第十六話 旅行―肝試し―
先生が持つたいまつの光の中、ぼく達はある場所に向かって歩いていた。夜のためか辺りは真っ暗で、少し肌寒い。曇っているから、今日は星と月が見えなかった。
歩きながら、ぼくはみんなの様子を窺った。スターとルークは今から行くところを楽しみにしていて、ピクちゃん、ロイ君、ルミちゃんは笑顔を見せている。ピンクちゃんとラギ君は何か話していて、シン君は一番後ろから着いてきている。そして、唯一ぼく達と違う反応を見せているのが、カイ君。青ざめ、すごく嫌そうな顔をしながらルークに連れられるようにして歩いていた。
「みんな、到着したよ」
先頭を歩いていた園長先生が振り返った。ぼく達は立ち止まり、辺りを見る。そこは、山の森の奥にあるお墓。更に奥には古びたお寺があるらしい。
そう、ぼく達は肝試しをしに来たのです! 先生が話し出したお墓の話にスターが反応して、ここで肝試しすることになったんだ。
それにしても、こんなところにお墓があるなんて、ちょっと不気味。本物の幽霊とかいたらどうしよ……。
「じゃあ、ペアと順番を決めよ~」
怖いなんて思っていないスターが、リュックから紙と鉛筆を取り出してなにやら書き始めた。覗くと、そこには十本の縦線があり、線の下には番号がばらばらに書かれていた。うん、予想していた通り、あみだくじだね。
「ソラ、どこでもいいから名前書いて~」
「うん」
ぼくの次はルーク。その次はカイ君と、全員が名前を書いた。その後、縦線と縦線の間に何本か横線を引き、スターが線の上を指でなぞり始めた。
「えーっと、最初のペアはピンクちゃんとルミちゃん!」
「頑張ろうね、ルミちゃん」
「うんっ、楽しみだね!」
「次は、ピクちゃんとラギ君~」
「ラギか~。よろしく!」
「ああ、よろしく」
「次がぼくとシンだね。んで、四番目がソラとルーク」
「肝試しでもお前となのか……」
「何でそんな嫌そうなの!?」
「最後がカイ君とロイ君~」
「最後は怖いな、きっと」
「えっ!?」
最後という言葉に安心しかけたカイ君が、ロイ君の台詞にびくっと方を震わせる。にやっと笑うルーク。
「ま、頑張れよ」
「お、おう!」
……ていうか、スターとシン君がペアなのか。ちょっと不安だけど、あみだくじだから仕方ない。
ペアが決まったぼく達は先生から説明を聞いた。お墓の中をまっすぐ歩いていくと、お寺の入り口が見えてくるらしい。そこに汚れたコインが置いてあるから、それを近くに置いてあるバケツの水で洗って、お墓の外側を回り込むようにして戻ってくるんだって。
説明し終えると、先生は持っていたバッグからトランシーバーのような物を取り出した。何かあったときはこれを使って先生に連絡を取ればいいみたい。
「あと、その機械は道を間違えると振動するからね。道を外れないよう気をつけるように」
付け足された言葉に返事をすると、ピンクちゃんとルミちゃんがお墓の方を向く。
二人はピクちゃんとかロイ君から応援の言葉をもらうと、お墓の奥へと歩いていった。
二人の姿が見えなくなると、先生が携帯を見て秒を数え始める。三分経ったら次のペアが入るんだって。
静かに待つこと三分、ラギ君とピクちゃんがお墓に足を踏み出した。
元気よく手を振って入っていくピクちゃんを見送る。わあ、だんだんぼくの順番が来ると思うと緊張してくるよ~。
更に三分後、スターとシン君が出発した。うわぁ~、次はぼくの番だ。
緊張しながらも、先生の合図を待つ。
……な、長い。自分の番を待ってる三分って、すごく長い。何もせずにいるからなおさら長く感じるよ。
「はい。三分経ったから、次のペア行っていいよ」
来た!
先生の言葉に、ぼくはルークと共にお墓に入った。瞬間、空気が冷たくなるのを感じた……気がする。本当に何かでそうだよぉ……。
二人きりで、しかも会話がないから余計に怖い。
そんなとき、唐突にルークがこっちを向いた。
「怖い話をしてやろうか?」
「え!? いきなり!?」
驚いて怖がっているぼくに気づいているのかいないのか。ルークは怖い話をし始めた。
これはオレがクラスメイトから聞いた話なんだが、この町に一つだけ駅があるだろ? あの駅で起きた話らしい。
ある女が、あの駅を毎日、通勤に使っていたらしいんだ。
ある日、女は子供を産んでしまった。欲しくもなかったのに生んでしまったんだ。どうしようか迷った結果、女は子供をコインロッカーに捨てることにしたんだ。
周りに人がいないことを確認し、泣き喚く赤ん坊をロッカーに押し込んだ女はその駅を去った。以来、その駅には近寄らなかった。
それから十年後。女は子供をコインロッカーに預けた事を忘れて、その駅に来たんだ。電車でどっかに行こうとしていたんだと。そこで、子供の泣き声が聞こえてきたんだ。女はその泣き声が気になり、どこから聞こえてくるのかと辺りを見渡した。そして、コインロッカーの方に歩いていったんだ。子供の泣き声が、ロッカーから聞こえてきたらしい。女は耳を澄まして、あるロッカーの前に立った。開けると、そこから赤ん坊が出てきたんだ。女は赤ん坊を泣きやませながら聞いた。「可哀想、誰がこんなところに置いてったの?」ってな。そしたら、赤ん坊は女に向かって目を見開いて叫んだんだ。
「お前だ!」
「うわあ!?」
勢いよく振り向いてぼくの腕を掴んできたルークにぼくは悲鳴を上げた。こ、怖い……!
ルークはぼくを見てにやっと笑った。
「どうだ? 怖かったか?」
「こ、怖いよ! え、何? 赤ちゃんは十年経ってるのに生きてたの?」
「そうなんじゃないか?」
「怖っ! もう、こんなところで話さなくても……」
「駅で話した方がよかったか?」
「余計に怖いよっ!」
はぁ、と小さく息をついたとき、ぼくはまたびくっと身体を震わせることになった。なぜなら、背後で大きな悲鳴が聞こえたから。「ぎゃああああ!」っていう、聞いたことのある声が。
後ろを振り返ると、すごい勢いで走ってくるカイ君の姿があった。後ろからロイ君が着いてきている。
「カイ、先行くなよ……草が風で揺れただけだって」
呆れ顔のロイ君の声が聞こえていたのか、カイ君がぼく達の前で立ち止まった。膝に手をつけ、俯いた状態で息を乱している。
「ちげーよ……あれは絶対誰かが揺らしたんだ!」
ロイ君の言葉を否定しながら息を整えるカイ君。ん? カイ君の顔、何か着いてる? 黒くて、赤い物……?
「カイ、気のせいだろ」
「気のせいじゃねーって! ソラは信じてくれるよなっ!」
「う、うわあああああ!?」
ぼくに向かってバッと顔を上げたカイ君の顔を見て、ぼくは絶叫して駆けだしてしまった。だって、カイ君の顔に真っ黒な虫と真っ赤な血が付いてたんだよ! 何あれ!?
しばらく走り続け、ぼくは息を整えるために立ち止まった。そして、辺りを見渡す。ど、どうしよう。すぐ目の前にお寺がある。なんで一人で走って来ちゃったんだろ。怖い……!
でも、戻る気にもなれず、ぼくはとりあえず園長先生が用意したコインを見つけて洗った。これを持って、お墓の外側を通って戻ればいいんだよね……?
左ポケットにコインをしまったぼくは右の道に向かった。そこで、右ポケットからブゥンブゥン! という音が聞こえてきた。
「うわっ! 何!?」
ポケットに手を突っ込むと、トランシーバーが出てきた。小刻みに震えてる。道を間違えたって事?
試しに左側の道に行くと、振動が収まった。あ、こっち側から帰るのか。わかりにくいよ……。
一人で心細かったのか、ぼくは無意識に早足で歩いていたらしい。少し前に見たことある背中が見えてきた。スターとシン君だ!
二人に駆け寄ろうとして、ぼくは二人が何かを話していることに気がついた。
「――君は何で人を殺すの?」
スターの質問が聞こえた。
何? 何の話をしているの?
ぼくは話の内容が気になり、二人と同じ速度で歩くことにした。そんな中、シン君が口を開く。不敵な笑みを浮かべて。
「楽しいからだ」
「それだけ?」
「ああ。それ以外の理由はない」
スターがシン君の方を見た。薄く笑みを浮かべている。
「本当に? 絶対にないといえる?」
「何が言いたい?」
シン君が怪訝そうな顔になる。スターの表情は変わらない。
「他にも、殺す理由があるんじゃないの?」
「それを知ってどうする?」
「別に、気になっただけだけど?」
「……俺は自分のために行動しているだけだ」
その言葉が弱々しく聞こえて、スターを見るシン君の瞳が憂いを帯びているような気がして、ぼくは彼が本当に人殺しをするのか疑いたくなった。けれど、シン君はすぐに爛々(らんらん)と目を光らせた。口元に不敵な笑みが戻る。
「だから、俺はこれからも人を殺す。楽しみにしておくんだな」
「するわけないじゃん」
即答するスターは笑いながら怒っていた。なんでシン君殺すことを宣告してるの……。っていうか、ぼくもスターも普通にしてるけど、これ結構危ない状態だよね。シン君のあの言葉、冗談じゃなさそうだし。かといって、まだシン君が人殺しをした訳じゃないから、警察とか先生に追放とかも出来そうにないからなぁ。昔はしてたらしいけど、証拠はないし……。
「ソラ、こんなとこにいたのか」
「うわっ! びっくりした」
いきなり後ろから声をかけられ、ぼくは素っ頓狂な声を上げてしまった。ちなみに、声をかけてきたのはカイ君。
ぼくの声で前にいたスターとシン君も気づいたらしい。振り向いてこっちに歩いてきた。聞いてたこと気づかれたかな……?
「あ、ソラ。追いつくの早いね~」
……どうやら気づいていないみたい。よかったぁ~。
ぼくはカイ君の後に追いついてきたルークとロイ君を見た後、スターに頷いた。
「うん。カイ君にびっくりして走って来ちゃったんだ」
「え~、カイ君なんかに脅かされたのぉ?」
「う、うん」
「おれは別に、脅かすつもりなんてなかったんだけどな!」
そう言いながらも、カイ君は自慢げになっていた。多分、いつも脅かされてるから人を脅かすことが出来て嬉しいんだろう。
「でもカイ、オレの鏡見て自分の顔に驚いてただろ」
「し、仕方ねーだろ。顔に蜘蛛が付いてたんだから」
あの虫は蜘蛛だったのか。じゃあ、血は?
聞いたところ、蜘蛛が付いたときに少し怪我をしてしまって、その血が流れ出てたらしい。その証拠に、カイ君の額にはおおきな絆創膏が貼られていた。
ぼく達はそれから六人でゴールすると、感想を言い合いながら旅館に戻った。結局、幽霊は出なかったな。
旅館に入ると、予想外の人がぼく達を出迎えてくれた。
「お帰り。カイ君」
「アト!」
そこには、アト君の姿があったのだ。黒髪はお風呂に入ったばかりのためか濡れていて、兎の耳はいつものように垂れていた。っていうか、何でアト君がここに!?
その質問を友達であるカイ君がすると、アト君はにこっと微笑んだ。
「ぼくもカイ君達が来てるって聞いてびっくりしちゃった。ぼくは毎年この時期に、家族でここに来てるんだ」
「へー、すげー偶然だな」
うん、確かに。
更に話を聞いたところ、この旅館はアト君のお父さんの実家なんだって。それで、毎年夏休みと冬休みに遊びに来て、旅館の女将さんであるおばあちゃんの手伝いをしているみたい。
ぼく達はそんな話をアト君とした後、お風呂に入って寝ることになった。
山登りで遭難して、肝試しをしたためか、ぼくはすぐに眠りについた。
夜中の二時頃。不意に、ぼくは目を覚ましてしまった。
辺りは真っ暗。月の光に照らされたカーテンがゆらゆら揺れている。
なんでこんな時間に起きちゃったんだろ? とりあえず、トイレに行こうかな。
他のみんなを踏まないように気をつけて、部屋を出る。そこで、誰かの足跡が聞こえた。目を向けるけど、真っ暗で何も見えない。ただ、その足音はこの廊下の突き当たりに向かっているように聞こえた。えっと、確か突き当たりの部屋は……園長先生の部屋? なんでそんなところに。もしかして、先生がどこかから戻ってきたのかな?
声をかけようか迷っていると、先生の部屋の手前にある男部屋の扉が開いた。出てきたのは懐中電灯を持っている……カイ君、かな?
「シン? 何してるんだ?」
カイ君の声だ。先生の部屋に向かっていたのはシン君だったのか。
カイ君が懐中電灯でシン君を照らした。シン君は先生の部屋のドアノブに手をかけてカイ君を見ていた。反対側の手に、何かを持っている。懐中電灯の光を反射して鈍く光るそれは……包丁……!?
カイ君もそれに気づいたらしい。
「お前、何でそんな物持ってんだ!?」
「チッ……」
舌打ちをして、急いで先生の部屋に入っていこうとするシン君。でも、カイ君がシン君の腕を掴んで行動を止めた。
「おいっ、先生に何するつもりだ!? うわっ!」
シン君が乱暴にカイ君の手を振り払う。扉が閉まり、懐中電灯が床に落ちる。だけど、カイ君は負けずにシン君に掴みかかった。シン君は両腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。そう思いきや、思いっきりカイ君の腹を蹴りつけた。
「ぐっ……!」
仰向けに倒れるカイ君。シン君はその上に馬乗りになると、左手でカイ君の首を絞め、包丁を持った右手を振り上げた。懐中電灯の光が、赤い瞳と不気味に笑う口元を照らす。見開かれた目。苦しそうに呻くカイ君。振り下ろされる右腕。
ぼくは息を吸い込んだ。
「やめてえええええ!!」
「……!」
驚きの表情を見せたシン君の腕が止まった。その隙を逃さず、カイ君がシン君の腕から抜け出す。
シン君はもう一度舌打ちすると、ぼくの方に走ってきた。ギュッと目を瞑るぼく。シン君が通ったのか、ぼくの横を風が抜ける。……はぁ、何もされなくてよかった。
そう思った束の間、カイ君が激しく咳き込んだ。
「カイ君!」
駆け寄り、背中をさする。カイ君の首には、絞められた跡が付いていた。
その時、園長先生の部屋の扉が開かれた。出てきた先生はぼく達とシン君が逃げてった方に視線を向け、目を見開いていた。らしくない顔だった。その表情に、ぼくの不安はよりいっそう広がったのだった。
ソラちゃんとカイ君を部屋まで届けた後、私は部屋で一人、目を瞑っていた。
あのとき、私はカイ君が床に倒れたと思われる音で目を覚ました。その時まで、シン君が私の部屋に近づいていることや、シン君の気配に気がつかなかった。こんなことは初めてだ。自分の危険が近づいていれば、予知能力が働くはずなのに。
最近、予知できなくなっているのはシン君の仕業なのだろうか。それすらもわからない。我ながら、情けなくて笑えてくる。
私は目を開くと、千里眼を使った。もちろん、シン君の様子を探るためだ。
シン君は、入り口付近で何を呟いていた。
「さすがに、あいつを殺すのはそう簡単にいかないか。まあいい。……そうだ、あの二人を殺すのも最後にしよう。楽しみは後に取っておくものだからな」
楽しそうに笑うシン君。私は改めて危険人物だと思った。
そんなシン君に、誰かが近づいていくのがわかった。
「あなたは、カイ君と一緒にいた……」
あの子はアト君! まずい。今シン君に近寄れば、あの子も殺されてしまうかもしれない!
私は立ち上がってシン君のところに向かおうとし、ふと眉を寄せた。シン君が、アト君を見て瞠目していたのだ。
「お前は……」
「あ、えっと、ぼくはアトといいます。カイ君の友達で……」
人見知りのためか、緊張しながら話すアト君。
シン君はアト君の言葉を聞くと、眉間にしわを寄せた。
「違う……こいつはあいつじゃない……」
「え?」
「俺に近づくな。お前を見ていると、不快な気分になる」
アト君に何も危害を加えずに、シン君は部屋に戻っていった。
……アト君を見て、シン君は何かを思い出しているかのようだった。これは、何かありそうだ。孤児園に戻ったら、シン君の過去について調べてみることにしよう。
私は目を閉じて視界を部屋に戻すと、布団に潜った。今は少しでも回復しておかなければ。
この時も、一人の少女が動き出そうとしていることを、私は予知できなかった。




