第1章「足手まとい」
また、助けられた。
Fランクダンジョン【苔むした洞窟】の第3層。腐食蝙蝠コロードバットの群れに囲まれて、俺の【剣術基礎】では対処しきれなかった。レアリティ1/200——この世界のスキルの中でも下から数えた方が早い、文字通りの汎用品だ。
一匹ずつなら斬れる。でも三匹同時に来ると、体が追いつかない。
「はっ——!」
銀の刃が弧を描いた。
三匹の蝙蝠が同時に地に落ちる。一閃。俺には見えもしなかった斬撃だった。
レナ。
栗色の髪をひとつに結んだ、俺と同い年の幼馴染。中堅ギルド〈銀翼〉の正規メンバーで、1/10のレアスキル【疾風剣】の持ち主。身体能力も高い。子供の頃から走るのも跳ぶのも木登りも、全部レナの方が速かった。
「大丈夫?」
「……ああ。悪い」
「気にしないよ。蝙蝠の群れは本来、二人以上で対処する敵だし」
慰めだ。レナなら一人で片付けられた。今の一撃がその証拠だ。
俺が足を引っ張っている。わかっている。ずっと、わかっている。
「ねえ」
レナが剣を鞘に納めながら、何気ない口調で言った。
「たまにはさ、一緒に行こうよ。ちゃんとしたダンジョン。〈銀翼〉のCランクダンジョン遠征、来月あるんだけど。私が枠を——」
「いい」
即答していた。
レナの表情が、ほんの一瞬だけ止まる。
「お前のパーティに俺が入っても足を引っ張るだけだ。Cランクの敵に【剣術基礎】じゃ話にならない」
「でも——」
「レナ。お前は自分のパーティと組め。俺は俺でやる」
沈黙が落ちた。
洞窟の奥から、水の滴る音だけが響いている。
「……わかった」
レナはそれだけ言って、少し寂しそうに笑った。
◇
ダンジョンの出口で、クリア証明書が発行された。半透明の石板に、ダンジョン名と日付が刻まれる。これを持ってギルドに行けば、ガチャが1回引ける。
ギルドのガチャ台。石造りの台座に証明書を置くと、半透明のパネルが宙に浮かび、回転する。光が収束し、スキル名が表示される——
——【石ころ投げ】 レアリティ:1/1000
「……知ってた」
石を投げるスキル。素手と大差ない。1/1000(この世界に1000個存在する)のゴミスキルとはそういうものだ。
しかもガチャは被る。同じスキルが何度でも出る。昨日引いた【石ころ投げ】が今日また出ることだってある。何回引いてもプールは変わらない。1/1の排出確率は、永遠に天文学的な数字のままだ。
前世の記憶が頭をよぎる。
俺は以前——別の世界で、この世界の「ゲーム版」をプレイしていた。
『スキルガチャ・クロニクル』。基本プレイ無料のオンラインRPG。ダンジョンを攻略してガチャを回し、レアスキルを集めて強くなるゲームだ。正直、そこまでやり込んだわけじゃない。メインストーリーはクリアしたが、エンドコンテンツまでは手を出していなかった。
だからこの世界に転生してきた時——基本的なシステムは知っていたが、攻略のプロというには程遠い。ダンジョンの大まかな構造や、スキルの仕様は頭に入っている。それくらいだ。
でも、それすら活かせていない。
ガチャの結果画面を閉じて、振り返る。
レナが少し離れた場所で、自分のガチャ結果を確認していた。彼女のスキル欄にはすでに1/50や1/10のスキルが並んでいる。才能がある上に、努力も怠らない。
〈銀翼〉のメンバーとして中〜高難度のダンジョンを回り、着実にスキルを増やしている。
俺とは、何もかも違う。
見送るレナの背中。銀翼ギルドの紋章が入った外套が、夕焼けに染まっている。
——あいつの隣で戦いたい。守りたい。一緒に冒険がしたい。
でも、今の俺じゃ無理だ。
1/200の【剣術基礎】じゃ、レナの足元にも及ばない。
◇
その日は、いつも通りの一日で終わるはずだった。
翌日の夕方。ギルドの酒場で安い夕飯を食べていた時、それは来た。
視界の中央に、半透明のウィンドウが突然浮かび上がる。
ワールドメッセージ。
この世界の全住民に一斉配信される、システムからの通知だ。年に一度あるかないかの重大告知。前回は三年前、北の大陸で新たなSランクダンジョンが出現した時だった。
酒場の喧騒が、一瞬で止んだ。
全員が——冒険者も、酒場の店主も、カウンターで飯を食っていた傭兵も——同時に、目の前の文字を読んでいる。
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【ワールドメッセージ】
勇者パーティ、魔王討伐に失敗。
全戦闘メンバーの死亡を確認。
勇者レオン
1/1スキル【聖剣・暁光アルバ】——ガチャプールに還元。
戦士グレン
1/1スキル【覇鎧・鉄壁アイアンフォート】——ガチャプールに還元。
魔導師セレナ
1/1スキル【極光魔法アストラル】——ガチャプールに還元。
弓兵リーン
1/1スキル【千里眼ファーサイト】——ガチャプールに還元。
僧侶マルク
1/1スキル【神託ディヴァイン】——ガチャプールに還元。
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酒場が凍った。
勇者パーティ。1/1スキル——世界にひとつしか存在しない最強のスキルを持つ者だけで構成された、人類最後の切り札。
それが、全滅した。
「嘘だろ……」
「勇者が……負けた?」
「5人がかりで、魔王に……?」
ざわめきが広がる。恐怖と動揺が酒場を満たしていく。
勇者がいなくなった。魔王を止められる者が、もういない。
この世界はどうなるんだ——
だが。
俺の頭には、それとは別の思考が走っていた。
5つの1/1スキルが、ガチャプールに還元された。
今まで「ゼロ」だった1/1の排出確率が、一瞬で変わったということだ。次にガチャを引けば——誰かが、世界でただ一つのスキルを手に入れる可能性がある。
心臓が跳ねた。
酒場のざわめきの質が、変わり始めていた。恐怖から——別のものへ。
「待て、1/1がプールに戻ったってことは——」
「今ガチャ引いたら、もしかして——」
「ダンジョン……ダンジョン行くぞ!」
冒険者たちが一斉に立ち上がる。椅子が倒れ、酒がこぼれる。
誰もが同じことを考えていた。
——1/1を、引きたい。
俺も立ち上がっていた。
レナの顔が浮かんだ。
あいつの隣で剣を振る自分の姿が。あいつを守る自分の姿が。一緒にダンジョンの奥へ進んでいく、対等な——いや、あいつを守れるだけの力を持った自分の姿が。
1/1があれば。
あいつを守れる。
一緒に冒険できる。
足手まといじゃなく——あいつの隣に立てる。
酒場の扉を蹴り開けた。
通りにはもう、あちこちから冒険者たちが走り出していた。全員が同じ方向——ダンジョンのある方角へ。
1/1スキル争奪戦が、始まった。
俺はその人波の中で、拳を握った。
——必ず手に入れる。あいつの隣に立つために。




