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託されたもの・9

「夢……だったんだ」

 目を醒ますと、カーテンの隙間から洩れる光が眩しい。

 そんな日々がひどく遠いものに感じられる。相変わらず暗くて、じめじめとした地下牢は今が朝なのか夜なのか分からなかった。カンテラの明かりも、濡れた床を歩く足音も聞こえてこない。

 もう一度寝てしまおうかと考え、止めた。

「頭が冴えちゃった」

 ここ数日は、本当にぼーっとしていた気がする。

 ほとんど闇に閉ざされた空間で、食べることと寝る以外に何もすることがない。寒くても暖房はないし、怪我の治療も最初の一回きり。牢番が届ける食事には薬も置いてあるが、飲む気になれなかった。

 鍵マニアの時だけもらえる、ちょっと温かいパンが唯一の楽しみだ。

(どんだけなの、わたし)

 精神的にもかなり危機的な状況だったと分かってきて、柚子は頭を抱えたくなった。

 夢の内容は不思議とはっきり思い出せる。祖父がいて、アレックスがいて――……そう、とても不思議な体験もしたのだ。そういえば、アレックスは本当に国王なのかを確かめる暇がなかった。

「よいしょ」

 固いベッドから体を起こし、石の床に足を投げた。

 柚子には、考えなければならないことがある。一つ一つ思い出して、頭の中を整理していこう。祖父のメダルが発端だったにしろ、もっと根本的な原因は大昔に起きたことらしい。ドラゴンなんて見たことがないし、聞いたこともない。

 封印された塔とやらが、城のどこかにあるかも分からない。

「そもそも、犯罪者として投獄されているんだし……」

 意識がはっきりしてくると、このまま死を待つのは嫌だと思えた。

 アレックスを殺したのは別の人間だ。少なくとも、ミリエランダにはそれを伝えなければならない。もしかしたら、国王を殺した犯人が城にいる可能性もあるのだ。

(それから、鍵! と、メダル)

 鍵は御守りみたいなもので、ずっと握りしめている。

 メダルの方は……とベッドの周辺を探し、すっかり汚れてしまったハンドバッグを引っ張り出した。牢番や他の兵士たちも、柚子のことを化け物だと恐れている。そのおかげで、持ち物はどれも奪われずに済んだのだ。

 本音は今すぐにでも捨ててしまいたい。

 鍵はともかく、メダルは柚子を悪い状況へ連れていくばかりだ。アレックスだって、柚子と会わなければ死ぬこともなかっただろう。毒矢を受けなかったら、あんなの敵ではなかったはず。

(と、思う)

 記憶に何か引っかかるものを感じて、一人首を傾げた。

 読者にも推理させるタイプの探偵小説を読んでいて、作中にいくつかのヒントがあったはずなのに分かられない。なんとなく感じるものはあるのに、どこを探しても該当するピースが見つからない。

 そんなもどかしさに苛立ちを覚えた。

(誰か、来ないかな。ミリエランダか、あのムカつく男でもいいから)

 死にかけている人間に、それも女相手に暴言をいくつも投げてくれた男のことが浮かんで、余計にイライラしてきた。医者を呼んで、治療させてくれたのは感謝している。あのまま放っておかれたら、死んでいたかもしれない。

(嫌) 

 ぷるぷるっと頭を振った。

(それだけは、イヤだ)

 これ以上、こんな所にいるのは耐えられない。早く、元の世界に帰りたい。

 その為にもメダルは手放せない。鍵はアレックスに託されたものだから、これもなくすわけにはいかない。ミリエランダに会えと言い遺していったので、彼女へ渡すのが筋というものだ。

「靴の、音?」

 カンテラの明かりが揺れている。

 食事を持ってくる牢番とは違うようだ。様子がおかしい。せかせかと先を急ぐように、やや高めの足音がこちらへ近づいてくる。

「ミリ……ッ」

「鍵を渡せ!!」

「きゃっ」

 鉄格子に近づいたのがまずかった。

 力の加減もなく、強引に手を引っ張られる。駄目だ、奪われる。反射的に握りしめようとしたが、指をこじ開けられてしまった。鍵の感触が消える。弱った柚子の力では、抵抗することもできない。

「返して!」

 用はないとばかりに放り出されたが、すぐさま鉄格子にしがみついた。

 おや、と若い男の声がする。

「随分と元気になったものですね。あの医師も案外、腕が良かったらしい。……惜しいことをしました」

「え……」

 ぞくり、と背中を冷たいものが滑り落ちた。

 気が付いてはいけない。理解しては駄目だと思うのに、覚醒した思考はどんどん悪い予想を構築していく。おそらくその推測は正しいのだろう、と確信すら生まれる。

 カンテラが急接近した。

 顔を見られている、と思った途端に後ずさる。

「残念です」

「な、何が」

「思ったよりも、貴女は聡明な人間だったらしい。状況に振り回されるだけの、愚かな生き物であれば良かったものを」

「…………っ」

「命だけは助けてやる、と言ったのを覚えていますか?」

 真っ平御免よ、と返したかった。

 それなのに「死にたくない」という本能的な願いが、柚子の口を重くする。反抗的な態度をとれば、より不利な立場に追い詰められる。だから余計なことは言わない方がいい。

 理解していたのに、柚子の唇は勝手に動いていた。

「アレックスを、憎んでいたの?」

「…………いいえ」

「じゃあ、どうして」

「そうしなければならなかった。どんな過去の罪であれ、それは償われるべきものです。呪われた血の一族でありながら、陛下は偉大な方だった。忌まわしい過去が露見する前に消えていただいたのは、せめてもの忠義です」

「どこが忠義よ! アレックスは関係ない。仮に罰を受けるべき人がいたとしても、その人たちはとっくに死んでる。だって――」

 続きは言えなかった。

 鉄格子の間から差し込んだ手が、柚子の首を捉えたからだ。徐々に絞められて、呼吸ができなくなる。咳き込むことも難しく、暴れたくても体中が痛くて動けない。

 怪我が治りきっていないのがじれったすぎて、腹の中がねじくれそうだ。

「ぐ、けほっ」

「汚らわしい。何故、こんなものを一時でも認めようと思ったのか」

「か、ってな…………と、を」

「発言は許していません」

「あ、う」

「陛下は、貴様に惑わされたのだ。そうでなければ、王族がひた隠しにしてきた真実を貴様が知っているはずが、ない!」

「う、ううっ」

 とうとう足が浮いた。爪先が、かろうじて石を掠める。

 ドクドクと激しく脈打っているのが聞こえる。全身が「生きたい」と叫んでいるのに、この手を振り払えない。頭に血がのぼっていくのか、首から下に集まっていくのか。柚子は、自分が水風船になった心地だった。

 これ以上絞められたら、割れてしまう。

(嫌だ、こんな死に方は絶対……っ)

「お止めなさい」

 威厳ある声が、地下牢に凛と響く。


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