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(4)

ヴェステラード帝国 帝国軍中央部 オースティンの執務室にて。


 フェリチタがどこかに出かけて三日。


 彼との約束の日が来た。


 オースティンは自分の執務室で事務仕事をしながら、いつになくソワソワしていた。

 フェリチタは、どんな人間を連れてくるのだろうか。


 それ以外に、誰がこの聖杯探索についてきてくれるのだろうか。


 不安は字に宿り、オースティンは今日何度目かも分からない書き損じの紙を丸めて床に投げ捨てた。

 そんな時だった。


 コンコンコンッ


「入れ」


「失礼いたします」


 ドアがノックされ、返ってきた声に、オースティンは少しだけ落ち込んだ。

 フェリチタではなかったからだ。


「あれ……ここで誰かが魔法を誤爆でもしましたか? 紙がこんなに床に溢れているなんて、取り出し魔法でも失敗したのでしょうか」


「タウゼント……」


「冗談ですよ。そんな顔をしないでください」


 執務室に入ってきたのは、オースティンの側近を務めるラオブラット・ツー・タウゼント大尉だった。


 紺色の短い髪に、ツツジ色の瞳。細い眼鏡をかけていて、縦にひょろ長く、オースティンより頭二つ分背が高い。


 彼の手にはバインダーファイルが握られていて、また仕事かと少し溜め息が出た。


「仕事が手につかん」


「まぁ、そんな日もありますよ。ヒューゲル大佐はまだお戻りではないのですね」


「あぁ。それと、他のメンバーもまだ決まっていない」


 あまりのんきに仕事をしていられるような状況ではないというのに。


「メンバーでしたら、先ほど決定したそうです」


「本当か!」


「はい。これがその一覧です」


 そう言ってラオブラットが差し出してきたバインダーファイルを、奪い取るように受け取って、オースティンはファイルを開く。


 ファイルに挟まっていたプロフィールリストを眺めて、オースティンは眉を顰めた。


「……って、これだけなのか?」


「すみません、ラヴィーユ大佐。聖域に近寄れる人間は、そもそも数が少ないのです。そこからメンバーの選出となると……」


 だからと言って、オースティンを入れて五人とは。


「これから、顔合わせを行う予定です。よろしいでしょうか」


「……あぁ」


 一抹の不安は残るものの、仕方がない。

 オースティンは軍服の襟を正したあと、ラオブラットを連れて指定された会議室に向かうのだった。


 道中、オースティンは悩んだ。


 これは、自分一人で行くべきなのではないだろうか、と。

 他の行軍とは違う。そんなものに、部下を巻き込んでいいのだろうか。


「ラヴィーユ大佐。こちらです」


「……あぁ」


 取り留めのない考えがまとまるよりも先に、会議室に到着する。


 ドアを開けた先には、幹部勢を含めて七人の男女が集まっていた。

 会議室の隅で、フェリチタがテーブルの上に座っているのが見えた。


 帰ってきていたのなら、一言くらい報告してくれてもいいのに、と思うが、まずは目の前の仕事が先だ。


 バインダーファイルを開いて、オースティンと共に来るメンバーを確認する。

 一人は、先の会議にもいたアゼリーだった。


「アゼリー・マロニエ少佐であります。よろしくお願いします」


 彼女は魔法が使えないものの、その分知力と戦力で少佐まで上り詰めた経歴がある。

 アゼリーが一緒なら、百人力だ。


 オースティンはホッとをなで下ろした。


 そんなアゼリーの横から軽やかに飛び出してきたのは、ツンと尖った顎と同じく、どこかツンツンと尖った空気を纏った青年だった。


 きちんと整えられた青髪に、凛とした一重のバラ色の瞳が、まっすぐオースティンを見つめてくる。


「お初にお目にかかります、ラヴィーユ大佐! わたくしは、シュロシアン・フォン・ヴィルデローゼン大尉であります! このような任務に就かせて頂けること、大変光栄に存じます!」


「あ、あぁ、よろしく」


 オースティンの顔を見た途端、こちらに駆け寄ってきたシュロシアンは、近距離のはずなのにキンキンに声を張り上げてきた。


 その圧に押されて、オースティンは思わずのけぞってしまった。


 オースティンが反応したことに気を良くしたシュロシアンは、まるで劇場の俳優のようにオースティンから距離を取ると、指を鳴らして魔法でバラの花びらを大量に召喚させて彼の頭上に舞い散らせた。


 チラチラと舞い落ちる花びらの中で、シュロシアンはビシリと大げさなポーズを取り続けている。


「このシュロシアン・フォン・ヴィルデローゼン! ヴィルデローゼン家の後継者! 士官学校は主席で卒業し、こうして今日(こんにち)まで国のためにまい進して参りました!」


 声が大きすぎて、耳鳴りがしそうだ。


 シュロシアン劇場はまだ続く。


「あぁ、そんな折に、あぁ! わたくしはそちらのフェアディーン大尉が他の士官の方とお話しているのを聞いてしまいまして! これは良いと、こちらからお声をかけさせて頂いた次第でございます!」


 ヴィルデローゼン家は、この帝国内では古株の貴族の名前である。


 あまり景気はよくないようだが。


 エーデルとヴィルデローゼン家当主が謁見室で話しているのを、よく見かけた。


 彼らはいつも優秀な魔法使いを輩出しており、たしかに魔法に関しては頼りになる人間たちではあるのだが、全員が全員こんな調子なので、オースティンとしては最も苦手な貴族であった。


「もちろんっ! わたくしどもは聖域に入ることを許された、聖なる一族! あぁ、ラヴィーユ大佐! いいえ、ここはオースティン殿下とお呼びするべきでしょうか! きっとわたくしは、あなたの力になれると、確信しております!」


 フンっと最後にまた大げさなポーズを取ると、決まったとばかりにシュロシアンは悦に浸っていた。実際に言っていたかもしれない。


 どうしたらいいものか分からず困っていると、横でラオブラットが咳払いをして「次」と促してくれた。


 シュロシアン以外の全員がドン引きしているのだが、彼はそんなことは気にしていないようで、渾身のどや顔を最後に披露したのち、次の人物へ仰々しく場を譲った。


 彼が下がったと同時に、会議室を縦横無尽に舞い散っていたバラの花びらは途端に宙に消えていった。


 シュロシアンの次に出てきた女性は、イゾラ・ヴィルトゥと名乗った。


 ニコニコと、柔和な顔つきはまるで聖母のようでもあった。

 ゆったりとした喋り口調に、ゆるいウェーブがかかった藍色の髪。弓なりにしなる瞳も藍色だった。


「陸上小隊ゼロゼロセブン隊から来ました~。イゾラ・ヴィルトゥ中尉です~。治癒魔法が得意です~。よろしくお願いしますね~」


 陸上小隊ゼロゼロセブン隊は、元はアゼリーが率いていた部隊である。

 今は後継の人間に託しており、そこの小隊出身ならばきっと彼女も腕が立つのだろう。


 オースティンは期待で胸を膨らませた。


 彼女の自己紹介に、他の面々も食いついてきた。


「へぇ、あのゼロゼロセブン隊からかぁ。そりゃ期待できそうだな」


「おぉ! なんと素晴らしい! このシュロシアン・フォン・ヴィルデローゼン! このような素晴らしい方にお会いできて本当に光栄です!」


「私の後継が来てくれて、嬉しいよ、ヴィルトゥ中尉」


 そう言って、アゼリーがイゾラに向かって右手を差し出した。

 イゾラも、ゼロゼロセブン隊時代に伝説をたくさん作ってきたアゼリーを目の当たりにして、緊張しているようだ。


 なにやらしきりに「会えて光栄です~」だの「少佐とお仕事するのがずっと夢で~」などと言っている。


 きゃっきゃと二人で盛り上がっているなか、またラオブラットが咳払いをした。


「では、最後」


 レオブラッドの声に、最後登場したのは、なんとも派手な男だった。


 派手な白い髪を更に派手にヘアアレンジして、瞳は赤。ウサギのようなカラーリングのくせに、ガタイは良いし、何より顔がうるさい。


 腰には剣の他に水筒のようなものを提げていて、そちらにオースティンが目を移した時に男が口を開いた。


「海洋隊隊長、フルーヴ・アプフェルゴット。ヒューゲル大佐に連れられて来たが、詳細はよく分かっていない。魔法も最低限しか使えないし、どうしてここに呼ばれたか分からない。だから、文句ならあそこの……痛ってぇ!」


 自己紹介の途中で、ビシッとフルーヴの頭に小石が飛んできた。


 どこから飛んできたのか、と辺りを見回すが、ニコニコしながらこちらの様子を眺めていたフェリチタがいたくらいである。


 フルーヴの方は犯人が分かっているようで、舌打ちをしたあと黙ってしまった。


 彼の横に立っていた副官らしき若い士官は、おろおろするばかりだ。かわいそうに。


「さて」


 そう言ったのは、フェリチタだった。


「これで全員だね。問題ないかな、ラヴィーユ大佐?」


「あぁ、問題ない」


 多少、シュロシアンとフルーヴの相性は気になったが。

 ここで二の足を踏んでいる暇はない。


「それで、まずはどこを目指すの?」


「最初は、この国を北に出た先にある、ガットバッチを目指す」


 聖域ライヒベルグの麓にある町だ。

 そこから、守護者を見つけライヒベルグ内にある神殿を目指す。


「ガットバッチかぁ。たしか、ライヒベルグ登山道の入り口だよね、あそこ」


「そうだ。皆、すぐに準備を整えてくれ。これから、」


 ドドーーーーン……ッ


「なっ……! 地震?」


 大きな地鳴りと共に、会議室が揺れる。慌ててその場に伏せると共に、会議室のドアが強く開かれて憲兵が走り込んできた。


「報告します! 国境門の前に、多数の敵影を確認! バリーレウェステン革命軍の紋章です!」


「なに!」


 バリーレウェステン革命軍とは、元はヴェステラード帝国軍に所属していた者たちがメインで結成した、多国籍革命軍であった。


 何かとこちらのやることに反発し、定期的に帝国領のあちこちで騒ぎを起こす、面倒なやつらだった。


「はぁ、お早いお着きだね、まったく」


「ヒューゲル大佐。すぐに陸上隊を指揮して城下門に展開させろ。それから、っ!」


 ギアアアアアッ!


「あれは……?」


「ドラゴンだ! まずい! 超巨大種です!」


 オースティンたちが顔を上げた先の窓。

 ちょうどヴェステラード帝国の城下町を囲む城壁の中のテュール門がある方角に、大きな四つ脚のドラゴンが一体、立ち上がって咆哮する姿が見えた。


 テュール門を軽々と超えそうなその巨体が、張り直し中の結界魔法を打ち破ろうと鋭い爪を振り上げている。

 振り返るとすでにフェリチタの姿は無く、オースティンも息を吐いて意識を集中させた。


「《転移展開》」


 空間転移の魔法陣が床に広がる。青白い光はその場にいる全員を包みこんだ。


「座標確定。一気に飛ぶぞ。《転移開始》!」


 呼応するように、魔法陣が強く発光する。

 強い光が六人を包み、内臓がふわりと浮く感覚があったあと、オースティンたちはテュール門の前に転移していた。


 周囲は殺気立ち、門の向こうでは魔法が使用された時の独特の空気が流れているのを感じる。

 血と、硝煙の臭いも立ち込めていて、まさに前線のど真ん中であった。


「ラヴィーユ大佐!」


 すぐそばを走り去ろうとした兵士が、驚いたようにこちらの名前を呼んだ。


「ヒューゲル大佐はどこだ?」


「あちらです!」


 武器を運んでいた兵士が指差した先には、簡易的なタープテントが張られていた。

 そこで兵士たちに指示を飛ばしていたフェリチタがこちらに気づくと、いち早く駆け付け、敬礼と共に現状を報告してくる。


「待っていたよ。革命軍兵の方は食い止められそうだけど、張り直したばかりの結界魔法が持ちこたえられそうにないね」


「あとどのぐらい持つ?」


「ドラゴンのパワーがどの程度か分からないけど、もってあと二十分かと」


「すぐに結界魔法が得意な兵たちを呼び寄せろ。せめてこの門だけでも結界を張り直す」


 すぐ後ろに待機していたアザリーに目配せをすると、おおよそのことは察してくれたアザリーが頷いた。


「マロニエ少佐、ヴィルデローゼン大尉たちを連れて革命軍兵の対処と、市民の避難を手伝ってくれ」


「了解」


「アプフェルゴット少佐。結界魔法は使えるか?」


 普段のフルーヴたち海洋隊は、海上が主戦場である。


 オースティンが一瞬だけ言葉に詰まったのを即座に気づいたフルーヴが、少し苛立ったように眉を顰めたものの、へらりと笑ってみせた。


「小官は無理ですが、このシュトラン伍長は得意ですよ。いけるな、シュトラン」


「はい! できます!」 


 フルーヴの後ろにいた副官シュトラン伍長が力強く敬礼をしたのを見て、オースティンも頷いてそれを了承した。


「なら、すぐに門の前へ」


「今はカップスクーゲル准将が兵の指揮を執っている。行けばすぐ分かるよ」


 フェリチタの言葉に頷いたシュトランは、すぐに転移魔法で飛んで行った。


「それで、ラヴィーユ大佐はどちらへ?」


 言いながらフルーヴが腰に差した剣を抜いたのと同時に、オースティンも剣を抜いた。


「俺は、ドラゴンを倒す」


「なら小官も行きましょう。腕っぷしだけなら誰にも負けませんよ」


「わかった。行こう」


「はい」


 テントを出て、剣を構える。見上げた先には、金色に光り輝くウロコを持つ翼龍が結界への攻撃を続けていた。

 結界に綻びは見られないが、それも時間の問題だろう。


 タンッと地を蹴って飛び上がったオースティンは、空中で一瞬の間静止した。

 小さな魔法陣がオースティンのつま先を空中で受け止めて、そして空中へ高く跳ね上げる。


「……っ! お前は……!」


「ヨォ! 裏切り者のクソ野郎! 元気だったかぁ?」


 ドラゴンの顔の高さまで一気に跳ね上がった先。

 ちょうど、ドラゴンの肩の位置にピンク頭の軽薄そうな男が立っていた。


 彼がこのドラゴンの飼い主であることは明白で、男はオースティンに向かってニタリと笑ってみせる。


「グローセン!」


 ドラゴンの肩に立っていたのは、ハング・フォン・グローセン中将。


 エーデルの寵愛を受けていると公言して憚らなかった、皇帝の元狗。

 ピンクの髪と、緑と青のオッドアイというだけでもやたら異彩を放つというのに、その忠義と視野の狭さは帝国軍随一の男だった。


 そして、なぜか帝国軍に所属していたころから、オースティンを目の敵にしていた人物である。


「クララ様になんてことしてくれたんだ! この裏切り者!」


「俺じゃない! そんなこと、俺がするはずないだろう!」


「分からないぜぇ? なんてったって、お前は昔から、クララ様のこととなると前が見えなくなってたからな! クララ様の意識が戻らないって聞いて、すぐピンと来たぜ!」


 それはそっちの方だろう、と言い返したかったが、グッと耐える。


 ギラギラと憎しみの色を湛えた彼のオッドアイが、オースティンの斜め前に立ったフルーヴを通り越してオースティンにのみ注がれる。


 その視線を正面から受け止めながら、オースティンはフルーヴに耳打ちした。


「アプフェルゴット少佐。俺が囮になって、あいつを門から引き離す。下にいる兵士の中で、火魔法が得意なやつを連れてきてくれ。あの金龍種は火に弱い」


「了解」


 フルーヴの返事を聞く前に、オースティンは空を蹴って、国境門の外へ飛び出す。グローセンの脇をもすり抜けて、北へ向かった。


 ともかく、あのドラゴンを門から引き離さなければならなかった。


「シャオロン! 目標変更! あのクソ野郎を喰い尽くせ!」


 グローセンの声にドラゴンが一声鳴くと、翼を広げ大地を蹴った。


 そのでっぷりとした巨体からは想像がつかないほどのスピードでオースティンを追ってくる。


(よし……! やはり、俺だけしか見えてない……!)


 グローセンの意識は、完全にオースティンへ注がれている。

 周囲を飛んでいた革命軍兵を吹き飛ばしながら、彼はまっすぐこちらに向かってきた。


 グァアアアアア!


「チッ! 図体の割に速いな……!」


 上から下から飛んでくる鋭い爪と牙による攻撃を避ける。


 だが、本来空の上で生きている魔法生物相手だ。オースティンに分が悪いのは一目瞭然だった。

 ガギンッと爪を弾いた剣から欠けた刃の一部が飛んでいくが、耐久魔法をかける暇もない。


「くっ……!」


「オラオラ! さっさとくたばれ!」


 右へ左へ。どうにか猛攻を避ける。


「《火遊び》!」


 オースティンが小さな火の玉を数個、指先から飛ばしてみるが、案の定ドラゴンの爪に弾かれてしまう。


「ハハッ! そんな子供騙しみてぇな魔法が通用すると思ってんのかよぉ!」


 召喚獣となれば、ドラゴン本体への攻撃はほとんど通らない。

 彼ら召喚獣の心臓は存在していないも同然で、使用者の魔法力があればあるほど、傷は瞬時に治るのだ。


 今だって、オースティンが投げた火球がドラゴンの角を掠めたが、金が少し溶けたものの、瞬時に元に戻ってしまった。


 何度火球が当たっても、傷は即座に塞がっていく。


 叩くなら、召喚獣の主人である。


 そう頭では分かってはいるものの、グローセンに近づける余裕がなかった。


「くそっ! 仕方ない、こうなったら……!」


 グローセンをドラゴンもろとも倒すには、強力な魔法を使うしかない。

 強力な魔法の使用には長い詠唱を唱える必要がある。


 この戦いにおいてはデメリットでしかないが、迷っている暇は無かった。

 瞬発的に距離を取って呼吸をひとつ整えたあと、オースティンは剣を天に向かって掲げた。


「《晴天に坐す火球 この世の聖母たる灯火》!」


 剣から光の筋が放たれ、空中に展開された魔法陣から、ドラゴンよりも大きな火球を生み出す。

 大きな火球はオースティンの手の動きに忠実に従い、まっすぐドラゴンへ向かって飛んでいった。


「《墜ちろ 白日の光》!」


 ギガアアアアアアア!!!!


「よしっ! 溶けた!」


 巨大な火球はドラゴンを飲み込み、どんどん金で出来たウロコが溶けていく。

 悲痛な叫びが周囲に轟き、だが、間一髪で火球から逃れたグローセンは空中に立って笑っていた。


「こいつ一匹溶かしたところで、召喚獣だってことを忘れんなよ」


「チッ」


「《来い 空の覇者 宝玉の光》」


 天に手を掲げたグローセンが呪文を唱え始めると、あんなにも晴れていた空を覆い尽くように暗雲が立ち込めた。


 雷鳴が轟く。


 強い風が二人の間を吹き抜ける。

 木々がいとも簡単に薙ぎ倒されていく。


 そんな中でも火球をぶつけようとオースティンは手を引くが、あっさりと防御魔法で弾かれてしまった。


「《我が呼び声に応えろ 黒龍》!」


 雲が割れ、紫色の光を放つ雷を纏いながら、先程の金龍よりも遥かに大きなドラゴンが舞い降りてきた。


 凶暴な牙と蛇のような舌。


 強靭な顎の下には、この世の物とは思えないほど美しい宝玉が嵌っている。

 纏うウロコは黒く、全ての光を吸収し尽くさんばかりだった。


 ドラゴンが巨大な口を開く度に、全身を冷たい氷の海に沈められたような恐怖が駆け巡った。


「《火球》!」


 震えた指を叱咤して、巨大火球を急いで黒龍へと飛ばす。


 黒龍はそれを翼で難なく弾き飛ばし、勝利を確信したかのような咆哮を上げた。

 グローセンの魔法力の強さを見せつけられているようで、顔を歪めたオースティンを見てグローセンはケタケタと嘲笑う。


「アッハハハハ! 無駄無駄! 士官学校の頃も入隊してからもオレ様に勝てなかったテメェが、軍を変えたところで勝てるわけがねぇだろうが!」


 黒龍の長大な尻尾がオースティンを薙ぎ払おうと、天から降り下ろされる。


 どうにか避けるものの、防戦一方だ。

 ゲラゲラと下品な笑いに転じたグローセンの声が聞こえてくる。


 その声を無視して、オースティンは周囲に目を走らせた。

 テュール門からは十分に距離は取った。あとは、グローセンの猛攻を止めるのみだ。


 ただ、ドラゴンのパワーをいなすばかりで、攻撃に転じられる隙が見えない。


 どうすればいい。


 考えろ、考えろ考えろ!


「そっちにばっか、かまけてんじゃねぇぞ、ガキんちょ!」


 突然、ドラゴンとオースティンのさらに上空から、苛立った第三者の声が降ってきた。

 それと同時に、大量の弾丸がグローセンめがけて雨のように降り注いだ。


「なっ……! 避けろ、ヘイロン!」


「させるか!」


 グローセンがドラゴンと共に飛び退けたが、弾もそれを追いかけた。

 その弾の一部がオースティンの目と鼻の先を掠めていくと、金属だと思っていた弾丸が水特有の乱反射をしているのが見えた。


「水?」


「ラヴィーユ大佐! こっちだ!」


「え?」

 グンッと腕を引っ張られる感覚。誰だ、と見る前に、黒龍が吐き出した火球に水弾が触れた。

 途端に大量の水弾が蒸発し、ドラゴンとグローセンの周囲に濃霧が発生してしまう。

 視界は真っ白な世界に閉ざされ、一歩先すら見えない。


「なっ! チッ、前が……! ヘイロン! 吹き飛ばせ!」


 グォオオオオ!


 黒龍が一声鳴き、翼で霧を薙ぎ払う。

 霧が晴れた先。

 オースティンが立っていた場所には誰もいない。

 周囲はシンと静まり返っていて、憎々しげに歯を食いしばったグローセンだけが取り残されていた。

読了ありがとうございました! 


◆お願い◆


楽しかった、面白かった、続きが読みたい!!! と思っていただけたら、読了のしるしにブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!

なにとぞよろしくお願いします……!

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