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幕間 その頃の彼ら

 壁に寄りかかり、腕を組んでいた偉丈夫がゆっくりと体を起こす。そんな神聖騎士団長プライムの姿を認めると、レノ執政官は薄い笑みを浮かべた。

「まるで、今から裁判でも始めようかという様相ですな」

「安心してくれ、執政官。これはただの『職務質問』だ」

「なるほど」

 ストラルドに伴われ、牢獄から出てきた彼を一言で表するならば「冷静」だった。あるいはふてぶてしい態度、とでもいえばいいか。とうに腹をくくっているのか、後ろ盾を頼りにしているのか。静かな表情からは、ほとんど読み取れない。

 プライムはひょいと後方へ目をやった。

「あいつらはまだか?」

「クラインがいますから、心配は無用です。ただ、少々時間がかかるかもしれませんが」

「貴方がたは、あれを地下牢から出すつもりですか? 愚かな……」

「化け物だろうが何だろうが、この国に存在する以上は守る。それが神聖騎士団としての義務であり、誇りだ」

「立派な精神です。が、国王を弑した存在でも?」

 ぴくりと眉が動く。

 アレクセル王を慕っていた者は多い。特に貴賤問わず、若者からの熱狂的な支持を集めていた。プライムもその一人で、国王を英雄として尊敬していると公言している。レノ執政官はそこを突いてきたのだ。

「だからこそ、足繁く通っている貴殿に嫌疑がかかっているのを見過ごせない」

「…………嫌疑、ですか」

 反芻するレノ執政官の笑みが深くなった。

 まるで想定通りに事が運んでいる、と言わんばかりだ。あるいはそう思わせるために、表情を変化させたのか。悪巧みは上手でも、追い詰められると弱い王子派の大臣と長く付き合ってきただけはある。

 不気味だ。

「知りたかったのですよ、私は」

 微笑みを保ちながら、レノ執政官は続ける。

「陛下はとても自由な考え方の持ち主でしたが、とても聡明でした。あの方の考えることを正確に理解したい、と街に出向かれる陛下の従者を務めさせていただいたこともあります。ですが、最後まで突き止めることはできなかった」

「その答えを、彼女に求めようとしたのですか?」

「彼女…………ははっ、あんなものに人としての価値があろうはずもない」

 侮蔑を隠そうともしないレノ執政官に、ストラルドは視線を下に向けた。執政官に限らず、政治の世界では感情豊かな人間こそが足元をすくわれる。表面的には嫌悪を露わにしなかったが、ストラルドは強い落胆を感じずにはいられなかった。

 この男は典型的な選民思想の持ち主だ。

 時代が変わろうとしている今、そんな古臭い理念は通用しない。大陸はその名が残らないほどに広く、シクリアを軽く凌ぐ強国がいくつも存在しているのだ。

「うちに来た報告に依れば」

 プライムがのんびりと切り出す。

「黒髪黒目、年頃は15、6才程度の娘。武器は所持しておらず、他には紐のついた皮袋のみ。全身血まみれだったが、着ていたものはなかなかに質の良いドレスだった……と。一緒にいたのが陛下の死体でなかったら、物好きな金持ちが奴隷を着飾って遊んでいたと考えるのが自然だろうな」

「陛下は剣聖王と呼ばれたほどの御方。そして女性にとてもお優しい。たとえ化け物であっても、女性相手に乱暴なことはできなかったのでしょう」

「そして、無抵抗でやられたって言いたいのか?」

 ありえない。

 ストラルドは思わずプライムを見たが、冗談を言っている顔ではない。そしてレノ執政官はといえば、相変わらずの不気味な微笑だ。

 この男が国王暗殺に関わっているのは間違いない。

(他に首謀者がいるか、あるいは己の信念に間違いがないと信じているか)

 そこまで至って、ストラルドは苦い心地になった。

 あんなに偉大な王を殺すことが、間違っていないなどとあってたまるか。確かに公務をすっぽかすわ、ほとんど護衛も連れずに街へ下りていくわ、素性の知れぬ相手と仲良くなるわ、騎士団や警備の者をさしおいて賊退治に出征するわ。とにかく頭を悩ませてくれた事柄を挙げればきりがない。

 今のシクリア王国があるのは、アレクセル王のおかげなのだ。

 周辺諸国と渡り合い、どこの属国になることもなく自立した国家として確立させた。雇用に労働、経済に治安と山積していた問題を次々と解決してしまった。

 それは、まるで魔法のように。

 ゆえに人々はアレクセル王を称える。背景には長く辛かった生活から脱した喜びもあるだろう。また苦しむ日々を恐れ、国王の長い治世を望んでいた。

 疎み、恨む者がいたとすれば、国外にいる。レノ執政官はそんな者たちの甘言に惑わされたのかもしれない。尊敬していた相手がとんでもない罪を犯していたとするなら、裏切られた怒りが殺意に変わる可能性もある。

(これはもう推測どころか、妄想の域ですね)

 ストラルドは考えるのを止めた。これ以上、レノ執政官から有益な情報を得られそうにもない。先程の国王に対する敬意も、嘘偽りを言っているようには思えなかった。

 そのように取り繕っているなら尚更、この先は――。

「ジャン!」

 白と黒しかない空間に、艶やかな華が咲いたようだった。

 たっぷりとしたドレスを纏い、美しく波打つ髪からは芳しい薫りが立つ。化粧はやや派手なくらいだったが、品位は損なわれていない。胸元も強調しすぎな気もするが、あくまでも個人の好みにもよるだろう。

「レティシア様!? 何故、このような場所へ」

「それを言いたいのは、わたくしの方よ。どうして部屋にいらっしゃらなかったの。探させたら、このような場所にいると聞いて…………心臓が止まりそうだったわ」

「申し訳ありません」

 ひしっと抱き合うことはなかったが、寄り添う二人はまるで世界に彼らしかいないかのようだ。一通り無事を確認し、文句も言い終えた彼女は、当然のようにレノ執政官の手を引いた。

「さあ、行きましょう? お父様から、素敵なものをいただいたの。ふふっ、それが何かは見てのお楽しみよ」

「お待ちください、レティシア様」

「どうしたの?」

 きょとんと首を傾げる。

 それから、レノ執政官の視線から他に人間がいることに今頃気づいた。神聖騎士団長であるプライムはもちろん、ストラルドも末子ながらに上流貴族の血筋だ。

 レティシアはにっこりと笑み、優雅な会釈をしてみせる。

「ごきげんよう。お仕事熱心なのは素晴らしいことですけど、このような所まで来なくてはならないなんて大変ですわね。別の者に任せてしまえばいいのに」

「執政官殿がいらっしゃると聞きまして、部下には荷が重いと判断したまでです」

「まあ、確かにそうね。ジャンはわたくしの夫になる人ですもの」

 プライムの回答に、レティシアは機嫌をよくしたようだ。

 するりと絡めた腕で婚約者を引き寄せ、必然的に強調される部分をことさらに見せつける。それで反応する男は残念ながら、この場に一人としていなかったのだが。

「…………仕方ない」

「そうですね」

「じゃあ、行ってもよろしい?」

「引き留める理由はありませんな」

「うふふ、物分かりの良い方は好きよ。ジャン、行きましょう」

 体重をそっくり預けるように寄りかかったのを合図に、レノ執政官は背を向けた。レティシアが何やら囁き、それに応える密やかな会話も少しずつ遠のいていく。

 そうして姿も完全に見えなくなってから、プライムは大きく息を吐いた。

「あーっ、疲れた。もうやらねえからな」

「助かりました。これで十分に時間は稼げると思います」

「なんだ? まだ何か企んでいるのか」

 ストラルドは何も言わず、ただ静かに微笑んだ。その表情はきっと、あの執政官と似た印象を与えるのだろうと思いながら。


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