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王家の鍵・2

 ユーコの回復を待って、再びミリエランダは街へ出ていた。

 かつての活気ある雰囲気に比べると、どうしても沈んでいるように思える。侍女が一人、城から転落死したのだ。さすがに隠し通せるものではなく、替え玉のことを隠すヴェールになるのならとあえて放置した。

 昼間だというのに、大通りは人が少ない。

 貴族たちの屋敷がある場所は元より、露店も格段に数を減らした。シクリア王国はそもそも自給自足できるほどの耕地や自然資源がない。産業に揺らぎが出れば、そのまま国全体の貧困にも繋がる。

(何のために、一年の猶予をつけたと思ってるの)

 マルセルはまだ幼い。

 それゆえに、王子派の大臣たちはせっせと下準備に余念がない。王妃の実家であるクーベルタンが後見役になるのは間違いないとして、そこにぶら下がろうと必死なのだ。国王の存命時に中立を保っていた貴族たちも、そろそろ動き出す頃合か。

 王妃に続いての毒殺未遂。

 替え玉のことがあって、王女に対する評価は微妙だ。

「……ッ」

「ン~、イイ反応だねェ」

 ギィンと鈍い金属音の後に、にんまり笑む暗殺者。

 いつぞやのおかしな男だ。ミリエランダも刃を受け止めたまま、口角を上げた。

「お久しぶり、会いたかったわ」

「そりゃ光栄シゴク」

 数度打ち合って、互いに間合いを広げた。

 普段から人通りの少ない路地裏の道は、ささいな物音すら慎んでいる。物騒な邂逅を薄暗くて、やや冷えた空気が包み込んだ。

 暗殺者は細身に上背もあって、やけに手足が長く見える。ひょろりと頼りなさげなのは、見た目だけだとミリエランダは知っていた。幼い頃から剣術を習い、相当な実力を持つ剣士相手でもいい勝負ができるという自負は、こいつの前では自慢にもならない。赤子のようにあしらわれた先日の出来事が、理性をわずかに削り取る。

「ヘエ、獣のような目だナ」

「なんですって?」

「似た顔でも、アッチの方が好みだネ。マダマダ自覚が足りないガ」

 どっちもか、と暗殺者は可笑しそうに足した。

「大体、ミエミエの手口にいつまでかかってる? このままパクッとやられて終わりが、王女サマのお望みかイ?」

「そんなわけないでしょ」

 国王の葬儀より、二ヶ月が過ぎた。

 その間、何もできなかったわけではない。調べてみると、アレクセル王に不満を抱いている者が貴族の中にいることが分かった。奴隷制の改正に積極的だった人物で、とある処罰を受けて大臣を辞任させられている。それから国境周辺を治める領主が、隣国と内密にやり取りをしているらしい。

 大陸で最大規模の国といえば、北方のハルトリゲール皇国だ。大陸中央に横たわるマンフレート山脈を国境とし、昨今は特に軍事力の強化に余念がない。対抗して富国強兵に励んでいるのがガロアとプロスティンで、議会よりも国王の権力が強いという点でも共通している。このうち、ガロアはシクリア王国の北側に国境を置く。

(よりによって、面倒な所と手を結んでくれたわ)

 現ガロア王を一言で表現するなら、典型的な独裁君主か。

 熾烈な継承争いを勝ち抜いた結果、血縁者は妹を除いて一人残らず亡くなった。後宮には国内外から集めた美姫たちが寵を競っているという。

「ガロアには、シクリア産美術品好きが多いからネ。この際、属国にしちまった方がイロイロお手軽だってサ。あー、ついでにカワイソーな王女サマも面倒見てやろう、とかナントカ?」

「まあ、慈悲深いのね。ありがたくって涙が出ちゃう」

「属国だから、とりあえず国としての体裁は残るヨ」

「敗戦国として、丸ごとなくなるよりはマシっていうだけでしょ。戦がしたいなら、そういうのが好きな奴とやり合っていればいいのよ。こっちを巻き込むな、って言いたいわ」

 シクリアが誇る芸術は、装飾だけに留まらない。

 武具に関しても、かなりの技術力を誇っているのだ。というのも、故郷を追われた鍛冶師たちが亡命してきたからなのだが。良質の装備がほしい国はシクリアに攻め込まない、という条件で交易を成立させてきた。

 おかげでシクリア王国だけが、数百年の安寧を保ち続けてきたのだ。

 そして今、その危うい均衡が崩れようとしていた。

「まー、この国を攻め込まない理由はソレだけじゃないケド。王女サマには、関係ない話だネ」

「…………どういう意味?」

「ソーユー意味」

 にやにやと笑う暗殺者は口元しかはっきりとしない。

 それが薄暗いだけかと思っていたが、違っていた。初対面は斬り合うだけで終わり、こんなに長く会話をしなかったからか。睨むついでに判明したのは、暗殺者の目に黒い布が巻かれていることだった。

 盲目、あるいはわざとそうしている。

「あんた……!」

「アレレ、今頃気付いたノ。バカな王女サマ」

「うるさいっ」

「目玉なんかなくても、よーく見えるからサ。捨てちゃっタ」

 ポイッ、と暗殺者は手振りで示す。どこまでも人をおちょくっている。

 いつからそうなのかは知らないが、見えなくても平気だと断言できる神経が分からなかった。そして視覚に頼らない相手に、二度も後れを取ったのが悔しくてたまらない。

「あたし、あんたが嫌い」

「ミーは王女サマがキライじゃないヨ。愚かでバカで、考えナシ」

「このっ、言いたい放題!」

「ホントーのコト」

「ああもうっ」

 この男なら、ミリエランダが欲しがっている情報をくれると思っていた。そして、それは証明された。ブレッソンやローランド辺りが知ったら、それはもう説教だけでは済まないだろうが。クラインはきっと、しばらく口を利いてくれない。

 危険を冒していることくらい、自覚している。

 気まぐれな暗殺者が、ミリエランダを本気で殺そうとしないとは言い切れないのだ。饒舌そうだとは思っていたが、ここまで深入りした情報をぺらぺらと明かしてくれるとは予想外だった。ますます何を考えているのか分からない。

「ミーは、あの子が欲しいネ」

「は?」

「今はマダ……眠ってる。ケド、きっと面白いコトになる。ミーは知ってるヨ」

 ミリエランダは不快感に、流麗な眉を寄せる。

「分からなくていいヨ。バカな王女サマ」

「……くっ」

「楽しみだネ、とても。スゴク」

 笑う暗殺者の腹を、白刃が払った。いや、手応えがない。

 激情に任せて振るった剣は、その筋を読まれやすい。分かっていても、大人しくしていられなかった。苛立ちという名の怒りを、正しく理解してしまいそうだったから。


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