始まり
ある日、一通の手紙が届いた。
差出人不明の真っ白な手紙。
封筒をあけ、中の紙を取り出すと“あなたを幸せにする魔法”とだけ書かれていた。
手紙から僅かに懐かしい匂いがして、鼻を近づけて大きく息を吸い込んだ。
ふと目眩がして顔を上げると、ジャングルのような場所に佇んでいた。
驚いて辺りを見回すが、前後左右どこを見ても木というよりは空高く伸びた緑の葉ばかり。
周囲を見回しているうちに背中に違和感があることに気づく。
自身の背中を見ると、白鳥のような真っ白で美しい翼が生えていた。
「あらお嬢さん、この辺りでは見かけない顔ね。」
顔を上げると自身の半分ほどのサイズはあるであろう大きな蝶々がいた。
「あの…私…?」
自分に話しかけられているのか、幻覚を見ているのか、頭が混乱する。
こんなに大きな蝶々は見たことがない。
「あなた以外に誰がいるの。」
くすくすと笑う蝶々。
「あなた、随分と大きな蝶々なのね。」
思い切って尋ねてみる。
新種の蝶々なのだろうか。
「大きい?何を言ってるの?私は普通の蝶々ですよ。」
「普通?そんな事ないわ、だって蝶々は手のひらサイズ程でしょう?」
手のひらを広げてみせる。
「まぁ、そんな小さな蝶々いませんよ。手のひらの大きさというのならきっとあなたじゃなくて人間の手のひらね。」
「私は人間よ。」
まるで自分は人間ではないかのような言われ方にムッとする。
確かに背中に翼は生えているかもしれない。
でもなぜ生えているのか自分にもわからないのだ。
私はごく普通の女の子…のはずだ。
「あなたって面白いのね。あなたが人間なら私はお花だわ。」
そう言ってまた笑う。
気が済むまで笑った蝶々は思い出したかのように告げる。
「そういえば、さっきあなたのような子を見かけたわ。」
「私のような子?」
「えぇそうよ。ここでは見ない顔の子。その子も背中に白い翼が生えてた。白鳥にしては小さいし、翼以外は人間みたい。あなたも妖精なの?」
驚いた。
「妖精って、本当にいるの?」
「あら、あなたがそうなんじゃない。」
おかしな子ね、とまた笑う。
(蝶々はよく笑うのね。)
「自分が何か、知りたいのならその子に会ってみたら?」
蝶々の提案には一理ある。
その子に会えば自分の背中に翼が生えていることも、この不思議な場所も、自分のこともわかる気がした。
「お願い、その子の所へ連れて行って。」
蝶々に頼む。
「あらダメよ、私はこの後お友達とお花をまわるの。でも場所は教えてあげるわ。」
草原を真っ直ぐ進むと1本の大きな木がある。
それを超えると小川が見えてくる。
小川を渡った先に小さな森が見えてくる。
森の中の池の真ん中に、スイレンの花が一輪咲いている。
その上にその子はいる。
「あなた、翼があるのだから飛べるでしょう?きっとすぐ着くわよ。」
それだけ言うと蝶々はどこかへ飛んでいってしまった。
(私は、飛べる?)
試しに翼を動かしてみるが、足が地面から浮くことはなかった。
翼を動かす速さなのか、走ってみるのか、高いところから落ちてみるのか、色々試したけれど全て失敗に終わってしまった。
(翼はお飾りのようね。)
少しガッカリした気持ちを抱えて歩く。
明るい日差しの中、ひたすら真っ直ぐ突き進む。
しばらく歩いていると少し先に動くナニカがいることに気がついた。
モゾモゾとしているそれはなんだか不気味な気がして避けたい気持ちでいっぱいだったが、道を逸れると厄介だと諦めて進み続ける。
「…てー!…けてー!」
だんだんと近づいてくると動くナニカが叫んでいるのがわかった。
「だれかー!!たすけてー!!!」
ハッキリと聞き取れたその言葉に急いで向かうと、そこには大きなてんとう虫がいた。
足や羽に蜘蛛の巣が絡まって起き上がれないのか、反対を向いてじたばたしていた。
「ど、どうしたの?」
声をかけると叫んでいたてんとう虫は叫ぶのをやめて懇願した。
「どうか私を助けてください。飛んでいる途中、古びた蜘蛛の巣が羽や足に引っかかってしまって落ちたんです。もがいているうちに絡まってしまって動けなくて…。」
古びた蜘蛛の巣とはきっと蜘蛛が去った後の手入れのされていない巣なのだろう。
てんとう虫があまりにも可哀想で、手を貸すことにした。
足や羽から慎重に蜘蛛の糸を取り、向きを直してあげた。
「ありがとうお嬢さん。」
また自由に動けるようになったてんとう虫は嬉しそうにお礼を言う。
「ところでどちらへ行くのですか?」
「おおきな木を超えて、小川を渡って、その先の小さな森の中にある池に行きたいの。」
蝶々に教えられた通りにてんとう虫に伝える。
「あらあら、あの森へ行くのですか。飛んだらすぐでしょうにどうして歩いているのですか?」
「私も飛んでみたいのだけど、この翼はお飾りみたい。」
「それではきっと長い旅になりますね。助けてくださったお礼に大きな木まで案内しますよ。」
背の高い葉で周囲がわからなかったから、ものすごくありがたい申し出だと受け入れることにした。




