが鼻をつく。
そっか、みんな朝ご飯をもらいにきたんだ。じゃあ、あのテントは朝ご飯作ってくれてる人達のテントなのかな。
昨日はぼく達のテントにご飯を持ってきてもらっちゃったからなぁ……。
「お、ソラ! やっと起きたのか!」
「おはようカイ君」
「蒼空! 大丈夫か?」
「うん、大丈夫。一日中寝てたら頭スッキリした」
そう言って笑うと、お兄ちゃんは安心したように息を吐いた。
「心配かけちゃってごめんね?」
「いや、蒼空が大丈夫ならいいんだ」
ぼく達は朝ご飯を貰うと、集まっていた人たちとその場で食べることにした。
用意されていたたくさんの机と椅子。その中の空いている席に座り、空っぽの胃に味噌汁を流し込む。続いておにぎりを頬張ると、口の中に梅干しの酸っぱさが広がった。
「……おいしい」
もう一口……。
ぼくはあっという間におにぎりを食べ終えてしまった。
まだお腹に空きはあるけど、こんな状況だもん。贅沢は言っていられない。
最後に水を飲んでお腹を満たした。
そうしてみんなでご飯を食べていたとき、ふと背後から声が聞こえてきた。
「アト!」
カイ君が反応する。
振り向くと、そこには彼の言ったとおり、アト君の姿が。
無事、だったんだ……!
「カイ君! みんな!」
垂れたうさ耳を揺らしてかけてきたアト君は、泣きそうな顔をしながらカイ君に抱きつく。
「うおっ!?」
カイ君は驚いた顔をしながらも、その少し小さな身体をしっかりと抱きとめた。
アト君の目から涙がこぼれ落ちる。
「よかった……みんな生きてて……よかったよぉ……!」
みんな生きてて……? あ……もしかしてアト君、両親を……?
それを聞くことは出来なかった。もしそうだとしたら、悲しすぎる。
アト君のお母さん、お父さんはとっても優しい人たちだった。最近は全然会ってなかったけど、近所に住んでいたから小さい頃はよくお菓子とか貰ってた。アト君も、そんな両親が大好きだと言っていた。それなのに……。
泣きじゃくるアト君を落ち着かせると、カイ君が口を開いた。
「アト、お前……一人か?」
「カイ君……!」
ぼくは思わず声を上げてしまう。
けれど、アト君は涙をぬぐってこう口にした。
「うん……お母さんとお父さんは、まだ見つかってないの」
行方不明、か……。
やっと消防隊の人や警察が来て行方不明者の捜索が始まっていたけど……そっか、まだ見つけられていないんだ……。
でも、もう生きてる可能性は……。
「だからね、カイ君達がここにいてくれて本当によかった。ずっと探してたんだよ?」
アト君……。
涙を流しながらも微笑むアト君。
……うん、ぼくもアト君が生きてくれていてよかったよ。
「今はね、隣に住んでたおばさんのとこにいるんだ」
「そっか。……大丈夫か?」
カイ君がちょっと複雑そうな顔して問いかける。
多分、何に対しての大丈夫なのか、聞いた自分も分かってないんだと思う。両親が見つかってないことなのか、おばさんと一緒にいることなのか、今の気持ちのことなのか……。
それでもアト君は、うんっと頷いた。
「だって、ぼくこれもってるもん!」
そう言って見せてくれたのは、小さなロケットペンダント。
そう言えばそのペンダント、シン君が持ってたのを見かけたような……。
「これね、ぼくがシンお兄ちゃんにプレゼントした物なんだけど、園長先生が魔法具っていうのにしてくれてね。シンお兄ちゃんは……えっといなくなっちゃったけど……でもね! これを使えばシンお兄ちゃんを呼ぶことが出来るって言われたの!」
「それって、えんちょーせんせーに言われたの?」
ピクちゃんがひょいっと、カイ君の後ろから顔をのぞかせる。
ペンダントを見たまま、コクコクと頷く。
「うん。でも一回しか使えないんだって。でもね、これ持ってるとシンお兄ちゃんがいるみたいでね……だから大丈夫だよ!」
……そっか。
この状況は、人を悲しませたり苦しめたりするけど、それ以上に人を強くしているらしい。あんなに臆病だったアト君が今ではこんなに強く、笑えるようになっている。
それを見て、カイ君の方が泣きそうになってるくらいだからね。
ペンダントを胸元に寄せて微笑んでたアト君は、ふと周りを見渡した。そして、不思議そうに首をかしげる。
「あれ? 園長先生は?」
瞬間、みんなの顔が固まった。もちろん、ぼくも。心臓が大きく脈打つ。
それからアト君はきょとんとした顔で、ピンクちゃんを見上げた。
「あ、えっと……新しい先生?」
あ、ピンクちゃんだって気づいてないんだ。
どうするの?
ピクちゃんがそんな視線をピンクちゃんに投げかける。
彼女は少し考えた後、しゃがんでアト君と目線を合わせた。
「そうなの。園長先生もね、行方不明になっちゃって……それで代わりに先生になったんだよ」
うん、この嘘はしょうがないと思う。ぼく達はピンクちゃんが大人に戻るところを間近で見たけど、アト君には信じられないような話だからね。それに、ただでさえこんな状況なのに、これ以上混乱はさせられないもん。
「そうなんだ、園長先生も……。ねえ、これからカイ君達はどうするの? 園長先生、探すの?」
「ああ、探す。アトのお母さんとお父さんも探すぜ」
「うん、ありがと。……カイ君」
「ん?」
言いにくそうに、アト君がカイ君をチラッと見ては俯く。けれど、ぎゅっと握った手に力を込めると、彼はぱっと顔を上げた。
「ねえっ、この町をこんなにした人を捕まえようとしてるって本当っ?」
な……なんでそれを!?
ぼくだけでなく、この場にいた全員が驚きの表情を見せる。
アト君は、やっぱり……とつぶやくと、ペンダントをカイ君に見せるように差し出した。
「ぼ、ぼくにも手伝わせて!」
「だめだよ! 危ないから!」
ずっと黙って見ていたエミちゃんがハッとして首を振る。だけど、それ以上にアト君がぶんぶんと首を振った。
「何もしないのはやだもん! ねえねえ、ぼくも仲間にして! 孤児園にいれて! だって、多分お母さんとお父さんは……」
「アト君」
ポンッと、ピンクちゃんが彼の頭に手を乗せた。優しく微笑みかける。
「孤児園に入るのはお母さんとお父さんが見つかってから。まだ早いよ」
「でも……」
「大丈夫。孤児園に入ってなくても、アト君はもう仲間でしょ?」
「……!」
ピンクちゃんがぼく達を見渡す。
「危険な目には遭わせない。それなら、協力させてあげよう?」
最後にエミちゃんを見つめると、彼女は「ピンクちゃんがそう言うなら」と笑って頷き返した。
アト君に視線を戻す。
「それで、アト君はどうやって手伝ってくれるの?」
「……シンお兄ちゃんを呼ぶ」
「……!?」
え……シン君って、あの……?
思わず、さっきアト君が説明してくれたペンダントを見つめる。
これにはピンクちゃんも、カイ君の表情ですら強ばった。
当然だよ。シン君は、最後こそ正気を取り戻して成仏したと園長先生から聞いたけど、これまではぼく達の身内を殺していたんだもん。ピンクちゃんはハートちゃんを失い、カイ君もお母さんを殺された。その事実は変えようもない。心に出来た傷も、目に焼き付いたあの光景も、消し去ることは出来ないんだ……。
ぼくだって、シン君と闘ったあの時の恐怖は忘れられないよ……。
両親を殺されたと話す、あの辛そうなスターの表情だって。ぼくの心に刻まれた痛みだって……今でも、鮮明に思い出せる。
「大丈夫だよ。シンお兄ちゃん、優しかったもん。ねえカイ君、信じて……」
「あ、あぁ……」
なんとかそう返事したものの、カイ君の顔色は悪い。ペンダントを見る目も、怯えたように揺れている。
もしも……っていう考えが、頭をよぎっちゃうんだ。
もしも、敵になってしまったら。また周りのみんなを殺してしまったら……。また、水無月さんの味方になってしまったら……。
「信じよう、アトを」
そう口火を切ったのは……。
「ラギ!」
「ラギ君」
お兄ちゃんはまっすぐな目でカイ君、アト君を見つめていた。
けれど、その唇は赤みがなく、冬なのに汗もかいてるように見える。
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんも、平気じゃないんだ。そうだよ、だってお兄ちゃんはシン君のいいなりになってたんだもん。怖くないはず、ない。
それなのに、いろんな葛藤があったと思うのに、アト君を信じてシン君を呼ぼうとしている。
……それなら。
「……ぼくも、アト君を信じるよ」
シン君を、信じる。
口に出した途端、動悸が激しくなった。
ぐらりと、視界が揺れるような感覚。鳥肌が立ち、息がしにくくなる。
こんなに、怖くなるなんて……。
信じると言うことは、シン君に背中を預けるということ。あの、人をすぐ殺せる、ぼく達の身近の人を殺してきた彼に。
裏切られたら……。
そんな考えが頭をよぎりそうになり、慌てて首を振った。
ぼくは言ったんだ。口に出したんだ。信じるって決めたんだ。弱気になってる場合じゃない!
自分の発言を肯定し、それを伝えるかのようにカイ君の手にそっと触れる。
彼はびくっと反応して、怯えた青い瞳をこちらに向けた。
「きっと大丈夫。今何もしなかったら、また大勢の人を失っちゃうかもしれない。それを救うには、シン君の力が必要だと思うもん」
自分にも言い聞かせるようになってしまったけど、それだけ伝える。
続くようにして、お兄ちゃんも言葉を発する。
「ああ……あいつがいれば、相当な戦力になる。かけてみよう。ピンクも、それでいいか?」
「……うん。みんなを救うためなら、園長先生を見つけるためなら……」
「カイ君」
「……うん……ああ、信じるよ。アトと……シンを」
「カイ君! ありがとうっ!」
パアッとアト君が笑顔になる。つられるようにして、ちょっと引きつらせながらもカイ君も笑みを浮かべた。
ぼくはエミちゃん、ピクちゃんとも頷き合うと、改めてアト君の持つペンダントに視線を向ける。
「それで、どうやってシン君を呼ぶの?」
「んとね、このペンダントを開くと呼べるって聞いたよ」
そっと、アト君がペンダントの蓋に手をかける。
ぞわりと、鳥肌が立った。恐怖がぼくを襲う。必死にそれを振り払い、ペンタントに注目する。
「いくよ……」
ごくりと、つばを飲む音。
アト君が、ペンダントをゆっくりと開く。
瞬間。
光が弾けた。
白く、眩い光がペンダントからあふれ出る。
ゆっくりと白い空間が広がり、アト君だけでなく周りを囲むぼく達も包み込まれる。
思わず顔を歪めた時、ふっと人影が見えた。
つむりかけていた目を見開く。
視界に入ったのは、ぼくより少し背丈の高い緑色の髪の少年。
まるでペンダントから飛び出したかのように光と一緒に宙に舞うと、その人物は両手を広げるような格好のままゆっくりとアト君の前に着地した。
ふわりと風が吹く。
同時に、吹かれるかのように光が舞い散ると白い世界が消え去り、元の空間が表れた。
風がやむ。
シン、と静まる中、みんなの視線が集まる中、今現れた人物はゆっくりと瞼を開いた。
……蒼い。
透き通るような、蒼色の眼。何ににも汚されていないような本当に綺麗な眼が、ぼく達を見渡す。
彼は最後にアト君を見て安心したかのように目を細めると、もう一度ぼく達に視線を戻して、困ったかのように微笑んだ。
「……よっ、久しぶり」




