第二十三話 殺害と疑い
早朝五時。俺は机の前に立ち、わき起こる笑いを抑えられずにいる。
最初の計画は成功した。一人殺せなかったが、まあいいだろう。二人は俺の予想通り、あれからまだ一言も話していない。あの時の驚き、怒り、悲しみの表情。たまらないな……!
俺はロイとルミの情報が書いてある紙を捨て、もう二枚の紙を手にした。そこには、前にこの孤児園にいた一人の女の情報が書かれている。次はこいつを殺ろう。
寝ているラギを気にせず横を通り過ぎる。あいつは起きてようが寝ていようが、予知夢で俺の行動を見るからな。ま、誰にも言うことはないだろう。
だが、部屋の外には気をつけなければいけない奴がいる。園長だ。他の奴らは俺に何も出来ないが、あの男だけは別だ。魔法で気配と足音を消しているから気づかれることはないと思うが、一応慎重に行くか。まさか、この俺が慎重になる奴が現れるとはな。
玄関の前に立ち、一度振り返る。誰も気づいてはいないようだな。
外に出ると、昨日は雲に隠れていた太陽が俺を照らした。
周りには誰もいない。よし。
目を瞑り、呪文を唱える。転移する魔法は呪文が必要とか、めんどくせー。
呪文を半分まで口にした時、誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。
「チッ」
俺はいったん詠唱を中止する。誰だ?
壁に寄りかかって待っていると、今は会いたくねえ奴が駆けてくるのが視界に入った。そいつは俺の前まで来ると驚きに目を瞬き、笑顔を向けてきた。
「シンおに……シンさん!」
……はぁ。何でこいつは俺が殺そうとしたにも関わらずそんな顔をしてられんだ? 普通なら恐怖で近寄ってこねぇだろ。
アトは俺の顔を見て何を勘違いしたのか、小さく俯いた。
「あ、ごめんなさい。こんな朝早くから……迷惑でしたよね……」
「……何のようだ?」
俺はどうかしちまったのか? いつもならこんな奴、笑って迷惑だと言ってやんのに、そんな気になれなかった。でも、こいつの動作や顔を見ているとイライラしてくる。なんだ? この感じ。あー、余計に苛ついてきた。
そんな俺の気持ちも知らずに、アトは今度は控えめに微笑んだ。
「ぼく今、ランニングしてて……カイ君が起きてたら誘おうと思ってたんです」
「ランニング?」
「はい。ぼく、運動苦手なんで、少しでもカイ君に追いつけたらと思って……」
真面目だな。
そう思ったところではっとする。なに感心してんだ。
「あっそ。俺は用あるから」
「あ、はい」
アトは素直に俺の前から退くと、家のチャイムを鳴らした。俺は園長が出てくる前に立ち去る。チッ。アトのせいで遅くなっちまった。ま、この時間だからまだあの女もその家族も起きてはないと思うがな。
しかし、アトは……俺の弟と似てる。あの性格も、しゃべり方も。どうしても重ねてしまう。だからか、こんなに苛つくのは。このもやもやした感じは嫌いだ。早く解消したい。
孤児園から遠ざかったところで、俺はまた転移の呪文を唱えた。唱え終えたと同時に白い光が俺を包み込み、目を開けた時には違う場所に立っている。これが転移の魔法。瞬間移動とも言うな。
よし、行動を開始しよう。あの女の家はここか。
周りに人がいないことを確認し、俺は地面を蹴った。二メートル以上の高さを飛び、二階の窓を割って進入する。これぐらい簡単だ。
でっかい音を立てたため、ベッドで寝ていたターゲットが飛び起きた。
「え!? な、なにっ!?」
女――ハートは慌ててベッドから下り、俺をじっと見つめた。それから、声を上げる。
「え、シン君!? なんでわたしの家を……それに窓から!?」
相当混乱してるなぁ? その表情を恐怖に変えてやるぜ。
俺は魔法でナイフを出すと右手に握り、ハートとの距離を詰めた。
「やっ――」
さっきよりも大きな声を上げそうになるハートの口を塞ぐ。壁に押しつけ、ナイフを掲げて見せた。ハートの顔が歪み、見開かれた瞳に俺の姿が映る。ハートとは真逆の、楽しそうな笑みを浮かべた俺が。いや、楽しそう、じゃないな。実際楽しい。思わず笑っちまうほどな!
藻掻くハートを眺めた後、ナイフを勢いよく振り下ろした。服と共に肉を引き裂く。ハートは声にならない悲鳴を上げ、ナイフを抜くとどさりと床に倒れた。赤い液体が噴き出し、俺の腕と服を染める。心地いい。アトと会った時の苛つきが解消されていく。
俺はナイフに付いた血を振り払い、扉から離れた。少しして、バンッと音を立てて扉が開かれる。
「ハートちゃんっ、何かあったの!?」
ふぅん、こいつらがハートの里親か。ガラスの割れる音が聞こえて駆け込んできたんだろうけど、もう遅い。
俺は、ナイフに残った血を舐め、飛び込んできた女と男に声を掛けた。
「来んのがおせーよ。もうハートは逝っちまったぜ?」
「なんだお前はっ!?」
「知ったって意味ねぇよ? お前らは今から死ぬんだからなっ!」
腕を掴もうとする男の手を避け、俺は男の腹にナイフを深々と差し込んだ。それから横に引き裂く。男は声を上げることも出来ずに倒れ伏した。はっ、手応えねぇなぁ。
俺はそんな事を思いながら今度は女に回し蹴りを浴びせる。女は軽々と吹っ飛び、壁にぶち当たってから俯せに倒れた。予定よりも早く終わっちまったな。
ナイフを魔法で消し、銃を取り出す。フィナーレだ。
ハート、男、女に向かって銃弾を浴びせる。壁や床に血と肉が飛び散った。もうちっと遊びたかったが、まあいいか。
俺は近くの住人が気づいて家に入ってくる前に、転移の魔法を使って孤児園に戻った。その際、魔法で血を洗い、服を変える。
次は、誰をターゲットにしようか……。
* * *
ガンッ!
そんな音が聞こえ、ぼくは目を開いた。うー、眠い。今何時?
枕元の時計を見ると、五時十五分過ぎを指していた。まだこんな時間じゃん。一体誰……?
扉を開けると、ぼくの前を誰かがすごい速さで横切った。え、今の、ラギ君……? どうしたんだろ? 急いで外に出て行っちゃったけど……何かあった?
不思議に思い、ぼくはラギ君の後を追って孤児園から出た。そこで立ち止まる。園長先生が、ラギ君の肩に手を置いてゆっくりと首を振っていたから。ラギ君は目を見開いた後、悔しそうに俯いた。その横には、何故かカイ君とアト君の姿がある。え、どういう状況?
混乱しているのはカイ君とアト君も同じようで、ぼく達は目を合わせて首を傾げ、ラギ君の先生を見た。ラギ君はギュッと拳を握りしめると、先生を見上げる。
「先生も知ったんですか?」
「……うん」
「なら、なんで止めなかったんですか! ハートは……」
「ラギ君」
ラギ君の言葉を遮るように先生が彼の名前を呼ぶ。ラギ君ははっとしてぼくたち三人を見た。
……え、ハートちゃん? 今ハートちゃんの名前が出たよね?
カイ君もぼくと同じ事を思ったのか、ラギ君と先生に尋ねた。
「ハートがどうかしたのか?」
もしかして、ぼく達に会いに来るのかな?
期待して先生を見たけど、先生の表情は暗い。さっきのラギ君の剣幕も、普通じゃなかった。って事は……なんか、嫌な予感がする。
先生はぼく達を見回した後、小さく息を吐いてから静かに告げた。
「ハートちゃんが、殺された」
「……!?」
目の前が真っ暗になるかのようだった。足下がふらつき、立っていられなくなるぐらいのショックを感じた。
カイ君もアト君も信じられないように先生を見ている。
嘘だ。そう言いたかった。けど、ラギ君の表情と先生の目が、真実だと告げていた。だから、何も言えなかった。突然の出来事で涙すら出なかった。
「さっき、連絡が入ったんだよ。それで、今ラギ君に言ったんだ」
「え……」
何故か驚いた様子のラギ君だったけど、先生の話の方が重要だった。
「殺された場所はハートちゃんの家。犯人は……」
先生は少し間をおいた後、小さく首を振った。
「まだわからない」
その答えを聞いた時、ぼくの脳裏にシン君が浮かんだ。咄嗟に、シン君が犯人だと感じた。だって、シン君しか考えられないんだもん。昨日、ロイ君の親戚がいる工場を爆発させたし……今、ぼく達の友達であるハートちゃんが殺されるのは偶然だとは思えない!
ぼくは孤児園の中に戻ると、シン君を捜した。案の定、シン君の姿はない。やっぱり! こんな朝早くに部屋にいないのはおかしいよ!
そこで、玄関の扉が開いた。入ってきたのはシン君だった。
「シン君……。ねえ、ハートちゃんのところに行ったよね?」
「いや、行ってねーよ?」
「嘘つかないで!」
「ハートの家なんか場所知らねーし」
「でもっ……」
「シンさんは違うと思う」
玄関に立ち、アト君がぼくの顔色を窺うようにしながらそう言った。ぼくは思わず声を上げてしまった。
「なんで!?」
「ひっ……!」
「ソラちゃん、落ち着いて」
先生がぼくに優しく声を掛けた。ぼくは先生と怯えた表情のアト君を見て慌てて謝る。怒りとショックで我を忘れてたみたい……。
先生が改めてアト君に理由を問いかけると、アト君はシン君を仰視した。
「五時頃、ぼくとシンさんは孤児園の前で話してたんです。すぐ別れちゃったけど……ハートさんの家は近くなんですか?」
「いや、ここから車でも一時間はかかるよ」
「そんな遠くに行ってたらすぐ帰ってこれないと思うから……」
「つまり、俺にはアリバイがあるって事だ」
自信満々にそう行ったシン君は、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。すごく怪しい。けど、アリバイがあるのか。アト君が嘘つくわけないし……でも、アト君、前にシン君に襲われてたよね? 何でシン君を庇うんだろ? シン君に脅されて庇うように言われているとか……だけど、アト君って嘘つけなさそうだよね。演技なんて出来そうにないからなぁ……ぼく、何でこんなに疑い深くなってるんだろう?
本当に偶然で、シン君は関係ないんだよ。そう思いこもうとした時、シン君がぼくだけに見えるように手を出すのがわかった。今までポケットに入れていたその手の平には、赤い何かがついていた。瞬時に理解する。血だと。それも、ハートちゃんの血。絶対そうだ。どうやってハートちゃんのところに行ったのかはわからないけど、何か方法を使ったに違いない。
シン君は更に口角を上げると、二階に上がっていった。ラギ君も、無言のまま着いて行くように二階に行く。アト君はカイ君と何か話してから帰っていき、部屋にはぼくとカイ君、先生が残された。
「全員が起きたら、ハートちゃんのところに行こう」
先生はそれだけ言って、部屋に戻っていった。
先生が見えなくなった後、カイ君がぼくに近づいてきた。
「なあ、ソラはシンを疑ってんのか?」
「え……な、なんで?」
「旅行に行った時、俺が襲われたところ見ただろ? だから、シンを疑ってんのかと思ってな」
「カイ君は、どう思ってるの?」
「わかんねぇ。シンが外に行ってたのは怪しーけど、アトがシンを見てたし、アトは嘘つかねーけどシンは嘘つくからな。……俺は、どっちも疑いたくねーよ」
「そっか」
カイ君はそれだけ言うと、二度寝すると階段を上がっていった。カイ君らしい答えだね。ぼくも、出来ることなら疑いたくはないよ。でも……。
ぼくはもう一度寝る気は起きず、ソファでぼーっとハートちゃんのことを考えていた。
朝六時。全員を起こし、ハートちゃんの死が告げられた。愕然としながらも実感出来てないみんな。ぼくもまだ信じられずにいる。そんなみんなに、先生は今からハートちゃんの元に向かうと言った。
先生の大きな車に乗り、約一時間。目的地に到着したぼく達は、ハートちゃんと彼女の両親の有り様を見て目を見張った。それは、言葉に出来ないほど酷い状態だった。服と胸の部分に深い傷があり、頭と腕、足には銃で撃たれた跡がある。血で真っ赤に染まっていて、見ていられなかった。両親の方も、同じような状態だった。
「ハートちゃん……っ」
後ろで動けずにいたピンクちゃんが言葉を発した。ピンクちゃんはハートちゃんに歩み寄ると、その身体に触れ、びくりと肩が揺らした。少しして、嗚咽が聞こえてくる。背を向けているから多分だけど、ピンクちゃんは泣いている。だって、久しぶりにあった友達がこんな事になってるんだもん。それに、ピンクちゃんは一番ハートちゃんと仲がよかった。今、ハートちゃんに触れて、死を実感したんだ。そしたら、涙だって出てくるよ……。
ぼくも、自分の視界が歪むのがわかった。みんなが暗い顔をしている中、ピンクちゃんの横に並び、ハートちゃんの腕に触れる。冷たい。それに、銃弾の跡が痛々しい。ハートちゃんの表情は、決して穏やかではなかった。だって、殺されたんだもん……痛かったよね。怖かったよね……。なんで、ハートちゃんがこんな目に遭わないといけないんだ。何も、悪くないのに……っ。
数十分後、ハートちゃんに黙祷を捧げてからぼく達は孤児園に戻った。みんな、何も言わなかったけれど、ハートちゃんの死に納得していない。早く、犯人を捕まえないと。これ以上、何も起こらせたくない。
夜、ぼくはスターが寝たのを確認し、園長先生の部屋をノックした。もう、黙ってることなんて出来ない。先生に言おう。昨日と今日の事件の犯人を。
先生は扉を開いてぼくの様子を見ると、部屋から出て扉を閉めた。ぼくは先生を仰ぎ見て、口を開く。
「先生。突然ですけど……昨日の工場の爆発と、今日のハートちゃんの殺害。犯人は、シン君なんです」
先生は驚くことも慌てることもせず、じっとぼくを見つめた。それから、静かに頷いた。
「……知っているよ」
「……!? なら、なんで止めないんですか!?」
「ラギ君と同じことを言うんだね。……止められないからだよ」
「先生の力でも、ですか?」
「そうじゃない。私は……魔法を使って止めたり、私自身の手でシン君を拘束することはできないんだ」
「どうしてですか?」
「……その理由は答えられない」
「……先生は、そうやって何も教えてくれないんですね……ぼく達で解決しろということですか?」
「……」
先生は否定も肯定もしなかった。なんで答えられないの? 本当に、ぼく達で解決できると思っているの? だから、先生はぼく達を助けてくれないの? ……ロイ君の工場のこと、知ってたの? ハートちゃんを見殺しにしたの? 先生は何がしたいの? ぼく達に、何をして欲しいの……。
そんな疑問、思いが浮かんだせいが、ぼくは無意気うちにぽつりと呟いていた。
「先生は、味方なのか敵なのかわからないです」
「……!」
驚いた様子の先生から逃げるように部屋に駆け込むと、ぼくは布団にくるまった。
なんで、あんな事考えちゃったんだろう。なんであんなこと言っちゃったんだろう。先生は味方に決まってるよ。ぼく達孤児を拾ってくれて、育ててくれて、何かあると優しく微笑んで助けてくれた。今回は、何か理由があって助けられないんだ。先生自身もそう言ってたじゃん!
ぼくは先生の事を疑っている自分を叱咤し、心の中で謝りながら眠りについていった。
先生がぼくの何倍も悩んでいるということを、この時のぼくは知ることが出来なかった。




