第5話 至密房の女官になったヨム・ソユン
王宮に戻ったヨム・ソユンは、焼厨房の配膳担当尚宮から急遽手伝うように指示をされた。どうやらルキ世子の妹、サヤ公主担当の女官の人手が足りないらしい。
料理を膳でサヤ公主の居所へ運んでいる最中、突然足元を滑らせたソユンは誰かに体を支えられ転ぶのを免れた。頭上から優しい男の声がする。
「おっと、大丈夫? 気をつけて」
「ありがとうございます、おかげで転ばずにすみました」
振り返ったソユンの目に映ったのは王族の正室の王子の大君か、側室の王子の君しか着ることが出来ない、あずき色の長衣を着た爽やかな笑顔をソユンに向ける若者だった。すぐにそれは王様の側室、ヒョン愛嬪の息子、イジュン君だと分かった。
ヒョン愛嬪はヒョン領議政の妹である。
イジュン君は、その爽やかな笑顔のままソユンに王子のオーラを放った。
「君、可愛いね、名前は?」
「ヨム・ソユンです」
「そう、覚えとくよ。じゃあ、またね」
イジュン君はそう言うと、まるで草原に吹く気持ちの良い風のように良い香りを残して去っていった。
◇
ソユンが正室である王妃の娘、サヤ公主の居所の前に来ると代わる代わる女官たちが出入りしているのが見えた。
ソユンも前の女官についてサヤ公主の居所へ入ると黄緑色の内官の宮廷民族衣装を着た巨大なパンダの獣人の内官がいる部屋に通された。
巨大なパンダの獣人内官はソユンに指定された場所に料理を並べていくように指示を出す。
指定された場所には、白飯、スープ、チゲ、肉、魚、野菜、キムチ、ナムル、塩辛、そしてチヂミなど、揚げ物、焼き物、蒸し物を中心に所狭しと並べられている。
どれもこれも美味しそうだ。
その時、宮廷魔術師のローブを着たドワーフが部屋に入ってきて巨大なパンダの獣人内官に近づき大きな声を出した。
「リネパン、わしは腹が減ったんじゃ!!」
「ココナッツ、まだ用意出来てないから、大人しく待ってなさい!」
「嫌じゃ、嫌じゃ、わしは早う食べたいんじゃ!!」
ソユンは巨大なパンダの獣人内官リネパンの困った顔を見ていたが、すぐに視線を何か違和感を感じたドワーフのココナッツの背中に向けた。その瞬間ソユンは思わず声が出た。
「あっ!!」
(えっ! ココナッツさんの背後に青白い顔をして王族の衣服を着たドンヨリとした男の姿がぼーっと見えるけど、あれは何!?)
そのソユンの声に気づいたのかソユンの方を向いたココナッツが静かに口を開いた。
「何だ、あんた、わしの背後におるクーン君が見えるんかいね」
「えっ!?⋯⋯は、はい見えます」
「ほう、あんたものすごい霊感の持ち主じゃな」
「霊感ですか? ではこの方は霊なのですか? 魔術ではなく⋯⋯」
「ああ、そうじゃ。なんたってわしは宮廷魔術師じゃなく、この国唯一の宮廷呪術師なんじゃからな。このお方はな、昔王宮で殺されたクーン君、今は死神クーンじゃ」
「死神⋯⋯?」
その時、可愛らしい声が部屋の入口から聞こえてきた。
「そう、死神だけど私のご先祖さまよ」
その声の主はサヤ公主だった。前合わせのある滑らかで艶があり可愛さの際立つ宮廷民族衣装を着ている。
「サヤ公主媽媽⋯⋯」
ソユンがすぐさま礼を尽くすとサヤ公主は、しずしずとソユンの前まで歩いてきてドワーフの宮廷呪術師ココナッツの方を向くと、ゆっくりとした口調で言葉を発した。
「ココナッツ、こっちへ来なさい」
「ほい」
ドワーフの宮廷呪術師ココナッツが急いでサヤ公主の前にくるとサヤ公主はココナッツの背後霊の如く佇んでいるクーン君に話しかけた。
「ご先祖さま、あのリンゴの皮をむいてくださいませ」
するとクーン君の青白い顔の表情が歪み、叫ぶような恐怖の顔になったかと思うと瞬時にクーン君の顔が骸骨になった。それと同時に王族の衣服も死神のローブに変わり、手には大鎌が握られている。
死神クーンが膳の方を向くと膳の中にあったリンゴが空中に飛び上がった。次の瞬間、死神クーンはドワーフの頭上を飛び越え大鎌をものすごい速さで振ると大鎌はうねりを上げた。
すぐにリンゴがその場でくるくると回り落ちてくる。それを見た巨大なパンダの獣人内官リネパンが慌てて皿を持ち落ちてくるリンゴの下に差し出すとリンゴは皿の上に落ち皿には切り分けられたリンゴの一つ一つが、うさぎの形になって並べられていた。
サヤ公主がドヤ顔でソユンを見る。
「どう?」
「す、すごいです、サヤ公主媽媽⋯⋯」
「じょうでちょ」
サヤ公主はリンゴをポリポリと食べながら満足そうに『そうでしょ』と言うと微笑んだ。
ゴックン⋯⋯。
サヤ公主は最後のリンゴを食べ終わるとソユンの顔を見た。
「ところで、あなた何歳なの?」
「はい、19歳でございます」
「えっ!? 私と同い年じゃないの! 良かったぁー、探してたのよ同い年の霊感の強い女官を⋯⋯で、名前は?」
「ヨム・ソユンです」
「そう⋯⋯ソユン、あなた水刺間をやめて至密房で私付きの女官にならない?」
至密房とは王族の身の回りのお世話をする女官最高位の部署である。
「わ、私が至密房にですか?」
「ええ、そう。至密房は選ばれた女官しか入れない部署。あなたにとっても悪い話ではないでしょ。だって将来、上級至密尚宮長になれば、もうその上は女官長だけだし、特権と権力が手に入るわよ」
(特権と権力か⋯⋯それがあれば、もしかしたらアボジとオモニの死の真相に近づけるかも知れないな。王妃様⋯⋯中殿媽媽の直属の女官の調査機関、監察府も動かせるかも⋯⋯ハルさんも当時の典医監での猛毒ドラゴグラスの購入者が分かれば、アボジとオモニを毒殺だと見抜いた医官の証言とあわせて犯人を追い詰められるかも知れないと言ってたし⋯⋯私、至密尚宮になりたい! いえ、きっとなって見せるわ!)
ソユンは決心した顔でサヤ公主に答えた。
「私、至密房の女官になってサヤ公主媽媽にお仕えしたいです」
「そう、良かった⋯⋯じゃあ、あとはリネパン、頼むわね」
「かしこまりました」
こうして、ソユンは両親の死の真相を白日のもとに晒すため至密房の女官となったのであった⋯⋯。




