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この世で一番長い夜・2

 どれくらい経っただろう。

 そろそろ頭に血がのぼってきたし、この居心地が悪すぎる沈黙もいい加減に限界だ。そういえば、いつになったら夜が明けるのだろう。マルセルは子供だから、夜更かしは辛いだろうに。

 ぼんやりとそんなことを考える。

「ヴォルフ、その方を下ろせ」

「わぁーったよ」

 足が止まり、また別の人の声がする。

 近衛騎士に命令できる立場なら、それなりの身分はあるのだろう。床に下ろしてくれた手は思ったよりも優しかったが、ちょっとフラついてしまった。

 支えようとしてくれた誰かの手を払って、こめかみを揉む。

「大丈夫ですか」

「ええ、まあ」

「配下の者が手荒な真似をしました。お許しください」

「……いえ」

 気にしないで下さいと言いかけ、ハッとした。

(そういえば、夜着のままだ!)

 色々ありすぎて失念していた。ベッドに転がっていた所をプライムに捕獲され、そのまま部屋に閉じ込められていたのだ。そこへマルセルが来て、近衛騎士が来て、また別の所へ連れていかれる途中で、もう一人に出会った。

 めまぐるしい夜だ。

 眠って、目が覚めたら元通りだったというオチが望ましい。王女の替え玉役と侍女の二重生活は大変だったが、こんな風に妙な扱いを受けるよりはいい。

 というか、着替えたい。

「なるほど……、伝承の通りだ」

「は?」

 思わず顔を上げた。

 近衛騎士の服装をしているが、細面で微笑が似合う人だ。飴色の髪の熊男に比べれば、こちらの方が魔法使いっぽい。顔のパーツが完璧すぎて、むしろ冷たい印象を受ける。ストラルドのような策士系にも似ているが、全ての人間を蔑んでいるようにも思える。

 総括して、あまり良い第一印象ではなかった。

「私は近衛騎士団の長を務める者だ。今はミリエランダ様の命を受け、動いている。神聖騎士の二人は、マルセル様を二ノ宮までお連れするように。その後の指示は直接、貴殿らの団長に仰ぐといい」

「……分かりました」

 やや間を置いて、ユリウスが返事をする。

 エンゲルハイトは何か言いたげに口を動かして、とうとう言わずじまいに終わった。マルセルにいたっては、もう目も合わせてくれない。

 外見を偽っていたことと、この国で疎まれる黒髪と黒目の持ち主だから。口も利きたくないと思われても、仕方がない。柚子は、マルセルの純粋な気持ちを裏切った。

 それは否定しようもない現実だ。

「さて、尊い方をあられのない姿でいさせるわけにはいかないな。ミース、手頃な服を調達してきてくれ」

「はぁい」

 小柄な騎士がぱたぱたと駆けていく背を見送り、熊男が肩をすくめた。

「すげぇな、近衛騎士団ってのは。神聖騎士の奴らがあっさりと従いやがった」

「我らに身分は関係ない。そういうことだ」

「ふぅん。ま、それにしてもよ。隊長が迎えに来ると分かってたら、俺も面倒臭ぇことをせずに済んだんだぜ。来るなら来る、って言っとけ」

「状況が少し変わった」

「あ? 馬鹿騒ぎは片付いたんじゃねぇのか」

「そちらの首尾は大体予定通りだ。久々の出番ではしゃぎすぎた奴もいるが、そのおかげで随分と聞き分けが良くなった」

「おいおい、王城でぶっ放したのか。わしは、扉一枚で我慢したってのに」

「…………怪我はさせていないだろうな?」

「わしを誰だと思ってやがる」

「近衛騎士には、魔法使いが多いんですね」

 シクリアに『魔法』は存在しないと思っていた。

 しかし近衛騎士団にとって、魔法は当たり前のものらしい。明らかに神聖騎士団とは違う立ち位置というのもあって、混乱した頭の中はちっとも落ち着く気配がない。

「魔法使いじゃなくて魔術師、な?」

「え、どう違うんですか」

「そりゃあ、おめえ…………イロイロよ」

「ヴォルフ」

「お姫さんがタメ口でいい、って言ったんだぜ。わしぁ、それに従ってるだけだ」

「姫なんかじゃないですけど、それは本当です」

「この世界に来て数か月経ったというのに、まだ世界の仕組みを理解しておられないようですね。貴女がそのような態度では、今後が思いやられます」

「心配されなくても結構です。これ以上、関わる気はありませんから」

 遠からず城を出るつもりだった。

 黒色への差別意識が、大陸のどこまで広がっているかは分からない。大陸のどこにも安息の地がないなら、海を渡るしかない。ほとんど城の中でしか生活できなかったが、これだけ多くのことに巻き込まれたのだ。殺されない限り、大抵のことは乗り越えられる。

 柚子の回答は意外だったらしく、近衛騎士の二人が足を止めた。

「正気とは思えませんね。化け物呼ばわりされたのを忘れたのですか?」

「あのな、悪いことは言わねぇ。大人しくしてた方が身の為だぜ」

「それでも、わたしは……」

「逃げるのですか。アレクセル王の弟がそうしたように」

「え」

「貴女が持っていたメダルは、元々がシクリア王家に伝わるものでした。持ち去られたと判明したのは、アレクセル王が亡くなった翌日のことでしたが」

「そ、んな」

 もうこれ以上混乱させないでほしい。

 足から崩れていきそうなのに、こちらを見つめる男の目は冷たくて容赦がない。嘘だと、そんなはずはないと叫びたい。もしも彼の言う通りなら、アレクセルは柚子の大叔父だ。祖父はシクリア王国から、世界を飛び越えてきたというのか。

 二つの世界は時間の流れが、それほどに食い違っているのか。

(それなら、もう…………わたしは)

 この世界で数か月を過ごした柚子は、元の世界に戻れても家族に会えない。メダルを持ち出し、祖父がこの世界から消えたのはいつのことか分からない。聞くのが怖かった。どう考えても、アレクセルは柚子の父親くらいの年齢だったのだ。

 その時点で、少なく見積もって40年以上の差がある。

 まるで浦島伝説だ。

「んで、姫さんは王弟の血縁者ってことだな。さしずめ、王女の従姉妹って感じか?」

「…………一代、ズレます」

「ズレる? んだそりゃ」

「わたしにメダルを遺したのは祖父、なんです……。先日、亡くなりました」


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