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陰謀・6

 マルセル王子は首を傾げ、当然のように質問を投げかける。

「姉さまを? どうして?」

「その娘は王女を騙っていた疑いがございます。ゆえに王立騎士団の名において、審問にかけます」

「どうせ、その金髪も偽者だろう。外してしまえ」

 ストラルドは盛大に舌打ちをしたくなった。

 先頭に立つはアンティガ将軍。そして王立騎士団の団長と、もう一人は王子派の大臣だ。クーベルタン家の遠い親戚だか姻戚繋がりの、とにかく雀の涙ほどしかない血縁をさも金印のごとくひけらかしている小物だ。大臣一人なら大したことはない。

 問題は三人の組み合わせだった。

(王女派と王子派が混ざっているのは、なかなか珍しい光景ですね)

 将軍が王子派の立場を明確にしたのなら、また話は違ってくる。

 とはいっても、現状ではどちらも同じことだ。このままいくと、ユーコは彼らの手に渡る。そして再び牢獄へ入れられ、今度こそ公開処刑が行われるだろう。

 国王暗殺と、王妃毒殺未遂の主犯として。

「へんなの」

「は?」

「王子、何を……」

「ぼくだって、この人が姉さまじゃないのは知ってるよ。だって、姉さまは時々お城を抜け出しちゃうんだもん」

「い、いや、それは」

 将軍が冷や汗をかいている。

 他の二人も噂くらいは聞いているはずだ。時に堂々と、時にこっそりと王女は城の内外を自由に歩き回っている。それはアレクセル王が存命の頃から続いていて、暴走王女の暴走を止めるための会議が開かれたくらいだ。

 王女の暴走は止まらず、これに反発した貴族たちが王子派に加わった。

 今思えば、何故と思う。結果論にすぎないが、王女と国王はこれを放っておいた。次期国王がマルセル王子と決めていたからか。王子派の中で現国王体制にも不満を抱いていた貴族が何人もいたからか。

(それにしても、誰が『王女の騙り』を告発したかが気になりますね)

 腕の中の少女はまだ目覚めない。

 とっくに醒めていて、寝たふりをしている可能性もある。だが、その方がいい。どういうわけか、マルセルがこちらの味方をするつもりだ。吉と出るか、蛇と出るか。

 口を閉ざしているストラルドを見やり、幼い王子は再び喋りはじめた。

「ぼく、この人を知ってるよ。クラインの妹なんだって」

「クラインの……?」

 執務室の中と外で、ざわりと空気が動く。

「クラインって姉さまと仲が良いでしょ。それで年の近い女の子に、姉さまが不在中の身代わりをお願いできないかって頼んだみたい。だってね、さっきも毒を呷りそうになっちゃったんだよ。この人がうっかりこぼしちゃって飲まなかったんだけど、その直後に侍女が窓から飛び降りたんだ。絶対、そうだよ」

「し、しかしですな、王子よ。証拠が」

「ぼくの言うことが信じられない? 子供だから?」

 うるうると涙をためた目で、マルセルが将軍たちを見上げた。

 大臣と団長には効果てきめんで、おろおろと慌てている。将軍もかなり苦い顔だ。王女の性質、そして「やりかねない」という信憑性が判断を迷わせているのだろう。

 しばし考え、ストラルドは腹をくくることにした。

「王子の仰ることは、本当です」

「何!」

「先程、割れたガラスを片づけるために人を集めました。紅茶が入っていたと思われるカップも床に転がっていたのですが、幸いといいますか――……その中身がわずかに残っていました」

「ううむ」

「成分はまだ鑑定しておりませんが、我が国の技術力をもってすれば毒の判定はすぐにできます。王子の仰ることが本当であれば、この娘は王女の毒殺を身を以て防いだことになりましょう。なかなかできることではありません」

「…………それが本当であるなら、死を恐れぬ勇気ある行動よな」

「アンティガ将軍!」

「で、ですが、王女不在の時に王女のふりをするというのは……」

「あたしが何ですって?」

 全く、なんて遅い登場だ。

 将軍たちは背後からの声に、ぎぎぎと首を回した。ストラルドはそっと息を吐き、マルセルはぱあっと表情を明るくする。

「姉さま!」

「あら、マルセル。こんな所にいるなんて、どうしたの」

「えっとね、姉さまが危ないよって知らせに来たんだ。でも、ちょっと遅かった」

 ミリエランダは執務室を一瞥し、目を細めた。

「そうみたいね」

「王女」

「駄目ね、ストラルド。若い女の子をいつまでも抱いているものじゃないわ。さっさと別室に連れていきなさい。その子に何かあったら、クラインが騎士団の詰所の一つや二つくらい、軽く壊しかねないわよ」

「確かに」

 ここでの会話を聞いていなかったはずだが、彼女の発言はマルセルの言葉を裏付けるものになった。大臣は目を白黒させ、団長は苦虫を噛み潰した顔になっている。

 一人静かなのが、アンティガ将軍だった。

「殿下」

「……ごめんなさい」

「謝っていただくのは後でいくらでも。それよりも、殿下まで狙われたとなると」

「心配しなくても、もう出歩いたりしないわ」

「それならば、よろしゅうございます」

 少しも「よろしく」ない顔で返事をした将軍は、決められた手順を踏むように振り向いた。視線を合わせられた大臣と団長は、おどおどと視線を彷徨わせる。

 彼らの思惑は分かっていた。

 ユーコの身柄を手に入れることだ。鍵は既にレノ執政官が奪ったというが、公開処刑をするにはそれ相応の理由が必要だった。王女が匿っているという情報を手に入れたのはいいが、踏み込む手順を間違えたとしか思えない。

 いや、こちら側としてもかなり危なかった。

(マルセル王子…………一体、何を考えているのでしょうね)

 そう考えて思い当たるのは、最初に荒れた執務室を見た時だ。

 その小さな体で、ユーコを守ろうとしているようだった。王女だと思っていたのなら、将軍たちに話して聞かせた内容と矛盾する。それなら、いつ気付いた。

 視線を感じ、ストラルドは首を巡らせる。

(王子)

 に、と笑った。

 その表情は少なくとも、幼い子供のそれとは大きくかけ離れていた。


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