第二十二話 悲痛
第三章に入りました。
ここからは展開が早く、より一層シリアスになると思われます。
今日も最高気温は三十五度。空が曇っているため、湿度も高くじめじめしている。
外に出る気が起きず、ぼくは窓の外に見える花の絵を描いていた。うん、こんな感じでいいかな。次は……あ、人でも描いてみようかな。
視線を移すと、椅子に座って薬を作る材料を仕分けしているルミちゃんが目に入った。……あれ? ルミちゃん、どうしたのかな。いつもは楽しそうに手を動かしているのに、今はなんだか不安そうな表情をしていた。何かあった?
スケッチブックを椅子の上に置き、ルミちゃんに近づく。肩に手を置くと、兎耳がびくりと揺れた。
「ソ、ソラちゃん」
「ルミちゃん、どういたの? 不安そうだけど、何かあった?」
「……ううん。何もないけど、朝から胸騒ぎがして……」
ルミちゃんは、昔から勘がいい。何かある前に、予知するかのように事件が起こる場所に走っていくことが多かった。今胸騒ぎがするって事は、これから何かが起こるってこと……?
そう考えた時、真っ先にシン君の姿が脳裏を横切った。でも、アト君を殺そうとしてから約一週間経ったけどシン君は何もしていない……もしかして、嵐の前の静けさ……?
ぼくはなんだか怖くなり、辺りを見渡した。シン君の姿はない。階段を上がり、シン君とラギ君の部屋に入る。部屋には誰もいない。シン君はやっぱり外にいる。それを確認した途端、嫌な予感がした。ルミちゃんの話を聞いたからか、シン君のことを考えたからかはわからないけど、シン君から目を話はいけない、そう感じた。さっきまで、全然そんなこと感じなかったのに……何も起こらないで欲しい。
そんなぼくの願いも虚しく、突如、爆発音が耳を劈いた。ち、近い……っ!
窓に駆け寄り、目を凝らす。すると、前方に真っ赤な炎と灰色の煙が見えた。あそこは……まさか、ロイ君達といった工場!?
場所を確認してすぐさま一階に下りる。
「ルミちゃんっ!」
ぼくは窓に顔を向けていたルミちゃんの手を引いた。ドアにぶつかるようにして外に出ると、迷いもせずに工場に走る。
何事かと集まる人々の間を駆け抜け、やっとの事で工場の前にたどり着いたぼく達は目の前の光景に愕然とした。
工場が……全焼していたのだ。窓は割れ、壁は黒く焦げて崩れている。炎は勢いを落とすことなく、周りの家まで燃やそうとしていた。
「君っ、危ないから近づいちゃ駄目だ!」
左から、男の人の声が聞こえた。視線を向けると、ロイ君が男の人を突き飛ばして工場に走っていくのがわかった。彼は工場の近くまで行くと、手の平を前に向けた。そこから水が発射される。ロイ君は魔法で炎を消そうとしているんだ!
「危ないっ!」
誰かが叫んだ途端、ロイ君のすぐそばに崩れた工場の屋根が落ちた。ぼくは動くことも、声を出すことも出来なかった。ただ、両手を胸の前で握りしめ、見ていることしかできなかった。
ロイ君は、自分が危ない目に遭っても逃げることなく炎を消そうとしている。その目は必死だった。そんなロイ君の元に、何人かの人が集まった。その人達はロイ君と同じく、魔法で水を出し、炎を消し始める。
数十分が過ぎた。炎はやっと消え去り、駆けつけた救急隊員によって怪我した人が病院に運ばれた。野次馬も家に戻り始め、跡形もなくなった工場の前にはぼくとルミちゃん、ロイ君が残された。
ロイ君は魔法を使ったためか、肩で息をしながら呆然と工場があった場所を見つめていた。ルミちゃんはそんなロイ君に駆け寄れず、心配そうな顔をしている。ぼくも、まだ動けずにいた。
だって、爆発音が聞こえるまでここには工場が建っていて、そこでおじさん達が働いていたんだよ。たくさんの機械が置いてあって、たくさんの人が協力しあってたんだよ。望遠鏡を、完成させようと頑張ってたんだよ。それが、こんな簡単に失われるなんてっ……。
その時、工場の反対側から二人、誰かが走ってくるのが見えた。あ、工場を作ったおじさんだ。もう一人は、誰だろ? 金髪をサイドテールにしている女の人だけど。
二人はぼくとルミちゃんの横を通り過ぎてロイ君の元に行くと、最初におじさんが口を開いた。
「ロイ君! 怪我はしなかったか?」
「おじさん。それに、キイ姉ちゃんも、なんで……」
ロイ君が不思議そうな声を出す。その声は、掠れていた。
女の人は多分、ロイ君のお姉ちゃんだろう。そのお姉ちゃんが、目を伏せながら口を開いた。
「……今日、あたし達、ここに遊びに来てたの。それで……」
「二人は……?」
キイさんが声を詰まらせると、ロイ君が震える声で訊いた。二人っていうのは、ロイ君のもう二人のお姉ちゃんのことかな。お姉ちゃん、三人いるみたいだし。
キイさんは少しの間視線を彷徨わせた後、涙が溜まった目をギュッと瞑った。
「二人は……あの爆発に巻き込まれてっ……!」
「……!」
見開かれたロイ君の瞳から涙が零れ落ちた。その目が、真実を確かめるようにおじさんに向けられる。おじさんは、顔を逸らして俯いた。
何も言わず、唇を震わせるロイ君。その横に、ルミちゃんが駆けていった。
「ロイ……」
「……っ!」
ロイ君はルミちゃんに顔を向けると同時にその後ろを見て、驚きの表情になった。ぼくは目線を追い、壊れた工場の中から誰かが――否、シン君が出てくるのを目にした。
ロイの表情が怒りに変わり、振り向いたルミちゃんが固まる。ぼくも、気が付けば身体に力が入っていた。
やっぱり、シン君が……?
シン君はぼく達を眺めた後、不敵な笑みを浮かべた。それは、ぼく達の反応を楽しむかのようで。
そんなシン君の口から、笑いを含んだ言葉が発せられた。
「災難だなぁ? 姉を二人もなくしちゃって」
「お前がやったんだろ!」
「俺がやった? そんな証拠がどこにあるんだ?」
「っ……!」
「さっき、爆発の原因を調べたんだが、火薬が詰め込まれた倉庫に火がついちまったみたいだぜ?」
「火薬倉庫に……? だが、あそこに火が入ったら警報が鳴るはず」
おじさんが不思議そうに口にすると、シン君は更に唇を吊り上げた。
「そうだな。だから、一瞬で火をつけられる物が設置されていたみたいだぜ」
「一瞬で火をつけられる物?」
ぼくは首を傾げる。警報が鳴る暇も与えずに火薬に火をつけたって事? そんな事が出来る物が存在するのかな?
そこまで考えた時、はっとした。思い当たる事がある。多分、それは誰かが作った道具。シン君の言った通り、一瞬で火をつけられる、ぼくも見たことがある物。そんな物を作れる――作った人は、ぼく達が知っている中では一人しかいない。でも、その人がシン君を協力するわけがない! ぼくの予感、外れて!
だけど、ぼくの思いを裏切るようにシン君は答えた。
「それはな、花火だ。ルミが作ったな」
「……!」
やっぱり、そうだった。ぼくの予感は、当たってしまった。多分、シン君が使った花火は去年の夏、ルミちゃんが作った物だろう。リモコンのボタンを押すだけで、火がつけられる吹き出し花火。ボタンを押さなければ火傷することがない、安全な花火だった。それが、こんな形で使われちゃうなんて……!
シン君の言葉の直後、誰かの息を呑む音が聞こえた。ぼくはルミちゃんを見る。ルミちゃんは、とても悲しそうな顔でシン君を見ていた。え……驚きがないってことは、知ってたって事……?
シン君はそれ以上何も言わずに、笑みを浮かべたまま立ち去ってしまった。
シン君の姿が見えなくなると、ロイ君がルミちゃんに首を巡らせた。
「ルミ……?」
その目は、本当のことかと訊いていた。ルミちゃんはその視線を受け止め、黙ったまま俯いた。やっぱり、悲しそうな顔をしたまま。
ロイ君はその行動を肯定と受け取ったらしい。「そうか……」と呟くと、孤児園の方向に歩いて言ってしまった。おじさんも心配そうにしていたけど、すぐに病院に行ってしまった。怪我した仲間の見舞いに行くみたい。
ぼくはルミちゃんと二人きりになると、ルミちゃんの肩を揺さぶった。
「ルミちゃん、どうして違うって言わなかったの!? あれはシン君がやったんでしょ!?」
「……うん。でも、あの花火を作ったのはアタシだから」
「だけど、シン君が勝手に奪って設置したんだからルミちゃんのせいじゃないよっ」
「……ううん、奪われたわけじゃないの。昨日の夜、シン君にあの花火を貸したの。ソラちゃんとスター君からシン君の話聞いてたのに、貸しちゃって……危ないことに使わないわけないのにね……」
酷く悲しそうな目で見つめられ、ぼくは声を出せなくなった。ルミちゃんは耳を垂らし、いつもは絶対見せない涙を流し、掠れた声を漏らした。
「あんな花火、作らなければよかった……!」
ルミちゃんが自分の作った物を否定する事なんて今まで一度もなかったのに……よっぽど悲しくて、辛い事だったんだと思う。ぼくだって、シン君のやったことは許せない。
ルミちゃんは涙を拭いながら、ぽつりと言った。
「本当は、アタシがやったんじゃないって否定したかったの。でも、アタシが作った物で人の命を奪っちゃったことは事実だから……。しかも、ロイのお姉ちゃんを……」
「ルミちゃん……」
「どうしよう。もう、ロイとは話せないね……」
ルミちゃんはそう言って自嘲気味に笑った。でも、それは笑顔にはなっていなかった。無理をしていることが、すぐにわかった。その姿があまりにも悲痛で、ぼくの視界は滲んだ。
泣いちゃ駄目っ。泣いたら、ルミちゃんに気を遣わせちゃう。支えなきゃいけないのはぼくなんだから。
けれど、ルミちゃんはぼくに気づいちゃったみたいで。
「ごめんね、ソラちゃん」
そっと、ぼくを抱き寄せてくれた。
ルミちゃんは今のぼく以上にショックを受けているのに、ぼくは何も言ってあげられない。それどころか、ぼくの方がこうして慰められている。どうしてこういう時、ぼくは何も出来ないんだろう。力になりたいのに、少しでも心を軽くしてあげたいと思ってるのに……!
自分が情けなくて、ぼくはルミちゃんの腕の中で涙声になりながら謝った。
「ごめんね……っ」
「どうして謝るの? ソラちゃんは何も悪くないよ」
「でもっ」
「こうして一緒に泣いてくれるだけで嬉しいよ。ありがとう」
……ルミちゃんは、強いなぁ。泣きながら、そんなことを思ってしまった。
その時、ぼくの頭に滴が落ちてきた。どうやら、雨が降ってきたみたい。だけど、ぼく達は帰ろうとせず、しばらく泣き続けていた。
曇った空と降り注ぐ雨は、ルミちゃんの心を映しているかのようだった。




