第3話 ワシ空腹すぎて弟子を取る
朝。
夜露に濡れた石の上で丸まっていたワシの腹は、
もはやドラゴンの咆哮と見まがうほどに鳴り響いていた。
「ぐぅぅぅ……ワシ、昨日からまともに食っておらんのじゃ……。
水と風と布団だけじゃ、人は生きてけんのじゃ……」
ぶるると体を震わせながら、
ワシは腹を押さえ、石ころをにらみつけた。
(お主が米粒に化けてくれればのぅ……)
――そのとき、ふと脳裏にひらめきが走った。
「……ひょっとして。水や風が出せるなら……
食い物も出せるのでは?」
昨日、マントを温めることができたのだ。
ならば「おにぎり一個くらい」なら……
ワシにもワンチャンあるのでは?
(よし! 試すだけタダじゃ!
ワシの胃袋よ待っておれ! いま奇跡を呼びおこすのじゃ!)
食べ物を出す詩
ワシは腹の底から息を吸い込み、
勇ましいポーズで詩を紡いだ。
「――“天に実りし黄金の穂よ。
大地に満ちる豊饒の恵みよ。
このおっさんの胃袋を救いたまえ!
ふわふわパンでもよいし!
カレーライスならなお良し!
さぁ今ここに出てこいや~~♪”」
……ぽふっ。
足元に現れたのは――
干からびた茶色いパンの切れ端。
「……な、なんじゃこりゃ?
カッスカスのやつ出てきおった……!」
ワシは震える指でそれを拾い上げ、恐る恐る口に入れる。
「……か、固ぁぁっ!? 歯が欠けるかと思ったわ!
でも……まぁ……」
涙目でぼりぼり噛み砕くワシ。
味はない。湿気もない。まるで机の裏に貼りついた給食のパン。
「……う、うぅ……うまいわけがない……。
だが……腹の足しには……なるのぅ」
ぐし、と涙を拭った。
背後で鳴く鳥の声すら、ワシをあざ笑っているように聞こえる。
「くっ……ワシの詩魔法、食い物系は外れなんじゃろうか……。
いや待てよ?
これはつまり、修行が足りんということ……!
改良の余地あり、じゃな!」
その様子を、草陰からじっと見つめる視線があった。
「……す、すごい……! 食べ物を……魔法で出すなんて!」
びくり、とワシは肩を跳ねさせた。
振り向くと、そこに立っていたのは制服姿の少女。
白いブラウスに青いスカート。胸元には見慣れぬ紋章。
肩までの栗色の髪を揺らし、まっすぐな瞳でこちらを見ている。
「ひ、ひえっ!? な、なんじゃお主は!?」
ワシ、慌ててカッスカスのパンを背中に隠す。
「い、いやこれはその……!
たまたま地面に落ちてただけじゃ!
ワシの魔法とかじゃないぞ!」
「いえ、見てました!」
少女は一歩踏み出す。頬がわずかに紅潮し、声が震えている。
「あなた……詩を唱えていましたよね?
あれは……古代の失われた食糧魔法……!」
「ちょっ!? 勝手にすごそうな名前つけんでくれるか!?」
ワシの抗議も空しく、少女は両手を胸の前でぎゅっと組んだ。
「お、お願いします!
その、あ、あの魔法……わ、私にも教えてくださいっ!」
「は、はぁ!? お主、正気か!? これ、見てみい!
ただの乾パン以下じゃぞ!」
慌ててパンを差し出すと、少女は両手で大事そうに受け取った。
「……こんなに……貴重な食べ物を……魔法で……!」
感極まったように瞳をうるませて、もぐもぐと噛みしめる。
「……か、固っ!? でも……あ、ありがたい……!」
(まじか! このカッスカスパンをありがたがっとる!?
やべぇ……話が勝手に大きくなっとる……!)
少女は姿勢を正し、深く頭を下げた。
「どうか! 私を弟子にしてください!
この身を捧げても構いません!」
ワシは内心パニック。
(ど、どないしよ!? 弟子!? 弟子って言ったぞ!?
ワシ、教えるもんなんか何一つないぞ!?)
だが腹が鳴る。ぐぅぅぅ……。
(……待てよ? この子を利用すれば、食い物が……?
飯を分けてもらえる可能性が……!)
ワシは無理やり胸を張り、重々しく頷いた。
「……よかろう。じゃが覚悟せい。
ワシの魔法の修行はちと厳しいぞ?」
「分かりましたっ!!」
少女の目は、尊敬と期待でキラキラと輝いていた。
(いやいや、実際はハッタリやけどな!? どうすんのワシ!?
いや、でも……これ、飯の匂いがしてきたぞ!?)
こうしてワシは、思いもよらぬ“弟子持ちおっさん詩人”
としての第一歩を踏み出してしまったのであった。