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異世界の孤児園  作者: 菖蒲 美瑠花
第三章 消滅する世界
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第二十八話 死

 パチパチと、周りで木や家が燃える。もくもくと上がる黒煙が、空気を悪くする。

 崩れたコンクリートに電灯。爆発の影響で整備されていた道も、もうボロボロだ。

 ……なんて、周りを見てる余裕なんかボクにはもうなかったね。息を吸うだけで精一杯だ。


「く、ぅ……!」


 倒れた身体をなんとか起こす。ポタポタと垂れる赤いモノ。激痛が身体全体に走る。

 あぁ、なんでこんなことに……ボクが、こんな……っ。

 足が震える。立つことが出来ない。それは、怪我のためか恐怖のためか……。

 タタッと、前方で音がした。

 顔を上げる。目の前には、ボクが勝負を挑んだ相手——水無月萌香。

 ソラにこの世界を作り出させた張本人。ソラを絶望させた奴。絶対に許せない。


「何言ってるのよ。蒼空ちゃんは自分からこの世界を作り出したのよ?」

「お、まえ……!」


 ボクの心を……!

 目の前の敵を睨む。相手は中指を唇に当て、笑みを浮かべていた。


「まあでも、絶望させたっていうところは間違ってないわね。だってあの子の顔、面白いんだもの」


 妖艶な笑み。人を嘲笑うかのようなその目は、ボクに苛立ちを募らせる。

 今すぐこいつを黙らせたい。ソラに謝って、二度とボク達の前に現れないでほしい。

 けど……!


「っ……くっ……!」


 身体が動かない……!

 それどころか、気を抜いたらこのまま気を失ってしまいそうだ。

 息を吸うだけで骨が軋むようにあちこちが痛む。こぼれ落ちる血は止まらない。視界がぼやけ、視点が定まらない。

 水色の髪が揺れる。


「はあ〜あ、でも貴方はつまらないわね。ちーっとも表情を変えてくれないんだもの。さっきから睨んでばかり」


 すっと、ボクを見下ろす青い眼が細められる。

 威圧感。靴音を響かせながら近づいてくるその姿に、身体が怯える。逃げたい、距離を取りたい衝動に駆られるが、身体は思い通りに動いてくれなかった。


「っ!」


 それでもなんとか腕を動かし、側に落ちてた剣を拾う。さっきまで、こいつと戦っていた剣。

 近付いてきた足がピタッと止まる。


「あら? まだ戦う意思が残ってたの?」

「……」


 剣先を地面に刺し、それを杖代わりにして足に力を入れる。じんわりと、脇腹が熱くなる。液体が肌を伝う感覚。


「うっ……!」


 激痛が走り、膝をついてしまう。

 立て、ないか……。

 カチャリと、少し離れたところから嫌な音。

 もう一度視線を戻す。


「……!」


 こちらに向けられたのは、黒光りする銃。引き金に手をかけ、冷たい目線を送って来るあいつ。

 さっと、身体中の血の気が引くのを感じた。

 銃の先端は間違いなくこっちを向いている。あそこから弾が出る。ボクは今、動けない。確実に——


 ——死ぬ。


「っ……」


 ぞわり。

 鳥肌が立つ。

 見下ろす相手の口元が歪む。


「ここで命乞いでもしてみる? もしかしたら、あたしの気が変わるかもしれないわよ?」


 するわけないっ!

 キッと相手を強く睨め付ける。

 血が上ったのか、頭がガンガンした。

 細められていた敵の目が、今度はゆっくりと見開かれる。


「そう。なら——」


 ダァンッ!!


「——死ね」


 銃声。それとともに聞こえて来た、冷たい声。

 同時に全てがスローモーションに見えた。

 向かって来る銃弾も、跳ね上がる銃も、燃えている炎も、煙も。

 全部がゆっくりと動いている。

 それは、ボクも同様だ。

 ああ、頭が、今から死ぬことをわかっているのかな……走馬灯が見えて来たよ……。

 あは……ソラ、ちっちゃい時こんな可愛かったっけ。まあ? 今もそれなりに可愛いけどさ。

 ドジで、おっちょこちょいで、すぐにボクを心配させる。自分のことなんて後回しで、すぐに人を助けようとなんでも飛び込んで行く。メンタル弱くて、こんな世界作っちゃった癖にさ……。

 ボクが死んだら泣くんだろうなぁ……ソラは泣き虫だからね。

 からかうと面白かった。すぐ本気にしちゃって……でも、決して怒らない。優しくて、素直で、よく笑う。こんなボクなんかと、いつも一緒にいてくれた……。

 銃弾が、迫る。

 あぁ、ごめんソラ。ボク、もうダメみたい。

 やっぱり、一人で来るべきじゃなかったな……。

 最後に、さよならくらい、言えばよかった……。

 ありがとうって、言いたかったな……。


「かっ……は……!」


 ……ソラ、ボクも……君のこと、好き……だ、よ……。


 ✳︎  ✳︎  ✳︎


「……スター?」


 彼がぼくを呼んだ気がした。彼の声が聞こえた気がした。隣に、彼の姿はないのに。それが、酷く不安になった。

 スターはただトイレか何かにここを離れただけだ。すぐ戻ってくる。だって、まだ、この布団は暖かい。彼の温もりが残っている。だから……っ。

 それなのに、そう言い聞かせるのに、どうしてこんなに心臓はドクドク言ってるの……? なんで、こんな気持ち悪いほど不安を感じちゃってるの……?


「スター? ねえ、どこに……」


 瞬間。


 ——ダァンッ!!


「ッ!?」


 銃、声!?


「スター!!」


 スターがいるって確証はないのに。銃声だと、決まったわけではないのに。

 ぼくは走り出していた。

 けれど。


「蒼空!」


 腕を掴まれる。

 振り向くと、お兄ちゃんとみんながいた。

 ガッと、お兄ちゃんに摑みかかる。


「今っ、銃声がっ! スターがいなくて! 行かなきゃっ!」


 頭が回らない。自分が何言ってるのかわからない。

 でも、でもっ! 行かないとっ!


「蒼空、落ち着け」

「……! ……うん」


 すぅっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そうしてしばらく呼吸を整えた後、ぼくの肩を掴んでくれたお兄ちゃんを見上げた。

 ありがとう、そう言おうとしたその時。ぎゅっと、腕を別の人……ルークに掴まれた。


「ソラ……スターは……?」

「スターは……っ」


 ルークの黒い眼が、ぼくの言葉を拒絶していた。ぼくを見ながら、その瞳は揺れている。唇も震えて……けれど、懸命にぼくの言葉を待っているのがわかった。

 腕に乗せられた、彼の手を握る。


「ごめん、わからない。わからないけど……もしかしたら、さっきの音の方向にって……ぼくは思った」


 彼の目が見開かれる。他のみんなが息を飲む。ぼくの心臓も、鼓動を速める。

 自分で言っておきながら、信じたくなかった。

 グッと、ルークの手に力が篭る。見ると、ジッとぼくを見つめていた。その目は、行きたいと言っている。けど、足は震え、逃げ出そうともしていて……そして、それはぼくも同じだった。だから……。


「行こう」


 不安が伝わらないように、彼の目を見つめ返してぼくはそう言った。

 隣にいる、お兄ちゃんやみんなにも目を向ける。

 ゆっくりと頷いてくれたのに感謝して、ぼくは魔法壁の扉に手をかけた。

 それからぼく達は魔法壁から出ると、崩れた家々の間を駆け出した。音の聞こえた方に、一直線に。

 そうして一つの瓦礫の角を曲がった時、目に入ったのだ。見えて、しまったんだ。


「ス、スター……? うそ、だよね……?」


 少し離れるところに、倒れ伏している人影。周りには、一層崩れ、ボロボロになっている家々や地面。炎も上がっていて、黒い煙がさらに上がっている。

 そして、その人の周りには……溜まった赤いモノ。飛び散ってるものもあって……。


「あ……あ……」


 喉の奥から、声にならない音が漏れる。

 気付けばぼくは倒れている彼——スターの身体に手をかけていた。

 赤が服に染み込むが、そんなのに構ってなんかいられない。

 うつ伏せから仰向けにする。


「……!」


 笑って、いる……?

 それは、自嘲にも似た笑み。けど、その顔の筋肉はピクリとも動かない。


「ねえ……スター……起きてよ……何か、夢でも見てるの……?」


 頬に手を添える。

 冷たい。

 心臓を鷲掴みされたような感覚。

 肩を揺らす。


「ねえ? スターってば……」


 信じたくない。認めたくない。それなのに……なんで視界が歪むの……? この目から溢れ出てくるのは何……。

 違う、違うよ……違うの。これは、違うっ……!

 だって、ぼくまだ聞いてないもん。告白の答え、聞いてないから……。

 考えさせてって、スターは言った。だから、待ってたのに……。

 スターはいたずらが好きで、冗談たくさん言ってぼくいっぱい困ったけど、それでも嘘はつかなかった。誤魔化すことはしても、話してくれた。それ……なの、に……。


「こんなのってないよっ……!」


 涙が溢れる、溢れる。血と混ざる。服に染み込む。スターの頬に、落ちる。

 スターは目を、開けない。


「っ……!」


 不意に、スターを腕を掴む手。ルークの腕。

 そうだよ……ルークはスターの弟でしょ……。なんで、平気でいられるの……? スターは、もうっ……!


「……あ……」


 顔を上げて愕然とした。

 ぼくはバカだ。平気なわけがないのに。たった一人の兄。お母さんもお父さんもなくした彼の、唯一頼れる存在。その人が、目の前で……。


「あぁ……ああっ……!」


 彼は、大きく見開いた目から大量の涙を流していた。唇を震わせ、必死に首を振りながら。その喉から出る声は、絞り出されたかのように苦しそうで……。

 がくりと、膝をつく。ボロボロと涙を溢れさせながら兄の胸に耳を当て、頬に触れ、声にならない声で呼びかける。

 お兄ちゃん、お兄ちゃん、って……。

 胸が締め付けられる。悲しみ、寂しさ、悔しさ、怒り……いろんな感情が混ざって、苦しい。

 拳を握り締める。この怒りを、どこにぶつければいいのか……。

 ……そんなの、決まっていた。あいつだ。水無月萌香。彼女がやったに決まっている……!


「っ……ルーク……」


 涙を浮かべながら、カイ君がルークの肩に手をかける。瞬間——


「ッ!!」


 ガッと、ルークがカイ君に掴みかかった。

 驚く暇もなく声を荒げる。


「お前がっ! お前があいつを連れて来なければお兄ちゃんはっ……!」

「なっ……」


 その勢いのままカイ君を突き飛ばすと、ルークはどこかに走って行ってしまう。

 ルーク! と、走って行こうとするカイ君をピンクちゃんが止める。


「待って。今は一人にしておきましょう」

「でもっ!」

「大丈夫。ルークなら、大丈夫」


 自分に言い聞かせるように、だけどきっぱりと、ピンクちゃんはそう口にした。

 それからぼく達はスターを連れて広場に戻り、外で彼を埋葬した。

 他にも亡くなった人がいたから、その人たちと一緒に。

 ルークはいなかった。

 そして、終始ぼくの涙は止まらなかった。

 どうして。そんな思いがどんどん湧き上がってくる。

 と同時に、後悔。

 スターの様子に気づけばよかった。もっと、ぼくが早く……ぼくが、強ければ……。

 だけど、こんなこと思ったって何にもならないから。眠ったスターだって、望んではいないと思うから。

 だから、明日からは心を強く持つよ。

 これまで以上に自分と向き合って、そして……水無月さんをなんとかする。絶対に、元の世界で目を覚ますんだ。

 スターのために、みんなのために。それが、今のぼくのやるべきことだから。

 でも……ごめんねスター。今は、心の整理ができないんだ……っ。

 今だけ、今だけは……このままでいさせて……。


「っ……ふ……うぅ……!」


 ポツリ、ポツリと雨が降り出した。

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