6ー1 底辺冒険者の転落その1
メイディ視点の話になります。
「……ここで一旦、引き返すべきでは。階段を降りた先はまだ誰も足を踏み入れていない階層です。未知の魔物が潜んでいるかもしれませんし、装備も万全とは言えません」
「誰が意見していいと言った? 君は正式な仲間ではない、雇われの冒険者じゃないか」
「だからやめようって言ったんすよ。回復魔法しか取り柄のないやつを入れるなんて」
「むしろ怪我人が出るくらいのリスクを負わなければ、お前のような『薬箱』に契約料を払ったぶんだけ損をするじゃねえか。まったく最近の若いやつは、すぐに楽をしたがるんだよな」
やはりというべきか、誰もメイディの忠告に耳を貸してくれなかった。
昔から勘が鋭く、こういうときの嫌な予感は外れたことはない。しかし「信じて」と言ったところで、鼻で笑われてしまうのがオチである。
そもそもパーティーの中でもっとも経験が浅く、ひとりだけ若い女。
しかも一日かぎりの〝派遣メンバー〟となると、発言権どころか人権すら与えられないのが実情だ。
半年前の変動によって、未知の素材や遺物が迷宮のいたるところで発見されるようになった。同時に未知の魔物も出現するようになり、冒険者の死亡率はじわじわと上がっている。
ゆえに現在、ギルドは治癒魔法の専門家の同行を推奨している。
とはいえ本当に危険な状況に陥るのは、十回に一回程度。
ほとんどの場合、メイディのような『薬箱』はお荷物になる。
そのせいで普段から風当たりが強かった。
(やばくなったら真っ先に逃げよう)
そう心に誓った三十分後、パーティーは壊滅状態に陥った。
メイディはどうにか生き延びたものの重傷を負い、後からとんでもない治療費を請求されるはめになった。
未知の魔物と遭遇した場合、ブロンズ級程度の治癒魔法ではどうにもならない。もっと上位の使い手でなければ、薬を買ったほうがマシである。
今や誰もがその事実に気づき始めているし、自分のようなお荷物はいずれ居場所がなくなってしまうだろう。そうなる前にもっと魔法の腕を磨くか、別の技能を習得しなければならない。
しかし悲しいかな。
メイディはとことん不器用だった。
◇
「バイトに復帰して大丈夫なんですか?」
「いつまでも休んではいられないからね。それになにもしないでいると、全滅したメンバーのこと思い出しちゃって。気に食わない連中だったけど、できれば助けてあげたかったなあ」
「けっこうメンタル強いですよね。メイディさん」
新人のサリナちゃんに言われて、苦笑いを浮かべる。
強いわけじゃなくて麻痺しているのだ。
それに冒険者としてなら、歳下の彼女のほうがずっと強い。
一度だけ魔物狩りをしているところを見かけたことがあった。
踊るように攻撃をかわし的確に標的の頭を射抜く姿は、まさにかつて憧れた冒険者のイメージそのものだった。自分が同じくらいの歳のころは、どこにでもいる平凡な女学生だったのに。
獣人との混血だから身体能力が高いというだけでなく、生まれ持った才能から違うのだ。
サリナちゃんとバイトしていると、瞳の奥に宿るギラギラとした光や、なにげない会話の中に垣間見える知性の高さに、はっとするときがある。
だからみんなに認められる。愛される。
シフトを多く入れているわけでもないのに、今やカフェの中心人物だ。
サリナちゃんの小さな背中を眺めていると、つくづく思う。
私だって頑張っているのに、どうしてこうも違うのかと。
◇
サリナちゃんが退勤したあともいっぱい働いた。
店長に頼まれて店じまいの作業もサービスでこなした。そして王都のはずれにある安アパートに帰るころには、すっかり日が暮れていた。
冒険者を辞めるべきかもしれない。
暗い路地をとぼとぼと歩きながら、そんな考えが脳裏をよぎる。
メイディは今年で二十三歳。今ならぎりぎり、カタギの生活に戻れる。
故郷の町に戻ってお見合いをして、商人の男あたりを引っかける。
婚期こそ逃しているとはいえ若い娘。しかも元冒険者で回復魔法が使えるとなると、田舎であればけっこうな箔になる。
グレードを下げれば簡単に裕福な暮らしが手に入るのに、なんだってこんなところで燻っているのだろうか。
それでも、迷っている。誰にも必要とされていないのに――まだ、自分の価値を信じようとしている。
治癒魔法の使い手は希少ではあるものの、あくまでそれは世間一般での話。優秀な人材が集まる王都には、ごろごろと転がっている。
だから基本は一日かぎりの派遣。
正式なパーティーに迎えいれられるのは一握り。そういう冒険者は大抵メイディより回復魔法の腕がよく、他の技能も有している。
同行したパーティーが全滅したことで、評判はがっつり落ちてしまっている。貯蓄は怪我の治療費でぜんぶ溶けた。治癒魔法を使うには触媒が必要になるから、それを買うために、バイトを増やさなければならない。
エルカザードは税金も家賃も物価も高い。
普通に暮らしているだけで、お金はどんどん消えていく。
だからいつになっても、冒険者として復帰する目処が立たない。
すっぱり辞めるか身体を売るか、借金するか。
どっかのお金持ちが、見かねて手を差し伸べてくれないものか。チャンスさえ与えてもらえれば、今度こそ絶対、成功してみせるのに。
「にゃはは。辛気臭い顔おっ!」
酔っぱらいの女に声をかけられた。
舌打ちしながら振り返ったあと、すぐに後悔する。
カフェの常連客。
というより、同じ冒険者。
剣聖――ルーン・ククルカン。
「誰かと思えばカフェの店員さん……の、サリナじゃないほう!」
「私のことを覚えていてくれたのですね。いつもありがとうございます」
無礼な物言いに内心穏やかではなかったが、営業スマイルを浮かべる。
顔を認識されているだけ、光栄だと思うべきなのだ。
相手はミスリル級。
メイディにとっては、はるか高みにいる存在。
「一杯やりますう? 仕事のストレスわ、お酒でふっとばすのが一番!」
「明日も早いので……」
「どうせカフェのバイトでしょお? いいじゃんいいじゃん、サボっちゃおうよ。お姉さんだって冒険者なんだからさあ、本業の付き合いのほうを優先しなきゃあ、ダメじゃんねえ」
「ならお言葉に甘えて、ちょっとだけ」




