第四話 事件
学校からの帰り道。ぼくは枯れ葉を踏みしめ、頭上の紅葉や銀杏を眺めていた。風が吹くと揺れる赤と黄色はすごく綺麗。でも、もう十一月だから徐々に散り始めている。落ち葉の数も多くなってきたし、だんだんと肌寒くなってきたし……冬が近づいてるんだなぁ。
ぼくは木のトンネルの途中にあるベンチに腰を下ろし、足下に落ちた紅葉を手に取った。今日は宿題ないから、しばらくここでゆっくりしようかな。ちょっと風強いけど、過ごしやすい気温だからね、たまにはこうやって外にいるのも良いと思うんだ。
ランドセルを隣に置いて紅葉を指でくるくる回しながら風を感じる。こういう風景、絵になるよね。スケッチブックと色鉛筆、持ってこようかな。それとも、ここで本でも読もうかな。うーん、せっかく外にいるんだから、落ちてる木の実やドングリとかを使って何か造るのもいいな。
そんな風に考え事をしながら足をぶらぶらさせ、空や木を仰ぎ見ていると、孤児園の方向から誰かが走ってくる音が聞こえた。首を巡らせると、息を切らすカイ君が目に入った。
「あ! ソラ聞いてくれよ! ルークがおれの話を信じてくれないんだ! ほんとにあの女を見たのに!」
えぇ!? ちょ、ちょっと待って! 何の話してるの!?
突然声を掛けてきたカイ君の剣幕にびっくりする。焦ってるってのか苛立っているのか、話の内容がよくわからない。とりあえず落ち着かせた後、ぼくはカイ君に何があったのか聞いてみた。
「カイ君、何かあったの?」
「孤児園に見た事ない奴がいたんだ」
話によると、カイ君は学校から孤児園に帰ってきた時、見覚えのない女の人を見たらしい。そこでカイ君は、とりあえずその人を捕まえようとしたんだって。でも、慌てていたのか玄関の段につまずいて転倒。次にリビングを見た時には、女の人はいなくなっていたんだとか。でも、それだけだったら、さっきの言葉にルークは出てこないよね?
それを言ってみると、カイ君は不機嫌な顔になった。
「あの女がいなくなった後、ルークが帰ってきたからルークにも話したんだよ。でもあいつ、全然信じてくれないんだ! そんなわけないだろとか、気のせいだとか言って」
「そうなんだ」
「あの女はぜってー泥棒だ! どうやって逃げたのかはわかんねえけど、気のせいなんかじゃねえ! ソラもそう思うだろ!?」
「え、えーっと……」
心を読めるルークが気のせいだって言ってるんだよね? それは……ごめん、信じられないかも。突然消える人なんかいるわけないし。
「あ、そうだ。どうして捕まえようとしたの? 泥棒だったら、危ない物とか持ってるかもしれないよ?」
「朝、この近くの家に泥棒が入ったって園長が言ってただろ? だから、そいつが犯人かもしれねえって思ったんだ。女だったし、捕まえるしかねえだろ」
当然のように言ってるけど、それ結構勇敢だと思うよ。でも……。
「それなら、なおさら見間違えだったんじゃない? 朝聞いた話を意識してたから幻覚を……」
「ちげーよ! あれは見間違いでも幻覚でもねえ! お前らが信じないんだったら、捕まえてきてやるよっ!」
カイ君は声を荒げて立ち上がると、学校の方に走り出してしまった。あー……どうしよう。追いかけた方が良い? けど、カイ君ぼくより足早いからなぁ。それに、怒らせちゃったみたいだし……まあ、少ししたら帰ってくるでしょ。その時に謝ろうかな。
ヒュウッと一際強い風が吹いた。木の周りの落ち葉が舞い上がる。うぅっ、ちょっと寒い。あれ、さっきまで天気よかったのに空の半分が雲に覆われてる。……雨降る前に帰ろ。
ランドセルを背負い、ぼくは孤児園に急いだ。
玄関の扉を開けて孤児園に入る。リビングには並んで本を読んでいるピンクちゃんとピクちゃん、ソファでくつろいでいるルーク、キッチンの片付けしているエミちゃんがいた。
ぼくはランドセルを部屋に置くと、ルークの元に歩み寄った。
「ルーク、カイ君から泥棒の話聞いたんだよね?」
「ああ。ソラにも話したのか?」
「うん。あれ、ほんとなのかな?」
「いや、気のせいだろ。何も盗まれてなかったしな」
「そうなんだ。……ねえ、カイ君の心読んでみた?」
「ああ。でも、転けたからか、見たって言ってる女の姿をあんまり覚えてないみたいだ」
そっか。じゃあ、カイ君がほんとに見たのかはわからないんだ。本人は見たって主張してるけれど……。
「なになに? 何の話~?」
いつの間に帰ってきたのか、スターがぼくの肩に手を置いて声を掛けてきた。ぼくは振り向きながらさっきのカイ君の話を教える。スターは聞きながらドカッとルークの横に座った。
「へぇ~。不法侵入者はエミちゃんだけで十分なのにね~」
「アタシ不法侵入者じゃないよ!? っていうかまだその話続いてたんだ!?」
キッチンからエミちゃんが突っ込みを飛ばす。「え~?」とか言いながらスターがきっちにんに向かっていった。
ぼくは窓際のソファに座ると、外を眺めた。空はもう灰色に染まっていて、今すぐにでも雨が降りそうだった。
……カイ君、大丈夫かな。見間違いだったとしても、カイ君の言葉を信じてあげるべきだったのかもしれない。少し後悔。すぐ帰ってきてくれると良いけど。
その時、向こうの方から白い車が走ってくるのが見えた。珍しいな。この辺、あんまり車は知ってないのに……ん? あの車、上の方が赤く光ってる……って、えぇ!?
「パ、パトカー!?」
思わず声を上げると、スターとエミちゃんが駆け寄ってきた。ぼくの上から窓の外を見て、興奮したような声を出す。
「ほんとだ! 何か事件でもあったのかな?」
「後ろに更に二台ぐらい走ってるよ! あ、止まった」
エミちゃんの言葉通り、パトカーは孤児園から少し離れたところに止まった。警察官が六人ぐらい出てきて、急いだように左の道に走っていく。警察官が見えなくなってから一分もしないうちに、メガホンを通した大きな声が聞こえてきた。
「犯人に告ぐ! 無駄な抵抗をやめて、大人しく出てきなさい!」
……うわあ、ベタな台詞。実際に聞くのは初めてだよ。思わず半眼で警察官を見てしまった。見えないけど。
……っていうか、警察官の台詞の方に反応して一瞬気づかなかったけど、この近くに立て籠もり犯がいるの!? こんなの、スターが見逃すはずないよね!?
ばっと振り返ると、案の定スターはもう孤児園から出て行ってしまっていた。ついでにエミちゃんも。
二人共はやっ! ぼくも行こう!
孤児園を出て、警察官がいるところまで走る。そこには大きな屋敷があり、屋敷の前で警察官が連絡を取り合ったり、屋敷に向かって声を張り上げたりしていた。周りにはたくさんの人が集まっている。みんな野次馬だね。ぼくもだけど。そんなことより、スターとエミちゃんを捜さないと。
キョロキョロしながら人と人の間を潜り抜けていると、また警察官のものと思われる声が耳に入った。
「犯人に告ぐ! 人質を解放しなさい!」
人質!? 犯人は人質を取ってあの屋敷に閉じこもっているの!? っていうか、何の犯人? 強盗?
ぼくは野次馬達の前の方に行くと、近くの人に尋ねてみた。
「すいません、何があったんですか?」
「ん? なんか、この辺で泥棒が現れたみたいでね。近くの家の人が追放したら、その泥棒が人質を取ってあの屋敷に閉じこもっちゃったらしいんだよ」
「屋敷の人は大丈夫なんですか?」
「ああ。ちょうど出かけていたみたいでね。でも、もうお年寄りの人だから鍵をかけ忘れていたらしい」
うわあ……犯人にとっては好都合だっただろうな。だけど、泥棒か。もしかして、カイ君が見た泥棒なのかな? カイ君は女って言ってたけど。
「あの、犯人はどんな人かわかりますか?」
「え? うーん、おれは見てないから何とも言えないけど、警察の話だと女の人だったみたいだよ」
女の人! まさか、カイ君が言ってたのって、本当の事だったんじゃ……? カイ君、さっき泥棒を捕まえるって言ってたけど……人質、カイ君じゃないよね?
「警察も突入を迷ってるみたいだね。犯人は女の人だけど、人質は子供だからなぁ」
「……!」
人質が子供……ほんとにカイ君だったらどうしよう!
その時、視界の端にスターとエミちゃんの姿が見えた。ぼくは教えてくれたおじさんにお礼を言い、二人の元に駆け寄った。
「スター!」
「あ、ソラも来たんだ」
「ねえ、向こうにいた人に聞いたんだけど、子供が人質になってるんだって……カイ君だったらどうしよう!」
二人は驚きの表情を見せてから顔を見合わせた。ぼくは手を胸の前でギュッと握り、屋敷を仰ぎ見る。そんなぼくの肩にエミちゃんが手を置いた。
「大丈夫だよ。人質がカイ君だとしても、きっと警察の人が助けてくれるよ」
「……うん」
視線を動かさないまま頷く。瞬間、屋敷の二階の窓からパリンと音を立てて何かが飛び出してきた。あれは……銃だ! 警察の人も銃を確認したのか、窓ガラスがぱらぱらと降ってくる中、屋敷に入っていく。屋敷の中で魔法や武器の戦いが始まるんじゃないかと、ぼくは思わず身体を強ばらせた。だけど、いつまで経っても何も聞こえてこない。
どうなったんだと野次馬達が騒ぎ始めた頃。屋敷から二人の警察官と、紺色の髪をした女の人が出てきた。続いて、子供をつれた警察官が出てくる。ぼくはハッとしてその子供に目を向けた……って、ラギ君!? 人質ってラギ君だったの!?
ラギ君は警察の人の話をした後、ぼく達に気づき、片手を上げて歩いてきた。
「ソラにスター。お前らも来てたのか」
「ラギ君何してんの!?」
スターが驚きの声を上げる。まあ、そうなるよね。
「帰ってる途中で、泥棒だ、って叫ぶ声が聞こえて、行ってみたら人質にされちゃってな」
「人質になるならそう言ってよ!」
「えぇ!? 言えるわけないだろ!?」
「そんな面白い事になるって知ってたら見に行ってたのに!」
スター、何で悔しそうなの……面白い事って、どんな展開を求めてるの……。
それにしても……。
「ラギ君、怖くなかったの?」
「怖くはなかったな。あの女の人が持ってる銃、偽物だったから。蹴り上げて屋敷の外に飛ばせたし、おれが椅子持って反撃しようとしたらすぐ降参したからな」
ラギ君すごい……。警察の人も助かっただろうなぁ。
ぼく達はラギ君の話を聞きながら、帰って行く野次馬達の流れに乗って孤児園に戻った。途中、ぽつぽつと雨が降ってきた。そろそろ、カイ君も帰って来ているかな。
そう思いながらリビングを見渡したけど、カイ君の姿はなかった。ルークに聞いたところ、まだ帰ってきていないらしい。
カイ君、泥棒が捕まった事に気づかないで、まだ捜し回ってるのかな。ぼくとルークに、自分の言葉を信じてもらおうと……。帰ってきたら、すぐ謝ろう。……あれ? そういえばカイ君、転んだ時に泥棒を見失ったって行ってたけど、あの女の人、瞬間移動の魔法でも使えたのかな?
疑問に思い、ラギ君に聞いてみる。
「ラギ君。さっきの泥棒の女の人、魔法使えてた?」
「いや、魔法は使えなかったと思うよ。使えてたら、おれが反撃した時点で使っていただろうからな」
「そっか」
じゃあ、どうやって逃げたんだろ? 窓から? でも、一瞬で出られるのかな? うーん、まあ、捕まったからいいか。
ぼくは考えるのをやめ、ソファに座った。そして、雨足が強くなり始めた外に視線を向けながらカイ君の帰りを待った。だけど、そのうち瞼が重くなっていき……ぼくはつい目を閉じてしまった。
……どのくらい眠っていたのだろう。目を開けると、もう外は暗くなっていた。雨はまだ降り続けている。
カイ君は帰ってきたのかな。
リビングに視線を移動させる。カイ君の姿はない。今度は時計を見上げる。六時……え、六時!? カイ君まだ帰ってきてないの!?
ルークに目線を送ると、困ったような顔をされてしまった。えぇ!? どうするの!?
「あ、ソラ。起きたのか」
「ラギ君。カイ君、まだ帰ってきてないんだよね?」
「ああ。今、先生が探しに行こうとしているところだよ」
「ぼくも行く!」
立ち上がり、玄関の扉に手を伸ばした。だって、カイ君はぼくのせいで泥棒を捜しにいちゃったんだもん。何もしないではいられないよ。
けれど、ぼくがドアノブを握る前に扉が開かれた。二、三歩後ろに下がり、驚いて顔を上げる。そこで、ぼくは思わず息を呑んだ。
扉の前には、ぐったりとした少女を背負ったカイ君が立っていたのだった。




