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陰謀・2

 王城での二重生活が始まって、一ヶ月が経過した。

(さすがに、ちょっと慣れてきたかも)

 最初の頃は戸惑うことも多かったが、王女のふりをしているよりは数倍マシだ。

 行動的すぎる行動ばかり見てきたせいで、執務室と自室の往復しかない生活はちょっと驚いていた。王女にしては地味すぎる。だが、そのおかげで身代わり計画がバレにくいのだから、柚子にとっては有難かった。

 身代わり中の執務は、署名とハンコ押しが中心。

 署名はストラルド監修の下、血のにじむような練習をしたから問題ない。ハンコ押しは丁寧かつ確実に押せばいいので、事前に場所を確認するのが常だった。

「ミリィ、大変よ!」

「えっ、どうしたの?」

 紛らわしいが、今の柚子は侍女「ミリィ」である。

 声をかけてきたのは、侍女仲間で親しくなったアンネという少女だった。くすんだ緑がかった銀髪をきちんとまとめ、そばかす顔を化粧で誤魔化している。かなりの噂好きで、いろんなところから聞きつけては誰かに話したがる。

 今回は何かと思えば、真剣な様子で顔を寄せてきた。

「あのね」

「う、うん」

「イザベラ様が毒を盛られたらしいの」

 柚子が侍女の格好をしている時は、ミリエランダが城にいる時である。

 いつも城を抜け出して、どこへ行っているのかは知らされていない。レノ執政官のこともあるし、あまり情報を入れておかない方が良いという自己判断もある。

「……王妃様が?」

 慌てて脳内の人名メモをめくり、柚子が問い返した。

 検索中の微妙な間を、驚きのあまり声が出なかったのだと感じたらしい。アンネは周囲を確認してから、耳元に唇を寄せてきた。回廊で侍女が二人、ぺったりとくっついていれば明らかに内緒話をしています、と報せるようなものだが本人は気付いていない。

(困ったな、目立ちたくないのに)

 ミリエランダの魔法みたいな化粧技術で誤魔化しているが、あまり近づかれるとバレてしまいそうで怖い。身を固くする柚子に、アンネがそっと囁いた。

「それでね。犯人はミリエランダ様じゃないか、って」

「あの、王妃様のご容体は?」

 王女付きの侍女に主人を疑わせるような話をするのも問題だが、まず聞くべきはそこだ。

 アレクセル王が亡くなってから、イザベラ王妃が表に出てくることは滅多になくなった。しかし新しい国王が選ばれていない今、イザベラ王妃の地位はそのままだ。彼女までが死んだ、あるいは重体ともなれば国家規模の一大事になる。

 しかし、アンネは拍子抜けしたように息を吐いた。

「未遂に終わったらしいわ」

「そうなんだ。……良かった」

「良かった?」

「だって、王妃様はマルセル王子のお母様でしょう。何かあったら、きっと悲しまれるよ」

「あら、ミリィ。王女付きの侍女のくせして、マルセル様狙いなの?」

「何を言ってるの。マルセル王子は、まだ6才じゃない」

「やあね。子供のうちに色々……、おっと」

 アンネがぱっと離れた。

 ずりずりと押されて、壁へ挟まれそうになっていた柚子は安堵の息だ。彼女の好奇心が、いつか彼女自身を傷つけないか心配になってくる。

 そして当のアンネはといえば、別のものに気を取られていた。

「ストラルド様、ご機嫌麗しゅう」

「楽しそうに会話している所に、申し訳ありません。ミリィを連れていってもかまいませんか?」

「ええ、もちろん!」

「ありがとうございます」

 うっとりと頬を染める姿は、まさしく恋する乙女。

 ストラルドが眼鏡の向こうで目を細めれば、アンネはもう卒倒寸前だ。彼が己の魅力を自覚していなければ、こうはいかない。聞く者を凍らせる毒舌も、彼女たちには「冷たくて素敵」という評価にすり替わる。

 なるほど、恋は盲目か。

 冷静に思考している柚子に、ストラルドが視線を合わせてきた。ミリィ、と呼ばれる。

「さしあたっての仕事は終わりましたか?」

「はい。今から王女様の所へ戻る所でした」

「その王女殿下が、君をお呼びです」

「分かりました。すぐに参ります」

 ぺこりと頭を下げて、すぐに向かおうとした矢先に肩を掴まれた。きゃあっ、とアンネの黄色い悲鳴が上がる。できるなら、今すぐ代わってあげたい。

 彼女には、緊張で動きを止めてしまったように見えただろう。

 眉目秀麗で、誰にでも丁寧対応のストラルドは女性陣にとても人気がある。末席といえども、上流貴族の出自に筆頭書記官という肩書もいい。適齢期を迎えた娘たちからしてみれば、格好の獲物になるわけだ。

「行きましょうか、ミリィ」

 あくまでも優しく、そして逃がさないぞと言わんばかりの強さを込めたエスコートに柚子はため息をかみ殺す。きっと後で、アンネから質問攻めに遭うだろう。

 何とも気が重い。

(厄日だ)

 一緒に歩き始めてしばらくすると、ストラルドが忍び笑いをしている。

「やりすぎです」

「君があまりにも優秀な生徒ぶりでしたから、つい」

「褒められた気がしません」

 この一ヶ月、本当に目まぐるしかった。

 王女としても侍女としても、柚子はあらゆる知識が足りなすぎる。ストラルドからは王城における礼儀作法を、プライムからは王都周辺の地理や城内の基礎知識を、ミリエランダからは女性らしい振る舞いについてレクチャーを受けた。歩けるようになった翌日から侍女として働いていたから、ほぼ一夜漬けも同然だ。

 頭で覚えるよりも、実践で体へ叩き込んでいったようなものである。

 おかげで柚子自身は王女らしい振る舞いなのか、侍女らしい行動ができているのかも判別できない。ストラルドの褒め言葉も、半分くらいは毒を含んでいる。うっかり信用すれば、痛い目に遭う。

「本当に、君はよくやっていると思いますよ」

「…………そうですか」

 ぶすくれたまま俯き加減で答えれば、頬をつねられた。

「よくやっていると思いますよ?」

「ありぎゃほうごひゃいまふ」

「はい、よくできました」

 にっこりと微笑む顔を渾身の力で睨みつける。

 城の皆は騙されているのだ。クラインよりも、ストラルドの方がイジメっ子だ。すこぶる性根が悪い。痛めつけられた後に、満足げな顔をされて嬉しいものか。

 心の中に残っていた感謝の気持ちも、微塵に砕ける。

(ああ、そうだった。ストラルドは変態だから、仕方ないんだ)

「ユーコ」

「い、いひゃい」

「その表情に出やすい性質は、少し改善の余地がありそうですね」

「ふぁい」

 余計なお世話だ、と心の中で叫んだ。


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