4ー4 わくわくどきどき迷宮探索その2
エルカザードの地には五十から七十の迷宮があるとされているが、その中で深層と呼ばれるエリアが存在するのは七箇所しかない。そのすべてが最高難度SSランクに認定されており、建国ウン百年だかの歴史を経てもほとんどが手つかずのまま残されている。
冒険者時代のジークが成した偉業にSSランク迷宮の単独踏破というものがあるが、そのときに攻略した【水晶の迷宮】には深層に該当するエリアは存在しなかった。
本人の言葉によると「さすがの俺でもソロでは無理」とのこと。
最近になってようやく、深層としては比較的攻略しやすいと判断された【神域砂宮】の調査がはじまったくらいなのだ。そもそも人間ごときがうかつに立ち入れる領域ではないのだろう。
たいまつに照らされた迷宮を歩きながら、ほくそ笑む。
魔族や神々に近しい気配を感じる。
なにせ大雑把だから、すべて滅ぼしたと思ってうっかり取り逃していたか。
それとも彼らに比類しうる『未知の存在』か。
このエリアが上限なら問題ないが、さらに危険な階層があるとすれば我としても鼻歌まじりに探索することは難しくなってくる。サリナが同行している時点で今回は見送るにせよ、準備を整えてからひとりで潜るとしても、本気を出さねばならない局面は何度か発生するはずだ。
あるいは、それでも――。
ゲスジゴクだったころには味わえなかった感覚。
胎児の魂と融合し人の身を得て以降、はじめて感じる力不足だ。
あくまで今の状態を基準にしてではあるにせよ、己を凌駕する存在がいるかもしれないという事実にはわくわくする。この幼い身体が成長し、竜の魂に順応したあとではどうだろう。
一度でいいから、死の恐怖とやらを味わってみたいところだ。
「おっかねえけど、綺麗なところだな。壁に刻まれている模様は誰が彫ったのやら」
「これたぶん材質は貝殻ですよ。なので彫ったというより埋めこんだが正しいかも」
「なんだって……? ナラシカマイマイを集めたにしちゃキラキラしているな」
「いやオアシスで獲れるような身近なやつじゃなくて、もっと深い海の底に生息しているような魔物のものだと思います。自然に模様ができたものに誰かが手を加えている可能性はありますけど、結局それが何者なのかは謎ですね。そういえばここが未知の迷宮だった場合、命名権は発見者にあるのでしょうか」
「ならマイマイ迷宮」
「可愛い! でも場所の雰囲気に合っていませんし【螺鈿迷宮】というのはどうですか」
「悪くないかも。螺鈿ってたまに市場で見る交易品だよな」
「無事に帰還できたらお揃いの髪飾りを買いましょう。記念として」
「やだよ恥ずかしい。ていうかそれ死亡フラグじゃね?」
かもしれない。サリナはジンクスだとか占いだとかを信じるタイプなので、我の発言にめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。こういう神経質で心配性なところもなんだか可愛らしい。
模様や材質以外のところもいくつか気になったので、話のついでに立ちどまって確認する。
迷宮内の通路はそこそこ幅があり、長身の男性――たとえばジークあたりが四人くらい横に並んで両手を広げて、ちょうど端と端が当たるくらいだろうか。
といっても魔物とやりあうとなると、かなり手狭に感じられるはずだ。ジャイアントビートル級の相手が突進してきたら逃げ場がない。そういう意味でも戦闘はなるべく避けるべきである。
天井は高く、一面には螺鈿模様の細工が施されている。
光源もなければ通気孔らしきものもない。迷宮の例に漏れずここが砂漠の地下奥深くなのだとすれば、空気はいったいどこからきているのだろう。
たいまつを近づけて壁面をつぶさに観察してみると、キラキラと虹色に輝く貝殻の細工以外にはまったく継ぎ目がなかった。柱すら存在せず、つるつるとした空洞が一直線に続いている。
あきらかに人工物なのに、建築物らしき特徴がほとんどない。
硬度はどうだろう。試しに殴ってみるか。
「ちぇいっ! ……あだだだっ! 砕けない、だと?」
「当たり前だろ。迷宮の壁は破壊不可能。そんなのは誰でも知っている常識じゃねえか」
「サリナちゃん。本で得た知識を鵜呑みにするのはよくないですよ。しかし我の力でもびくともしないとなると、単に固いのではなく物理的な干渉を防ぐ魔法的な処置が施されているのかもしれません。まったくもって『未知』の技術。ふふふ、面白くなってきたのです」
「つうかさ、今すっげえ音したけど大丈夫なの?」
ごーん。ごーん。ごぉおーん。
うは、めっちゃ反響しとる。
慌ててたいまつの灯りを消し、通路の端にぎゅっと身を潜める。
サリナの舌打ちが耳元で響く。余裕がないからか、いつもより怒りっぽくなっているらしい。
しばらくして、数匹の魔物が近づいてくる気配が感じられた。
どすんどすん。
足音からして、かなり重そうだ。
隣から「ひっ……」と悲鳴が漏れたので、すかさず口を塞いでやる。
彼女の呼気で、手のひらがじわりと湿っていく。
真っ暗だから色は判別できない。
立ちあがった蜥蜴を彷彿とさせるシルエット。しかし腕は異様に長く、尻尾は二股に分かれている。脚は鳥のように逆関節で、前傾姿勢のまま肩を左右に揺らしながら歩いている。
顔は爬虫類系で細長く、両目は青白く輝いている。
頭に生えた角は渦を巻くように丸まっていて、そこだけ見れば竜や魔族に見えなくもなかった。
上位種の代表格。グレーターデーモン。
無尽蔵の魔力を持ち、高位の攻撃魔法を連発してくる。
身体能力も非常に高く、鋭い爪には毒、麻痺、石化、気絶の効果を持つ呪詛を宿している。
しかし真に恐るべきは首を跳ね飛ばしても復活する再生能力と、遠く離れた位置にいる仲間と即座に同調できるテレパシー能力だ。そのしぶとさゆえに戦闘は長引き、もたもたしているうちに群れが押し寄せてきて蹂躙されてしまう。
『ミスリル級冒険者五十人に聞いた全滅を覚悟した魔物』堂々の一位というのも、納得である。
図鑑で得た知識と直に拝んだ印象を合わせると――はるか昔、ゲスジゴクだったころに滅ぼした魔族どもの子孫にあたる連中なのは間違いなさそうだ。
ただ種族としてはだいぶ退化しているらしく、人間と猿くらい程度に違いがある。
一応、今の我でも倒せそうな相手。しかしわりと真剣にやらなければならず、となると戦闘モードになった姿をサリナに見せることになってしまう。
それはあんまり気が進まないうえに、攻撃の巻き添えで殺してしまうリスクを考えると穏便に済ませるのが正解だろう。幸いにも敵はこちらに気づく様子はなく、通りすぎていった。
「迷宮にはあんな化け物がうじゃうじゃいるっつうのに、それでも潜ろうとする冒険者ってのは完全にイカれていやがるな。あーしには無理かも。正直、なれるような気がしねえ」
しばらくしてようやく震えが収まったのか、サリナが弱々しい声で呟く。
その反応を見て、リコッタ嬢も彼女を冒険者にする計画を断念することを考えていた。
未知に対しての好奇心。一攫千金という野望。
あるいは強敵と爪牙を交えるときの高揚感。
死の恐怖に呑まれるのではなく、嬉々として乗りこんでいくような異常者でなければ、道の途中で心が折れるか、どこかでヘマをして犬死にすることになる。
才能はあるが、向いていない。そう判断すべきかもしれない。
打算的な思惑でサリナに『きっかけ』を与えたものの、冒険者になるかどうかまでは無理強いするほどのことではなかった。許可証を得るまで付き合ってくれさえすれば当初の目的は達成できるわけで、その後に彼女がどのような道に進もうが構わないというのが正直なところだ。
最近はコスメやネイルに興味を持っているようだし、一流の冒険者を目指さずとも小遣い稼ぎ程度に依頼をこなして優雅に暮らすとか、他のもっと平和で地道な仕事を探すでもいい。
安心させようと思って頭を撫でると、サリナはものすごく驚いたような顔をした。
我にだって優しいところはある。
彼女が自ら『選択』した答えなら、尊重しようじゃないか。
お友だちとして。




