第2章「ダンジョン」
翌朝、目が覚めた時にはもう遅かった。
Fランクダンジョン【苔むした洞窟】——俺がいつも通っている、一番簡単なダンジョン。その入口に、これまで見たことのない行列ができていた。
「本日の入場枠は満了しました。明日の午前6時に再開放されます」
ギルド職員が無表情に告げる。
この世界のダンジョンには、1日あたりの入場人数に上限がある。普段は余裕で入れるFランクですら、今日は朝の時点で埋まっていた。
「嘘だろ……」
行列の冒険者たちが口々に文句を言っている。
「昨日の夜から並んでた奴がいるらしいぜ」
「Eランクも満杯だってよ」
「みんな考えることは同じか……」
1/1スキルがガチャプールに還元されたというニュースは、一晩で世界中に広まった。ダンジョンをクリアすればガチャが引ける。ガチャを引けば1/1が出るかもしれない——その可能性に、全冒険者が一斉に動いた。
Fランクは満杯。Eランクも同様。
簡単なダンジョンほど人が殺到する。当たり前だ。低リスクでガチャを回したいのは誰だって同じ。
なら——
「Dランクは?」
ギルドのカウンターで聞くと、職員が首を傾げた。
「Dランク【朽ちた砦】は……まだ空きがありますが。あなたのランクでは推奨されませんよ」
わかっている。Dランクは俺の実力じゃ本来手を出す場所じゃない。Fランクですら幼馴染に助けられているのに。
でも、他に選択肢がなかった。
「行く」
◇
地獄だった。
Dランクダンジョン【朽ちた砦】。
Fランクとは敵の質が根本的に違う。ゴブリンの上位種であるホブゴブリンが徘徊し、罠も複雑になる。【剣術基礎】で斬れないことはないが、一匹倒すのに時間がかかりすぎる。二匹来たら逃げるしかない。
何度も死にかけた。
ポーションを3本使い切り、鎧はひび割れ、利き腕は腱を痛めた。
それでも——クリアした。
クリア証明書を手に、ギルドのガチャ台へ。結果は——
——【毒耐性】 レアリティ:1/200
ゴミとまでは言わないが、1/200。いつもと変わらない。
「……そりゃそうだよな」
1/1の排出確率は、プールに5つ戻ったとはいえ天文学的に低い。頭ではわかっている。わかっていても、期待してしまう自分がいた。
◇
そんな日々が続いた。
Fランクダンジョンは連日満杯で入れない。仕方なくDランクに通い続けた。毎日ボロボロになりながら、ギリギリでクリアして、ガチャを引いて、1/200か1/1000。その繰り返し。
一週間。二週間。
気づけば一ヶ月が過ぎていた。
世界中が1/1フィーバーに沸いている。ギルドの酒場では「誰が最初に1/1を引くか」が毎日の話題だった。大富豪の冒険者が金の力でガチャを何百連も回しているという噂も流れてくる。
「聞いたか? 東の商都のヴァルトって貴族の息子、1日に50回ガチャ回したらしいぜ」
「冒険者から、クリア証明書を高額で買い取ってるらしいぜ」
「金持ちは違うねえ。俺たち庶民は1日1回が精一杯だってのに」
金の力で他人のクリア証明書を買い集める。ダンジョンに自分で潜らなくても、証明書さえあればギルドのガチャ台でスキルを引ける。普通の冒険者には真似できない方法だが、貴族や大商人の息子には関係ない。
公平じゃない。でも、それがこの世界のルールだ。
一方で、レナが声をかけてきたのは、三週目のことだった。
「ねえ、一緒にガチャ回しに行こうよ。Cランクダンジョン、〈銀翼〉のメンバーと行けば安全だし——」
「いい。お前の足を引っ張る」
また、断ってしまった。
レナの表情が一瞬曇る。でも無理に誘ってこない。「……わかった」とだけ言って、背を向ける。
その背中を見送りながら、俺は拳を握った。
——情けない。守りたいのに、隣にすら立てない。
◇
変わったのは、Dランク通いが一ヶ月を超えた頃だった。
身体が慣れてきた。
最初は一匹倒すのがやっとだったホブゴブリンを、今では三匹同時に相手取れる。スキルは相変わらず【剣術基礎】と、ガチャで引いた1/200のゴミスキルの寄せ集めだが、体の動かし方が変わった。反応速度、間合いの取り方、敵の攻撃パターンの読み。
Dランクに無理して通い続けた一ヶ月は、俺の体を確実に鍛えていた。
その日も【朽ちた砦】の第4層を攻略していた時だ。
通路の奥に、見慣れない壁があった。
他の壁と微妙に色が違う。材質も、よく見ると周囲の石積みと噛み合っていない。
——待て。
ゲームの記憶が、頭の奥で引っかかった。
『スキルガチャ・クロニクル』。Dランクダンジョン【朽ちた砦】。確か……プレイヤーの間で噂になっていた。「第4層の奥に、怪しい壁がある」って。俺はそこまでやり込んでなかったから自分で確認したことはなかったけど、攻略サイトのコメント欄で見た覚えがある。
「隠し部屋がある」——そんな書き込みだった。
壁に手を触れた。
冷たい石の感触。だが——指先に、微かな振動を感じる。
押した。
ゴゴゴ、と低い音を立てて、壁がスライドした。
暗闇の奥に、細い通路が続いている。
心臓が跳ねた。
ゲームの記憶が、現実になった瞬間だった。




