(6)
猪突猛進で視野が狭いが、グローセンも馬鹿ではないらしい。
ピクシーたちに誘われて丸三日後。
二人は山の中腹にある国境関門近くに辿り着いた。
森の木々の合間からそっと覗くと、国境関門には警備隊と対峙している武装した革命軍が睨みを利かせていて、関門を抜けた車を一台ずつ覗き込んでいた。
「おおかた予想通りでしたね、大佐」
「あぁ。グローセンが単純で助かった」
とはいえ、これからどうしたものか。
予想通りの革命軍を見届けて、見つかる前に二人は国境線を辿って更に森の奥へ進んでいった。
ここまで誘導してくれたピクシーたちは、帝国軍の装備から悪意を察知して、ピァピァッと怒り心頭で森のどこかへ飛んで行ってしまった。
あからさまに安堵の息を吐いたフルーヴをとがめる気は起きなかった。
ピクシーたちは礼と称して、二十四時間つねに好みの人間の魔力を少しずつ食べてくるのだ。
現在の彼の疲労度は、オースティンのそれとは比べ物にならない。
「ラヴィーユ大佐! こちらです!」
そんな時だった。
国境線に引かれた高い金網塀の反対側から、唐突に第三者に声をかけられた。
そちらを見ると、革命軍の軍服を着た水色髪の男が立っていて、二人は思わず身構えた。フルーヴに至っては既に剣を抜いている。
「大佐、下がっていてください」
「大丈夫だ。貴様、何者だ。返答によっては、ここで切り伏せさせてもらう」
声をかけてきた男は武装こそしていなかったものの、そばにはスカイ・バイクを係留していた。
彼がその気になれば、いつでも国境関門までオースティンたちを通報できることだろう。
男もそれには思い至っているようで、周囲を見回したあと慌てて首と両腕をブンブン振った。
「あ、いや、違います! 違いますから! これ、これ見てください!」
そう言って、軍服の一部らしいタートルネックのシャツから、やっとの思いで取り出したのはネックレスで、そこに小さなペンダントトップがぶら下がっていた。
オースティンとフルーヴがそれに注目をすると、ペンダントトップは途端に革命軍のシンボルマークからヒューゲル家の家紋を刻印したコインに早変わりした。
家紋の周囲は宝石と金で彩られているようで、それを見て反応したのは、オースティンよりもフルーヴの方が早かった。
「チッ、ゆるふわ悪魔の信者か……」
「ゆるふわ悪魔じゃありません。ヒューゲル大佐です」
「同じだろうが」
フルーヴのフェリチタ評はともかく、フェリチタと繋がりがあるのであればとオースティンは少しだけ警戒を解いた。
カメイル・カボスロンゴと名乗った彼は金網の傍まで寄ってくると、その場に片膝をついた。
王宮で何度もされたその挨拶に、オースティンは少しだけ苦い顔をする。
フェリチタの信奉者とはいえ、彼は腐っても帝国人だったようだ。
「お待ちしておりました、オースティン様。ヒューゲル大佐より、あなた様のお手伝いをするよう仰せつかっております」
「……あぁ」
こうして、他人行儀の上位互換とも言える態度を取られるのは、本当に性に合わない。
フルーヴは物珍しいものを見る目でこちらとカボスロンゴを見ているし、背筋に悪寒が走る。
「それで、この金網はどうやって渡ればいい?」
だいたいの国境線には、壁の強度に差はあれど、必ず探知魔法か電流が走っている。
この頼りなさそうな金網だって、何かしらの仕掛けが施してあるはずだ。
膝をつき、こちらへの忠誠を見せるカボスロンゴが金網に触れないのが証拠のようでもあった。
「ご覧の通り、この金網には探知魔法が仕掛けられています。お気を付けください」
カボスロンゴはゆっくりと立ち上がってから、懐から一冊の本を取り出す。
装丁から魔導書であると察したものの、それでいったい何をするというのだろう。
「小官は、こう見えても国境警備隊の隊長を任されておりまして。数分であれば探知魔法を一部解除できます。少し離れていてください」
本を開いたカボスロンゴの言葉に、二人は数歩後退した。
カボスロンゴの手が本に当てられる。
彼の魔力が込められた本は、淡く青白い光を放って輝きだした。
こんな、何もない森の中で魔法解除なんて行って大丈夫なのだろうか。
一抹の不安はありつつも、見守るしかなかった。
「《魔法解除》」
そっと囁かれた言葉に、目の前の金網が一枚だけバチンッと光を弾く。
カボスロンゴがこくりと頷いたのを見て、二人は金網に飛びついて乗り越えた。
「助かった。ありがとう」
「いいえ。殿下のお力になれるのであれば」
ニコリとほほ笑んだ彼の言葉に、オースティンはあいまいに笑うしかできない。
これでは、フェリチタの信奉者というよりは、オースティン信者のようである。
もしかしたら、どちらも、なのかもしれない。
あの腐った革命軍の中に味方がいるのは大変喜ばしいことだが、兄の二の舞になりそうでそこだけが嫌だった。
兄のエーデルは、帝国内において、神に愛された子とされていた。
国内での人気を見る限り、彼は一人の皇帝ではなく、何かのシンボルとして崇められているように感じる。
その後釜にだけは絶対になりたくなかった。
後方で、金網がまた光を弾く音が森の中に響く。
「それで、革命軍内での様子はどうだ?」
「はい。皇后様が倒れられて目を覚まさないという噂は広まっております。その噂を聞いた途端、グローセン中将が部隊を指揮し、それはもう、サラマンダーもかくやというスピードで革命軍領を出ていかれましたから、こっちはもう追いつくのが大変で……」
「……」
思わず、頭を抱えてしまった。
グローセンはもう少し上手く立ち回れないのだろうか。
一介の民草でしかない彼らがどこからその噂を聞きつけ、どのように出回っていたのかはこの際置いておいて、そこは少数精鋭で隊を編成し、噂の真偽を確認するべきであろうに。
大方、集められた全員に声高に宣言でもしたのだろう。
クララをこのようにした敵はオースティン・フォン・ラヴィーユただ一人である、などと吠えたに違いない。
もしかしたら、首から下はいらんとまで言ったのではなかろうか。可能性はある。
「国境を越え、殿下はどちらにおいでになるのですか?」
「そちらの革命軍領には行かない。安心しろ」
「はっ」
信奉者とは、時に己の背中を打つ者へと変貌する。
なんだか、このカボスロンゴという男は信用ならなかった。
カボスロンゴは、スカイ・バイクを二台と、二人分の着替えまで用意してくれていた。
革命軍の軍服の上からマントを羽織り、カボスロンゴが一言呪文を唱えると傍目からは少し小汚い旅人のように見えるようになった。
変化魔法はこういう時に便利だが、これでマントを脱ぐことができなくなったな、とフルーヴが呟いた。
「お気をつけて。あえて忠告することではないかもしれませんが、グローセン中将は相当数のドラゴンを事前に召喚しておりました。殿下の行く先々でかち合ってしまうでしょう」
「あぁ、気を付ける」
「行きましょう、ラヴィーユ大佐。日が暮れる前にここを出ないと」
「あぁ」
スカイ・バイクに跨って、鍵を捻る。
フォンと静かに空気を吐いて浮いたバイクには十分な燃料が積まれていて、これなら問題無さそうだ、とオースティンはアクセルを踏んだ。
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