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内紛勃発・4

 ミリエランダはぶすくれていた。

 王立騎士たちとやり合っている間に、近衛騎士団が包囲していたのだ。

「やってくれたわね」

「ええ、見事にはめられました。敵ながら、あっぱれとしか言いようがありません」

「褒め言葉が出てくるなんて、余裕ね。ルディ」

「むーっ」

 びたんびたん、と足元で跳ねる巨大芋虫――もとい、騎士クライン。

 手足を個別に縛った上で、全体は太い縄のぐるぐる巻きにして、更に猿轡をつける徹底ぶりだ。本人が捕縛される際にさんざん暴れまくった結果なので、同情のしようがない。彼なりに守るべきものを守ろうとしたわけだが、物事には見極め時というものもある。

 対してストラルドは貴族出身の文官という身分もあってか、椅子に両手を拘束されるだけで済んだ。ちなみにミリエランダには何もされていない。

 だからといって自由、というわけでもない。

 何か余計なことをした直後に、別室で捕らえられている侍女や女官たちが殺される。彼女らの命を見捨てられるほど、ミリエランダは冷徹ではなかった。

「両手を揃えてもらえなかったので、少々てこずっています」

「椅子ごと斬ってもかまわなくてよ?」

「そうですね。切っ先はなかなかの凶器になりそうです」

「うごっ、ふごーっ」

「うるさいわよ、芋虫クライン。体力温存って言葉を知らないの?」

「むぐぅ」

 見た目はともかく、頭脳は人間を維持できていたらしい。大人しくなったクラインから視線を移し、扉を睨んだ。

 人質を取っているから安心しているのか、この程度の拘束で満足しているのか。どちらにしても、まだまだ認識が甘い。伊達に『暴走王女』の二つ名を甘受していないし、そんじょそこらの王女よりも様々な局面をくぐってきている。

 それにしても、と呟きが洩れた。

「レイちゃん以外に、魔術師の家系が残ったなんてね……」

「血筋がそうであるというだけで、魔術師になれるとは限りません。プライムも魔法が使えない、ということでしたが」

「淘汰されていくと、その血が薄まっていくからよ。逆に言えば、本来はそういう家系じゃなくても親戚になった誰かの子孫が、うっかり先祖返りしてもおかしくない」

「嫌な『うっかり』ですね」

「あの子がここにいるのよ。何が起きても不思議じゃないわ」

 そう、彼女は今頃どうしているだろう。

 近衛騎士団の存在はまだ教えていない。この国の中心となって動いている神聖騎士団、それに対抗して作られた王立騎士団の二つがシクリアにおける軍隊だからだ。近衛騎士団は騎士でありながら、騎士ではない。

 国王専用の隠密組織だ。

 どんな目的で、どんな能力を持っているかも明らかにされていない。表立って動くことはめったになく、国王に次ぐ権力を与えられた議会ですら行使権を持たない。団員、および団長の任命権も国王のみ。ミリエランダが記憶している中で、近衛騎士団が出動したのは過去に二回きりだ。

 三度目がまさか、国王不在時に起きるとは。

「……ルディ」

「はい」

「一人だけ、見覚えがある奴いたわ」

「ジャン・レノの弟ですね。何度か城で見かけたことがあります」

「あれが団長かしら」

「どうでしょうか」

「身分的には申し分ないんじゃない? それとも、他にそれっぽいのがいたとか」

 ストラルドは溜息を吐き、ゆるりと首を振った。

「当代の近衛騎士たちが誰によって任命されたか、忘れたのですか」

「それくらい知ってるわよ。父様で…………あ」

「あの方は徹底した実力主義でしたから、身分は選考の基準にもなりません。庶民から貴族、あるいはシクリア国籍も持たない流れ者ということも考えられます。普通にありえないことですが、アレクセル陛下であれば、なくもない話かと」

 ありうる。というよりも、絶対そうだ。

 ミリエランダは唸りながら、額に手をやった。盲点といえば、盲点だ。

 一連の事件を終結させるために、レノ執政官以外にも目をやったのはいい。掘り返していくうちに、二つの塔に関する古い伝承も見つかった。アークドラゴンとやらがどんな存在か知らないが、おそらくはユーコに関わるものだ。

 次々と明かされる真実と、毎日膨大な量の執務処理で、近衛騎士団の存在がすっかり抜け落ちていた。騎士団とは国王の死と同時に、解散するものではない。

 それは近衛騎士団もまた、同じことが言える。

「あいつら、王子派だったの?」

「マルセル王子が次期国王に最も近しい存在であるのは、現時点で疑いようもない事実。この推測でいくと、王子が近衛騎士団を動かしたことになりますね」

 ミリエランダは黙り込んだ。

 あの幼い弟が、という気持ちもある。だが母親や、周囲の言葉に利用された可能性もなくはない。神聖騎士よりも、近衛騎士の方が格段に強いのだ。不意をつかれたとはいえ、クラインが為す術もなかったことからも、それは確かだった。

 しかし、レノ執政官の弟がいたことも気になる。

 誰が魔術を使ったかは分からないが、魔術師はシクリアにとって因縁深い存在だ。ほとんど情報が残されていない塔についての知識も、一族の中で伝えられてきたとしたら――。

「神聖騎士団に、あの子を任せたのは失敗だったかもね」

 ある意味で保険だった。

 ユーコを牢獄から出した後、それから侍女として生活させる時に彼女自身とプライムと引き合わせたのはこのためだ。万が一のために、ミリエランダの身に不測の事態が起きた時には安全な場所へ連れていくこと。

 王立騎士相手なら、全員でかかっても太刀打ちできない。

 シクリアを代表する組織であること、団長がプライム・レイであることが、議会の干渉をも困難にさせる。それだけの算段があったのに、敵もさるものだ。

 完敗だとは思いたくない。

「まだ、まだ何も終わってないのよ……!」

「その通りです」

 ミリエランダの声に応じたのは、ストラルドではなかった。

 目の前で膝を折り、騎士の礼をとる男――近くで見ると、レノ執政官に良く似ている――は一見して無表情だ。しかし瞳の奥には強い光を宿している。憎しみなのか、憧憬なのか。あまりにも小さくて、こちらから覗き込まないと分からない。

 この距離でなければ、幽鬼のような男だと思ったかもしれない。

「我が君、ご無礼をお許しください」

 しばらく見つめ合った後、亜麻色の髪が下がる。

「……説明なさい」

「は。我が近衛騎士団は、ミリエランダ様に忠誠を誓うものであります」

「…………何故?」

「先王のご遺言でございました」

「ふがっ」

「お黙んなさい」

 ヒールの踵で踏みつけると、二つ折りできそうなほど跳ねたが気にしない。今は騎士に戻れない芋虫よりも、目の前にいる「騎士」の相手をしなければならなかった。

 頭を垂れ、微動だにしない男を一瞥する。

 息を吸い込んで、吐いた。心は不思議なくらいに凪いでいる。

「次の王はマルセルよ」

「いいえ」

「…………説明なさい。詳細かつ、簡潔に」

 無茶を言っている自覚はあった。

「マルセル様は、イザベラ王妃の御子ではありません。妹君、レティシア様の血を引く方です」

「なんですって!?」

「おかしいですね。王妃が懐妊したのは多くの人間が知っています。あの膨らんだ腹も、偽物だったということですか?」

「いいえ」

 男の返事は淡々としたものだ。

 本当に近衛騎士団の団長だとしたら、彼の身分はストラルドよりも上になる。それとも本当に「身分を気にしない」ことが、近衛騎士団にとっての常識なのだろうか。

「王妃の懐妊は本当。でも、産んだ子供は妹ので…………どう考えても変よ。もう一人の子供はどうなったの?」

「出産後に亡くなりました。王妃もレティシア様も当時、出産のためにご実家へお戻りでした。レティシア様が数日後に男児を出産し、赤子を入れ替えたのです」

「アレクセル陛下は、その事実を?」

「ご存知でありました。王妃は子を失ったために、大変気が狂わんばかりのお嘆きようで、それを哀れに思われたアレクセル様が『マルセル様を王子に』と据えられたのでございます。ですが、あくまでも王位を継ぐのはアレクセル様の血を引く方でなければなりません。その御方はただ一人、ミリエランダ様に他なりません」

 ストラルドがちら、と視線をくれた。

 何が言いたいのかは分かっている。ミリエランダも、頭の片隅では気付いていた。マルセルが幼いからといって、女であるミリエランダが国王代理を務めている理由。ブレッソン大臣はもちろん、あの頭が固いアンティガ将軍も当然のように振る舞っていた。

 彼らは、知っていたのだ。

 王女派と王子派の二つに分かれたのも、マルセル王子の出生に関する秘密が関係していたに違いない。クーベルタン家は王家に連なる血筋だから、レティシアの生んだ子でも「遠縁の子」として理屈を付けられる。

 ミリエランダとて、母は妃にすらなれなかった。

 父が王女に据えてくれなかったら、王城での生活もなかっただろう。王族として当然だと思っていた全てが、何もかもが、ミリエランダを「女王」にするためのものだったのだ。

「なによ、それ」

「我が君よ、ご命令をお願いいたします」

「あたしは王じゃない!」

「即位する権利をお持ちなのは、貴女以外におりません。そして王となる者の責務、背負わなければならない数々の業もまた、貴女だけが耐えられる」

「無理よ、無理に決まってる」

「先王陛下は、確信を持っていらっしゃいました。遺志を継ぎ、シクリアを守っていけるのはミリエランダ様以外にはいないと」

「なによそれ!! 直接言いなさいよ、そういうことは」

 王族は恨みを買いやすい。

 権力というものが、人間によっては黄金以上の何かに見えるのだ。独り占めしているように見えるから、妬ましい。あるいはおこぼれをもらいたい。浅ましいことに、人間の欲は果てなく尽きない。

 父は、暗殺されることを知っていた。それを受け入れてもいた。

 剣を教えたのは身を守るため、仕事を教えたのは王になるため。側近の誰にも伝えず、近衛騎士団にだけ遺言を残した。

 次の王は、お前だと。


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