第十七話 旅行―手紙―
がっと首を捕まれ、床に叩きつけられる。赤い眼でこっちを見る奴は不気味に笑っていた。そいつが右手に持っているのは、包丁。
何持ってんだよ……それ、人を殺せるんだぞ……。
言いたいのに、声が出ない。苦しい。そいつの、包丁を持っている手が振り上げられる。何をするつもりだ……やめろ……。
笑い声が振ってくる。包丁の刃先がこっちを向く。手の力が強まる。逃げられないまま、そいつの腕が振り下ろされて――。
「うわああああああ!!」
おれは叫びながら馬乗りになっているシンを退けようと左に転がった。そこでガツン、と頭を打つ。痛てーけど、それどころじゃねぇ。逃げなきゃ殺される。
ダンッと床に手をついて身体を起こす。そんなおれの目に入ってきたのは太陽の光。……ん? 朝?
立ったまま後ろを向くけど、シンはそこにいなかった。ついでにここは真っ暗でも廊下でもない。足下にはスターとルークが寝てるし。少し離れたとこにはロイとラギもいる。
なんだ、さっきのは夢だったのか……。あー、怖かったぁ……。
布団の上に座り、息をつく。てか頭痛てー。横に転がったとき、壁にぶつかったのか。
それにしても、夜中のあれは何だったんだ? 夢、じゃねーよな……?
確かめるため、部屋にある鏡で首を見る。あ、ちょっと跡残ってる。やっぱおれ、シンに首絞められたのか。でもなんでだ? おれなんか嫌なことでもしたか? でもシンは最初、園長先生の部屋に向かってたよな。包丁持って……まさか、殺すつもりだったとか? そんで、邪魔したおれのことも殺そうとして……じゃあ、ソラいなったらおれ殺されてんじゃねーか……。
考えただけで足が震える。今シンがいなくてよかった。どこに行ったかしらねーけど、いたらおれはすぐ部屋を飛び出してる。こんなんだからルークに呆れられちまうんだろうな。
……なんか、一人でいたくねーな。かといってルーク起こしたら怒られそうだし……っていうか今何時だ?
ラギの枕元にある目覚まし時計は五時を指していた。って五時!? 早っ! おれこんな早く起きるの初めてだ。
あー、じゃあ誰も起きてねーかぁ。でも、ここにいたらいつかシンが戻ってきそうだよな……アトにでも会いに行くか。あいつ早起きだし。
ドアを開け、おれは廊下にシンがいないことを確かめた。うわぁ、おれこんなビビリだったっけ?
えっと、確かアトが泊まってる部屋はカウンターの奥の部屋だっけ?
入り口近くのカウンターのところに行き、ドアをノックする。
「おーい、アト。起きてるか?」
……返事はない。さすがにまだ寝てるか。んー、じゃあ、何しよう?
と、辺りを見渡したとき、壁際にあるソファに誰か座っているのが見えた。相手もおれに気づいたみたいで、手を振ってきた。
「カー君。早いね」
「なんだ、ピクか」
シンじゃなくてよかった。
おれはピクの隣に座ると、ピクが読んでいた本を覗いた。うわ、字が小さいし分厚い。よくこんなの読めんな~。
「あれ、カー君首の傷どうしたの?」
本を閉じ、ピクがおれの首を見て聞いてきた。昨日の夜のこと、ピクに話してもいいのか? あんま人に話すなってソラに言われたから、簡単に話していいことじゃねーだろうからな……。
おれは少し迷って、結局話すことにした。言い訳はしねぇ。誰かに聞いて欲しかったんだ。
「夜中、シンに襲われたんだ。首絞められて、包丁で刺されそーになって……」
「は……?」
「嘘じゃねーよ? そんで、ソラに助けられたんだ。シン、包丁持って園長先生の部屋行こうとしてた」
「なんで?」
「知らねーよ。止めたら刺されそうになったんだ。そのせいでこえー夢見ちまったよ」
「そーなんだぁ」
「軽っ! ……お前、おれの妹に似てんな」
「カー君妹いたんだ」
「おう。おれの二つ下でな。おれと同じ青色の髪してたんだ――」
おれは聞かれてもいないのに、家族の話を始めた。多分、これも誰かに聞いて欲しかったんだろうな。
おれは、孤児園から北に行ったところにある、小さな村で生まれた。おれの母さんはすっげー貧乏だったから、病院に行けなくて家で生んだらしい。村では無事生まれてくる子供が五人に一人って言われてたから、おれはスゲー大切に育てられたんだって。母さんだけじゃなくて、村の人たちも貧乏だったから、みんな病院に行けなくて、無事に生まれてこれねー子供がいたんだ。
村の人は、おれの母さんの手伝いとかをしてくれた。でも、中には母さんを悪く言う奴がいたみたいだ。なんであの人だけ子供が無事に生まれるんだ。なんで子供が一人生まれたくらいで、あんなに親切にされるんだ、って。みんな嫉妬してるって、婆ちゃんが言ってた。しかも、そのときのおれはかなりわがままで自分勝手だったから、さらに責められたって。おれが悪いのに、全部母さんのせいにするんだ。でもな、母さんはおれに怒らなかったんだ。
そんで、おれが三歳になったとき、妹が生まれたんだ。おれが、ユイって言う名前をつけた。
嬉しかったぜ。母さんが仕事でいねーとき、いつも暇だったからな。おれはそれから、兄ちゃんとして妹の世話をしたんだ。わがままを言わねーようにして、妹の手本になるように好き嫌いとかもなくして……頑張ったんだぜ? そうすれば、母さんが安心すると思ったんだ。母さん、二人の子供を無事に産んだから、丈夫だってすげー褒められてたけど、陰で悪口とかも言われてたみたいだったからな。
だけどな、二人子供がいるってことは、食べ物がもっとたくさんいるってことだったんだ。そのときのおれは、そんなこと知らなかったんだけどな。しかも、婆ちゃんが年で死んじまった。その日からだ。母さんが変わっちまったのは。仕事がうまくいかなくなって、食べられるもんが減った。そんで、少しお腹減ったって呟くだけで「仕方ないでしょ!」って怒るようになったんだ。妹が泣くと、うるさいって物を投げて……。
そんでおれ、母さんを困らせないように、静かにしてようとしたんだ。ユイが不安にならないように、強がってた。五歳になったばかりだったのにスゲー考えてたんだなぁって、今になって思うんだ。自分のことなのに。
そんなおれだったんだけど、一回だけユイの前で弱音を吐いたんだ。母さんが仕事に出かけた後にな、ユイに向かって言ったんだ。
「また怒られちゃった。母さん、おれのこと嫌いなのかな……」
そしたらな、ユイはおれに笑いかけたんだ。
「おかーさん、ねんねのときに言ってたよ。おにーちゃんもユイも好きって。あと、ごめんねって言ってたの。だからね、嫌いじゃないの。だからね、だいじょーぶなの」
「え、ほんと? 母さんが言ってたの?」
「うん。ユイもね、おかーさんとおにーちゃん、好き~」
ふわって笑うユイはな、頭よくて、スゲーかわいかったんだ。
安心したおれは、母さんが帰ってくるまで笑顔で入れた。そのとき、帰ってきた母さんに好きって言おうって思ってたんだ。そんで、帰ってきた母さんにいったんだ。「好き」って。でも、母さんからの返事は「ごめんね」だった。
次の日だ。おれが……母さんに置いて行かれた日は。
朝起きたら、荷物がまとめられてたんだ。母さんは外で知らない男と話してて、ユイは母さんに抱かれて眠ってた。おれは嫌な予感がしたんだろうな。母さんに駆け寄った。
「母さん? どっか行くの? その人誰?」
「……心配しないで大丈夫よ。この人は悪い人じゃないから」
母さんはおれにそう言ったら、家に入っていった。男は家から離れていった。だからおれは、何でもないんだと安心した。でも、それがいけなかったんだ……昼寝から目を覚ましたら、家に誰もいなかったんだ。
「母さん……?」
呼びかけても、誰も答えない。荷物もなくなっていて、ユイもいなくて、慌てて家を飛び出したらな、村の奴らがこそこそと話してたんだ。おれの母さんが、怪しい奴と取引してたとか、盗みをしてたとか。後、子供を捨てたって。みんな、おれを変な目で見てんだ。そんで、言いたい放題、母さんの悪口言ってんだ……! おれはそこでわかったんだ。母さんは、こんな敵だらけの村から逃げたんだって。ユイを守るために。それで、二人も子供を連れて行けないから、わがまま言って迷惑かけてたおれを置いてたんだって。おれの頑張りは、無駄だったんだ。
おれさ、最初、母さんは悪くない。悪いのは村の奴なんだって思ってたんだ。母さんの悪口言って、全然助けてくれなくて、でも母さんは村の奴の悪口なんか一言も口に出さなくて……相談する相手も、いなかったんだ。だから、仕方ないんだって。村から逃げるのも、頭がいいユイだけ連れて行くのも……。
おれが捨てられた次の日に、母さんと話してた男が来た。男は、一人でいたおれを連れて行ったんだ。孤児園に。ああ、男は園長先生だった。
今思うと、その時のおれは馬鹿だったんだよなぁ。まるで、この世界にいるすべての人間が悪いみたいに、すごく人を憎んでたんだ。母さんに優しくしてくれた人のことを、忘れてた。
居場所をくれた先生にも酷いこと言って、孤児園にいたソラとスター、ルークの三人にも八つ当たりして……。
でもある日、ルークがおれを助けてくれたんだ。それからだな。ルークと一緒にいるようになったのは。それで、世界には悪い奴もいるけど、いい奴もいるってことを知ったんだ。
村の奴は、いい奴もいるけど、まだ許せない。でも、あいつらもいろいろ大変だから、おれの母さんみたいにイライラしてたのかなって思うこともあるんだ。
でな、おれは誰か困っている人がいたり、落ち込んだりしてる人がいたら、ぜってー助けてやろうと思うんだ!
話し終えたおれは、ふぅと息をついた。
「わりぃ、話しすぎた。ただピクがユイに似てたっていうだけだったのに、こんなに話しちまったよ」
「カー君頑張ったんだね」
「おう」
気を遣わないで、ただそう言ってくれて、すごくありがたかった。だから、話せたのかもしれねーな。なんて、こんな台詞聞いたらルークがびっくりするかもな。おれも、ちょっとは成長したんだぜ?
ピクには感謝だな。少し心が軽くなったし、昔の記憶を思い出してもう一回自分の気持ちを確かめられたぜ。
ぐぅーっと伸びをしてソファに寄りかかる。その時、おれ達の方に歩いてくる人がいた。シンか? と、思わず身構えちまったけど、シンじゃなかった。園長先生だった。
「二人とも、早いね」
「せんせー、おはようございます」
「おはよう。二人で、過去話してたのかい?」
「え、何で知ってんだ?」
「んー……ごめん。聞いてた」
先生は笑うと、おれの隣に座った。あれ、いつもの先生と違う気がする、のはおれの気のせいか?
おれが先生を見てると、先生はポケットから紙を取り出した。
「これ、なんだかわかるかい?」
「え? あー、手紙か?」
「そう、カイ君宛の手紙」
「おれ宛の?」
おれは畳んである手紙を受け取ると、ゆっくりと広げた。昔にかかれた物なのか、すぐ破れちまいそうだ。
広げて、最初の字を見たおれは思わず声を上げた。
「これ、母さんの字! じゃあ、これは母さんからの……?」
「そう。カイ君が強くなったときに渡してくれって、頼まれてね」
おれは手紙をしっかりと持ち、母さんの字を目で追った。手紙には、こう書かれていた。
『カイへ。ごめんなさい。一人で家に残してしまって。本当は、カイとユイ、二人とも連れて行きたかった。でもね、出来なかったの。食べ物も寝る場所も、十分に与えられない。そんな母さんじゃ、二人を育てることなんてできないと思って。それで、母さんの初めての子供であるカイには生きて欲しかったから、園長先生に預けたの。丈夫に、強く生きてね。母さんは、ユイと一緒に、カイのことをいつまででも想っているわ。こんな母さんだけど、もう嫌いになっているかもしれないけど、許して欲しいな。母より』
「……どういうことだ? 母さんは、おれを捨てた訳じゃなかったのか……?」
おれは母さんの手紙を握りしめて、先生を見た。
先生は、おれを見て、深く頷いた。
「そうだよ。君のお母さんはね、あの村を出る直前までカイ君かユイちゃん、どちらを連れて行くか迷っていたんだ。そこで私に出会って、安全に暮らしていける孤児園にカイ君を預けることにしたんだよ。だから、君は見捨てられた訳じゃないんだ。今も、この世界のどこかでカイ君のことを想ってくれているはずだよ」
「そう、だったのか……。おれは、存在してよかったんだ……おれの頑張りは、無駄じゃなかったんだな……?」
「そうなんだよ、カー君!」
そっか。母さんは今も、おれの事を……じゃあユイも、おれのことを覚えててくれてんのかな。まだ、おれのことをお兄ちゃんって、呼んでくれるかな。母さんも、おれを抱きしめて、頭撫でで、大きくなったねって。強くなったねって。頑張ったねって、褒めてくれるのかな……会いたい。会いたいよぅ……。
今まで、どっかにしまっていた悲しみとか、寂しさとか、悔しさという感情が、涙となっておれの膝に落ちたのだった。
今回は、カイ君視点の過去話でした。何か、カイ君の過去で気になったことがあれば、感想等で知らせて下さい。




