第二十九話 闘争
1月31日。
『第二十九話 闘争』を編集して、二話に分けました。ロイ君、ソラ、ラギ君の出番が増えてます。
「ラギ、俺に逆らうとは……覚悟、出来てんだろうなぁ?」
唐突にそんな言葉が聞こえ、ぼく達は一斉に声がした方に視線を向けた。そこには、ポケットに手を突っ込んで不敵な笑みを浮かべているシン君の姿があった。瞬間、全員が会話をやめて身構える。中央にある机を挟んで対峙しながら、ぼくはシン君が言ったことを反芻した。
俺に逆らうとは……。シン君はそう口にした。ってことは、今までの会話を聞いていたことになる。それで、あの台詞。ラギ君、シン君にばれたらどうなるかわからないって言ってたし……ぼく達、危なくない?
シン君はぼく達を見回すと、少しだけ顔を上に向け、ぼく達を見下ろすような視線を送ってきた。
「俺のことが知られたんなら始末しないとなぁ?」
やっぱり……でも、それなら最初からぼく達を殺しに来て欲しかった。関係ない人たちを巻き込むなんてこと、して欲しくなかったよ……。
「記憶を消してここから去るのもいいが……俺は遊びたいんだ。お前らと、殺し合いでよぉっ!」
語尾を強くすると共に、シン君は右腕を勢いよく振った。手から何かが飛び出す。あれは……ペットボトルのキャップ? いや、そんな物投げても意味ないよね……?
ぼくが考えている間に、先生はシン君が投げた物をぱしっと手で受け止めた。ぼくはそこで、何が投げられたのか理解することになる。
いきなり、シン君が投げた物が光を放ったのだ。その光は流れるように先生の腕から頭、足まで広がり――バチバチッと言う音が部屋中に響いた。
「がぁっ……!?」
瞬間、先生が小さく声を上げる。そして――崩れ落ちるようにして床に倒れ伏した。って、えぇ!? 先生!? な、なんで……?
信じられないように先生を見つめていると、ぼくの後ろでロイ君が声を上げた。
「それは、魔法具……!」
魔法具。それは魔力が籠もっている道具だと、ロイ君から聞いたことがあった。入れた魔力の種類、量によって効果や威力が違い、魔力を込められる道具は限られているらしい。
先生がキャッチしたあのペットボトルのキャップのような物も魔法具で、ロイ君が見たところ、触れた物に電気を流す魔法具みたい。しかも、あの威力。相当の魔力が籠もっていたと思われる。……シン君、そんな物を持っているなんて……。それに、あの先生が倒れちゃうなんて……。
「先生!」
ピンクちゃんが先生に駆け寄る。だけど、先生に触れようとした途端、またバチッという音がなった。顔を歪め、手を引っ込めるピンクちゃん。もしかして、触れないほど電気が流れてるの!?
試しに触れてみると、手全体に痺れと痛みが走った。
「わあっ!?」
思わず声を上げる。一瞬だったからか、痺れはすぐに治まったけど……この痺れと痛みを、先生は身体全体に浴びたんだ……。
シン君が先生に何をしたのか、先生に何が起こったのかを理解した時、ぼく達に声が掛かった。
「おしゃべりはそれくらいでいいかぁ? 邪魔者もいなくなったことだし、そろそろ遊ぼうぜぇ?」
シン君は手を前に向けると、笑みを深めた。その途端、シン君の手から大きな風が吹いた。煽られた机がぼく達の方に傾く。え、これも魔法なの!? しかも、机と椅子がこっちに向かってるんだけど……。
「はぁっ!」
シン君が腕を斜めに振り下ろす。風が一層強くなり、傾いていた机と椅子を吹き飛ばした。
「うわあ!?」
ぼく達は飛ばされてきた机、椅子を避けて散らばった。机は壁に衝突して砕けた破片が飛び散り、椅子も足や背もたれが折れて、床に転がった。
あ、危なかった……。あれが当たったらどうなっていたのか……。
「……おい、かかってこいよ。お前らも遊びたいだろ?」
ぼくはシン君を睨み付けた。シン君は楽しそうにぼく達を眺めている。対するぼく達は、先生がいないためか不安に染まっていた。
シン君はそんなぼく達を目にし、つまんなそうな顔をした後、チッと舌打ちした。
「仕方ねえなぁ」
その後、再びにやりと口角をあげると、ここにいる九人を順番に見て――カイ君に目を止めた。
「お前、妹がいるんだよな。母親が殺されて、寂しがってるだろうなぁ。そうだ。今から行って殺してきてやろうか。そうすれば、母親に会えるもんなぁ?」
「てめぇっ!」
カイ君がたきつけられ、シン君に殴りかかる。シン君はひらりと躱すと、つんのめったカイ君の背中を蹴りつけた。
「っ……!」
「もっと来いよ。俺を殺すつもりでな。母親の敵、とりたいだろ?」
カイ君が振り向きながら拳を振るう。それをあっさりと避けると、シン君はまたぼく達に目を走らせた。それは次に誰を狙おうか決めているようで、ぼくは身震いする。
よそ見をしたシン君目がけてカイ君が蹴りを入れる。しかし、その足はシン君の腕で受け止められてしまう。
「なっ……!」
「そんなんじゃ、俺を殺す事なんて出来ないぜっ!」
受け止めた足を掴み、シン君はカイ君を振り回して壁に叩きつけた。続いてカイ君のお腹を強く蹴りつける。カイ君はうめき声を上げて、その場に倒れてしまった。
「これじゃあ、俺がお前を殺しちまいそうだなぁ」
酷い……! なんで、何の抵抗もなく人を投げたり蹴ったり出来るの? おかしいよ。なんでぼく達はこんな目に遭ってるの……遭わなくちゃいけないの!?
「カー君!」
「お前も、眠ってろっ!」
ピクちゃんが悲鳴を上げると、シン君はピクちゃんの胸部を蹴りつけた。ゴキッという嫌な音が耳に入り、ぼくは顔をしかめる。
シン君は笑みを絶やさないまま、次は手の平に火の玉を作った。ぼく達に向き直り、その火の玉を投げつけてくる。ルミちゃんに向かって。
「ルミッ!」
咄嗟に、ロイ君が魔法で水を出してシン君の攻撃を防いだ。シュウっと音を立てて火が消える。慌てて魔法を使ったためか、ロイ君は息を乱していた。防がれたシン君はというと……何が面白いのか肩を震わせて笑っていた。
「そうか。お前は魔法が使えるんだったな」
「よくもルミを……」
「来いよ」
ロイ君は手を肩の高さまで上げると、その手のひらに火の玉を浮かび上がらせた。さっきシン君が出した物よりも若干大きい。それを、シン君に投げつける。だけど、やっぱりシン君は軽々と避けてしまった。フハハッと不気味に笑いながら。
すごく楽しそうに戦うシン君に怒りが込み上げてくる。同時に、悔しさも抱く。あんな必死にロイ君が戦ってくれてるのに、ぼくは何も出来ない。今も、足が竦んで動くことが出来ないんだ。
次々と投げられる火の玉。それを消したり躱したりしながら、シン君が目を細めたのにぼくは気がついた。
「……ふん、少し迷いがあるな」
呟いたシン君は、赤い瞳にルミちゃんを映した。ぼくはハッとして声を上げる。
「ルミちゃん、避けて!」
「えっ……」
ルミちゃんが驚きに目を見開く。直後、シン君は大股でルミちゃんに近づくと、彼女の顎を蹴り上げた。ぼくは思わず顔を背ける。ドサリという音で、ルミちゃんが倒れたことがわかった。
恐る恐る視線を戻すと、ロイ君の頭上に火の玉が浮かんでいるのが目に入った。なんか、数が多いんだけど……。
「これで、面白くなりそうだな」
シン君は、ルミちゃんを使ってロイ君を本気にさせたんだ……!
ロイ君が無言で腕を振り下ろす。すると、まるで獣のように炎がシン君に襲いかかった。速く、正確に。
さっきまで、ロイ君はシン君を傷つけるのをためらってた。けれど、今は本気でシン君を狙っている。これなら、シン君を止められるかもしれない。……でも、ぼくはロイ君を応援する気にはならなかった。シン君を止めて欲しいのは事実だけど、ロイ君に人を傷つけて欲しくはなくて……。
「ソラ!」
その時、スターが鋭い声がぼくを我に返らせた。そこで炎が迫ってきていることに気づき、慌てて飛び退く。炎は足すれすれの位置を通り過ぎ、壁を焦がした。
ス、スターが声を掛けてくれなかったら、ぼくは今頃……。ぶるりと震え、息を吐きながらお礼を言う。
「あ、ありがとう、スター」
「ソラ、ぼーっとしてる場合じゃないよ。あの二人、特にロイ君はぼく達のことが見えてない」
「……うん」
ロイ君は今、怒りに支配されてる。だから、スターの言った通り、ロイ君にはぼく達が見えてなかった。このままじゃぼく達まで怪我しちゃうかもしれないけど……これはチャンスとも思った。ロイ君がシン君を引きつけている間に、誰かを呼んでくれば……!
ぼくは恐怖で動けなかった足を扉に向けた。駆け寄り、ドアノブを握るが――
「あれ?」
開かない。ドアノブを捻り、押したり引いたりしてみるけど、開かない。な、なんで?
疑問に思ってると、火の玉を避けていたシン君が振り返った。
「ああ、逃げられちゃあ困るからな。扉も窓も開かねえようにしておいたぜ。開けられるのは、俺が敵じゃないと思った奴だけだ。ま、そんな奴いねぇけどな」
うぅ、先手を打たれてた……。
ぼくは他に何かできないかと部屋を見渡す。電話が目に入ったけど、連絡できる人がいないから助けを呼ぶことは出来ない。
その時、急に強い風が吹き、砕けた机の破片を巻き上げた。その風はくるくると回り、小さな竜巻を作り出す。なにあれ、あれも魔法なの!? でも、どっちの魔法?
それはすぐにわかった。シン君が、感心したように声を上げたからだ。
「へぇ、風魔法も使えるのか」
ロイ君は無言のまま、手を前に突き出す。すると、竜巻がすごい勢いでシン君に襲いかかった。笑みを浮かべたまま横に飛び、壁を蹴って竜巻を避けるシン君。飛んできた机の破片も、身体をよじって躱していた。
「ククッ、ハハハ! もっと来いよ」
さっきカイ君に言った台詞を、今度はロイ君に投げかける。そして、シン君は腕を薙いで風を起こし、竜巻を消し去った。そこに、唐突に水の玉が飛んできた。その玉は、腕を薙いだ状態のシン君を閉じこめる。
その攻撃に、ぼくは思わずロイ君に視線を移動させた。ロイ君、無表情でシン君を苦しめてる。怖いし、さすがにやり過ぎなんじゃ……。
そんなぼくの心配は不要だったらしい。シン君は少し苦しむような仕草を見せたが、すぐに水の玉を割って脱出した。
「やってくれたじゃねえか」
シン君は低い声で呟くと、どこからかナイフを取り出した。そのナイフで、ロイ君が放った火の玉を切ったり受け流したりする。そうして徐々にロイ君に近づくと、ロイ君目がけてナイフを突いた。ロイ君の表情が変わる。慌てたように身を引くが、ナイフはシュッと音を立ててロイ君の肩に掠った。服が破け、皮膚が少し切れるのが見える。
ど、どうしよう。シン君が攻め始めちゃった。このままだと、ロイ君が危ない。ぼくも、何かしないと……。
再び部屋の中を見渡そうとした時、シン君のナイフが目に入り、ぼくの脳裏に剣が浮かび上がった。そうだよ、剣! シン君と前に戦った時に使った剣があったじゃん! 前は負けちゃったけど、今なら!
ぼくはすぐに二階に駆け上がり、剣を持ってリビングに戻った。そこで、ルークがシン君に両手の平を向けているのに気づく。ルークの手のひらは淡く紫色に光っていて、何かしようとしていることはすぐわかった。
そっと、シン君の様子を窺う。シン君はさっきよりも動き回っていて、なかなか狙いが定まりそうになかった。……よし。
ぼくは剣を両手に握ると、シン君がロイ君の攻撃を避けるタイミングを狙って突っ込んだ。少しでも、シン君の動きを止められたなら……!
「たあっ!」
かけ声と共に剣を勢いよく振り下ろす。
キィン!
そんな音を響かせ、シン君はナイフでぼくの剣を受け止めた。
「ふぅん。前よりはマシになったじゃねぇか。おっと」
ぼくと剣を交えながら、飛んできた火の玉を飛んで避けるシン君。ぼくは後ろに下がって距離を開けると、今度は剣を薙いだ。またもや受け止められる。ぼくはそのままぐっと腕に力を入れた。剣とナイフの押し合いにより、シン君の動きが止まる。よし、今だ!
ぼくがルークに視線を送ると、ルークの手から一際強い光が放たれた。そこから、暗い紫色の光線が発射される。
光線は一直線にシン君目がけて飛んでいき――シン君の身体を吹っ飛ばした。




