竜に関わる人々
騒動もひとまず収まり、夕食も無事に食べ終え部屋に戻ると。
「わし、あのご老人に会えてよかった」
ティンクルスは竜の牙をなでながらほんわりと笑った。クロードも、騎士も、優しげな顔を向けている。
「じゃが、あのご老人の仕事道具が盗まれたのは心配じゃのぅ」
「警備隊員がいるから……」
ここまでを言った友の、眉間にうっすらシワが寄る。チラリと見れば、騎士も渋い顔になっている。
二人とも、あの隊員はアテにならない、とでも思っているのだろう。何となく、王都のおっちょこちょいな隊員に通ずるものがあるような気がして、失礼ながら老魔術師もちょっと同意見だ。
「明日、ご老人の工房にでも行ってみようかのぅ」
ティンクルスがへなっと眉を下げたとき。
――何だと!?
廊下のほうから声が聞こえてきた。
「金が足りないからって、俺が竜の爪を盗むような奴だと思ってるのか!?」
「ち、違うんだ。もしかしたらって思っただけで」
「やっぱり思ってるじゃないか!」
「だから、その、万が一のことを考えただけなんだ」
部屋の扉を開けてみると、廊下の端で二人の若者が言い合いをしていた。
一人は、竜の爪が盗まれたと言って隊員が乗りこんできた際、食堂にいた商人らしき若者だ。必死になって相手をなだめている。
もう一人は、今帰ってきたのだろうか。初めて見る若者だが、盗みの疑いをかけられたせいだろう、ひどく怒っている。
「ちょ、ちょっと落ち着くんじゃ」
何とか止めなければ。ティンクルスがあせあせと近寄ると、一方の、食堂にいた若者のほうがこちらを見て、あ、と声を上げた。
「ファビオ、こちらの方が竜の牙を持ってるんだ。小さいから売ってもらえるんじゃないかな?」
「ふぉ?」
突然の申し出に、老魔術師はきょとんとしてしまった。
*
「つまり、ファビオは竜の牙か爪を、レジスは竜の目を手に入れる。それが本家の店を継ぐ条件なんじゃの?」
食堂に移ったティンクルスは、二人の若者を交互に見た。
盗みを疑われ怒っていたほうがファビオ、竜の牙を売ってもらえないかと言った若者がレジスだ。
彼らは、これから老魔術師も訪れるであろう、カーヴィアという街から来た商家の息子だそうだ。
二人は親戚同士であり、本家の商家には跡取りがいない。そこで、条件を満たしたほうを跡取りとすると言われ、この街に買付けに来たという。
(じゃが、のぅ……)
老魔術師は首をかしげる。
まず、ファビオに課せられた竜の牙か爪だが、予算が相場の半分しか与えられていないそうだ。本家からは『交渉する力を磨け』と言われたらしいが、品は少なく財力ある商人が群がる。これは無理な話だと思う。
そして、レジスに課せられた竜の目に至っては、そもそも品がない。本家が求めたのは魔竜の目ではなく、『聖獣の竜の目』なのだそうだ。『品を見極める目を鍛えてこい』とも言われたそうだが、実現は不可能だ。
「もう、俺には無理だよ。交渉は得意だと思ってたんだけどな……」
この竜の牙はとても大切な物だから絶対に売らない。ティンクルスがそう、きっぱりと断ったからだろう。ファビオの肩ががっくりと下がる。すると、レジスの口からも溜息がもれる。
二人の若者がフィシディアに来たのは、もう二月近くも前のこと。最初は意気揚々と街へ繰りだしたのだろうが、ファビオは資金不足により、レジスはそもそも品がなく、このままではカーヴィアへ帰ることもできず困っている様子だ。
だから隊員から竜の爪が盗まれたと聞いたとき、帰りたい一心でファビオが、とレジスは考えてしまったのだろう。隊員の前で言わなかったのだから、疑ったというよりは心配だったのだと思う。
「でも、ファビオならできるよ。僕は交渉は苦手だけど協力するから」
「ありがと。俺、物を見るのが苦手だからな。この間もレジスに言われなかったら偽物を買わされるところだったもんな」
若者二人が力なく、それでも互いに笑い合う。
「その、二人は仲が良さそうじゃが、競争相手じゃないのかの?」
ティンクルスが窺うと、若者たちは苦笑いを浮かべながらも否定した。
最初は、特にファビオのほうが競る気満々であったそうだ。だが、一月を過ぎた辺りから、交渉は無理だろうと品は無いのだろうとわかった頃から仲良くなっていった。
もしかして。
「本家の願いは、二人仲良く継いでくれることじゃないかのぅ?」
交渉が得意らしいファビオは『交渉する力を磨け』と、『品を見極める目を鍛えてこい』と言われたレジスは品の真贋がわかるようだ。
本家は、短所を克服するのではなく長所を伸ばせと、若者たちに言い渡したわけだ。その二人が力を合わせれば、よき跡継ぎになると思う。
二人に課せられたのは、無理な交渉と入手不可能な品だ。これは長い時間をともに過ごさせることで、若者たちを近づける意図があるように思える。
「じゃあ、条件は満たさなくていいのか?」
首をかしげたファビオに、老魔術師は首をふる。
「レジスの予算をファビオにあげればいいんじゃ。いや、違うの。ファビオが交渉して、レジスから予算をもらうんじゃ」
そうすれば『交渉する力を磨け』という言葉に反したことにはならない。こう続け、老魔術師は次にレジスへ目を移す。
「レジスに求められてるのは『品を見極める目』じゃろ? じゃあ、偽物の竜の目を買ってしまってはダメじゃ。品は無かった、というのが正解じゃと思うのぅ」
ティンクルスが指を立てて締めくくると、若者二人は顔を合わせた。
「それで条件を満たしたことになるかな?」
「それだと、俺だけ条件を満たしたってことにならないか?」
レジスがそろりと言いだせば、ファビオは心配そうな顔になって隣のレジスを見やる。
もしかすると、二人もこの方法は考えたのかもしれない。けれど、これが正解だという自信がなかったのだろう。相手を思いやってもいたのだろう。
仲が良いのはいいことだと、老魔術師はほわりと笑う。
「大丈夫じゃ。それにもし、片方だけが跡取りじゃと言われたら、跡取りなんじゃから大きな顔でもう片方を呼べばいい」
きっぱりと言い切ると、若者たちは安心した風に頬をゆるめた。
(これで良いみたいじゃの)
食堂の入口を、チラリと見れば男が頭を下げている。彼は夕食の席で、レジスとともにいた者の一人だ。本家のお目付け役なのか。ともかく上手くいったようで、ティンクルスは大満足であった。
そばでクロードが小さく鼻を鳴らしたのは、そろそろ寝る時間なのにティンクを巻きこむな、と思ったからに違いない。
*
「あら、お客様。この宿にお泊りだったんですか?」
「お、おぉ……おはよう」
宿屋を出ると朗らかな挨拶を寄こしたのは、坊ちゃんが偽の竜の目に騙されないかと心配してくれた、そして竜の爪を持つであろう魔法使いがいると隊員に通報もした、女性店員である。
老魔術師はちょっと戸惑った。泥棒ではと疑う相手に、これほど屈託なく笑えるものだろうか。それに。
「おい、お前のせいでティンクが隊員に疑われて、商人の相談まで聞くことになったんだぞ」
首をかしげたティンクルスの脇から、クロードが不機嫌そうな声を出す。
「いや、クロードよ」
「どういうことですか?」
老魔術師の制止の声と、女性店員の疑問の声が重なった。
女性店員はつい今まで、ティンクルスがこの宿屋に泊まっていることを知らない様子だった。となると、隊員に『この宿に竜の爪を持つ魔法使いが泊まっている』とは通報できないのだ。
そう思って彼女の店を覗いてみれば、奥から宿屋の入口は、見えないようでもある。
そんなことをつらつらと考えていると、クロードから事情を聞いた女性店員の、表情が険しくなっていた。
「……お客様はあの欠片を、他にもどこかで出しましたか?」
「いや、店員さんの店でしか出してないが」
「まさか、あの子じゃ……」
どうやら女性店員には心当たりがあるらしい。女神像の欠片を見たのは彼女と、あのとき店にいた娘たちだ。客の一人を疑っているのだろう。
「あの、店員さ」
「私、ちょっと用事ができましたので失礼します」
「ふぉ?」
女性店員は一礼すると、何事かを叫び、彼女の店から飛びだしてきた男性とともに颯爽と去っていた。
「大丈夫、かの?」
「男も一緒だから大丈夫じゃないか?」
「あの男は少し腕が立つように思います。きっと大丈夫でしょう」
あの男性は女性店員の夫だろうか、とか、歩いているようにしか見えないのに彼女の後ろ姿がものすごい速さで小さくなっていく、とか。
そんなことを考えながら、ティンクルスはただただポカンと見送った。
それから数日後のこと。老魔術師は竜職人の老人の工房を訪れていた。
「大切な仕事道具が戻ってきたようで、良かったですのぅ」
「坊ちゃんにも迷惑をかけましたな」
湾曲した鋭い刃物のようにも見える、無事に戻ってきた竜の爪を優しげな手つきでなで、老人がにこりと笑う。ティンクルスもほわりと笑う。
「じゃが、孫娘さんは大丈夫ですかの?」
「友達が盗みを働いたもんだから、ちっと元気はないが、まあ大丈夫ですな」
老人の工房から竜の爪を盗んだのは、彼の孫娘の友人であった。友人である娘は、いわゆる悪い男に引っかかったという。
娘は男に唆されて盗みを働いてしまった。竜の爪を持ちだす際は孫娘を利用しもしたし、老魔術師に疑いがかかるよう隊員に告げたのも、この友人だ。
数日前、女性店員が男性――やはり彼女の夫で、しかも警備隊員だそうだ、を引き連れていった先は、この娘ではなく男のほうであったらしい。
彼女は二人の関係を知っており、何か起こりはしないかと心配していたそうだ。
「孫娘さんも元気になってほしいし、盗みを働いた娘さんも、立ち直ってほしいですのぅ」
老魔術師は、ほぅ、と息をもらす。
「坊ちゃんも元気を出してくだされ」
そう言われ老人から差しだされたのは、古い、黄ばんだ手紙の束だった。
「これは、もしかしてロイク、様の……」
にこりと笑った老人が、手紙をティンクルスの前に置く。
「よ、読んでもいいんですかの?」
「はい、どうぞ」
手紙を見れば、表には懐かしい、老侍従の丁寧な文字が並んでいる。手を伸ばし、文字にそっと触れてみると温かさを感じるような気がする。
どんなことが書いてあるのだろう。どんな想いがこもっているのだろう。胸はドキドキと鳴り、体はそわそわとして、何だか落ち着かない。
そんな老魔術師の横では、真っ白な布が騎士からクロードへ。すでに涙することを予測しているのだろう。準備は万端だ。
「ロイク……」
胸にぶら下がる竜の牙を握り、胸のポケットに忍ぶ遺髪をそっとなでる。
ティンクルスは手紙を、ゆっくりと広げた。




