第二十八話 死
パチパチと、周りで木や家が燃える。もくもくと上がる黒煙が、空気を悪くする。
崩れたコンクリートに電灯。爆発の影響で整備されていた道も、もうボロボロだ。
……なんて、周りを見てる余裕なんかボクにはもうなかったね。息を吸うだけで精一杯だ。
「く、ぅ……!」
倒れた身体をなんとか起こす。ポタポタと垂れる赤いモノ。激痛が身体全体に走る。
あぁ、なんでこんなことに……ボクが、こんな……っ。
足が震える。立つことが出来ない。それは、怪我のためか恐怖のためか……。
タタッと、前方で音がした。
顔を上げる。目の前には、ボクが勝負を挑んだ相手——水無月萌香。
ソラにこの世界を作り出させた張本人。ソラを絶望させた奴。絶対に許せない。
「何言ってるのよ。蒼空ちゃんは自分からこの世界を作り出したのよ?」
「お、まえ……!」
ボクの心を……!
目の前の敵を睨む。相手は中指を唇に当て、笑みを浮かべていた。
「まあでも、絶望させたっていうところは間違ってないわね。だってあの子の顔、面白いんだもの」
妖艶な笑み。人を嘲笑うかのようなその目は、ボクに苛立ちを募らせる。
今すぐこいつを黙らせたい。ソラに謝って、二度とボク達の前に現れないでほしい。
けど……!
「っ……くっ……!」
身体が動かない……!
それどころか、気を抜いたらこのまま気を失ってしまいそうだ。
息を吸うだけで骨が軋むようにあちこちが痛む。こぼれ落ちる血は止まらない。視界がぼやけ、視点が定まらない。
水色の髪が揺れる。
「はあ〜あ、でも貴方はつまらないわね。ちーっとも表情を変えてくれないんだもの。さっきから睨んでばかり」
すっと、ボクを見下ろす青い眼が細められる。
威圧感。靴音を響かせながら近づいてくるその姿に、身体が怯える。逃げたい、距離を取りたい衝動に駆られるが、身体は思い通りに動いてくれなかった。
「っ!」
それでもなんとか腕を動かし、側に落ちてた剣を拾う。さっきまで、こいつと戦っていた剣。
近付いてきた足がピタッと止まる。
「あら? まだ戦う意思が残ってたの?」
「……」
剣先を地面に刺し、それを杖代わりにして足に力を入れる。じんわりと、脇腹が熱くなる。液体が肌を伝う感覚。
「うっ……!」
激痛が走り、膝をついてしまう。
立て、ないか……。
カチャリと、少し離れたところから嫌な音。
もう一度視線を戻す。
「……!」
こちらに向けられたのは、黒光りする銃。引き金に手をかけ、冷たい目線を送って来るあいつ。
さっと、身体中の血の気が引くのを感じた。
銃の先端は間違いなくこっちを向いている。あそこから弾が出る。ボクは今、動けない。確実に——
——死ぬ。
「っ……」
ぞわり。
鳥肌が立つ。
見下ろす相手の口元が歪む。
「ここで命乞いでもしてみる? もしかしたら、あたしの気が変わるかもしれないわよ?」
するわけないっ!
キッと相手を強く睨め付ける。
血が上ったのか、頭がガンガンした。
細められていた敵の目が、今度はゆっくりと見開かれる。
「そう。なら——」
ダァンッ!!
「——死ね」
銃声。それとともに聞こえて来た、冷たい声。
同時に全てがスローモーションに見えた。
向かって来る銃弾も、跳ね上がる銃も、燃えている炎も、煙も。
全部がゆっくりと動いている。
それは、ボクも同様だ。
ああ、頭が、今から死ぬことをわかっているのかな……走馬灯が見えて来たよ……。
あは……ソラ、ちっちゃい時こんな可愛かったっけ。まあ? 今もそれなりに可愛いけどさ。
ドジで、おっちょこちょいで、すぐにボクを心配させる。自分のことなんて後回しで、すぐに人を助けようとなんでも飛び込んで行く。メンタル弱くて、こんな世界作っちゃった癖にさ……。
ボクが死んだら泣くんだろうなぁ……ソラは泣き虫だからね。
からかうと面白かった。すぐ本気にしちゃって……でも、決して怒らない。優しくて、素直で、よく笑う。こんなボクなんかと、いつも一緒にいてくれた……。
銃弾が、迫る。
あぁ、ごめんソラ。ボク、もうダメみたい。
やっぱり、一人で来るべきじゃなかったな……。
最後に、さよならくらい、言えばよかった……。
ありがとうって、言いたかったな……。
「かっ……は……!」
……ソラ、ボクも……君のこと、好き……だ、よ……。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「……スター?」
彼がぼくを呼んだ気がした。彼の声が聞こえた気がした。隣に、彼の姿はないのに。それが、酷く不安になった。
スターはただトイレか何かにここを離れただけだ。すぐ戻ってくる。だって、まだ、この布団は暖かい。彼の温もりが残っている。だから……っ。
それなのに、そう言い聞かせるのに、どうしてこんなに心臓はドクドク言ってるの……? なんで、こんな気持ち悪いほど不安を感じちゃってるの……?
「スター? ねえ、どこに……」
瞬間。
——ダァンッ!!
「ッ!?」
銃、声!?
「スター!!」
スターがいるって確証はないのに。銃声だと、決まったわけではないのに。
ぼくは走り出していた。
けれど。
「蒼空!」
腕を掴まれる。
振り向くと、お兄ちゃんとみんながいた。
ガッと、お兄ちゃんに摑みかかる。
「今っ、銃声がっ! スターがいなくて! 行かなきゃっ!」
頭が回らない。自分が何言ってるのかわからない。
でも、でもっ! 行かないとっ!
「蒼空、落ち着け」
「……! ……うん」
すぅっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そうしてしばらく呼吸を整えた後、ぼくの肩を掴んでくれたお兄ちゃんを見上げた。
ありがとう、そう言おうとしたその時。ぎゅっと、腕を別の人……ルークに掴まれた。
「ソラ……スターは……?」
「スターは……っ」
ルークの黒い眼が、ぼくの言葉を拒絶していた。ぼくを見ながら、その瞳は揺れている。唇も震えて……けれど、懸命にぼくの言葉を待っているのがわかった。
腕に乗せられた、彼の手を握る。
「ごめん、わからない。わからないけど……もしかしたら、さっきの音の方向にって……ぼくは思った」
彼の目が見開かれる。他のみんなが息を飲む。ぼくの心臓も、鼓動を速める。
自分で言っておきながら、信じたくなかった。
グッと、ルークの手に力が篭る。見ると、ジッとぼくを見つめていた。その目は、行きたいと言っている。けど、足は震え、逃げ出そうともしていて……そして、それはぼくも同じだった。だから……。
「行こう」
不安が伝わらないように、彼の目を見つめ返してぼくはそう言った。
隣にいる、お兄ちゃんやみんなにも目を向ける。
ゆっくりと頷いてくれたのに感謝して、ぼくは魔法壁の扉に手をかけた。
それからぼく達は魔法壁から出ると、崩れた家々の間を駆け出した。音の聞こえた方に、一直線に。
そうして一つの瓦礫の角を曲がった時、目に入ったのだ。見えて、しまったんだ。
「ス、スター……? うそ、だよね……?」
少し離れるところに、倒れ伏している人影。周りには、一層崩れ、ボロボロになっている家々や地面。炎も上がっていて、黒い煙がさらに上がっている。
そして、その人の周りには……溜まった赤いモノ。飛び散ってるものもあって……。
「あ……あ……」
喉の奥から、声にならない音が漏れる。
気付けばぼくは倒れている彼——スターの身体に手をかけていた。
赤が服に染み込むが、そんなのに構ってなんかいられない。
うつ伏せから仰向けにする。
「……!」
笑って、いる……?
それは、自嘲にも似た笑み。けど、その顔の筋肉はピクリとも動かない。
「ねえ……スター……起きてよ……何か、夢でも見てるの……?」
頬に手を添える。
冷たい。
心臓を鷲掴みされたような感覚。
肩を揺らす。
「ねえ? スターってば……」
信じたくない。認めたくない。それなのに……なんで視界が歪むの……? この目から溢れ出てくるのは何……。
違う、違うよ……違うの。これは、違うっ……!
だって、ぼくまだ聞いてないもん。告白の答え、聞いてないから……。
考えさせてって、スターは言った。だから、待ってたのに……。
スターはいたずらが好きで、冗談たくさん言ってぼくいっぱい困ったけど、それでも嘘はつかなかった。誤魔化すことはしても、話してくれた。それ……なの、に……。
「こんなのってないよっ……!」
涙が溢れる、溢れる。血と混ざる。服に染み込む。スターの頬に、落ちる。
スターは目を、開けない。
「っ……!」
不意に、スターを腕を掴む手。ルークの腕。
そうだよ……ルークはスターの弟でしょ……。なんで、平気でいられるの……? スターは、もうっ……!
「……あ……」
顔を上げて愕然とした。
ぼくはバカだ。平気なわけがないのに。たった一人の兄。お母さんもお父さんもなくした彼の、唯一頼れる存在。その人が、目の前で……。
「あぁ……ああっ……!」
彼は、大きく見開いた目から大量の涙を流していた。唇を震わせ、必死に首を振りながら。その喉から出る声は、絞り出されたかのように苦しそうで……。
がくりと、膝をつく。ボロボロと涙を溢れさせながら兄の胸に耳を当て、頬に触れ、声にならない声で呼びかける。
お兄ちゃん、お兄ちゃん、って……。
胸が締め付けられる。悲しみ、寂しさ、悔しさ、怒り……いろんな感情が混ざって、苦しい。
拳を握り締める。この怒りを、どこにぶつければいいのか……。
……そんなの、決まっていた。あいつだ。水無月萌香。彼女がやったに決まっている……!
「っ……ルーク……」
涙を浮かべながら、カイ君がルークの肩に手をかける。瞬間——
「ッ!!」
ガッと、ルークがカイ君に掴みかかった。
驚く暇もなく声を荒げる。
「お前がっ! お前があいつを連れて来なければお兄ちゃんはっ……!」
「なっ……」
その勢いのままカイ君を突き飛ばすと、ルークはどこかに走って行ってしまう。
ルーク! と、走って行こうとするカイ君をピンクちゃんが止める。
「待って。今は一人にしておきましょう」
「でもっ!」
「大丈夫。ルークなら、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、だけどきっぱりと、ピンクちゃんはそう口にした。
それからぼく達はスターを連れて広場に戻り、外で彼を埋葬した。
他にも亡くなった人がいたから、その人たちと一緒に。
ルークはいなかった。
そして、終始ぼくの涙は止まらなかった。
どうして。そんな思いがどんどん湧き上がってくる。
と同時に、後悔。
スターの様子に気づけばよかった。もっと、ぼくが早く……ぼくが、強ければ……。
だけど、こんなこと思ったって何にもならないから。眠ったスターだって、望んではいないと思うから。
だから、明日からは心を強く持つよ。
これまで以上に自分と向き合って、そして……水無月さんをなんとかする。絶対に、元の世界で目を覚ますんだ。
スターのために、みんなのために。それが、今のぼくのやるべきことだから。
でも……ごめんねスター。今は、心の整理ができないんだ……っ。
今だけ、今だけは……このままでいさせて……。
「っ……ふ……うぅ……!」
ポツリ、ポツリと雨が降り出した。




