どうやら、船上の一時らしい
船釣りしたい。が、夏場は暑い……。
船釣り行く場合は、途中で熱中症に倒れないようにご注意下さい。何も出来ずに終わるのは物凄く凹みますよ。orz
「飽きた」
「もうかよ」
乗船した翌日、早くもブサは暇を持て余していた。
ブサの好む本は無い。軽く酒を飲めるスペースはあるものの、ペットの立ち入りは禁止。食事は食材が限られるので、どうしてもパターン化しがち。当然ながら、インターネットなんてものもある筈が無い。
乗客の中には若い女性もいるが、向こうから近付いて来る事は無いし、こちらから近付くのは不可能だ。物理的な意味で。
そもそも、船旅の娯楽なんて釣り位なものである。昨日に引き続き、今日も変わらず釣りに励むロラン達だが、相も変わらずロランの釣果は毒魚ばかりである。何か憑いてるのか? というレベルで。しかも、釣りの最中に釣竿をリュシアンと変えて貰っても毒魚が掛かるという徹底振り。そしてリュシアンの竿(元ロランの竿)には普通の魚が掛かる。
サミュエルとリュシアンはまともな魚が釣れているので、この辺りには毒魚しか魚が居ないという訳では無い。他の釣りをしている一般客達も釣果はそれなりのようだ。彼らにも毒魚が釣れる事も稀にあるようだが、ロランのように全ての釣果が毒魚という事は流石に無い。
そして毒魚ばかりのロランを嘲笑うブサが、釣り針に引っ掛けられて海に放り込まれるまでが釣りのワンセット。今までの経験で学習しないとか、ブサはマゾか? わざとそう仕向けているのか?
「そろそろコレを外せよ」
「断る」
ブサの言う『コレ』とは捕獲兼釣り餌用のハーネスと、逃走防止用のリードだ。用途が一部おかしい。
釣りをしているロラン達の傍にいる今のブサは、ハーネス&リード装着で見た目は完全にペットスタイル。ただし中身はおっさん。
リードの先はロラン達の誰かが握っているか、何処かに決して外れないように匠の技で括り付けられているかのどちらかである。万が一にも逃げられないように。
もしもリードが外れた場合には、その瞬間に若い女性の元へ逃走する気なのは間違い無い。普通の猫を装って女性に媚びを売って構って貰う魂胆だろう。
もっとも、今のブサからは如何にもな胡散臭さが溢れ出ているので、余程の事が無い限りは女性から近付く事は無いだろう。余程鈍くないと違和感に気付かないという事は無い。
違和感に気付かないとしたら、例えば幼い少女である。先日の依頼の美幼女達の母親も、ブサから滲み出る違和感に気付いていたが為の、ブサに対する雑な対応であった。害があるなら全力排除確定だったのは内緒。母は強し。ガチのレベルで。
他に普通にブサを構うとしたら、違和感など全く気にしないレベルのオバちゃん。むしろ、こっちの方が可能性は高そうだ。何故なら相手がブサだから。
ブサの願望は叶わない。少なくとも、ブサの願う方向では。
以前のように猫を装っていた間はともかく――ロラン達にはバレていたのだが――人である事が完全にばれた以降はソレを隠す気も無くなった結果、今さら猫を装ったとしても『猫っぽいナニカ』にしかならなくなったというのは皮肉な話である。
ブサの被害者が減るという点でロラン達にとっては万々歳だが。ちなみにブサはまだソレに気付いていない。
自身の行動を妨げるリードをガジガジと噛むが、特殊合金糸も織り込まれたリードはビクともしない。無駄に高性能。ちなみに、凶悪犯捕縛に使用するロープと同じ素材で作られている。
ブサの信用度は凶悪犯並み。絶対の信頼関係()。
「ヴニィ(ただいま)」
「ただいま戻りました」
散歩に出ていたジョゼと、航行予定について聞きに行っていたアンリが同時に戻って来た。
ちなみに、ジョゼにはリードは付いていない。念の為にハーネスだけは付けてあるが。
ジョゼが近くを通った瞬間にフワリと薫る香水。どうやら、船に同乗している女性達の元へ行っていたらしい。その残り香である。それに気付いたブサの目が潤む。
ブサとは違い、ジョゼが『人』に被害を出す事は基本的に無いので、リードは付けずに自由に船内を散策出来るようにしてある。
気まぐれに船に紛れ込んだネズミも狩っているので、船員からの評判も良い。その調子で少しでも自分達の評価を上げてくれ、とはどこぞの凶悪面の心情である。
ジョゼから漂う残り香を必死に吸い込むブサを横目に、自らの体を毛繕いするジョゼ。残り香が塗り替えられていく。嫌がらせでしか無い。
ジョゼにとっては、女性の残り香でブサの気を惹きつつ、自分を気にして欲しいという乙女()心なのだが。
僅かとなった残り香を必死に嗅ぎ分けようとするブサはどう見ても変態です。本当にありがとうございました。ちね。
そんなブサを見るロラン達もまたドン引きであった。
「てい」
「ひぎゃっ!?」
ロランの釣った毒魚を投げつける程には。「俺の魚!」叫ぶロランだが、どうせ食べないんだから良いんじゃね? そう考えるサミュエルは冷たい。
最初はいっその事ブサに嫌がらせとして食わせてやろうかとも考えたが、人ならともかく猫には毒で死にかねない為、考えただけに留めている。そして考え直した結果、投げつける事にしてみたのである。魚臭くなぁれ。
ビッチビッチと盛大に暴れ回る魚を何とか叩き落とし、やっとの思いで逃れたブサは見事に鱗まみれだった。肉を食べなければ毒は回らないので安心です。良かったね。
ブブブブブンッ! と顔を振って鱗を振り飛ばす。大半は床に、そして一部は隣に居たロランを襲う。
「大物釣ってやるよ、ゴルァ!!」
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!?」
殿が……殿がご乱心で御座る!! 誰だ貴様。
慣れた手際でブサの体を引っ掴み、針をハーネスに引っ掛けるロランの手に淀みは無い。ガシッ! キュッ! ブンッ! 勢いが大変よろしいですね。
「おー……結構飛んだなぁ……」
「いや、止めろヨ……」
「ん〜、面倒臭ぇしぃ……」
竿を振りかぶるまでも無く、針に付けたブサをそのまま振りかぶって投げる。ボチャンと海に落ちた後のブサは海面で盛大に暴れている。非常に生きの良い、良き餌ぞ。
アンリもロランの暴挙を流石に止めようとしたのだが、それよりも素早く、あまりにも熟練の餌捌きだったのでつい出遅れてしまったのだ。ジョゼも同じく。
ごっつい青筋を浮かべたまま無言で釣竿を握るロランに話し掛けようとする猛者はいない。誰だって自分は可愛い。
今のロランはうっかり話し掛けたが最後、ブサのように釣りの餌にされてしまうと思わせるような雰囲気を発していた。
……とりあえず、ハーネスのおかげで沈む事は無いから、安心してね!!
「……よっしゃ、来たぁぁぁぁぁっ!!」
安定のロランさんご乱心です。
海面に浮くブサの周りを黒い影が何度か周回して、一度海中に消える。その後、ブサの真下に黒い影が現れると、次の瞬間ブサの姿が消えた。
「大物来たぁぁぁぁぁ!!」
「あー……」
「誰か止めてやレ……」
「ロランも、疲れていたのですね……」
海水と共に吸い込まれていったブサの姿。その後に姿を現したのは黒と銀の魚影。
ピンッ! と勢い良く張った釣り糸を切られないように気を付けながら魚を手繰り寄せる。
万が一にも糸が切れたらブサ終了のお知らせ。ホムンクルス云々のお話もご破算である。ブサの件はロラン達が異大陸に渡る目的の一つでもあるので、是非とも目的消失とはならないで貰いたいものだ。もっとも、ブサの件が無くともロラン達は異大陸に渡る予定はあったのだが。
バシャバシャと激しく暴れる魚と、全力で戦うロラン。ブサの姿はどこにも見えない。恐らく、まだ胃袋には到達していない筈だが……そうである事を願おう。
「取ったどぉ――――――!!」
お前はどこぞの芸人か。
雄々しい叫び声と共に巨大な魚が宙を舞う。黒の銀。そして、腹部に見える特徴的な縞模様。見た目はマグロに似ている全長凡そ二メートルは軽く超える巨体。
それが糸に引かれ、宙を舞う姿に船の甲板に居た者の視線が集まった。宙を舞うソレを見た全員の口から漏れた言葉が揃う。
「「「「「でっかい毒魚……」」」」」
隣に居る人は、何故ああもポンポンと魚が釣れるのか。解せぬ。




