第5話 ワシ勝手にハードル上げられる
リリアに案内され、ワシは彼女の家にたどり着いた。
「お、おお……」
目の前にそびえ立つのは、二階建ての立派な屋敷。
門から玄関まで続く石畳はきっちり整えられ、
庭木も手入れが行き届いている。
「ウチは貧乏男爵家なんです。父は役人として宮仕えを……」
リリアが少し恥ずかしそうに打ち明ける。
(……いやいや、これが“貧乏”ってどの口が言うとるんじゃ!?
ワシの実家の長屋なんぞ、雨が降ったら傘さして寝とったぞ!?)
内心でツッコミを入れつつも、ワシの顔は引きつっていた。
(ま、まずい!
“宮仕え”ってことは王都とつながりがある家系……!
ワシが“追放された”こと、
もう耳に入っとるんじゃなかろうな!?)
執事登場
屋敷の扉が勢いよく開いた。
やけに軽快な足取りで、一人の執事が現れる。
「チョリーっす! リリア様、お帰りーっす!」
「……」
ワシは思わず口を半開きにした。
目の前の男――金髪をオールバックに固め、耳には小さなピアス。
手にはギラつく指輪がジャラジャラ。
着ているのは確かに正統派の執事服なのに、
態度とオーラが完全にチャラ男。
(……いや、
なんでこういう人材を執事に採用したんじゃこの家は!?)
「ん? おやおや? そこのオッサンはだれっすか?」
リリアは眉をひそめ、すぐにぴしゃりと言い返す。
「セベス! 失礼じゃないの! わたしの師匠よ!」
「え、し、師匠!?」
金髪執事は目を丸くして、ワシをまじまじと見た。
チャラすぎる自己紹介
どうやらこのチャラ男執事、名前はセベスというらしい。
「マジすか! オレシー、セベスっす!
気軽にセベちゃんって呼んでくだせぇ!
いや~師匠サマが来るなんて聞いてねっすから、
マジびっくり~!」
「あ、ああ……よ、よろしく……」
ワシは思わず引きつった笑みで返した。
(いやいや、テンション高すぎてついていけん……!
ワシ、こんなキャラと絡む元気は無いぞ!?)
セベスはにやにやと笑みを浮かべ、
手をスチャッと胸に当てた。
「ま、オレがこの屋敷で一番イケてる執事っすから!
師匠サマも安心してご滞在くださいな~!」
リリアが苦笑交じりに小声で囁く。
「……師匠、変わった人でしょう?
でも、腕は確かなんです」
(う、腕は確か……? いや、何の腕じゃ!?
このテンションで紅茶とかこぼさず運べるんか!?)
ワシの不安は膨らむばかりであった。
ハードル上がりまくり
リリアは胸を張り、きっぱりと言い切った。
「師匠はものすごい魔法使いで、
古代魔法のエキスパートなのよ!」
(ちょっ、ちょっとぉぉ! またハードル上げおって!
ワシ、腹からカッスカスのパンしか出しとらんぞ!?)
「い、いや……ただの詩人じゃよワシは……」
ワシが慌てて否定すると、横でセベスがキラリとウィンク。
「いやいや~師匠サマぁ、
そーいう謙遜マジで逆にカッコいいっすよ!
“オレ強いっす”ってドヤるヤツより、
シレーッと強い人がいっちゃんモテるんすから!
リスペクトっすわ~!」
(モテとかリスペクトとか、話の方向性どこ行っとんじゃ!)
セベスはさらに親指をビシッと立ててリリアに振り向いた。
「じゃあっすねリリア様ぁ~!
師匠サマ、絶対腹ペコモードっすから、
ここは一発、愛情たっぷり手料理かましちゃってくだせぇ?」
「えっ!? わ、わたしが!? し、師匠に!?」
リリアは顔を真っ赤にして慌てふためく。
セベスはニヤリと笑って手をひらひら。
「そーっすよそーっすよ~! 料理は気持ちっすから!
“お師匠サマ専用の特製ディナー”ってヤツ、絶対アガるっしょ?」
(な、なんじゃ?完全にペース乱されとるぞワシ!)
ワシは必死に取り繕い、重々しく咳払いした。
「ごほん。……ま、まあ腹は減っとるが、無理せんでも……」
「いやいや! ここで出し惜しみはナッシングっすよ!
腹ペコの勇者師匠と、愛情料理!
ほらほら、これもうイベントっすから!
お熱い展開きちゃってる~♪」
「ちょ、ちょっと待てい!
ワシ、貴族様のお屋敷で食事とか、
あまり公には出来んのじゃ……」
「……やっぱり! そうだったんですね、師匠!」
「は? な、何がじゃ?」
リリアぐっと拳を握りしめて言う。
「表には出せぬほどの“深遠な力”を秘めているから、
わざと身を隠して旅をしておられるのですね!?
きっと、王侯貴族の陰謀とか、世界の均衡とか、
そういう壮大な事情が……!」
(いや、ただの追放なんじゃが……!?)
「きっと師匠は――
世界に仇なす闇の勢力を一人で背負っておられるのですね!」
「そんなもん背負った覚えはないぞい!?」
「ではもしや……!
本当の正体を隠すために、
あえて“ただの詩人”と名乗っているのですね!」
(いや! ワシ、ほんに詩人なんじゃって!
どっからどう見てもただのオッサン詩人じゃろ!?)
リリアはうっとりしながら両手を胸に当てる。
「でも……私は知ってしまいました。
師匠の力を、この目で!
水を生み、風で乾かし、炎さえも呼び出す――
それはまさに古代に失われた伝説の魔法!
誰よりも純粋で、美しい……」
「や、やめい! 美しいとか言うな!
おっさんの腹肉が揺れとるだけじゃ!」
リリアは真剣な目で首を振る。
「いいえ、師匠。私は誓います。
師匠のお力を軽んじる人々がいても、私は決して疑わないと!
だって……私の師匠は、この世界を変える方ですから!」
(やめろォォォォ! その尊敬が重すぎる!
ワシの胃がもたれるわぁぁぁ!)