第1話:理不尽な神と、太陽神の使徒
全身を焼き尽くすような痛み。それが、俺――霧沢 輝の「前世」の最後の記憶だった。
目の前にいたのは、胡散臭い笑顔で俺を見下す、冷酷で不条理な「神」と名乗る概念だった。何の一言の悔恨もなく、ただの遊戯で殺したと宣うその存在に、俺は魂の底から激怒し、ありったけの怒号を浴びせた。…それしかできませんでした…はい。その後疲れて倒れた俺にそいつは転生させるといい能力を一つくれた。正直お前からの貰いもんなんて要らないし怪しいと思いながらも、どんな能力か見てみることにした。『現代世界と自由に行き来し、視界に入った物体や生き物を念じれば転送できる能力』だった。使える方か。
次に視界が開けた時、俺の視界は混濁していた。
(……ここは、どこだ)
冷気と、乾燥した土の臭い。そして血と汗の混じり合った濃密な生臭さ。 見上げれば、荒削りの石と茅で覆われた低い天井。自分の体を見ようとしても、視界に入るのは力なく丸まった、赤黒い赤ん坊の小さな手足だけだった。
そして送り込まれた先が、16世紀初頭の南米大陸・インカ帝国。
現皇帝の息子――皇太子ワイナという3歳児の身体だった。
(あのクズ神……! 絶対に許さねー……!)
俺は、小さな拳を握りしめながら怒りに震えていた。
部屋の隅では、侍女たちが怯えたように膝を突き合わせて祈りを捧げている。この時代の幼児死亡率は絶望的だ。まともな衛生概念もなく、水は濁り、一度病にかかればそのまま冷たい土の下へ送られる。
(体はかゆいし、服は気持ち悪いし最悪だ)
なにより――思い出すのは前世の歴史で学んだ、遠く未来から押し寄せる歴史の惨劇だった。 数十年後、海の向こうからやってくる鉄と火薬を纏った征服者。彼らはこの国を焼き払い、皇帝を捕らえ、黄金を奪い、民を病と虐殺の絶望へと突き落とす。そして俺――ワイナはおそらくインカ帝国が最大の面積を誇る11代皇帝だろう。しかし、史実ではヨーロッパ人の持ち込んだ天然痘で死んでしまう。
(ふざけるな……。神の気まぐれで殺され、今度は歴史の藻屑として踏みにじられろというのか)
赤ん坊特有の泣き声を上げながら、俺はさっそく神から奪った能力を発動させた。揺りかごの縁をぎゅっと握り締め、強く念じる。時空の境界が軋み、一瞬の浮遊感とともに、目の前の空間が歪み、次の瞬間、俺は自分の部屋のベッドの上に倒れていた。
「よし……! 本当に行けたぞ!」
部屋を見回すと、棚には買い溜めしておいた日用品とゲームやフィギュアが置いてある。
俺は急いで必要な物を買いに行き、転移した。
ふたたび視界が反転し、景色が石造りの凄惨な宮殿へと引き戻される。 俺の小さな腕の中には、現代の医療資材と、命を繋ぐための物資が固く握りしめられていた。
「わ……ワイナ様……!? 今、お姿が……!?」
お!?言葉はわかるようだ俺は持ってきた食料品を食べ始めた。侍女が、恐怖に顔を跳ね上げ、ガタガタと震えながら俺を見つめている。 俺の手にある、見たこともない物体があり、それを俺が食べているからだ。侍女の一人はすぐに部屋から飛び出した。
さぁ、どうしたものか俺はこれからのことを考えた。この力をどう説明し、これから使うかだ。しばらく考えてから俺は名案を思いついた。インカは太陽信仰の文化のある国だ。ならば俺は太陽神の使徒に選ばれこの力を太陽神の力として、持ってきたものは太陽神からの贈り物だと言えばいい。数分後。重厚な足音とともに部屋に現れたのは、威厳に満ちたインカの最高権力者――父上だった。後ろには青ざめた侍女と、数十人の近衛兵が控えている。父上の鋭い眼光が、俺と、俺の周りにある数々のものに注がれた。
「……ワイナ。お前の話は聞いた。お前の姿が消え、次現れたときには見たこともないものを取り出したと」
俺は先ほど父に見せるために買ってきたガスマッチや万華鏡、手鏡などを胸の前で恭しく掲げ、3歳の幼子とは思えぬ堂々とした佇まいで父上を見つめ返した。
「実は先ほど……私の身に、至高なる太陽神様のお声が届いたのです」
父上をはじめ、周囲の側近たちが一斉に息をのんだ。インカにおいて太陽神は絶対の存在だ。
「太陽神の、お声……だと?」
「はい。太陽神様は私を『自らの使徒』としてお選びになりました。この手で触れたものを太陽神のもとへ送り、また太陽神から賜った神器を持ってこれます」
俺は万華鏡と手鏡を父上に差し出した。
「そして、この手に持っているものこそ、太陽神様から直接授かった『天の贈り物』にございます」
父上はおそるおそる万華鏡を受け取り、俺に言われた通りに覗き込んだ。光の屈折が描く幾何学模様の美しさに、皇帝の目が驚愕で見開かれる。
「おお……なんという美しい光の戯れ……! このような技、人間の手で作れるはずがない……! 真に、真に太陽神様の賜物なのか……!」
「左様でございます」
俺は一層声を張り上げ、深く頭を下げながら、あらかじめ考えておいた言葉を紡いだ。
「太陽神様はこう仰せられました。『ワイナが成人した暁には、帝位に就かせよ。我が贈り物を以てこの国を導き、かつてない繁栄をもたらすのだ』……と」
部屋の中に静寂が訪れた。
父上は手の中の万華鏡と、目の前に立つ3歳の我が子を交互に見つめ――やがて、感極まったようにその場に膝をついた。
「おお……太陽神様……! 我が子を使いとして選んでくださったか……!」
父上がひれ伏すと同時に、控えていた侍女のキリも、近衛兵たちも一斉に床に頭を擦りつけた。
「ワイナよ……いや、太陽神の使徒よ! お前が成人し、正当なる帝位に就くその日まで、余はお前と、その神力を全力で守り育てよう!」
「感謝いたします、父上」
頭を下げながら、俺は心の中でそっと安堵の息を漏らした。
(よし、完璧に信じ込んでくれた……!)
子供だからと舐めてもらっては困る。現代の知識と物資、そしてこの転送能力を使えば、病の予防も、農業の改革も、建造技術の発展も思いのままだ。この現代の知識と物資の全てを使い、この泥と血に塗れた国を根底から作り替えてやる。
病を撒き散らす衛生環境を潰し、馬を走らせ、鉄を鍛え、近代の軍略を叩き込む。
ピサロという男がこの地に足を踏み入れた時、絶対の力で外敵を粉砕する、血と鉄の要塞国家するんだ。
(そうだ俺が帝位を継いだときは国名を『アトランティス』に変えようピサロの奴らがこの名前を聞いたときはさぞかし驚くだろう)
赤ん坊の5歳の幼き皇太子の冷ややかな瞳の奥で、新たな時代の野望が静かに燃え上がっていた。




