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異世界の孤児園  作者: 宇佐美ときは
第三章 過去からの悲劇
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第二十六話 絶望

 孤児園に入ると、ぼく達を見たピクちゃんが驚いた顔をした。その後、嬉しそうに口を開く。


「ルミルミとロイ君仲直りしたの!?」

「うん! 心配かけてごめんね」


 ルミちゃんが頷くと、ピクちゃんは安心したように笑った。

 ぼくはランドセルを置きに二階に上がった。一回帰ってきたんだけど、ランドセル置き忘れちゃったんだよね。ま、筆箱とファイルしか入ってないから邪魔にはならなかったけど。

 部屋の扉を開けると、スターと目があった。


「仲直り、出来たんだね」

「うんっ」

「でも、なんで今日仲直りさせようって思ったの? 今までずっと見てただけだったのに~」

「ちょっと、ね……」


 シン君とアト君のことは黙ってることにした。あんまり、スターに心配事を増やして欲しくないからね。ただでさえ、ぼくがシン君に狙われるかもって事で心配かけちゃっているのに……。

 なんて考えてたら、スターが「なるほど~」って相づちを打った。


「シンはアト君を利用しようとしてるんだ~。それで、ソラはシンを止めようと、まずはルミちゃんとロイ君を仲良くさせたんだね~」

「わあー! 心読まないでよ~!」


 にやにやしながらスターがぼくを見る。うぅ……スターのために話さないようにしようと思ったのに。

 そう心の中で伝えると、スターは少しだけ真面目な表情になった。


「ソラは色んなこと気にしすぎだよ。ボクそんなに精神弱くないし。それに、そうやって一人で抱えてたら、協力できないよ?」

「あ、そっか……」

「そうだよ。それに、ボクよりソラの方が精神心配だよ~」

「ぼ、ぼくだってそんな精神弱くないよ!」


 そう言った後、ぼく達は笑い合った。

 それから少しして、カイ君とルークが帰ってきた。学校からの帰り道、ちょっと遊んできたみたい。ピンクちゃんとラギ君も帰ってくると、園長先生が昼食を作り始めた。

 あれ? シン君は?

 ぼくがシン君がいないことが気づくと同時に、カイ君も首を傾げた。


「シンはどこ行ったんだ?」

「シン君、遊んでくるって外行ったよ」


 ピクちゃんが答える。遊んでくるって……嫌な予感しかしないよ。スターやルーク、ルミちゃん、ロイ君も同じ事を思ったらしく、ぼく達は不安げな顔を合わせた。

 シン君は、一時頃帰ってきた。帰って来るなり、先生を一瞬だけ睨み付ける。

 ……? 先生との間で、何かあったのかな?

 そんなシン君に先生は何も反応せず、昼食の焼きそばを机に並べた。

 昼食の後、部屋に戻ったぼくとスターはシン君のこれからの行動について話し合い始めた。自然と、そう言う話になっちゃったんだよね……。


「ねえソラ。シン、さっき何しに外に行ってたと思う?」

「わかんないけど……なんか怪しいよね。先生のこと睨んでたのもあるし」

「うん。ソラ、気づいた? シン、孤児園にいる人じゃなくて、その家族とか友達とかを襲ってるの」

「あ、そう言えば。なんでだろ?」

「多分、みんなの絶望した顔とか見るのが好きだからだよ。前世でもそうだった」

「スター、やっぱりシン君の心読めないの?」

「うん」

「そっか。じゃあ、次誰を狙うかわかんないんだ……」

「でも、次も誰かの家族とか友達を襲う気がする。……ソラ、どうやってシンを止めるつもりなの? 前世も、その前も止められなかったんだよ」

「……最初は、説得しようと思ったんだ。強引に、は無理だったから。でも、説得も無理そうだからみんなで協力して説得しようかと」

「それ、ほんとに出来るの……? 多分、それでも無理だよ。協力して強引に、の方が……」

「スター! どんなに悪くても、殺すのは駄目だよ!」

「……ボク、殺すなんて一回も言ってないよ」

「あ、ごめん……なんか、そんな雰囲気だったから……」

「まあ、いいけど。でも、シンが攻撃してきたら、ボク達もそれに対抗するしかないよ。勝てるかどうかはわかんないけどさ」

「そうだよね……」


 会話が途切れ、ぼく達が悩み始めた時、扉の向こうから「カー君!」と、ピクちゃんの声が聞こえてきた。気になり、スターと共に部屋の外に出る。


「ピクちゃん、何かあったの?」

「あ、ソラたん。そうだ! ソラたんも聞いて。あのね、さっきここに青い髪の女の人が来たんだ」

「青い髪の女の人? それがどうかしたのか?」


 カイ君が不思議そうに訊くと、ピクちゃんはコクコクと頷いた。


「その人、カー君の様子を見に来たみたいなの」

「おれの様子?」

「うん。その時はわからなかったんだけど、今思ったの。もしかしたらその人、カー君のお母さんだったのかなって」

「母さん!? ほんとか!?」


 カイ君がピクちゃんの肩を掴む。だけど、ピクちゃんは驚くことなくぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねた。


「ほんとだよ! カー君のお母さんが、カー君に会いに来たんだよ!」

「それで、今どこにいるんだ!?」


 途端、ピクちゃんの元気がなくなった。俯き、申し訳なさそうにカイ君を見る。


「それが……その時、カー君のお母さんだってわからなかったから……」

「帰っちゃったの?」


 ぼくが訊くと、ピクちゃんは小さく頷いた。残念そうな表情を見せるカイ君。それを見て、ピクちゃんは「でもっ」と顔を上げた。


「ピクがカー君は元気ですよって言ったら、嬉しそうな顔してたよ。また会いに来ると思うよ!」

「ありがとう、ピク。そうだよな。また、会いに来るよな!」


 カイ君がピクちゃんにまた笑顔を見せた。

 カイ君、確か親に捨てられてここに来たんだっけ。それでも、小さい頃からお母さんのこと好きだったから、嬉しいんだろうなぁ。目がキラキラしてる。早く会えるといいな。

 そう、カイ君がお母さんに会えると希望を持ってピクちゃんと頷き会った時、ぼくの後ろからそれを否定する声が聞こえてきた。


「いや、もう会いに来ねーよ」


 振り向くと、不敵な笑みを浮かべているシン君の姿があった。

 カイ君がシン君の言葉の理由を問いかけると、シン君は後ろ手に持っていたナイフをぼく達に向けた。そのナイフには、赤い液体がついていて……ぼくの嫌な予感は、当たってしまったのだった。


「カイの母親は、俺がさっき殺したからな」

「な……お前、何言ってんだ……。おれの母さんを、殺した……? そんな冗談……」


 カイ君が瞠目してそう口にする。シン君は眺めるようにその表情を見た後、ナイフをぼく達の横の窓に向けた。


「信じなくてもいいが……証拠がその窓の外にあるぜ」

「証拠……?」


 ぼくは恐る恐る窓の外に目をやった。空は雲一つない青空で、その下には町並みがあって、すぐ下には孤児園の庭がある。その庭に、シン君の言う証拠があった。ぼくは身体が震えるのを感じた。ぼくの隣でスターの息を呑む音、ピクちゃんの小さな悲鳴が聞こえてくる。そして、最後に下を見たカイ君は、しばらく大きく目を見開いて固まっていた。が、下にある物がなんなのかを理解したのか、崩れ落ちるように膝をついた。

 窓の下、孤児園の庭にあったのは、青い髪の女性の遺体。つまり、カイ君のお母さんの遺体だったのだ。髪が乱れ、お腹や胸から血を流しているその遺体は、草木に隠されて周りからは見えなくなっていたけど、上からはよく見える位置にあった。シン君がカイ君に見せるために、あの位置に置いたんだ。


「酷い……!」


 ぼくが思わず呟くと、シン君は鼻で笑った。


「はっ、わかってたことだろ? 俺が酷い奴だってこと」


 シン君がナイフを持っていない方の手をぱちんと鳴らした。直後、カイ君のお母さんの遺体に火がついた。そこに火なんてなかったのに、あっという間に赤く燃え上がる。


「火が……」

「カー君のお母さんが!」

「……!」


 スターとピクの言葉に、カイ君の肩がびくりと震える。ぐっと、手に力が入るのがわかった。

 シン君はその様子を面白そうに見ながら口角を更にあげた。


「これで、カイの母親が死んだという証拠はなくなったなぁ?」

「うあああああああああっ!!」


 突如、カイ君が絶叫と共に床を蹴った。ぼくが気づいた時には、カイ君はシン君に体当たりをしていた。予想外のことだったのか、今度はシン君の目が見開かれる。

 そして、二人の姿が消えた……って消えた!? 刹那、ガンッという音が。

 慌ててシン君がいたところに行くと、階段の下にカイ君に乗られたシン君が仰向けで倒れていた。頭をぶつけたのか、苦痛に顔を歪めている。

 シン君は苛ついたようにカイ君を退けると、その場から去っていった。足を引きずっていたように見えたけど……って、それよりカイ君! 大丈夫かな……。


「カー君!」


 ピクちゃんに続いて階段を下り、カイ君を起こしてあげる。音を聞いたのか、リビングにいたみんなが駆け寄ってきた。


「カイ!? 大丈夫か?」


 ルークが膝をつき、カイ君に声を掛けた。みんなが見つめるなか、カイ君がゆっくりと目を開く。


「……!?」


 瞬間、背筋が凍った。カイ君の目には、光がなかったのだ。

 その虚ろな目を見た瞬間、ルークの身体がぐらりと揺れた。え、なに、どうしたの!?


「ルーク!」


 慌ててスターが倒れそうになるルークを支える。ルークは額に汗を浮かせて、怯えたような目つきでカイ君を見ていた。スターも、いつもは見ない真剣な表情をしている。

 ぼくはもう一度カイ君を見た。カイ君の目は、焦点が合っていなかった。さっきの強い光が、なくなっていた。何の意志も感じられない目……こんなの、カイ君じゃない。

 その時、園長先生が駆け足でぼくのところに来た。状況がわかっているのか、素早くカイ君を抱き上げ、二階に上がっていく。

 下りてきた先生は、スターとルークに向かって口を開いた。


「カイ君は部屋に寝かせてきた。今は、近づかない方がいい」

「先生、カー君はどうしちゃったの?」

「母親を失い、相当なショックを受けているんだ。すぐ、立ち直ればいいんだけど……立ち直らず、生きる気力をなくしたままでいる場合、自殺する可能性がある」

「そんなっ……」


 ぼくは愕然とし、しばらくの間言葉が出てこなかった。

 何も言えないまま、みんながリビングに戻っていくなか、ぼくは階段上を見上げた。カイ君……お母さんに会えるかもって希望を持った直後に、あんなお母さんを見て生きる気力を……。

 カイ君の、あの光がない目。あの目は、一回見たことがある。あれは、カイ君が孤児園に来た時の事。


 カイ君は、ぼくが六歳の時に孤児園にやってきた。

 来たばかりの頃、カイ君の目には光がなく、カイ君はいつもぼく達を敵視していた。先生のことも。カイ君曰く、あの頃は親に捨てられたショックで、すべての人間が悪者だと思ってたんだって。だから、カイ君は何かあるとすぐにぼく達に八つ当たりをして、周りの家具を壊しまくってた。すごく、荒れていた。

 でも、そんなある日、痺れを切らしたルークに言われたんだ。お前の親は死んでない。母さんが来た時、そんな姿で会うのか。本当に母さんのこと思ってるんだったら、信じて待ってろって。

 その次の日から、カイ君は変わった。ボサボサだった髪を整えて、服もちゃんと着て、いただきますやごちそうさま、ありがとうって言葉を言うようになったんだ。いきなり変わった時はびっくりして、スターにからかわれてたけど。それから、カイ君とルークは一緒にいるようになったんだよね。

 カイ君、前に言ってったっけ。母さんに会うまでは、一生懸命生きないとなって。母さんに、いい子にしてたって言えるようにしないとって、言ってた。でも、そのお母さんが……死んじゃって……。だから、生きる希望なくして、あんな姿に……あれは、ここに来た時よりも酷いよ。ここに来た時は、まだ暴れる元気があったのに……。

 今カイ君は、何を考えているのかな。お母さんのこと、シン君のこと……。カイ君の心の中は、どうなっているんだろう……。


「カイ君の心の中は今、真っ暗だよ。絶望以外、何の感情もなかった」


 スターがぼくの視線をたどるように二階に顔を向けて、そう声を掛けてきた。ぼくはスターに首を巡らせる。


「絶望……」

「うん。だからさっき、ルークが倒れそうになったんだよ」

「あ、負の感情に弱いんだっけ」

「そ。ボクもちょっとだけふらついたよ」

「じゃあ、ルークはカイ君の部屋に行けないんじゃ」

「そうだよ。だから、今日からボク達の部屋で寝るらしいよ~」


 手を振りながらスターはリビングに戻っていった。

 ぼくは視線を二階に戻す。絶望、か。このままでいると危険なんだよね。何とかして、立ち直ってもらわないと。残酷だけど、向き合ってもらわなきゃいけないんだ。

 ぼくはどうやったらカイ君の目に光を戻せるか考えながら、リビングのみんなの所に行った。


 *  *  *


 足を引きずりながら孤児園の庭に移動した俺は、いったん休もうと壁に寄りかかった。

 チッ、足捻っちまった。今すぐ治したいが、園長のせいで魔法使えねーんだよなぁ。

 その時、胸ポケットに入れてあった携帯が振動した。画面に表示された女の名前を見てから耳に当てる。


「なんだ?」

『あら、ずいぶんと不機嫌そうね。死体を燃やすタイミングは完璧だったはずだけど?』

「ああ、一秒のずれもなく、完璧だったぜ」

『あたしがやったんだもの、当たり前じゃない。感謝しなさいよ。あなたが魔封じなんてされちゃうから、このあたしがやってあげたのよ』

「うっせ。それより、何か用か?」

『あの死体は埋めたの?』

「これからだ」

『そう。あと、あの子はどんな反応してた?』

「あの子? ああ、あいつか。カイほどではねぇけど、ショックは受けてたぜ。また、何かしようとしてるみてーだな」

『まぁ、会うのが楽しみだわ。じゃ、この後も計画通りやってね。くれぐれも、あの子だけは殺さないように』

「わかってる」


 返事すると、ピッと通信が切れた。はぁ、なんか使われてる気がして気にいらねーが、依頼だもんな。それに、俺も楽しいし。とりあえず、今はこの灰を埋めるか。あー、魔法が使えたらこんなの一瞬でできんのに。園長め、いつか仕返ししてやる。

 用意しておいたスコップを地面に突き刺した途端、左足に痛みが走った。チッ。これが治るまでは動けそうにねぇか。あの女との計画の続きは、この足を治してからだな。


 スコップを動かしながら今後のことを考え、俺は口元に笑みを浮かべた。

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