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異世界の孤児園  作者: 菖蒲 美瑠花
第二章 子供達の過去
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第十八話 家族

「ただいま~」


 四泊五日の長い旅行から、ぼく達は孤児園に帰ってきました~。みんな、自分の部屋に行ったりソファに腰掛けたりする。ぼくも、リュックを机に置いて椅子に座った。ふぅ~、やっぱり孤児園が一番落ち着くね。

 少し休んだ後、ぼくは自分の部屋に行った。リュックを机の上に置き、中身を取り出す。スケッチブックと鉛筆、消しゴム。水筒、タオル、財布……うん、忘れた物はないね。衣服は園長先生が後から持ってきてくれるみたいだし。

 もう何も入ってないかな、とリュックに手を突っ込むと、硬い物が指先に当たった。そうだ、剣のことを忘れてた。この剣、旅行中も特訓に使ってたんだよね。あんまり使う時間がなくて、旅館に着いた次の日の朝に振っただけだけど。山頂は木があんまりなかったし、朝だから誰もいなくてすごく振りやすかった。あ、でも、旅館の入り口のところにカイ君とピクちゃんの姿を見たな。二人で何話してたんだろう? 声かけようと思ったけど剣持ってたし、それにカイ君が項垂うなだれていて、二人のところに行きづらかったんだよね。あんまり他人のこと首突っ込むのはよくないかなとも思って、剣の特訓に戻ったんだ。

 ぼくはリュックを机の横に掛けると、剣を机の上に置いて、数日前みたいにじっと見つめた。これを、使うときが来た。あの夜から、ずっと考えてたんだ。シン君は、放って置いちゃいけない気がするって。カイ君を殺そうとしてたし、その前は先生を殺そうとしてた。これから先、何をするかわからない。ぼくなんかが止められる気はしないけど……戦おうと思う。この剣で。もしかしたら、殺してしまうかもしれない。みんなに、避けられたり嫌われたりするかもしれない。それでも、みんなが殺されるよりはマシだ。

 ギュッと剣の柄を握りしめたとき、下の階から園長先生の声が聞こえてきた。


「みんな、昼食だよ」


 ぼくは咄嗟とっさに剣を机の下に隠すと、返事をしてリビングに行った。戦いの前に昼ご飯だ。腹が減っては戦は出来ぬってね。……震えているのは、気のせいだよ……みんなに、特に心を読めるスターとルークに気づかれないようにしなきゃ。

 昼ご飯は冷やし中華だった。この世界には中国がないのに、中華って名前が付いてるんだよね。何か不思議。

 みんなで、旅行の感想を言いながら食べる。この旅行はすごく色んなことがあったから、会話が途切れることはなかった。行く前よりも、仲良くなった気がする。

 そんななか、最初に食べ終わった先生が立ち上がった。


「じゃあ、私はすることがあるから部屋に行くね。何かあったら部屋の扉をノックするように」


 先生はそれだけ告げると、二階に上がっていった。先生が部屋に籠もるのはよくあることだから、ぼく達は適当に返事をして食事を続けた。

 食べ終わったぼくは、剣を取りに行こうと腰を浮かせた。そこで、シン君が外に出て行くのが目に入る。これはチャンスかも。着いて行って、孤児園から離れたところで戦いを挑もう。

 二階に上がり、剣にリュックにしまって背負う。よし……。


「あ、ソラちゃん!」

「っ……!?」


 ぼくは勢いよく振り返り、声を掛けた人物を見て安堵の息を漏らした。


「な、なんだ。ルミちゃんか……びっくりしたぁ」

「……? 何かしてたの?」

「え、あ、ううん。ちょっとぼーっとしてて……それで、何か用?」

「あのね、これからロイが前に住んでた家の近くの工場に行くんだけど、ソラちゃんも行く?」

「工場?」


 ぼくが訊くと、ルミちゃんが笑顔で説明してくれた。

 ここから木のトンネルがある道の反対の方向を行ったところに、大きな工場がある。そこに、ロイ君が親を亡くす前まで住んでいた家があるらしい。もう他の人が住んでいるらしいけど、時々、その家の前でロイ君はお姉ちゃん達と会っているみたい。その時に、工場で働いている親戚の人と話したり、遊んだりしていて……今日、夏休みということでその工場に行くんだって。


「まあ、今日は姉ちゃん達は来ないんだけどな」


 ルミちゃんの後ろにいたロイ君が口を開く。ぼくは二人を見てまた首を傾げた。


「でも、ぼくが行ってもいいの? 全然関係ないのに」

「うん! 工場のみんなが、ロイの友達が見たいって」

「そっか。じゃあ……行こうかな」


 シン君と戦うのは、今じゃなくてもいいしね……いや、駄目だ。怖がって先延ばしにしてたら、今度は本当に誰かが殺されちゃうかもしれない。今日、やらないと。

 やっぱり断ろうとルミちゃんを見たとき、ルミちゃんが満面な笑みをぼくに向けてきた。


「ありがとう! じゃあ、早速出発!」


 ぼくとロイ君の手を引くルミちゃん。うぅ……あんな嬉しそうな顔されたら断れないよ。仕方ない、ぼくがうっかり返事しちゃったんだし、今日は二人と過ごそう。そう、仕方ないんだ。

 孤児園から出ると、道がわからないぼくはルミちゃんに着いて行った。


「ルミちゃんは、工場に行ったことがあるの?」

「うんっ! 前にロイにつれてってもらったんだ」

「へぇ。何してるところなの?」

「機械を作ってる工場だ。結構危険な物も扱ってるけど、今は望遠鏡を作っているから入っても大丈夫らしい」

「すごい、望遠鏡作ってるんだぁ。そういえば、ロイ君ってお姉ちゃん何人にいるの?」

「三人だ。全員、違う場所に住んでいる」


 病気で親を亡くしたロイ君は、姉弟四人ともばらばらに引き取られたらしい。一人になって孤児園に来たロイ君は、ずっとぼくやスター達と打ち解けずにいた。そこに、ルミちゃんが入ってきた。ルミちゃんは、親と離れたにも関わらず、明るくみんなに話しかけていた。もちろん、ロイ君にも。その姿を見て、ロイ君は元気をもらったみたい。話しかけたら、ルミちゃんはこころよく受け入れてくれたんだって。

 会話をしながら歩いていると、ふと見覚えのある人が視界に入った。あれ、シン君じゃない? 

 ロイ君とルミちゃんは気づかずに先に進んでいく。二人を追いながら、ぼくはシン君に目をやった。ん? シン君の前に誰かいる。あれは……アト君? なんで二人が一緒に? 


「ソラちゃん、どうしたの?」


 シン君を見てると、振り返ったルミちゃんが声を掛けてきた。二人のことは気になるけど、今はロイ君達の方が優先だよね。シン君、ただアト君と話しているだけみたいだし。

 ぼくは「なんでもない」と首を振ると、二人の横に並んだ。

 数分すると、前方に大きな建物が見えてきた。次第に、機械音が聞こえてくる。あれが工場か。工場の前には何か荷物を運んでいる男の人がいた。ルミちゃんがその人に手を振る。


「おじさーん! 遊びに来たよ!」

「おー、ルミちゃん。久しぶり」


 その男の人は荷物を置くと、近寄ったルミちゃんの頭を撫でた。ルミちゃんは幼い子のように笑顔を見せる。

 ぼくとロイ君も、ルミちゃんの後に続いた。


「久しぶりです」

「ロイ君も久しぶり。その子は友達?」

「はい」

「ソラです。初めまして」

「初めまして。いつも通り中に入っていいからな」


 当然のように工場の入り口を指さし、作業に戻る男の人。やっぱり、仲がいいからなのかな。ロイ君とルミちゃんは、男の人に手を振って工場内に入っていった。ぼくは慌てて二人に着いて行く。

 工場の中にはたくさんの大きな機械が置いてあった。それぞれに操作するパソコンみたいな物が付いている。そこで操作したり、何かを運んだりしている人がいた。みんな、ロイ君を見るなり笑顔で声を掛けてきた。この工場のみんなと知り合いだなんて、すごいなぁ。

 回りながら、ロイ君に機械の紹介をしてもらった。中学生が説明してるはずなのに、難しくてよくわからなかった。ぼく、精神年齢高校生なのに……けど、ロイ君が機械好きだということはわかった。機械を作ることも好きで得意らしい。

 すべて回り終えたぼく達は、鉄の階段を上がって二階に行った。そこは小さな家のようになっていた。扉があって、中に入ると玄関。奥に進むとキッチン、リビング、寝室があった。


「ここは、この工場を作った人の部屋で、小さい頃よく遊びに来てたんだ」

「へぇ~。作った人って誰?」

「さっき工場の前であった人だ」

「え、あの人がここを作ったの!?」

「ああ」


 すごい。穏やかそうで、そんな人に見えなかった。人って見た目によらないなぁ。

 ロイ君が懐かしそうに部屋を見て回る。遊びに来ても、毎回この部屋には入らなかったみたい。


「お、三人ともここにいたのか」

「あ、おじさん!」


 ルミちゃんがパッと振り返る。あ、さっき工場の前にいた人――この工場の作った人だ。

 男の人はキッチンの冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、三つのコップについでぼく達に手渡した。お礼を言って受け取ったぼく達は、リビングの座布団に座る。男の人は缶コーヒーを手にぼく達の前に座ると、一口飲んでからぼくを見て口を開いた。


「どうだ? 工場見学は楽しかった?」

「あ、はい。色んな機械を扱ってて、すごいなって」

「ありがとう。……ところでロイ君とルミちゃん。孤児園での生活は楽しい?」

「うん! でも、なんで?」

「最近、機械が売れるようになってな。生活に余裕が出来たから、ロイ君とルミちゃんを引き取ろうと考えたんだ」


 驚きの表情を見せるルミちゃんとロイ君。ぼくも、びっくりして思わずジュースを落としそうになってしまった。

 しばらくの沈黙の後、男の人……もうおじさんでいいかな。おじさんは「どうかな?」って訊いてきた。ロイ君はルミちゃんと顔を見合わせた後、声を発する。


「おじさんはすごくいい人だし、嬉しいって思いました。でも、孤児園のみんなも大切な家族だから……少し考えさせて下さい」

「わかった。ごめんな、いきなりこんな話して」

「ううん! 嬉しかったよ!」

「そっか、ありがとう。返事はゆっくりでいいよ」

「はい」


 ロイ君、ぼく達のこと大切な家族と思ってくれてたなんて……すごく嬉しい。思わず笑みが漏れてしまう。

 ぼく達は、その後もおじさんと色んな話をした。まあ、大体がロイ君とルミちゃんとか、機械の話題だったけど。聞いているだけでも楽しかった。

 夕方、おじさんと別れ、孤児園に帰る。二人は行くときと同じく仲良く話してたけど、その内容はさっきおじさんが言っていたことだった。つまり、引き取られるかって話。二人の問題だから、ぼくは口を挟まずに二人の後ろを歩く。

 孤児園が見えてきたところで、ぼくの耳に何か揉めているかような声が入った。気になり、辺りを見渡すけど誰も見えない。でも、確かに聞こえてくる。こういうのが聞こえてくると、すごく気になっちゃうんだよね。

 ぼくはロイ君とルミちゃんに「先帰ってて」と伝えると、声の方に走った。あの家の、裏側の道から聞こえてくる。

 裏に回ったぼくの目に飛び込んできたのは、短剣を持つシン君と、そのシン君に胸ぐらを掴まれているアト君の姿だった。アト君が何かを泣き叫んでいるけど、シン君はそれを冷たい目で見つめているだけ。

 ぼくは剣を取り出すと、リュックを放り投げて二人の方に全力で走った。アト君とシン君の間に無理矢理入り、振り下ろされたナイフを剣の腹で受け止める。シン君は目を見開くと、アト君を掴んでいた手を離して後ろに下がった。


「またお前か。よく俺の邪魔をするな」

「君が人を殺そうとするからだよ。アト君、大丈夫?」

「う、うん……」


 ぼくはアト君に逃げるように言うと、剣を構えてシン君と対峙たいじした。シン君はぼくを見て、にやりと口角をあげる。


「俺と戦う気か?」

「そうだよ」

「それは、スターの親を殺したかたきか? それとも、カイを殺そうとした仕返しか?」

「……どっちも。君を、放って置いちゃいけない気がするんだ」

「だが、お前に俺は殺せないぜ!」


 バッとシン君がぼくとの距離を詰めた。反射的に剣を動かし、ぼくの首を狙った短剣を受け流す。すっと引かれる短剣。はっとしたと同時に、すごい速さでぼくの顔狙って突き出してきた。剣で受け止めながら身体を動かし、剣を避ける。それでも、短剣はぼくの服やスカート、皮膚を切った。時々飛んでくる拳や蹴りが、ぼくの身体に痣を作る。

 痛みに耐え、しゃがみ、転がりながらシン君の隙を探った。そんななか、シン君の剣が外れた。今だ!

 ぼくはしゃがんでいる体制から剣を振り上げた。剣が、シン君のあごに向かう。瞬間、ぼくの頭に過去の出来事がフラッシュバックした。

 噴き出す血。骨の折れる音。光をなくした目。肉を引き裂いた感触――。

 シン君を斬る寸前で、ぼくの手が止まった。手が汗ばみ、身体が震える。

 シン君がフッと鼻で笑った。


「さっきも言っただろ。お前は俺を殺せない。その過去があるかぎりな」


 そう、ぼくには、人を殺した過去がある。この世界に生まれたばかりの幼い頃、園長先生と剣の特訓をしてたとき、誤って人を殺してしまった。それで、ぼくは剣を使うのが怖くなって、孤児園の庭に隠したんだ。

 でも、今は違う。あのときみたいに、誤りで殺すんじゃない。ぼくの意志で、シン君を殺すんだ。それなのに、そう思ってるのに、なんで身体が動かないの……!

 シン君がぼくの剣を蹴り上げた。ぼくの手から離れた剣が、回転しながら宙に浮き、地面に転がる。あ、ぼくの大切な剣が……。

 立ち上がったとき、シン君が短剣を振り上げた。鈍い音がした直後、ぼくの首筋に痛みが走る。ぼくはなすすべもなく、俯せに倒れた。


「お前はまだ殺さないでやるよ」


 薄れゆく意識の中、そんなシン君の言葉を聞いたけど、その意味を考えることは出来なかった。


 ごめん、スター。かたき、取れなかったよ……。

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