スピンオフ・坂上真子の物語 5/7
北上君は卒論をほぼ完成させていた。一方で就職活動は難航していた。忙しい合間にデートもした。
「どこかの会社の経理か総務を狙っていたんだけど、ぜんぜんうまく行かない。どこも行っても倍率が高い。心配かけてごめん」
「心配はしてないよ。どこに向かっても道はあるよ」
このような場面での正しい対応というのが私にはわからない。心配してるよ、がんばってと言うべきなのだろうか。彼は私に心配させたいのだろうか。反対の立場だったら私は心配より信用して欲しいと思う。だから信用することにした。私だってなんとかなったんだよ。
「長野新幹線が開通した。前よりずっと故郷が近くなった」
それは不安を掻き立てる言葉だった。彼の考えがわからない。近ければどうなるのか、ちゃんと言ってくれないとわからない。
冬になり、青白い顔の島田君がやってきた。
「真子さん、そろそろチェックのほうをお願いします」
「機能はだいたいできたんだね」
「はい、大丈夫です。ちゃんと動いてます。工場も営業のほうも大丈夫です」
この人は大丈夫なのか。信用しておこう。
工場では Excel 97 のテンプレートで数字を作りCSVで事務所に渡していた。改修後は工場側の FileMaker Pro から入力するようになる。
「Excelテンプレートとは項目自体が違います。なので再現ではありません」
仮眠してしまった島田君に代わって社長が説明をした。工場のV166の壁紙は猫の写真でついついそちらを見てしまう。
「むしろ受注入力画面に似ています。流用したんですね。これはとても良いです」
「ロット番号と受注番号の形式が同じ19971215-0001なのは流用だからです。Excel 5.0のときに流用して作り、FileMaker Pro 3.0J で踏襲しました。でもそれは事務所での話。これからは工場の FileMaker Pro 4.0J でやります。工場組はこの画面は初見です」
「つまり慣れは考えなくていいということですか」
「慣れに頼れないということです。初見で迷わない画面を真子ちゃんに作ってもらいたい」
「まずロット番号の欄が黄色なのは受注番号と同じですね。これは変えるのが良いと思います。だって違う番号なんですから」
「工場で受注入力はしないよ。迷うと思いますか」
「予想外のことがあったらどうします。どうしてもここから受注入力したい、どうしても事務所で生産データ入力をしたい。その可能性はゼロですか」
「ゼロではないです」
「不規則な操作状況でユーザーは冷静でないかもしれません」
「わかりました。色は何にしよう」
「薄緑が合うと思います」
1行目が担当者名、作業人数、作業時間、天候、気温。
「これらの項目はすべてプルダウンにしましょう」
「それはできるけど。そこまでやるか」
「すこしでも迷いを減らすんです」
2行目が商品番号、商品名と属性、予定数量、生産数量、予測在庫。
「商品名は入力者のための補完情報なので送信されません。表現を変えるべきです」
「ふむ。小さくしたら読みにくいよ」
「じゃあ色を変えましょう。グレーにできますか」
「可能です」
社長がメモをしている。こういうときには手書きを使うのよね、この人も。
「予測在庫は自動的に計算されるフィールドで意味が違います。ここは隙間を作ったら見やすいんじゃないでしょうか。右に4px移動でどうでしょう」
「良いと思います」
3行目以降は資材番号と資材名、使用数量。最後に備考欄と更新ボタン。
「使用数量に単位が書いてないです。個数か重さかわかりません」
「工場ではみんな知ってるんだけど。単位は資材マスターにあります。表示は可能です」
「じゃあそれで。更新ボタンはどうして角丸なんですか」
「とくに意味はないんだけど」
「意味がないなら普通のボタンにしましょう」
「わかりました」
次は営業部だ。
「営業部用の特別な受注入力画面を作りました。ここで入力しても在庫引き当ては行われず、未確定の受注という状態になります。確定時に引き当てする仕組みです」
「それがわかるようになっていないです」
「ここに未確定と書いてあるじゃない」
「そんなの見落としちゃいますよ。大きくして色も使いましょう。水色が合うと思います」
「はい」
「それから在庫欄を使わないなら無効とわかるように、私なら薄いグレーで塗りつぶします。枠線よりも薄いグレーで」
数日後に見せてもらったら指摘した部分はすべて修正されていた。島田君が起きないから社長が自分で作業したんだって。




