第二十五話 仲直り
「ただいま……」
いつもよりも暗い声でそう言って、ルミちゃんがリビングに入ってきた。その声だけで、ロイ君と仲直りできないでいることがわかる。
ぼくは荷物を置いて一階に下りてきたルミちゃんの手を取った。
「ルミちゃん! ロイ君と仲直りしよう!」
「え……でも、ロイ、アタシを避けてるみたいなの。近づいても、どっか行っちゃって……」
「じゃあ、ずっとこのままでもいいの?」
「よくないけど、どうしたらいいのっ。話聞いてくれないんだよ!」
ルミちゃんが少し声を荒くして言う。その顔は、本当にどうしていいかわからないようだった。二人はあんなに仲がよくて、何があっても笑い合っていたのに……その関係が少しでも壊れちゃうだけでこんなに近づくことが難しくなっちゃうんだ。二人のために、何とか仲を戻さなくちゃ。
「ぼく、ロイ君のとこ行ってくる!」
「あっ、ソラちゃん!」
ルミちゃんの手を離すと、ぼくは孤児園の飛び出した。
走って中学校まで行き、ロイ君を待つ。だけど、十分待ってもロイ君は出てこなかった。それどころか、誰の姿も見かけない。ここに来るまでに何人かの中学生は見たけど、ロイ君は見なかった。ってことは、どこかで寄り道してる? もしかして、ルミちゃんと一緒にいるのが気まずいから時間を潰しているのかな。でも、それだったらどこにいるんだろ? あー、ルミちゃんにロイ君がいそうな場所訊いてくればよかった。
後悔しながら孤児園に戻る。でも、ルミちゃんの姿はそこになかった。代わりにソファで外を眺めるシン君と、本を読んでいるピクちゃんがいた。
「あれ、ソラたん。ルミルミがソラたん探しに行ったけど」
「やっぱり……」
うぅ……。入れ違いになっちゃった。勢いで飛び出さなきゃよかった。ぼくの馬鹿ぁ……。
ピクちゃんにお礼を言うと、今度はルミちゃんを捜すために外に出た。うーん、ルミちゃん、ぼくを捜しにどこに行ったんだろ? ルミちゃんの行きそうな場所といえば……あ、違う。ぼくの行きそうな場所に探しに行ったんだよね。じゃあ、ぼくの行きそうな場所は……あれ?
も、もう一回考えよう。ルミちゃんは、ぼくが行きそうな場所に向かった。だから、ぼくがルミちゃんを捜すために向かう場所は……ルミちゃんが、ぼくが行くと予想した場所、でいいんだよね? となると、ルミちゃんはぼくがどこに向かったと思ったんだろ? んー、ロイ君と関係あって、ぼくが行くと予想された場所……工場?
とりあえず行ってみようと、ぼくは方向転換して駆けだした。
工場があったと思われる場所に着いた。なんで思われる、かというと、焼け残った工場の壁とか床はもう綺麗にされちゃったから。これから新しい家が建てられるんだって。
その場所で、ぼくはキョロキョロと辺りを見渡した。うーん、二人ともいないなぁ。
ため息をついて、その辺を歩く。ん? あれ、スターかな?
気づいたと同時に、スターもぼくを見て手を振ってきた。
「ソラ。ルミちゃんが捜してたよ」
「ほんと? どっち行った?」
「向こうの川の方に行ったよ。何かあったの?」
「そんなたいしたことじゃないんだけど……」
ぼくは、さっきロイ君を捜しに孤児園を飛び出したことを話した。すると、スターはちょっと怒ったような顔になった。え、何? ぼく変なこと言った?
「ソラ。何でそんなに人の事情に首突っ込もうとするの?」
「え……」
「それはルミちゃんとロイ君、二人の問題だよ」
「でも、ルミちゃんはすごく困ってるんだよ。ロイ君の誤解が解けないでいて……助けてあげたいじゃん!」
「お節介かもしれないよ? それに、そんなことしたらシンに……」
「わかってるよ。だけどぼくは、どうしても二人に仲良くなって欲しいんだ」
「……ロイ君、さっき川沿いに座ってたよ」
「……! ありがとう。ぼく、絶対に二人の仲戻して見せるから!」
スターにお礼を言って、ぼくは川沿い向かって走った。
スターの言っていた通り、ぼくのやっていることはお節介なのかもしれない。こんなことしたら、シン君に狙われるかもしれない。だって、シン君が工場爆発をルミちゃんのせいにしたのはルミちゃんとロイ君の仲を悪くする為で、今ぼくはシン君の邪魔をしているから。まあ、ぼくの予想だけど。それでもいいんだ。ルミちゃんとロイ君の、あんな寂しそうな、辛そうな表情が消えるのなら。
そう思い、草の上に足を置いた時、いきなり身体が傾いだ。
「う、わあああああ!」
ずるっと足が滑り、下り坂を転がり落ちる。
「痛たた……」
どうやら、考え事をしている間に川沿いにある坂まで来ていたみたい。ふぅ、怪我は……してないね。よかったぁ。
地面に座ったまま安堵の息をつく。そこで、頭上から見知った声が降ってきた。
「ソラ、大丈夫か?」
「え?」
見上げると、金髪の髪と兎耳が目に入る。って、ロイ君!?
「ロ、ロイ君。こんなとこにいたんだ」
「俺を捜していたのか?」
「うん。話があって」
いきなり捜していた人物にあってびっくりしちゃったけど、何とか話は出来そうみたい。心の準備は出来てないけど。
ロイ君はぼくの事を見た後、ぼくの隣に腰を下ろした。そして、ぼくより先に口を開く。
「話って言うのは、ルミの事か?」
「わかってたんだ」
ロイ君が川を見たまま頷く。
ぼくも、川を泳ぐ魚や鳥を見ながら声を発した。
「ルミちゃん、ロイ君と話せなくて寂しそうだったよ」
「知ってる。毎日、話しかけようとしてくれてた」
「じゃあ、なんで避けてるの?」
「……話を聞くのが怖いんだ。話を聞く準備が、出来てない」
「なんで? ルミちゃんのこと、疑ってるの?」
「わからない。ルミのことは信じたい。でも、もしかしてと思っている自分もいて……」
「真実を聞くのが怖い?」
「……ああ」
「でも、そうやって逃げたら何も解決しないよ」
「そうだよな」
「……本当はルミちゃんから聞くのがいいんだけど、ぼくから言っちゃうね」
ロイ君は、俯いたまま何も返事をしない。でも、耳を塞ぐわけでもないし、どこかに行くわけでもない。聞くつもりはあるみたい。
ぼくは深呼吸すると、真実を告げた。
「ルミちゃんがやった訳じゃないよ。あれはシン君が設置したの。ルミちゃん、あの日の前の晩にシン君に頼まれてあの花火を渡しちゃったみたい」
「……!」
はっとして顔を上げるロイ君。ぼくはそんな彼の目を見つめ、言葉を続けた。
「ロイ君は誤解してた、というか、ルミちゃんを信じられていなかったんだよ。そしてルミちゃんも、シン君に花火を渡しちゃったことと、自分が作った道具が人を殺したことに罪を感じている。それで、ロイ君にほんとの事を伝えられなかったんだ」
「ルミ……」
「二人とも、もっと相手のことを信じるべきだったんだよ。逃げずに、自分の思いを伝えればよかったんだよ。だって、二人は毎日一緒にいた、かけがえのない友達なんでしょ? ロイ君は、ルミちゃんのことよく知ってるんでしょ? 本当に、ルミちゃんがロイ君の大切なお姉ちゃんを殺したと思ったの?」
「……! そうだ。ルミが、そんなことするはずない」
「二人とも、ちょっと混乱してただけ。二人はすぐに仲良くなれる。今からでも、遅くないと思うよ」
「ああ……!」
ロイ君がぼくに向かって大きく頷き、立ち上がる。その時、後ろから地面を踏みしめる音が聞こえた。振り向くと、そこにはルミちゃんの姿が。ルミちゃんは、ぼくを見て安心した表情をした後、ロイ君を見て身体を強ばらした。
ぼくは立ち上がると、緊張した面持ちのロイ君の背中を押した。
「ルミちゃんも、同じ気持ちだよ」
「そうだな。……ルミ!」
ロイ君はルミちゃんを呼ぶと同時に駆けだし――彼女を抱きしめた。ルミちゃんの目が見開かれる。ロイ君はルミちゃんを抱きしめたまま、最初に謝った。
「ルミ、疑ってごめん。よく考えれば、ルミがあんなことするわけなかったんだ。信じ切れなくて、ごめん……!」
「ううん……アタシも、ロイを信じて話していればよかった。ロイが許してくれなかったらどうしようって、怖くて……ロイのお姉ちゃんが亡くなっちゃったから……」
「それ以上言うな。あれは、ルミのせいじゃないから」
「うん……ありがとう」
ルミちゃんが、いつもの笑顔をロイ君に見せた。ロイ君も、つられるようにして微笑んだ。
よかった、二人が仲直りできて。喧嘩をしていた訳じゃないんだけどね。
少し経つと、二人がこっちに歩いてきた。悩みがすっかり消えた、いい表情をしている。
「ソラ、ありがとう。俺、大切なことを思い出せたよ」
「アタシも。ソラちゃん、ありがとう」
「ううん。二人の仲が戻ってよかった。やっぱり、二人は笑ってなきゃ!」
そう言うと、ロイ君が照れたように微笑した。
それから、ぼく達は三人で孤児園に帰った。途中、ロイ君がぼくに話しかけてきた。
「ソラって、小学生っぽくないよな」
「え?」
「さっき、俺に訴えかけてくれた時の言葉、小学生から出る言葉じゃないだろ」
「そ、そうかな?」
ぼくは笑って誤魔化す。もしかしたら、ロイ君にぼくが前世の記憶を持ったまま転生したこと気づかれたかも……。まあ、気づかれて悪いことはないんだけど……。
ちょっと不安に思いながらロイ君を見ると、ロイ君は笑顔でルミちゃんと話していた。……気づかれていない、かな?
いつか話す日が来るかもしれないけど、今はこのままでいいよね?
* * *
ソラがルミを探しに行ってから数十分後、孤児園のチャイムが鳴った。俺は窓から扉に視線を移動させる。
俺の少し前で本を読んでいたピクが、扉を開けた。そこには、青色の髪の女が立っていた。……あの女、どっかで見たことあるような……。
「何か用ですか?」
「あの……カイはいますか?」
女がリビングに眺めながらそう訊ねる。ピクは女を見上げたまま首を振った。
「今はいないですけど……入って待ちますか?」
「いえ、大丈夫です。カイの様子を聞きに来ただけだから……」
「カー君は、すっごく元気ですよ!」
「……ありがとう」
女はピクの言葉に微笑を浮かべると、頭を下げてから孤児園を後にした。
ピクは「誰だったのかな?」と首を傾げながら座っていた位置に戻ると、読書を開始した。
青い髪にカイを気にしてる女か……そうえいば、カイに似てるな。ということは、カイの……いいところに来たな。次のターゲットは、あの女だ。フッ。思わず笑っちまうな。あの女をやったら、あいつはなんて顔するんだろうなぁ。
俺は立ち上がると、玄関を扉を開けた。
「あれ、シン君出かけるの?」
「ああ。ちょっと、遊んでくるぜ」
それだけピクに告げ、俺は孤児園の扉を閉めた。




