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「なにその面白事件!」

 あたしも見たかった、と叫ぶミリエランダは通常運転だ。

 ちょっとは凹んでいるのかと心配したのに、取り越し苦労だったらしい。今日も今日とて大量の書類と格闘している。剣捌きはまだ見たことないが、筆捌きは名人級だと思う。

「面白がっている場合か。塔から光の柱だぞ、大異変じゃねえか」

「地震に、竜の咆哮ときて、光が飛び出しても全然驚かないわ。むしろ、自然ななりゆきって感じじゃない?」

「アホか、誰が竜と戦うと思ってんだ!」

「クライン」

「……んだよ」

「信じてるわ」

 そう言って、ミリエランダがふわりと微笑んだ。

 わざとゆっくり喋るのと、やや身を乗り出しながらの柔らかな表情がポイントである。至近距離でそれを見てしまったクラインは、火が出そうなくらい真っ赤になった。ぱくぱくと口を動かしているが、声が全く出ていない。

(こうかは、ばつぐんだ)

 大好きなゲームに出てくるフレーズを、心の中で呟いてみる。

 ここには従兄がいない代わりにストラルドや、侍女のカーラたちもいるのだ。いつになく人口密度が高いのは、窓枠だけになってしまった執務室が修復中だからである。城内の窓という窓がスカスカになってしまったので、どこにいっても同じだとミリエランダは移動しなかった。

 そんなわけで、とっても風通しが良い。

「雨が降らなくて良かったですね」

「そうよねー、水びだしになっちゃうわ。ってことで、クラインがんばれー」

「俺は大工の息子じゃねえっ」

「大きな声を出さないでもらえますか。せっかくの書類が飛んでいきそうです」

「飛ぶか!!」

「はいはい、クライン様。余所見をすると、指を打ちつけますわよ」

「あぁん? そんな間抜けったあー!」

 案の定、思いっきりやらかした悲鳴が上がる。

「クラインさん、大丈夫ですかっ」

「本当に、君は期待を裏切りませんね」

「るせっ」

「何か冷やすものを持ってきますね」

「あ、ミリィさ…………ユーコ様、私が行ってまいりますわ」

 柚子が扉へ向かおうとすると、カーラがやってきた。

 今はもう侍女ではないが、水場くらいは分かる。三階からの往復は時間がかかるだけで、もう慣れたものだ。

 一人でも大丈夫だと言う前に、背後から機嫌の悪そうな声がかかった。

「お前が行くと、騒ぎになる」

「あ……」

 思わず、自分の黒髪を掴む。

 皆がいつも通りなので、すっかり失念してしまっていた。王子派の反乱が鎮圧され、ミリエランダの即位が決まってからは身代わりをしていない。しかも東の塔へ行く時、栗色のカツラを付けるのを忘れてしまったのだ。

 噂が広まるのは早い。

 あっという間に、王女の傍に黒髪の娘がいることが知られてしまった。国王暗殺については、近衛騎士団によって用意された囚人が代わりに処刑されることになっている。地震の起きた晩に王妃が焼死したことも、適当な理由がつけられた。

 一連の事件の真相は、ミリエランダから聞いた。

(王妃様が首謀者だったなんて……)

 マルセルも本当の弟ではないため、ミリエランダの身内は一人もいなくなったことになる。

 アレクセルの弟――ミリエランダにとっては叔父――が今まで話に出てこなかったのは、王族の嫡子が即位した後にそれぞれが公爵位などへ就くからだそうだ。

 クーベルタン家には王女が降嫁しているし、ブレッソン大臣やプライムも王家の遠縁にあたるという。今まで親族同士で争っていたわけだ。上流貴族に金や銀色系が多いのも、このためらしい。最初に見た時、マルセルとストラルドが似ているように思えたのも頷ける。

「当面はカツラを手放せないか……。悪いわね、ユーコ。まだしばらくの間は窮屈な思いをさせると思うけど、我慢してくれる? 必ず、何とかするから」

 申し訳なさそうに言われ、ユーコは慌てて首を振った。

「気にしないでください、ミア。迷惑をかけているのはわたしの方です」

「そういや、小物入れは返してもらったのか? エナ……なんとかって材質で出来てるヤツ」

「あ、はい。昨日のうちに」

 メダルだけを先に渡されたのは、柚子が『拓く者』かを確かめるためだった。

 バッグを届けてくれたのはホルスではなかったので、どこまで想定内だったのかは分からない。近衛騎士に関する詳しいことも分からなかった。

「ああ、そうだ。ユーコ、叔父様のことだけど」

「おじいちゃんのこと?」

「……ものすっごく違和感あるな。慣れる気がしねえ」

「時間の流れが違いすぎるのでしょうね。あるいは二つの世界を越える際に、時間のずれが生じるのかもしれません」

「そこ、うるさいわよ。…………叔父様ね、やっぱり行方知れずになっていたみたい。いなくなったのは父様が暗殺される前日だったのもあって、公爵家でもなかなか動けなかったそうよ」

「え。どうして?」

「臣下に降りても、王族は王族だからな。幼い王子か、庶子の王女かって悩むくらいなら、年齢もイイトコいってる王弟の方がいいって考える奴もいるってことだ」

 それでねー、とミリエランダが軽い調子で続ける。

「叔父様と父様、王位の押し付け合いで裏庭を吹っ飛ばしたことがあるんだって」

「はあ?!」

「ふ、吹っ飛ばしちゃったんですか?」

「兄弟喧嘩に魔術を使ったのですか。しかも奪い合いではなく、押し付け合いで」

「普通、逆だろ…………ってか、王位を嫌がる兄弟ってどんなだよ」

 お茶目な所もあった祖父だが、若い頃はやんちゃで済まされない性格だったらしい。はからずも祖母が言っていたのは真実だと知ることになり、何やら複雑だ。

 この世界でも、元の世界でも、祖父母には二度と会えない。

 アレクセルと血がつながっていたのだと分かっても、それを喜ぶ気にもなれない。もしかしたら、彼はとっくに気付いていたのだろうか。だから、あんなに優しくしてくれたのだろうか。

 答えのもらえない問いを、胸の中でもてあます。

「叔父様の孫ってことは、あたしの従兄妹の子供…………あーやめやめ、考えるのやめ!」

「わ、わたしだってミリエランダのことを『おばちゃん』って呼びたくないですよ」

「いやあーっ、まだ結婚もしていないのに!」

「元譲では即位が優先されますが、そちらの件も早めに決めていただく必要がありそうですね。ミリエランダ女王陛下?」

「まだ女王じゃないし!!」

「もう半年後ではありませんか」

「結婚だって、好きな人としたいなーって考えてたのに! 政略結婚とか、婿もらうとか、展開早すぎない?! マルセルやユーコもいるわけだし、当面は独身女王でいいっ」

「駄目です。また内紛でも起きたらどうするつもりですか」

「近衛騎士団に鎮圧してもらう」

 よほど結婚が嫌なのだろう。ミリエランダの目が据わっている。

「おい、ミア。神聖騎士団よりも、近衛騎士団を頼りにするってのか? 王家に最も近いのは神聖騎士団だぞ。紋章を見てみろ」

「紋章……? そういえば王家の紋章と神聖騎士団の紋章の意匠って、似てますね」

「今頃気付いたのか、馬鹿め」

「クライン、一応これでも王家に連なる血をちょっぴり継いだ御方ですよ」

「ちょっぴり……」

 祖母はもちろん、母も王家に縁のない人間だ。

 祖父が外国人だとするなら、柚子はクォーターということになる。4分の3は日本人の血なので、まあ間違ってはいない。ただ少しだけ、ストラルドの言い方が気になるだけで。

「不満そうですね」

「そ、そんなこと」

「でしたら、ミリエランダ様の即位後に王女へあげていただきますか? 王女としての振る舞いは多少身についているでしょう」

「あれはできるだけ見分けがつかないように、って!」

「ユーコが王女かあ」

 執務の手を止め、ぽつりと洩らした一言に血の気が引く。

「だ、だめですよ。王女なんかやりませんからっ」

「みんないなくなって、あたし以外に王族がいないのにな~」

「うっ」

 それを言われると弱い。

 一人ぼっちの寂しさは、この世界に来て嫌というほど味わった。知り合いがどんどん増えていっても、身内と呼べる存在が一人もいないのは孤独と変わらない。柚子は祖父母を亡くしてすぐにこの世界へ来たから、父母を亡くしたミリエランダの悲しみが分かる。

「で、でも。わたしが王女になっちゃったら、身代わり……できないですよ?」

「はっ! そうよ、そうだったわ」

「…………ユーコ、余計なことを思い出させないでください」

「もう遅い。あいつの目が輝いてきやがった」

 ストラルドとクラインの二人に言われ、返す言葉もない。

 そのうちにカーラが戻ってきて、すっかり忘れた怪我の手当てを始めた。骨に異常はないとのことで、腫れた指も次第に元通りになるらしい。

(良かった)

 胸をなでおろした柚子は忘れていた。

 王族の血縁者である以外にも、大事なことが一つある。それは息を潜め、静かに待つ不気味な存在と呼応して、目覚めの時を待っていた。


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