11 支配人
「わははは、そうか、僕ちゃんカツアゲされとったんか、ほんならもっとしめたったら良かったな」
「なに言うてますのん、そしたら支配人がカツアゲで捕まるわ、警察に」
「なんでやねん」
大笑いしているのは私からいきさつを聞いた強面風の男、実はこの映画館の支配人。丸刈り、小太り、カラーの開襟シャツにダボっとしたズボン。足に雪駄履きとなれば完全にヤクザファッションだがさすがに靴は普通にはいていた。まあ堅気の格好でもないな。
「麦茶でも飲んで時間つぶししていきなさいね、今出ていったらまだあの子らおるかもしれんし」
「はい、ありがとうございます」私はコップの麦茶を飲んだ。あまり冷えてはいなかったがカラカラだった喉にはちょうど良かった。
彼女は飲み干したコップに麦茶を継ぎ足すと「じゃあね」と言って事務所から出ていった。
あの後私は事務所に連れ込まれていた。映画館の二階にある壁中がポスターで一杯の部屋だった。彼女が出ていってちょっと間が開いた、私は壁に貼られたポスターに目をやる。最近上映していたものもあれば、敗戦直後のものもある。系統だってはいないから好みのものを貼っているだけかもしれない。単にものぐさかもしれない。そんな失礼なこと考えていると。
「映画が好きなんやな、君は」と、支配人が意外と優しい声で話しかけてきた。
「はい、好きです」
「気に入ったジャンルとかあるの、俳優やったら好みのんとかおるん?」
「いえ、まだそんなに特定のものはないです。俳優さんも、洋画も邦画も観ますし」
「そうやな、君たいがい来てるもんな。なに掛けとっても。この前なんか向こうの東映で高倉健観にいっとったやろ、おっちゃん知っとんねんで」
「網走番外地ですね、あれは良いですよね、ってなんで知ってはるんですか」
「すごいやろ、このあたりの映画がらみのことでおっちゃんの知らんことはないんやで、映画少年」
支配人はニヤニヤ笑いで私を見る。おっさんちょっと芝居がかりすぎやな。
「すごいですね。ほんならヤクザ映画もお好きなんですか、僕を見た言うことは初日からいてはったんですね。その割にはここではあんまり上映しませんよね」
ここはいわゆる名画館で、いろんなものを上映しているが、そういえばヤクザ物はなかったような気がする。
「そうなんよ、うちでも掛けたいんやがあの子が嫌がるんや、ヤクザは嫌いやゆうてな。高倉健なんかええよな、ニューフェイスのころよりずっとええわ」
あのお姉さんはそんなに権限があるのか。実は社長の娘だとか。
「いや僕は独身や、映画一筋やからな」そんなに鼻の穴をふくらまして言うことではないと思うが。
「姪っ子でな、都会に出てきたいゆうから預かっとるんや」ここらは都会なのか。それは東京とか大阪のことで、それも中心部をさすのではないか。ここらは都会ではなくて柄が悪くて人が多いだけの街ではないのか。そんなことをやんわりと言ってみると。
「やあ君はきびしいなあ。そらそやけど、あんな娘あぶのうて一人で出されへんで、手元に置いとかんと心配やからな」
それにしても自分のことがこんなところで知られているとは思わなかったのだが。
「よく来る中学生がおるな、とは思とったんよ。君中学生やろ。そやのにたいがい来てるやろ」
言われてみればその通りなのだが、それはここで上映しているのが本当に観たいものばかりだからだ。かつての俺は好きな割にはあまり映画館には通わなかった。若い頃は金の問題で、その後は時間の余裕の問題で。だからレンタルビデオ屋はよく利用した。今ここで掛けているのもビデオでは俺は観ている。しかしスクリーンで見るのはまた別のものだ。ビデオで見て評論してはいけない、と書かれたものを読んだ記憶があるが、それも正論かも知れないなと今は思う。
話題が映画なら話すことは幾らでもあった。
「あ、まだおしゃべりしとる。サボってんと仕事してくださいね支配人」
ノックもなしにドアを開けて声をかけられる。
「おう、すまんすまん、この子と話しとったら面白うてな」
「わ、こんな時間になってる、すいませんでした。お邪魔しました」
一時間以上は話していた。あわてて立ち上がり礼を言う。
「ご迷惑をお掛けしてすいませんでした、ありがとうございました」
「ああ、あんたはええのんよ。お菓子もださんとごめんな」
次の休日に「モロゾフ」詰め合わせを持ってあらためて行ってみた。今度はお姉さんに休憩室に連れ込まれて一緒に御持たせを食べた。結構美味しい紅茶を出してもらえた。
この当時は名画館というシステムが成立していました。ジャンルを問わず二本立てぐらいでロードショーより少し安い入場券だったと思います。大阪にももちろん東京にも各地にありました。映画全盛時代の名残ですね。昭和40年代は映画が斜陽化していくところでした。




