王家の鍵・1
柚子が目覚めると、そこは白い部屋だった。
(もしかして、医療室?)
シンプルな白で統一された内装に覚えがある。
どうやら倒れてから、ここに運び込まれたらしい。起き上がってみると、栗色の髪が垂れてきた。金髪ではない、ということはミリエランダは城にいるのだろう。
下を向いて、カラーコンタクトを外してみた。
どんな素材を使っているのかは知らないが、元の世界でいう「ハード」の方に近い。ずっとつけっ放しは少し痛みを感じる。かといって、外した状態では城内を歩き回れない。
ここは「黒」が忌み嫌われる国。
工芸品で栄えた、と言われてもピンとこない。とりあえず色々な職人が寄り集まって、この国が生まれたらしい。だから美術感覚には、かなりのこだわりがあるようだ。それで「黒」が嫌われる理由になるとは思えないが。
シクリア国民の多くは、白人の特徴に近い。
黒を嫌う風潮を、ストラルドが「古い慣習」と呼んでいた。シクリアの歴史が関わってくるのなら、柚子にはどうしようもないことだ。日本人は黒髪に黒目が一般的だったし、この色が嫌だと思ったこともない。
(でも、仕方ないんだよね……)
やや重い気持ちで、栗色の髪を梳いた。
「起きてる?」
「ミア」
ノックもせずに扉を開けたのは、ミリエランダだ。
彼女はやっぱり、王女の服装が似合う。地味な柚子と違い、存在そのものが光り輝いているように見えるのだ。手に書類を持っているのが、なんだか「執務中の女王」っぽい。
「今、話はできるかしら」
「大丈夫です」
「そう、良かった。アンタの言っていた牢番に、鍵の絵を描いてもらったのよ。色も覚えていたらしくって、かなり実物に近い感じで再現できたと思うわ」
見て、とミリエランダが一枚の紙を差し出してくる。
半身を起こした柚子は手に取り、白い紙面の中央でちんまりと描かれている鍵を見つめた。なんだかんだでじっくりと見ている余裕はなかったが、こういう形をしていた気がする。
「ん~。小さい、ですね」
「実物大じゃなきゃ意味がないとか、訳の分からないことを言って聞かなかったのよ。ちょっとくらい大きさが違ってても、大した問題はないってのに」
「あはは」
鍵マニアらしい主張に、つい顔がほころぶ。
元気にやっているようだ。ちょっと気になっていたから、安心した。
「それでね、王家に伝わる古い文献を探してみたら…………あったわ。ええと、これ」
今度は見るからにボロい書物を出し、ぱらぱらとめくった。
該当ページを開いてくれたが、柚子はこの国の文字が読めない。アルファベットに飾りがついている上に、とても細かい。なんとなく同じ形状の文字を拾ってみたが、意味はさっぱりだ。それでいて、どこかで見たような気もする。
「もしかして読めるの?」
「ううん、全然」
「勝手に持ち出したから、ここで読み上げるのは控えるわね。鍵の特徴が一致する文面を見つけたんだけど、塔に入る為のものらしいわ」
「塔?」
「この城には二つの塔があるの。数百年は経ってる、って話よ。立っている場所から西の塔、東の塔と呼ばれてる」
かなり古くから存在している割に、今は使われていない。
老朽化も進んでいるから、好んで近づく人間もいないそうだ。しかし丘陵に立つ城は遠くからも目立つので、左右にそびえる二つの塔はシクリアの象徴ともいえた。
「じゃあ、鍵はそのどちらかの塔に入る為のもの?」
「たぶんね。普通に考えれば、鍵は二つある。あちらさんが両方とも入手してる、っていう可能性も否定できないかな」
「…………ごめんなさい」
そんなに重要な鍵を奪われてしまったのか。
国王が管理していたのなら、何かを封じていたのかもしれない。レノ執政官は、どこかで古い塔に関する話を知ったのだ。そうして何らかの意図があって、鍵を手に入れようとした。王家の鍵である部分が、国王暗殺と無関係ではないと思わせる。
「もしかして、封じられているのは…………竜?」
「お伽話みたいなこと言わないで。そんなことありえないわ」
ミリエランダは一蹴するが、柚子は胸騒ぎがした。
「あーもう、レノの奴に直接話を聞けたら楽なのに! 絶対、あいつは何か隠してる」
「王女権限で、どうにかできないの?」
「うっ、痛い所を突いてくるわねえ。ちょうどいいわ、あんたにも王族の仕組みを教えてあげる」
ミリエランダはまず、自分が正当な王女ではないと告げた。
母の身分が低いのと、側妃でなかったために王族としての立場がとても弱いのだ。アレクセル王が存命時には彼自身がミリエランダを守ってくれていた。今は自分で何とかできる部分も多いが、どうにもならないことはある。
理由の一つとして第一王位継承権、つまりは正統な王位継承者であるマルセル王子がいるためだ。王位を継ぐのは直系男児が優先されるので、庶子で王女のミリエランダには実質的な継承権がない。そしてマルセル王子を生んだのは、アレクセル王の正妃にして唯一の妻であるイザベラ王妃だ。次期国王になれる男児を生んだことで、彼女の発言力はとても強い。更に王妃の実家であるクーベルタンは、何代か前の王女が降嫁している。
「あー、親戚なんですね」
「そもそもシクリア王国は、規模自体が大きくない。王女は他国へ嫁いでいくか、自分の国の貴族に嫁いでいくか。二つに一つしかなかったしね」
それならミリエランダも、と言いかけて止めた。
政略結婚は望んだ相手と結ばれるわけではない。むしろ、望まない相手と結婚することの方が多い。それで愛が芽生えればいいが、必ずしも幸せになれるとは限らない。
「次からが問題。イザベラ王妃にはレティシアっていう妹がいるんだけど、この人と、レノが婚約しちゃってるのよ」
「っていうことは、レノっていう人の家も貴族?」
「そう。ルディの家と同じくらい」
それはストラルドも、大した家柄の血筋だと言っているのも同然である。
誰にでも丁寧応対だから気付かなかったが、城の侍女たちが目の色を変えるはずだ。下働きはともかく、中流貴族の娘は行儀見習いと称して城仕えをする。王族やそれに近い貴族たちの世話を担当するにも、あまり身分が低すぎては駄目だということらしい。
アンネによれば、城仕えで見初められた娘も何人かいるとか。
(いわゆる玉の輿……)
レノの場合は、逆玉の輿になる。
「しかも、クーベルタンは王子派だから。庶子で、名ばかり王女が何を言っても無駄なのムダ! あいつが関わってるのは間違いないのにっ」
「レティシアっていう人は、レノさんが悪い人かもしれないって知らないんですか?」
「知らないんじゃない? そういうの興味なさそうだし」
そういう問題だろうか。
黒装束とレノ執政官が繋がっているとしたら、婚約どころではない。いや、無関係だと考える方に無理がある。クーベルタン家はわざと匿っているとしか思えない。
(そんな、のって)
発作が起きそうになるので、当時の記憶はできるだけ思い出さないように堪えた。今、倒れている暇なんかない。事態は国王暗殺だけで留まらず、どんどん大きくなっている。
封じられた塔と王家の鍵。
王妃の毒殺未遂事件。
そして王女も狙われた。柚子が毒を飲んでいれば、違ったのだろうか。青ざめた侍女は柚子のせいで、死を選んでしまった。しかし一歩間違えれば、ミリエランダが毒殺されていたかもしれない。
「ホント、いい度胸よね」
そう呟いた彼女の目は、ちっとも笑っていなかった。




