第五話 病気の少女
ザーザーと雨の音がする中、カイ君は孤児園に入ってくると、背負っていた少女を床に寝転がして扉を閉めた。静かになる部屋。そこに、スターの声が響く。ルークの声も。
「カイ君、ついに誘拐を……」
「カイ、とうとうやってしまったんだな」
「ちげーよ! ついって何だよ! 何もやってねえよ!」
「大丈夫だよ……ボク、わかってるから」
「何がだ!?」
あれ? この会話、前にもあったような……。って、そんな事より、その女の子誰!?
ぼく達の怪訝そうな顔に気づいたのか、カイ君がハッとしたように叫んだ。
「園長先生! 園長先生はいるか!?」
「うん、いると思うけど」
ぼくは階段の方を見る。それと同時に階段前の扉が開き、園長先生が顔を覗かせた。先生は倒れている少女とカイ君に目を走らせると、状況を理解したのか少女に駆け寄り、そのぼくと同じくらいの身体を抱き上げた。
「エミちゃん、部屋借りるよ」
「あ、はい」
「それから、ピンクちゃん。手伝ってくれるかい?」
「はい」
エミちゃんに許可を取ってから、ピンクちゃんと共に二階に上がっていく先生。ぼく達はそれを見送ると、カイ君に何があったのかを聞くことになった。というか、なんであんな状態だったのか気になる。
カイ君はぼく達から目を逸らすと、昼の事を思い出すように斜め上を向いた。
「おれ、泥棒を捜してたんだよ。ソラとルークは知ってると思うけど」
「うん、そうだったね」
「それで、小学校の方に行ったり中学の方に行ってたら、泥棒が捕まったって話してる奴がいたんだ。なあ、ほんとに捕まったのか?」
「捕まったよ。すぐそこの屋敷で」
「そんな近くで!?」
「そうだよ~。ラギ君が人質になってさ~」
「ラギが人質に!?」
「その情報はいらないだろ……」
ラギ君がそう言うと、スターがにやっと笑みを浮かべた。そんなスターに詳しい事を聞こうとしているカイ君だけど、今はその話じゃないでしょ。
「それより、カイ君。どこであの女の子と会ったの?」
「ああ。泥棒が捕まった話を聞いた後、雨が降ってきてな。おれは走って帰ろうとしたんだ。そしたらな、あの女が道の端っこで倒れてたんだよ」
それでカイ君は放って置く事が出来ず、背負って帰ってきたらしい。カイ君、お人好しだよね。まあ、ぼくも放っては置けないけど、びちょびちょになりながら背負ってくるなんてすごいなぁ。
話を聞き終えると、カイ君はお風呂場に向かった。その様子から、ぼくとルークが泥棒の話を信じなかった事はもう気にしてはいないみたい。
ぼくはまたソファに座るとふぅと息をついた。いろいろびっくりしたけど、カイ君が無事に帰ってきてくれてよかったよ。あの倒れてたって言う女の子も、すぐ目を覚ますと良いな。
少し立つと、先生とピンクちゃん、カイ君がリビングに戻ってきた。それから夜ご飯を食べる。食べながら、ぼくは先生にあの少女の様子を聞いてみた。すると先生はお椀を机に置き、真面目な顔でみんなを見渡した。
「見てみたところ、あの子は心臓に病気を持っている。もう発作は治まっているけど……」
心配そうに先生が天井を仰いだ。
そう、なんだ。心臓病で……。
先生の言葉で部屋に沈黙が下りる。その時、キィッと扉が開く音が聞こえてきた。音の方に目を向けると、そこにはさっきカイ君が背負ってきた少女が立っていた。まだ乾ききっていない透き通るような水色の髪と、ぼく達を見つめる髪と同じ色の瞳がものすごく綺麗で、思わず見とれてしまう。
「お前、大丈夫なのか!?」
カイ君が椅子を引いて立ち上がり、少女に問いかける。少女は扉を閉めてぼく達に近づくと、上目遣いでカイ君を見た。
「貴方が助けてくれたのね。ありがとう。もう大丈夫よ」
「そ、そうか」
女の子って感じの高めの声でお礼を言って少女が微笑むと、カイ君は照れたように返事をした。
少女は次に、先生とピンクちゃんに視線を移動させる。
「あたしをベッドまで運んでくれたのが貴方で、着替えさせてくれたのが貴方だったかしら?」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
ピンクちゃんが首を傾げる。確かに。あの時、この女の子は気を失っていたよね?
少女は申し訳なさそうに、ゆるゆると首を振った。
「ごめんなさい。ここに連れてこられた時、記憶は曖昧だけど意識はあったの。でも、身体が動かせなくて……」
そっか。それで、気絶していたように見えたんだ。
とりあえず、立ったままにするわけにはいかないと、ぼくは前にルミちゃんが使っていた椅子に座るよう促した。少女はお礼を言うと、ぼくの左隣――机の端に椅子を持ってきて座り、こう口にした。
「あ、まだ名前を言ってなかったわね。あたし、モエカ」
その途端、先生とピンクちゃんが顔を見合わせた。
どうしたんだろ? なんか、驚いたような感じだったけど。それにぼくも、この名前、聞いた事あるような……。
記憶を探ろうとしたけど、カイ君の自己紹介に邪魔されてしまった。まあいっか。ぼくも自己紹介しよう。
全員の自己紹介が終わると、急にモエカちゃんが笑みを消した。先生を見据え、口を開く。
「園長先生。ここは、孤児の子が暮らすところなんですよね?」
「うん、そうだよ」
「では、あたしもここに入れてくれませんか?」
「え? モエたんも親がいないの?」
ピクちゃんが小首を傾げると、モエカちゃんは小さく頷いた。
「あたしが病気を持っているように、父と母も身体が弱くて、一年前に死んでしまったの。それで、今までは親の遺産で暮らしていたんだけど、この前、火事で家を失ってしまって……」
モエカちゃんが俯く。そんな辛い状況で、心臓病まで持ってるなんて……。
「カイ君が助けてくれなかったら、死んでいたかもしれないわ」
ぽつりと呟かれたその言葉に、カイ君が先生の顔を見た。先生はその視線を受けると、優しく微笑んで頷いてくれた。
「さっきの質問だけど、大歓迎だよ。ここは、孤児園だからね」
「ありがとうございます」
にこっと、モエカちゃんが微笑みを返した。
その後、先生が明日買う物をまとめ始めた。モエカちゃんは何も持たずにここに来たため、学校に行くための教科書とかランドセルなどを買わなくちゃいけないみたい。ちなみに、モエカちゃんはぼくと同じ六年生。
「あ、そうだ。モエカちゃんって、部屋はどこになるの?」
ぼくが聞くと、エミちゃんが手を挙げた。
「アタシの部屋でいいよ。男の子と一緒の部屋だと心配でしょ?」
「まあ、ラギ君は何もしないと思うけど、女の子同士の方が良いよね」
エミちゃんの言葉にぼくが賛成すると、モエカちゃんが不思議そうな顔をしてラギ君に首を巡らせた。ラギ君は机から離れ、カイ君やピクちゃんと遊んであげている。
「ラギ君も一人部屋なの?」
「うん。前はシンって子と一緒の部屋だったんだけどね」
モエカちゃんはしばらく何も言わずにラギ君を目で追っていたが、突然エミちゃんに向き直った。
「あたし、ラギ君と一緒の部屋でも大丈夫よ。エミちゃんは受験生なんだから、一人部屋の方が勉強しやすいでしょう?」
「え? まあ、そうだけど……」
「ラギ君に頼んでみるわ」
モエカちゃんが踵を返し、ラギ君に歩み寄った。胸の辺りまで伸びた髪がふわりと揺れる。ぼくとエミちゃんが驚いている中、モエカちゃんが声を発した。
「ラギ君、ちょっといいかしら」
「ん? ああ、どうした?」
「エミちゃんって受験生でしょう? だから、一人部屋の方が勉強しやすいと思うの。だからあたし、ラギ君と同じ部屋でもいいかしら?」
「え!?」
「だめかしら?」
「あぁ、いや、おれはいいけど……」
「ありがとう。これからよろしくね」
ラギ君が言い終わる前にお礼を言い、モエカちゃんがこちらに戻ってきた。ラギ君、呆然としてるよ……。でも、モエカちゃんはすごく嬉しそう。可愛らしい笑みを浮かべていた。
それから九時になるまで、ぼく達は色々な話をした。途中、ピンクちゃんも混ざって女子会みたいになった。話してみてわかったんだけど、モエカちゃんはすごくお嬢様っぽい子だった。動作がすごく上品なんだよね。今は孤児園にあった寝間着を着ているからわからないけど、きっと私服も綺麗な物を着るんだろうなぁ。
十時前になると、ぼくは歯を磨いて寝間着に着替えた。よし、明日も学校だ。モエカちゃんは明日買い物して、明後日に転入する予定なんだって。
自分の部屋に入ると、スターがベッドに座って壁により掛かっていた。ぼくは目覚まし時計をセットすると、自分のベッドに座ってスターと向かい合った。
「スター。今日、あんまりしゃべんなかったけど何か考え事?」
「まあね~」
「何考えてたの?」
「んー、十一月に入ってから一気に二人も孤児園に入ってきたじゃん?」
「うん」
確かに、スターの言う通りだ。シン君の事件が終わってから約二ヶ月、誰も孤児園に入ってこなかった。っていうか、入ってくる方が少ない。それなのに十一月に入った途端、エミちゃん、モエカちゃんと二人の孤児が入ってきた。あ、この状況……。
「シン君の時と似てるね」
「うん」
今度はスターが頷く。
シン君は、七月の初めにラギ君と一緒に入ってきた。入ってきたばかりの頃は特に何もせず、毎日静かに過ごしていた。けど、八月に入ってから今までの静かな性格が一変。色んな人を殺すようになったのだ。後から、一緒に来たラギ君が実はシン君に脅されていたという事も発覚した。
そんなことがあったから、スターはまた何かあるんじゃないかと考えているんだ。ぼくも、少し不安になってくる。
「これは、偶然かな?」
「どうだろうね~。エミちゃんとモエカちゃんは別々に来たし、初対面っぽかったから二人が協力してるとか、どちらかが命令してるとかはなさそうだよ~」
「そっか。それで、心の中は読めたの?」
「……何で読んだってわかったの?」
「だって、怪しいって思ったらスターは絶対読むじゃん。っていうか、怪しくなくても読むじゃん」
「聞こえちゃうんだから仕方ないでしょ~。二人の心は普通に読めたよ」
「ならよかった」
ぼくは安心して壁に寄り掛かった。シン君の事があったからついこんな話をしちゃったけど、あんまり人を疑いたくはないよね。来たばかりのエミちゃんとモエカちゃんを疑っちゃったら、二人に居場所がなくなっちゃうし。ぼくだったらそんなの嫌だもん。それに、何かあっても園長先生がいるしね。
「その園長先生が一番怪しいんだけどね~」
「あ、そっか。先生の心は読めないんだっけ」
「うん」
「でも、先生は悪い人じゃないよ。ぼく達の事育ててくれるし」
ぼくはそう言ったけど、スターの先生に対する不安は消えそうになかった。いつか、先生の事も本当に信じられるようになるといいな。
「じゃあ、電気消すね」
「うん。おやすみ~」
スターが布団に潜る。ぼくは立ち上がって扉の所に行くと、パチッとスイッチを押して電気を切った。その時、廊下から足音が聞こえてきた。まだ誰か起きてるのかな? あ、先生かもしれない。
電気をつけずに、そっと扉を開ける。そこでぼくは思わず声を上げそうになってしまった。扉の前に、モエカちゃんが立っていたからだ。
スターを起こさないよう、声を潜める。
「どうしたの? 何かあった?」
「ううん、ちょっと言いたい事があって」
「言いたい事?」
ぼくが聞き返すと、モエカちゃんはコクンと頷いた。そして、スッとぼくの耳元に口を当て、囁く。
「これからよろしくね、ソラちゃん」
瞬間、背筋に悪寒が走った。理由もなく、身体が震える。
モエカちゃんはクスッと笑うと、廊下の奥に歩いていく。
その姿が見えなくなるまで、ぼくは動けずにいたのだった。




