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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第三章 消滅する世界
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第二十六話 崩壊



 パタン、という扉が閉まる音で、ふと我に返る。振り返ると、部屋に戻ってきたお姉ちゃんが目に入った。

 お姉ちゃんは布団に座ると、疲れた様子で壁により掛かる。そして、ため息を一つ。

 どうしたのかな? 急に大人の姿になっちゃって、疲れちゃったのかな?

 今日、急に二十五歳の姿に戻ったお姉ちゃん。髪の長さも顔つきも、スタイルも今までと全然違う。なんか、見慣れない姿につい目を奪われちゃうというか……見とれちゃうよね。

 あ、目が合っちゃった。


「あれ、ピク。本読んでなかったの?」

「え? 読んでたよ?」


 手に持っていた本を掲げる。


「……それ、逆さまだけど?」

「あれぇ!?」


 ほんとだ! 気づかなかった!

 んー、いつの間にか考え事していたみたい。

 お姉ちゃんがクスッと笑う。


「やっぱり、考えちゃうよね。さっきの話の事」

「うん」


 ソラたんの話は、どれも信じられないようなものばかりだった。

 なんか、本の中みたいな話。夢に閉じこもるとか、自分の世界を作り出すとか。

 これからピク達は、モエたんを何とかしないといけないんだよね。まだえんちょー先生がモエたんに襲われたって決まった訳じゃないけど、モエたんがソラたんを苛めてたのは本当なんだもんね。

 ……モエたん、人を殺すのかな……。シンも、人を殺してたし。モエたんがシンに命令してたんだもんね……。

 ピク、まだ死にたくないな。ソラたんを、ハッピーエンドにさせてからがいい! みーんな笑顔で、この物語を終わらせなきゃね。

 あ、でも、そしたらラギも帰っちゃうんだよね。ソラたんのお兄ちゃんだったから……。


「……ピク? どこか行くの?」


 気づけば、ピクは部屋のドアノブに手をかけていた。振り返って、お姉ちゃんに頷く。


「うん。でも外には行かないよ。すぐ戻ってくるね」

「……もう夜遅いから、早めに戻っておいで」


 頷くと、部屋を出てそっと扉を閉じた。

 もうかしたら死んじゃうかもしれないから、その前に。あの人が帰っちゃう、その前に。しておかなきゃいけないことがあるの。お別れしちゃうのはわかってるけど、伝えておきたいの。

 トントンって、隣のドアをノックする。よし、と顔を上げて、ピクはドアを引いた。


「ん……ピク? どうしたんだ? まだ寝てなかったのか」


 その人は、勉強椅子に座っていた。くるりと椅子を回してこっちを向くと、首を傾げる。

 電気が消えていたから、表情は見えない。シルエットで、ピクの方を向いたってわかった。

 ドアを閉めると、窓から差し込む明かりだけが部屋の中を照らす。今日は新月だから、いつもよりも暗い。隣の家の明かりかな。

 ピクが窓の外を見たり天井を見たりしてると「ああ、悪い」ってラギが謝ってきた。


「ちょっと考え事しててな。電器付けるの忘れてたんだ。今付けるな」

「ううん、付けなくてだいじょーぶだよ」


 付けたら顔見えちゃうし……うん、顔見えない方が言いやすいかも。

 動こうとしてたラギが椅子に座り直すのを見てから、ピクはすぅっと冷たい空気を吸う。


「ラギ、あのね。伝えたい事があるの」

「ん? どうした? 相談事か?」


 ううん、違うよ、ラギ。ピクがね、伝えたい事はね……。

 知らず知らずのうちに俯いてしまっていた顔を上げる。相変わらず、暗くて顔はよく見えない。

 一回目を瞑ってから、暗闇に目が慣れないうちに。ピクは口を開く。


「ピクね……っ……」


 声が掠れる。胸のところがなんだか苦しい。それでも、声を出す。


「ラギのことが……」


 この気持ち、伝えたいの!

 ずっと、ずっとね。ラギの事が。


「好きなのっ」


 ……幽かに息を呑む音。

 沈黙が、耳に痛い。

 さっきからずっと冷たい空気に触れてて寒いはずなのに、顔がすごく熱かった。でも、反対に指先は痺れるくらい冷えている。

 足は震えていて、心臓はうるさいって思えるほどドキドキいってる。ラギに聞こえるんじゃないかってくらい。

 口の中はからからだ。

 どのくらい間があったのかな。目が、暗闇に慣れちゃった。

 ラギの黄色い目はじっとピクを見つめていた。驚いたような、言葉を探しているような、そんな目。それでも、逸らしたりはしない。真っ直ぐな瞳。

 ラギは、嘘ついたり悩んだり迷ったりいっぱいするけど、でも最後はちゃんと自分の事を反省出来るんだ。当たり前の事かもしれないけど、出来る人は少ない。そういう時、すごく真っ直ぐな目をする。何回も見てきた。責任感があるんだなって、真面目なんだって思ったの。

 ピクはね、ずっと見てたんだよ。だって、好きだから。ラギの事、好きだから。

 だから……この想い、伝わって!


「ピク」


 拳を握る。聞きたいような、聞きたくないような、変な感じ。

 泳ぎそうになる視界の中、ラギを見つめる。

 ラギの口が、弧を描く。


「ごめん」


 たった三文字。

 それだけで、スッと体中の熱が引いたのがわかる。

 声は出なかった。息も吸えなかった。

 身体中が、痺れたように動かない。目も顔も、逸らせない。

 なんで? どうしてピクじゃダメなの?


「好きな人がいるんだ」

「……そっか」


 なら、しょうがないよね……。

 言葉は続かない。

 息が、吸いにくい。

 胸が苦しい。

 気持ち悪い。

 扉に背を付ける。ドアノブに、手をかける。

 出て行く前、言葉が漏れた。


「……ピクはラギの恋、応援してるから」 

「ありがとう。……ピク、これからも。そのままで接してくれるか?」

「……うん」


 がんばる。諦められるか、意識しないでいられるか、わかんないけど。

 部屋を出る。ラギの顔は見れなかった。

 パタンと、背中から扉の閉まる音。同時に聞こえてくるのは……嗚咽。


「っ……ふ……ぅ……」


 それはピクのものだった。

 ポタポタと水滴が落ちて、暗闇に消えて行く。

 部屋に戻りたくない。でも、ここにいたくもない。

 冷たくなった足は、リビングを目指していた。

 階段を降りる。その途中。


「ピク……?」

「っ……?」


 肩が震える。

 誰かに見られた。

 振り向く。


「カー……くん……」

「お前……泣いてるのか?」


 カー君、起きてたんだ。変なとこ見られちゃった。

 えへへ、って笑って見せる。


「振られちゃった」

「……!」


 驚いたような息遣い。それがさっきのラギのと重なって、また涙が溢れてくる。

 あぁ、ダメ。うまく笑えないよ。ごめん、カー君。

 言いたいのに声が出ない。

 顔を隠すように座り込む。膝を抱えて、おでこを膝につける。パチパチ瞬きしなくても落ちていく涙。上げたい声を押し殺す。

 こんなに泣いたの、久しぶり……。

 ドサッと音がした。陰る右側。


「……ごめん。オレ、今のピクを放って置くことは出来ないから」


 カー君……。

 でも、今は顔は上げられない。ぐちゃぐちゃだから。部屋が暗くても、こんなに近いと見えちゃうと思うし、カー君は多分猫目だから暗くてもよく見えちゃうんだよね……。

 シン、と静まり返る。

 ちょっと寒くなってきた。

 急に、右側が暖かくなる。カー君がいる方向。背中に腕が回される。くっつく身体。

 カー君が、寄り添ってくれている……?


「……ピク。こんな時に言うのはずるいと思うけど……」

「……?」

「オレは、好きだ……ピクのこと」

「……!」


 え……今、なんて……。

 顔を上げる。至近距離に、カー君の顔。真剣な顔。

 ……ずるい。ほんとにずるいよ。こんな時に言うなんて……。


「今は返事しなくていいから……今は、泣いてていいから……」

「っ……」


 あれ……カー君はいつからこんなに変わっちゃったんだろ……? そんなこと言われたら、止まんなくなっちゃうよ……。


「ふ……ううぅ……!」


 カー君の服を掴む。顔を埋める。

 カー君、苦しいの。辛いの。悲しいの。悔しいの……! 助けて……。

 不意に引き寄せられる身体。背中に両腕が回ったのがわかる。ふわっと、カー君の匂い。心が、ほんの少しだけ楽になる。

 暖かい腕の中でピクはずっと泣き続けた。涙が枯れるくらいまで……。


 だけど。


 そんな暖かい空間は永遠には続かなかった。

 苦しくて悲しくて泣いているピクだっだけど、こんなの、全然辛いことじゃなかったんだ。

 だって、家があって食べ物があって、辛いことがあってもこうやって家族がピクを抱きしめてくれるから。


 不意に、家が大きく揺れた。


 ✴︎  ✴︎  ✴︎


 ふと時計を見ると、もう針は十二時過ぎを指していた。

 ぼくの話を聞いて、味方、仲間になってくれると言ってくれたみんな。

 だったけど、やっぱり心や状況の整理が必要みたいで。夕ご飯を食べた後、ほとんどが自分の部屋に行ってしまった。

 夕飯の後片付けを済ませ、部屋に向かうピンクちゃんを見送った後、ぼくはソファに座って窓を外を見上げた。

 今日は月がない。雲一つない空は無数の星を瞬かせ、藍色の闇で世界を覆っていた。近所の家々もお休みの時間らしく、だんだんと明かりが消えていく。

 ボーッと、そんな景色を眺めていると、急にソファがきしんだ音を立てて少しだけ沈んだ。隣に目を向けると、スターの姿が。

 ぼくの好きな人。

 トクンと、心臓が高鳴る。

 告白して好きだと認めたからなのか、いつもよりも意識してしまう。

 それに気づいているのかいないのか、スターはぼくと肩を並べたまま、天井を仰いでいた。背もたれに頭を預け、足をブラブラさせる。

 彼は、ぼくと視線を合わせずにぽつりと呟く。


「ボクも、協力するから。絶対に、モエカちゃんをどうにかしてみせるから」

「スター……」


 こんなにも真面目に言ってくれてすごく嬉しい。みんながいる時は、何も言ってくれなかったから。だけど……。

 なんだか、普段と雰囲気が違うような気がする。なんとなく違和感を感じる。どこか遠くを見つめているその目は、いつも以上に何を考えているのか読み取れない。あまり見ない真剣な表情を見ていると、なんか……胸がざわざわしてくる。


「ねえ、スター……」


 声が震える。知らない間に消えていきそうな彼の肩に手を伸ばす。

 そんな時だった。

 不意に、ミシッと壁が音を立てた。続いて、カタカタカタと、何かが小刻みに揺れる音が耳に入る。


「なに……?」

「っ……」


 ぼくの疑問とスターの息を呑む音が重なる。

 瞬間――


 ――ダァンッ!


「ソラッ!」


 腕を引っ張られる。その勢いに身を任せる。

 音がした。窓の割れる音。何かが崩れる音。そしてもう一度、破裂音。続いて、爆音。

 熱風が吹いた。熱い。叩かれたような感覚。

 足が地面から離れる。浮遊感。目を瞑る。

 鈍い音。鈍い痛み。

 目を開ける。視界に入ったのは……。


「……え……」


 瓦礫の山。燃え上がる板。むき出しになった鉄骨。

 屋根がない。壁がない。空が見える。さっきまで見てた、星空が。でも、青くない。赤々と、染まっている……。

 何も考えられなかった。動けなかった。

 思考が働かない。声が出ない。身体が痛い。空気が熱い。息がしにくい。苦しい。


「ソラ!」

「っ……!?」


 我に返る。麻痺してる頭をなんとか働かせ、振り向く。


「ス、スター!?」


 なんで、血まみれ……。

 ぼくの手を掴み、真剣な面持ちで見つめてくる彼の頭からは、真っ赤な血が流れ出ていた。その頭の横には、壁に刺さった鉄骨が赤黒く光っている。

 もしかして、これが頭に……?


「スターッ!」

「ソラちゃん!」


 上から声が降ってくる。

 見上げると、壁が壊れた二階からルークとピンクちゃんがこっちを見下ろしていた。続いて、お兄ちゃんとエミちゃんの姿も見える。


「スター! 血が……!」


 スターよりも顔を真っ青にしたルークが瓦礫の上を駆け下りてくる。追うようにしてお兄ちゃんとエミちゃんも降りてくる中、ピンクちゃんがハッとしたように周りに目を向ける。


「あっ、ピクは!?」

「そういえば……カイもいない!」


 ピクちゃんとカイ君が……? 二人は部屋の外にいたの……?

 二階の廊下に目を走らせる。二人の姿はない。じゃあ、どこに……?

 視界の端で何かが動いた。咄嗟に顔を向ける。


「な……ピクちゃん!?」

「ピク! 大丈夫!?」


 積み上がった屋根だったと思われる瓦礫。その下に、下半身が埋まったピクちゃんが。

 ピクちゃん、崩れた屋根の下敷きになっちゃったんだ!

 必死に瓦礫を持ち上げようとしている彼女に、ピンクちゃんが駆け寄る。

 ぼくも助けに……あっ、でもスターが……。

 振り向きながらポケットに手を突っ込む。

 あ、よかった! ハンカチある!


「スター、とりあえずこれで止血を……」


 ハンカチをスターの頭の傷に当てると、一瞬顔を歪められる。


「あっ、ごめ……」

「ありがと」

「あ……うん」


 ハンカチに手を添え、立ち上がるスター。その顔はさっきの痛そうな表情から、真剣な面立ちになっていた。視線の先には、崩れた孤児園の壁。茶色の目に、赤々と燃える炎が映っている。

 スッと、視線が動いた。見開かれる目。

 スターの珍しい表情。

 嫌な予感がする。

 心臓が鼓動のペースを速める。熱さのせいか……背中を汗が伝う。

 恐る恐る後ろに視線を走らせると——


「カー君っ……!」

「っ……そん、な……」


 瓦礫の下、ピクちゃんを守るような形で、髪を真っ赤に染めたカイ君の姿があった。

更新遅くなりました!

ここからクライマックスです!

もう少しで完結ですので、もう少し待っていただけると嬉しいです。

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