ペルセウス座流星群
「お世話になっております。比野文具です。ご注文、繰り返します。A4ノート細罫を1ケースですね。はい。本日中に私がお届けにまいります。ありがとうございます」
慣れた手つきで伝票にボールペンでさらさら書き込む裕太。伝票はそのまま事務員の美香に手渡し、カーボンコピーを電話のすぐ横のレターボックスに放り込んだ。箱には「工場行き」と書いてある。出庫指示である。注文を受けている間に、アルミ灰皿のマイルドセブンは半分くらい灰になってしまっていた。一服して、ホワイトボードを見上げながら言った。
「今日は社長はどうしたの。とくに報告事項もないから出ちゃって大丈夫かな」
そう言いながら煙草を消し、車の鍵を手に取る。
「遅刻は珍しいけど、ないわけじゃないし。いいんじゃないの。ポケベルは持ってるでしょ」
「あれかな。昨夜の流星群を遅くまで見ていたとか」
「そうかも。去年は見られなかったみたいだし、今年もしばらく曇ってたから」
「じゃあ出るから。昼に戻って、午後からまた納品の予定」
「予定がわかってるならボードに書いといて」
「はいはい」
言いながら、裕太はマーカーを手で探す。
「じゃあ行ってきます」
ペルセウス座流星群。
133年周期で公転するスウィフト・タットル彗星が地球に残す足跡である。毎年観測される現象だが、彗星の動向により流星の数などは変化する。昨年は当たり年だったが、社長は天候や仕事や夏風邪のせいでまったく見られなかったと嘆いていた。
今年はまだ活発化の名残が見られるということで、雲の様子を気にしていた。そして昨夜はようやく晴れたのである。
「おはよう」
社長の比野が音もなく入室していて挨拶をした。
「おはようございます。星は見られましたか」
「うん。何個もポツポツ落ちてきたよ。思ったより小さかったけど夢中になった。窓を開けたまま寝たから、なんだか調子が悪い」
「風邪ならうつさないでくださいよ」
「はいはい」
社長はいつもなら朝はゆっくり日経新聞を読んで、それからネスカフェで一服して、電話したり書類を読んだりしている。
今朝はパッパと新聞をめくって眺めただけだ。コーヒーはいらないと言った。私だけ、お茶をいただこう。
事務所には一昨年から PC-9821Ae が置かれているが、あまり活用はされていなかった。いちばん活躍したのが筆まめ Ver.3 で年賀状を印刷したとき。それからたまに社長が一太郎 Ver.4.3 で手紙などを書いていた。それもとっくに飽きているようで、NECのプリンターの出番はあまりない。棚にはインクリボンとフロッピーの箱が置かれていた。住所録と未使用品が同じ紙箱に入っている。Lotus 1-2-3も入ってはいるがまったく使われていない。花子は社長が何かを作りかけて放り出して以来、ただの飾りだ。
社長はなぜか PC-9821Ae が気になっているようだった。手紙でも書くのかな。
美香はさっき受け取った伝票を箱に入れる。納品が終わって控えが戻ってきたら、ホチキスして別の箱に移す。それらは一日の終わりに輪ゴムでまとめて、経理の机の上の箱に入れておく。経理の斉藤さんは週に4日の出勤で、それを処理する。どう処理してるのかはわからないけど、終わったらまたこちらに戻ってくる。私は紐で綴じ直して書庫に保管する。おしまい。
「その伝票」
社長が話しかけてきた。
「あとから調べ直すときってどうしてます」
「日付で探してめくりますけど」
「検索性に問題を感じたことは」
「よくわかりません」
「顧客番号も書いてないですね」
「お客さんに番号なんてないですけど。どこの誰かわかればいいって教えてくれたの社長じゃないですか」
「それは悪い社長ですね。じゃあとりあえずね、束ねるときは名前順にしなさい」
営業が工場へ在庫を確認に行くことがある。その際に伝票などを持ち運ぶ。社長は工場へ行くと言って、工場行きの伝票を持って出て行った。
比野文具株式会社の登場人物
比野真二 社長
裕太 営業
美香 事務
斉藤さん 経理(週4)
共用 PC-9821Ae PC-PR101/T101




