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書記官と騎士・3

(そういえば、アレックスも王様っぽくない王様だったな)

 目の前で繰り広げられるショートコントを眺めながら、柚子はぼんやりしていた。

 国王としてではなく、世を忍ぶ仮の姿というやつだったのかもしれないが。お金持ちな遊び人、というのが一番しっくりくる。あれが初めてには見えなかったし、そう何度も城を抜け出されては皆も苦労したことだろう。

「似た者親子だなあ」

 もう何度目かになる感想を抱く。

 ついさっきのこと、クラインが笑い転げている最中に扉が勢いよく開き、凄絶な笑顔の女が手にしていた何かで一撃をかました。殴打したとか、そういう乱暴な話ではない。別の悲鳴が上がった所をみると、相当熱い液体がぶちまけられたようだ。

 上半身だけ濡れネズミになった男を見やり、冷ややかに言い放つ。

「紅茶が無駄になったわ」

 色を抑えた草色のワンピースに白いエプロン、編み込んだ二つの房は淡い茶色。薄化粧をほどこした顔は小さく、柚子とそんなに変わらない年頃に見えた。

 性格は少なくとも、大人しくはなさそうだ。

「私が淹れてきましょう。すぐにお持ちしますよ」

「そんなもん、侍女コイツにやらせりゃいいだろ! 思いっきりやりやがって」

「あの…………火傷、しませんでしたか?」

「ああ、なんとかな」

「騎士様がそんな恰好じゃ示しつかなくてよ。さあさ、行った行った」

「ミア、てめえな……」

 髪からポタポタと雫をこぼしながら、クラインが恨めし気に睨む。かなり怖い顔になっていたが、彼女は堂々と胸を反らして言った。

「ミリィとお呼び」

「こんなに偉そうな侍女がいるか!!」

「親しみを込めて、ミリィとお呼びください。んで、さっさと退場しなさいよ騎士様」

「お、ま、え、は!」

「落ち着きなさい、クライン。今度こそ、外部の人間が殺到してきます。そうなれば、たちまち替え玉が見つかって全てが水の泡です」

「あら、大丈夫じゃない? そっくりだもの」

「わ、わたしに王女のふりなんて無理ですっ」

「大丈夫、できるわ。あたしが保証する。牢獄から出してあげた借りを返すと思えば?」

「やっぱり、あなたが…………ミアなんですか?」

 柚子がおそるおそる聞いてみる。

 ほぼ確信はしていた。髪の色は違うが、面影がどことなく似ている。声も記憶にあるものと一致する。それに何より、クラインとストラルドに対する態度に覚えがある。

 地下牢でのやり取りも、確かこんな感じだった。

「ちょっと。なにこれ、どういうこと?」

 侍女の格好をした王女は瞬きをしてから、横柄に問うた。

 こちらを指で示しながら、ストラルドたちを見やる。あんまりにも問いが簡潔すぎて柚子には分からなかったが、彼らには通じたらしい。

「主旨は、伝えてありますよ。納得はしていただけませんでしたが」

「上手く丸め込みなさい、そういうの得意でしょ?」

「これがなかなか手ごわいのです。どちらかといえば、正攻法の方が効果を期待できるかもしれません」

「そうだぜ、ミア。お前が言やあいいだろ」

「ずるい、こういう時ばっかり結託するのね」

 子供のように拗ねたかと思いきや、王女がベッドに近づいた。大股で一気に距離を詰めてきた勢い止まらず、柚子を布団の中へ縫い付ける。

 彼女の顔が視界を占領し、目を逸らせない。

「あたしは、父様の仇を討つ」

「………………」

「あんたは、父様を殺した犯人を見ているでしょう? 今ここで言わなくていい。どうせ正体を分からないようにしてるか、指示した人間は別にいるだろうから」

「あっ、で、でもアレックスに鍵を預けられたんです。きっと、あなたに渡してくれってことだったんだと思います」

「鍵?」

 怪訝そうな顔をされた。

 はっきりとアレックスに言付けられたわけではない。柚子に鍵を渡して「城へ行け」と、ミリエランダに会えと言われたのだから、そういうことなのだろう。レノが尋常でない執着を見せた辺りからしても、重要なアイテムだった可能性は高い。

「ごめんなさい。あのレノっていう人に、奪われてしまって……」

「分かったわ。じゃあ、罰としてあたしの身代わりをなさい」

「え? で、でも」

「無理じゃない。自分を信じられないのなら、あたしを信じなさい。正直、驚いたわ。ここまでそっくりだと思わなかったから」

 柚子は必死に首を振る。

 見た目はどうとでもなるが、中身はそうもいかない。柚子は王女に無縁な生活を送ってきたのだ。それにさっきのように、マルセル王子のような身内がやってきたら騙しきれる自信がない。すぐ見抜かれてしまうに違いない。

 柚子の言い分を聞いた王女は、ふっと笑った。

「身内なんて他人も同然よ。あたしにとっての味方は、この二人くらいなもの。まあ、他にもいないわけじゃないけど」

「お任せください」

「まあ今更、降りることもできねえしな」

「この格好、なかなか似合うでしょ? 王女付きの侍女ミリィっていう設定なの。行方不明中に負傷したミリエランダ王女――今はあんたのことね――の身の回りの世話をするわ」

「さっき、思いっきり紅茶ぶちまけてただろ」

「そうだっけ?」

 柚子は軽いめまいを覚えた。

 次元が違う。何が違うのかはっきり表現しきれないのが辛いが、とにかく異世界に来てしまったんだということを今日ほど鮮明に自覚できた日はない。

(無理。ぜったい、無理)

 王女だけが特別なのではない。

 この三人だからこそ、こうなのだ。ついこの間、別の世界から来たばかりの柚子が紛れ込んで、ちゃんと成立するはずがない。三角形と四角形は全く違う。

 つまりは、そういうことなのだ。


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