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時を織る皇帝 ~新たな歴史の記憶~  作者: たま
第一章 太陽の使徒と黒き旅人〜鋼の咆哮は1519年に響く〜
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第八話:大西洋の侵入者と、最強の軍団



――1519年、春——


史実においてエルナン・コルテスが11隻の帆船と約600人の兵を率い、アステカ帝国を滅ぼすべくユカタン半島へ上陸した。


メキシコ湾沿岸、ユカタン半島の密林を抜けた先のサン・フアン・デ・ウルア近海は、濃密な潮の香りと異様な熱気に包まれていた。


エルナン・コルテスは、海岸に引き揚げた自らの船団に火を放ち、黒煙が天を突くのを冷徹な目で見つめていた。退路を断ち、己の兵たちに「前進か死か」の選択を突きつけるためである。目指すは、広大な湖の上に浮かぶという金銀財宝の都、アステカ帝国の首都テノチティトラン。


「総督、先発隊より報告です」


不吉な影を帯びた顔で駆け寄ってきたのは、忠実な副官ペドロ・デ・アルバラードであった。


「アステカの使者が差し向けた道案内に従い、山脈の峠を目指しておりましたが……奇妙な一行に遭遇いたしました」


「アステカの伏兵か? それともトラスカラの先住民か?」


コルテスは髭を蓄えた顎を撫でながら尋ねた。


「ですが、我々の知る先住民の装いとは根本から異なっております」


コルテスは眉をひそめた。


「連れてまいれ」


部下たちに連れてこられた「使者」を目にした瞬間、コルテスをはじめとするスペイン人征服者(コンキスタドール)たちは息を呑んだ。


そこに立っていたのは、粗末な布を纏った先住民ではなかった。


使者は滑らかな、しかしどこか機械的な声で、完璧なスペイン語を解して口を開いた。


「我らはタワティンスウユの監視者である。エルナン・コルテスよ。これより先の地に踏み込むことは許されん」


コルテスは一瞬の困惑を打ち消すように、冷酷な笑みを浮かべた。


「どのようなものは知らんが、神とスペイン国王フェリペ陛下の名において、我らは進軍する。邪魔をするなら、この火縄銃(アルケブス)と鉄の剣が容赦せぬぞ」


「……浅はかな者よ」


タワティンスウユの使者は静かに首を振り、ピストルを上に向けて撃った。



◇



「……あれが、異国より来たりし船団か」


海岸線を見下ろす丘の上の本陣。

鋼鉄の軽甲冑に身を包んだワイナ(霧沢輝)は、望遠鏡を構えて海を見つめていた。その隣には、相変わらず上質なスーツを微塵も乱さず、優雅にパイプを燻らせる西園寺恭弥が立っている。


ワイナの年齢はこの時、十歳。

だが、前世の知識とこの世界での過酷な内政・遠征指揮の経験により、その佇まいにはすでに一国の指導者としての冷徹な風格が漂っていた。


「ええ、間違いありません。エルナン・コルテス率いるスペイン征服者(コンキスタドール)の艦隊です」


西園寺が、眼鏡の奥で楽し気に目を細めながら囁く。


「史実では、彼らは鉄の鎧、火縄銃、そして馬という『未知の脅威』と、アステカ内部の不満分子を利用して大帝国を破滅させました。……ですが、今のこの大陸には、彼らの想像を遥かに超える『真の怪物』が待ち受けているわけです」


ワイナは望遠鏡を下ろし、深く息を吐き出した。


(コルテス……。アステカを滅ぼし、やがてピサロがインカを滅ぼす引き金となった男。俺たちが北米と中米に張り巡らせた防衛網(竜の砦)に、向こうから飛び込んできたか)


ワイナの命を受けたインカ帝国遠征軍は、すでにアマゾンのみならず中米パナマ地峡を越え、ユカタン半島からメキシコ湾沿岸にまで「要塞線」を拡大していた。目的は一つ。アステカ帝国が崩壊する前にスペイン軍をここで完全に阻止し、中南米全体の絶対的覇権を確立することだ。


「西園寺さん、陣形の準備は?」


「完璧ですよ、ワイナ様。竜騎士団第一・第二大隊、ならびに現代型野戦砲兵部隊、すでに配置に就いております。……彼らには、歴史の残酷さを存分に味わってもらいましょう」



◇



一方、海岸に上陸を果たしたスペイン軍本陣。

野心に燃える指揮官エルナン・コルテスは、胸甲を光らせながら砂浜に降り立ち、不敵な笑みを浮かべていた。


「見ろ、この豊かな大地を! 神は我等にこの黄金の国を与え給うた! 異教徒どもに鉄と火の洗礼を与え、我が王国の旗を掲げるのだ!」


使者を撃ち殺し、熱狂する征服者たち。彼らは自らの持つ火縄銃や青銅砲、そして数頭の軍馬こそが、この未開の大陸における絶対の武力だと信じて疑っていなかった。


しかし、密林の奥から聞こえてきたのは、彼らが期待したような怯えた原住民の叫び声ではなかった。


——ズシン……ズシン……ズシン……。


大地を揺らす、重重しい地鳴り。

鳥たちが一斉に羽ばたき、木々が大きく揺れる。


「な、なんだ……? 地震か!?」


コルテスが眉をひそめた瞬間、密林を薙ぎ倒して「それ」が現れた。


体長十メートルを超える、甲冑を纏った巨大な角竜——トリケラトプスに似た古代の巨獣。その背には特製の金属製防盾と鞍が据え付けられ、全身を黒光りする鋼鉄の装甲で固めたインカの精鋭兵が跨がっている。

さらに、その両脇を固めるのは、凶悪な牙と爪を持つ肉食恐竜(アロサウルス級)に跨がる「竜騎士」たちだった。


「ひ……ひぃぃぃっ!?」


「あ、悪魔だ! 悪魔の獣だーっ!!」


スペイン兵たちの間に、一瞬で絶望的な狂乱が広がった。

馬に跨がった騎士たちが必死に手綱を引くが、見たこともない巨大な捕食者の威圧感に毒され、軍馬たちは狂ったようにいななき、乗手を振り落として逃げ惑う。


「狼狽えるな! 砲撃せよ! 火薬の威力を示せ!!」


コルテスが剣を抜き、怒号を上げる。

数門の青銅製大砲が火を噴き、黒色火薬の煙が立ち込めた。激しい爆音とともに放たれた鉄球が、突撃してくる甲竜の装甲に直撃する。


——ギィン!!


甲高い金属音が響き、弾かれた鉄球が砂浜を転がった。

西園寺が現代世界から持ち込み、現地で加工させた高炭素鋼と軽量合金の複合装甲。16世紀の青銅砲の威力など、かすり傷一つ負わせることはできない。


「な……弾かれた……!? そんな馬鹿な!!」


コルテスが戦慄したその瞬間、丘の上からワイナの冷徹な号令が下された。


「全軍、突撃。異国の侵略者に、我らの威光を示せ」


——ガァァァァァァ昂っ!!


恐竜たちの咆哮が海鳴りを引き裂いた。

竜騎士たちが抱える長砲身のアサルトライフルと、軽機関銃を一斉に連射する。

乾いた掃射音が海岸線に響き渡り、砂浜を埋め尽くしていたスペイン兵の陣形は、戦いとすら呼べない勢いで一瞬にして瓦解していった。


「火炎放射器、放て!」


前衛の恐竜兵が背負ったタンクから、猛烈な灼熱の炎が噴出する。

密林と海岸を包み込む炎の壁。かつて世界の海を制覇せんとしたコルテスの軍勢は、牙と鉄と近代兵器の前に、手も足も出ずに崩壊していった。


圧倒的な完勝。

戦闘開始からわずか一時間足らずで、エルナン・コルテス率いる遠征軍はほぼ壊滅し、生き残った兵たちは命からがら帆船へと逃げ帰るか、その場で投降を余儀なくされた。


煙の立ち込める海岸線を、ワイナは静かに歩いていた。

足元に転がる、砕け散ったスペイン軍の火縄銃。


(……勝った。コルテスを打ち破った。これで、アステカも、インカも、史実のような惨劇を回避できる……!)


胸の中に湧き上がる、確かな手応え。

自分がこの世界に転生し、内政を整え、西園寺の力を借りて築き上げてきた歴史の改変が、ついに実を結んだのだという感動がワイナを包み込んでいた。


だが。

捕らえられ、跪かされたコルテスの前に、西園寺恭弥が静かに歩み寄った。


「西園寺さん……彼らの処遇はどうしますか?」


ワイナが振り返って尋ねると、西園寺はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべながら、首を振った。


「ふふ、ご安心くださいワイナ様。捕虜の取調べや、壊滅した船団からの物資回収は、すべて私どものスタッフが引き受けます。あなたのような高潔な使徒様が、このような泥臭い処置に手を汚す必要はありません」


「あ……ありがとうございます。助かります」


ワイナは素直に頷き、本陣へ戻るべく背を向けた。


——その背中を、西園寺は眼鏡の奥の酷薄な瞳で見送っていた。


(クックック……実に素晴らしい成果だ。ヨーロッパの情報、そしてこの捕虜たち……)


西園寺の頭の中では、すでに次の利権計算が完璧に組み上げられていた。


ワイナに「スペインの脅威を退けた」という英雄的満足感を与え、その陰でコルテスの残した技術や捕虜をすべて自分のモノにする。さらに、アステカ帝国に対しては「スペインの魔の手から救ってやった」という恩を売り、アステカが蓄えていた膨大な金銀財宝と莫大な領土権を、自らの支配下に組み込むのだ。


(歴史を改変した気になって満足しているカイライの将軍様(ワイナ)……。君が正義感に酔いしれている間に、この中南米大陸の全ての财富と人命は、完全に私——西園寺恭弥の私有地となったのだよ)


西園寺は、捕らえられて震えるコルテスの顎をすっと持ち上げ、冷酷な笑みを浮かべた。


「歓迎しますよ、コルテス提督。……君にはこれから、私の『ビジネス』のために大いに働いてもらうことにしましょう」


(ハッ、哀れなものだな、スペインの泥棒ども。せっかく遠ばるばる海を渡ってきたというのに、最初から攻略不可能なゲームに参加させられているのだから)


西園寺にとって、スペイン征服者の撃退などただのアトラクションに過ぎなかった。

本当の目的は、この「カリブ海防衛線」という名目で、カリブ海やメキシコ湾の広大な港湾地帯と物流ルートを、完全に「西園寺グループの管轄下」に置くことだったのだ。


(さて……これで北米沿岸部からカリブ海、そしてアマゾン盆地に至るまで、巨大な秘密物流網が完成した。港の検閲も、資材の流出入も、すべて私の部下が取り仕切っている。ア〜キラ君〜には『完璧な防衛ラインができましたよ』と笑顔で報告しておけば、疑問すら抱かない)


西園寺はそっと眼鏡を持ち上げ、ニヤリと唇を歪めた。


(インカの無垢な金銀、古代の宝石、アマゾンの未知の生態資源……それらは今や、私の『ゲート』を通じて、現代のマーケットへと毎日トン単位で流れ出している。手に入れた莫大な利益で、私はさらにいろんな時代での影響力を拡大できるのだ)


ワイナが「国を守った」と満足している裏で、西園寺はこの帝国の血肉を削ぎ落とし、自分の私腹を肥やす「究極の搾取システム」を完成させていた。



◇



カリブ海での勝利の報せがクスコに届くと、帝国全土は歓喜の渦に包まれた。


皇帝トゥパック・インカ・ユパンキは誇らしげに酒杯を掲げ、民は使徒ワイナと、西園寺を「二大救世主」と称えて連日宴を開いた。


しかし、その華やかな祝祭の陰で、クスコの宮殿には奇妙な「歪み」が生じ始めていた。


「……ねえ、ウリャ。最近、宮殿の兵士や職人、侍女の数が、少し減っていないか?」


ある夜、自室で翌日の内政計画書をまとめていたワイナは、お茶を運んできた侍女のウリャに素朴な疑問を投げかけた。


「あ……使徒様……それは……」


ウリャの手がピクッと跳ね上がり、お盆の上の器がカチャリと不穏な音を立てた。

彼女の顔からは血の気が引き、青ざめた唇がかすかに震えている。


「ウリャ? どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」


「い、いえっ! なんでもございません……! ただ、その……西園寺様のご指示で、北米の新しい拠点や、アマゾンの開拓地へ……多くの優秀な兵士や職人様が『特別任務』として赴かれたと聞いております……!」


「ああ、そうだったのか。北米の開拓は大規模だからな。西園寺さんのスタッフも人手不足だって言っていたし、みんな現地で頑張ってくれているんだな」


ワイナは納得したように頷き、ペンを握り直した。


「みんなには苦労をかけるけど、現地での手当ては手厚くするよう、西園寺さんに頼んでおくよ。安全第一で進めてほしいからね」


「あ……はい……使徒様は……本当にお優しいお方でございます……」


ウリャは消え入るような声で呟き、深々と頭を下げて部屋を出て行った。


扉が閉まった廊下で、ウリャは壁に背中を預け、胸を押さえて荒い息を吐いた。

彼女の目には、ポロポロと涙が溢れていた。


(言えない……使徒様には、本当のことなんて言えるはずがない……!)


キリは知っていたのだ。

「特別任務」に選ばれたはずの兵士や職人たちが、夜陰に紛れて西園寺の部下たちに連行され、二度と戻ってこないことを。

彼らは開拓地に向かったのではない。西園寺の不興を買ったり、彼の「秘密」に気づきそうになった者が、異世界の過酷な採掘場や闇の市場へと「処理」のために送り出されているのだということを。


(使徒様は、あまりにも純粋すぎる……。西園寺様を心の底から信じ切っていらっしゃる。もし真相をお伝えすれば、使徒様の命だってどうなるか……!)


西園寺恭弥という男は、ワイナの前では完璧な「優しい協力者」を演じているが、裏では冷酷無比な絶対権力者として宮殿の闇を支配していた。

気分のままに侍女や財宝を自分の「部屋」へと連れていき、抱き飽きれば『ゲート』の向こうへ排除する。

皇帝も、将軍たちも、西園寺がもたらす圧倒的な利益と武力に目がくらみ、彼の行う「小さな不審点」には気付かなかった。あるいは見て見ぬふりをしているかもしれない。


この帝国で、西園寺の本当の恐ろしさに気づいているのは、虐げられる弱者たちと、鋭い観察力を持つ一部の侍女だけだった。


(使徒様……どうか、お気づきにならないで……。あの悪魔の正体に気づけば、あなた様まで呑み込まれてしまう……!)


ウリャは祈るように胸の前で手を組み、暗い廊下の奥を見つめて震えていた。




――数週間後。――


クスコの太陽神殿の屋上に、ワイナは一人で立っていた。


眼下に広がるのは、かつての土と石の都ではなく、整然と区画整理され、夜には西園寺から与えられた簡易的な照明が暖かく街を照らす「近代都市」へと変貌を遂げたインカの首都だ。


十歳の小さな身体に、上質な絹と綿で作られた服を纏い、ワイナは満足げに夜風を浴びていた。


(前世では、ただの冴えない高校生だった俺が……ここまで来たんだ)


胸の奥から湧き上がるのは、圧倒的な達成感と自信だった。

病魔を退け、車輪と鉄をもたらし、恐竜と近代兵器で外敵を完全に退けた。

史実では滅びるはずだったインカ帝国は、今や世界で最も強大で、最も先進的な「超文明」として南米大陸に君臨している。


「ふふ……ポルトガルも、スペイン王室も、手も足も出ないだろうな」


ワイナは小さく笑い、自分の拳を固く握りしめた。


「俺はやり遂げたんだ。この国を守り切ったんだ」


その背後に、足音もなく滑らかな気配が近づいてきた。


「素晴らしい夜景ですね、ワイナ様」


西園寺恭弥だ。彼はいつものように上質なスーツに身を包み、ワイングラスを手に、穏やかな笑みを浮かべてワイナの隣に並んだ。


「西園寺さん。……本当に、あなたには感謝してもいきれません。あなたがいてくれたから、俺の描いた理想が全部現実になった」


ワイナが素直な瞳で西園寺を見上げると、西園寺は満足そうに目を細め、ワイナの頭を優しく撫でた。


「いいえ、すべてはあなたの崇高な志があったからこそですよ、ワイナ様。私はただ、優秀な『道具』としてあなたにお仕えしたまでに過ぎません」


「道具だなんて、そんな……! あなたは俺の、そしてこの国の最高のパートナーです!」


「ふふ、光栄なお言葉です」


西園寺はお辞儀をしながら、ワイングラス越しにワイナの幼い顔を覗き込んだ。


(くっくっく……実に素晴らしい。完璧な『お人形』だよ、君が『国を守った英雄』として自己満足に浸っている間、この国の富も、人権も、資源も、すべて私の掌の上。君が築いた『超帝国』は、そのまま私に莫大な利益を生み出し続ける、世界最高の『金の卵を産む鶏』なのだからね)


西園寺にとって、ワイナを殺す必要すらなかった。

ワイナが「救世主」として輝いていればいるほど、民も皇帝も盲目的に従い、西園寺の裏の利権稼ぎは誰にも邪魔されずに永遠に続くのだから。


「ワイナ様。これからも、この素晴らしい帝国を共に発展させていきましょう。北米の開拓も、アマゾンの資源開発も、すべて私にお任せください」


「はい! よろしくお願いします、西園寺さん!」


満面の笑みを浮かべ、西園寺の手を強く握り返す十歳のワイナ。


澄み切ったアンデスの夜空に、無数の星が輝いている。

だがその光の下で、ヒーロー気取りの無知な少年と、すべてを裏から支配する漆黒の黒幕。偽りの繁栄に包まれたタワンティンスーユの夜は、静かに、そして深くけていくのだった。

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